バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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42話 ジェットVSボンバー

 

スタジアムの熱気は緑谷と轟の激闘を経て、異様な興奮状態にあった。

破壊されたステージは修復されたが、観客の網膜には未だあの規格外の火力の残像が焼き付いている。

 

そんな中で行われる準々決勝、第二試合。

 

飯田天哉 対 難羽輪太郎。

 

 

 

「さあ、ドラマの次はスピードの限界に挑戦だァ! 第二試合、レディ……STARTォ!!」

 

 

 

プレゼント・マイクの号令が、引き金となった。

 

 

「──エンジン、臨界突破!!」

 

 

飯田天哉のふくらはぎにあるマフラーから青白い炎が噴き出した。

 

彼は知っていた。

 

対戦相手である難羽は上鳴を一蹴したことからも分かる通り、近接戦闘の達人であり、同時に無数のギミックを隠し持つ策略家だ。

中途半端な距離や生半可な速度での接近は、彼の餌食になるだけだ。

 

ならば、思考する隙すら与えない「神速」で圧倒するしかない。

 

 

 

「──レシプロ……バーストォォォ!!」

 

 

 

エンジンの咆哮と共に、飯田の姿がリングから「消失」した。

 

否、消えたのではない。

人間の動体視力の限界を超えた超加速によって、視認不可能になったのだ。

 

彼は正面突破という愚策を捨て、コンマ数秒で難羽の死角である背後へと回り込む軌道を描いた。

 

 

(難羽くんの反応速度がどれだけ高くても、この速度なら……!)

 

 

風圧で顔が歪む。

景色が流線となって後方へ飛び去る。

 

飯田の狙いはリングアウト。

 

背後からの一撃で、難羽を場外へ押し出す。

それは彼なりに導き出した、対・難羽輪太郎への唯一にして最大の最適解だった。

 

だが。

リングの中央で静止する難羽にとって、その超高速の機動は驚異ではなく想定内の現象でしかなかった。

 

 

(……速いな。カタログスペック以上だ)

 

 

難羽は振り返りもしなかった。

ただ左腕に装着した円盾の角度を、わずかに修正しただけだ。

彼は見ていたわけではない。

予測し待っていたのだ。

 

飯田が背後を取り、勝利を確信して踏み込んでくるその瞬間を。

 

 

「……出力に頼りすぎだ、飯田」

 

 

難羽の呟きと共に、左腕のガントレットが難羽の脳波をスキャン、盾の第2の機能を起動した。

 

瞬間。

 

 

難羽が背負っていた盾の中央にある「星」の意匠が発光する。

 

 

音が消えた。

いや、音を置き去りにするほどの光がスタジアム全体を白く塗りつぶしたのだ。

 

それは単なる照明弾ではない。

軍事用のスタングレネードを対人制圧用に調整した超高光度閃光。

 

地上に太陽が落ちたかのような爆発的な光量が、難羽の背後──つまり、飯田の目の前で炸裂した。

 

 

「──ッ!!?」

 

 

飯田の視界が真っ白に染め抜かれる。

 

最悪なことに飯田は眼鏡をかけていた。

そして彼自身の加速による視野狭窄も相まって、その強烈な光はレンズ越しに網膜を直撃し、視神経を焼き切らんばかりの衝撃を与えた。

 

 

「しまっ……! 視界が……ッ!」

 

 

平衡感覚が失われる。

レシプロバーストの制御が乱れ、飯田の足がもつれる。

 

その隙を見逃すような難羽ではない。

 

 

「あまりの速さに自身でもコントロール出来ていない。故に私の死角しか(・・)狙えない」

 

 

難羽は光の中で怯む飯田の懐へ、吸い込まれるように一歩踏み込んだ。

その動きは飯田の荒々しい加速とは対照的に、流水のように静かで、無駄のない洗練されたものだった。

 

 

(見えない……! どこだ、難羽くんは……!)

 

 

焦燥。

エンジンの回転数は落ちていないが、制御を失った推力は彼を不安定にさせるだけだ。

 

そんな無防備に晒された飯田の懐へ、音もなく滑り込んだ難羽は右腕を突き出す。

 

だがそれは拳による打撃ではなかった。

彼は開いた掌を飯田の無防備な腹部へと、そっと添えるように押し当てた。

 

 

「──終わりだ」

 

 

飯田の肌が難羽の右腕のガントレットの硬質な感触と、そこから伝わる不気味な熱量を感じ取った、その刹那。

 

 

 

ドォォォォォォォォンッ!!

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

観客席のA組エリア。

上鳴電が、瀬呂が、そして何より──誰よりもその現象に見覚えのある爆豪が、弾かれたように席から立ち上がった。

 

 

リングの中央で巻き起こったのは、紛れもない「爆発」だった。

 

 

それも火薬による乾いた爆発ではない。

ニトロのような甘い匂い、紫色の火と光、そして空気を震わせる重厚な衝撃波。

 

 

「ぐ、ああああああッ!!」

 

 

至近距離、それも零距離で爆轟の直撃を浴びた飯田の身体が、くの字に折れ曲がる。

防御の姿勢を取る時間などなかった。

腹部に叩き込まれた純粋な熱と圧力の塊は、飯田を吹き飛ばした。

 

レシプロバーストによる前進慣性すらも置き去りにする、圧倒的な後方へのベクトル。

飯田は砲弾のように宙を舞い、リングを飛び越え、観客席の防護壁に激しく叩きつけられた。

 

飯田が力なく崩れ落ちる。

 

煙が晴れたリングには右腕を突き出したままの難羽が、硝煙の中で静かに佇んでいた。

 


 

 

 

 

 

「……おい、嘘だろ……」

 

 

切島が、信じられないものを見る目で呟いた。

 

 

 

「今の……爆豪の爆破と、同じじゃねえか……!」

 

 

 

そう。

難羽が放ったのは、爆豪勝己の個性「爆破」そのものだった。

 

爆豪は掌の汗腺からニトロのような汗を出し、それを爆発させる。

難羽はガントレットから特殊燃料を噴射し、それを圧力で爆発させる。

 

原理は違う。

だが、出力される結果はあまりにも酷似していた。

 

 

「……ッ、ふざけやがって……!!」

 

 

爆豪の拳がギリリと音を立てて握りしめられる。

怒りではない。

いや、怒りも混じっているが、それ以上に彼を支配していたのは「屈辱」と「戦慄」だった。

 

自分の個性は努力とセンスで磨き上げてきた、自分だけの最強の武器だと思っていた。

それを、あの男は。

 

 

「……『道具』で再現しやがった……」

 

 

たかが科学。

たかが機械。

 

そんなもので、俺のアイデンティティ(爆破)をコピーしたというのか。

それは爆豪にとって、自分の存在意義を土足で踏み荒らされるような、強烈な冒涜に感じられた。

 

 

難羽は壁際で伸びている飯田を一瞥した。

 

 

「……威力は爆豪のそれと同じだ。耐久性も問題ないな」

 

 

その独り言は勝利の喜びなどではなく、実験の成功を確認するエンジニアのそれだった。

 

難羽はリングを降りる際、チラリとA組の席——爆豪の方を見上げた気がした。

サングラスの奥の瞳は、こう語っているようだった。

 

 

『個性など、所詮は物理現象の一つに過ぎない』

 

 

スタジアムはサポート科の生徒がヒーロー科トップクラスの個性を技術で模倣し、勝利をもぎ取ったという事実に、熱狂よりも底知れぬ畏怖に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か勘違いされている気がするな。約束を忘れたのか?」

 

 

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