バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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43話 人間爆弾VS触手戦車

 

準々決勝、第四試合。

ベスト4への最後の切符を賭けた戦いが始まろうとしていた。

 

西側のゲートから現れたのは、A組きっての実力者であり、勝利への渇望の塊である爆豪勝己。

 

先ほどの難羽の試合——「科学による個性の模倣」を見せつけられた彼の不機嫌さは、限界点に達していた。

常に荒々しい彼だが、今はその全身から触れるもの全てを爆破しそうなほどのピリついた殺気が立ち上っている。

 

対する東側からは、静かなる巨人が姿を現した。

障子目蔵。

高い身体能力と索敵能力を持つ、A組の縁の下の力持ち。

 

彼は口元をマスクで隠し、六本の腕をゆらりと構えながらリングの中央へと進み出た。

その瞳には、敗退した峰田実や蛙吹梅雨から託された想いと、格上相手に一歩も引かない武人の覚悟が宿っていた。

 

 

「START!!」

 

 

プレゼント・マイクの号令が、導火線に火をつけた。

 

その瞬間、爆音。

 

 

「——死ねェ!!」

 

 

爆豪勝己が動いた。

両手を後方へ向け、掌から爆炎を噴射する。

 

「爆速ターボ」

 

人間ロケットと化したその体躯が、初速からトップスピードで障子へと肉薄する。

瞬き一つする間に数メートルの距離がゼロになった。

 

 

「……っ!」

 

 

障子の動体視力が、迫り来る爆豪の姿を捉える。

狙いは顔面。

爆豪の右掌が、凶悪な火花を散らしながら障子の視界を覆い尽くそうとしていた。

 

 

(来る……!)

 

 

障子は即座に反応した。

六本の腕のうち四本を前面に展開し、さらにその先端から被膜を持った腕を複製する。

 

幾重にも重なる筋肉の壁。

 

これまでの試合で見せた爆豪の火力を考えれば、生半可なガードでは吹き飛ばされる。

全防御力を顔面に集中させる——それは生物として生存本能に従った、あまりに正しい判断だった。

 

だが。

爆豪勝己という男の恐ろしさは、単なる火力馬鹿ではない点にある。

彼は空中で、ニヤリと嗤った。

 

 

「——足も増やすべきだったなぁ!!」

 

 

爆豪の右掌から、爆発が放たれた。

だが、その噴射方向は障子の方ではない。

 

「真上」だ。

 

ドォンッ!!

 

強烈な爆風の反動が、爆豪の身体を強引に地面へと叩きつける。

 

彼はトップスピードのまま重力を無視したような機動で急降下し、障子の視界から消え失せた。

 

 

「な……!?」

 

 

障子が驚愕に目を見開いた時、爆豪はすでに彼の足元にいた。

地面スレスレ。

着地する瞬間に真横へ爆破を行い、その推進力でスライディングのような軌道を描く。

 

爆破の勢いをそのまま乗せた、超高速の回転足払い。

 

 

「がっ……!?」

 

 

巨木を切り倒す斧のような衝撃。

全神経を上半身の防御に集中していた障子に、その一撃を防ぐ術はなかった。

 

180センチを超える巨躯が、無重力になったかのように宙に浮く。

 

 

「遅せェんだよ!!」

 

 

爆豪はその隙を逃さない。

 

彼は回転の勢いを殺さず、仰向けになった状態で地面を爆破し、再び空中に跳ね上がった。

無防備に晒された障子の腹部へ、容赦のない追撃の爆破が叩き込まれる。

 

 

「ぐ、おぉっ……!!」

 

 

爆炎と衝撃が障子の身体を襲う。

彼は受け身を取ることもできず、ボロ雑巾のように吹き飛ばされ、リングの上を無様に転がった。

 

 

「もらったぁ!!」

 

 

爆豪は着地するやいなや、再び爆速ターボで加速した。

 

相手に体勢を立て直す隙を与えない。

完膚なきまでに叩き潰す。

それが爆豪勝己の流儀。

 

爆豪勝己は確信していた。

体勢を崩した巨体。

追撃の爆破で意識を刈り取るまで、コンマ数秒もかからない。

 

勝利の女神は、すでに獰猛な笑みを浮かべる少年の肩に手を置いていた——はずだった。

 

その時。

スタジアムの熱狂を切り裂くように、乾いた、しかし鋭い破裂音が響いた。

 

 

パァンッ!!

 

 

「——っ!?」

 

 

空中に飛び出し止めを刺そうとしていた爆豪の顔面が、見えない力によって弾かれた。

 

物理的な衝撃。

バランスを崩した爆豪は、空中で強引に身をよじり、地面を削りながら滑るように着地した。

 

 

「……あァ?」

 

 

爆豪が顔を上げる。

額からツーと赤い筋が流れ、頬を伝う。

 

何かが当たった。

それも、ただ投げつけられた石ころのような速度ではない。ライフルの弾丸にも似た、鋭利な速度を持った飛礫。

 

彼が視線を向けた先。

リングの中央でむくりと起き上がった障子目蔵は、その背中から伸びる「触手」の形状を、異様な形へと変化させていた。

 

 

「……ありゃなんだ!?」

 

 

実況席のプレゼント・マイクが素っ頓狂な声を上げる。

 

障子の背中にある六本の触手。

 

そのうちの二本が束ねられ、先端に形成されていたのは、いつもの「手」でも「耳」でもない。

 

 

 

細長く変形し、まるで銃身のようになった「口」だった。

 

 

 

「……ッ、プッ!!」

 

 

再び破裂音。

障子が口めいた器官から吐き出したのは、リングの瓦礫——コンクリートの破片だった。

 

複製腕の強靭な筋肉で肺活量と口腔内の圧力を極限まで高め、空気圧で礫を撃ち出す。

 

それはまさに、生体機能による空気銃(エア・ライフル)だった。

 

 

「……触手の口から空気圧で、礫を吐き出しやがったか」

 

 

爆豪が額の血を乱暴に拭う。

その瞳から油断が消え、冷徹な分析と煮えたぎるような闘志が混ざり合う。

 

障子は予選や騎馬戦、そして難羽との交流を経て、自身の個性の新たな可能性に辿り着いていた。

 

「複製腕」の本質は、身体器官の自由な形成にある。

ならば、攻撃手段を拳による殴打に限定する必要はない。

 

 

遠距離からの狙撃。

それは接近戦の鬼である爆豪に対し、障子が用意した起死回生の策だった。

 

 

「……接近させない。それが対爆豪のセオリーだ」

 

 

障子は束ねた触手の「口」を爆豪に向け、次弾を装填する。

足元の瓦礫を拾い、口に含むだけの単純な動作。

だがその威力は人体に穴を開けかねない。

 

 

「上等だ、タコ野郎……!」

 

 

爆豪が低い姿勢をとる。

全身の汗腺が開く。

 

 

「だったら……二度とあんな真似できねェように、根っこから引っこ抜いてやらぁ!!」

 

 

爆豪が地を蹴った。

先ほどまでの直線的な加速ではない。

左右の掌から不規則に爆風を噴射し、ジグザグに軌道を変える超高速機動。

 

 

「——ッ!!」

 

 

障子の口が火を噴く。

 

連射される石つぶて。

だが、爆豪はその全てを目視と勘で捉えていた。

 

 

「遅せぇわッ!!」

 

 

爆豪は顔面に迫る礫に対し、掌で小規模な爆発を起こした。

爆風の壁によるインターセプト。

弾丸を爆発で弾き飛ばし、粉砕しながら、爆炎の彼方から強引に突っ込んでくる。

 

 

(速い……! 狙いが定まらない……!)

 

 

障子の目が爆豪の姿を見失いかける。

 

左右、上下、そして回転。

爆豪勝己という男は、空中でさえも自由自在に踊る。

距離が、絶望的なまでに縮まっていく。

 

 

(撃ち合いじゃ勝てない……!)

 

 

障子は即座に思考を切り替えた。

遠距離攻撃はあくまで牽制。

本命は近づいてきた爆豪にカウンターを浴びせること。

 

障子は口の形成を解除し、触手の一本を地面に突き刺した。

五指を強固なアンカーのように展開し、コンクリートに食い込ませることで爆風でも揺らがない近距離固定砲台としての姿勢を作る。

そして残りの触手全てを展開し、筋肉の密度を最大まで高めた剛腕を作り出した。

 

 

「来る……!」

 

 

爆豪が目前に迫る。

その掌が光り、致死性の爆撃が放たれる寸前。

 

 

(爆破に合わせて、ガードと同時にこの腕を叩き込む……!)

 

 

障子はタイミングを計る。

肉を切らせて骨を断つ。

爆破のダメージを負ってでも、この剛腕の一撃が入れば、軽量級の爆豪なら吹き飛ばせる。

 

爆豪が跳躍し、障子の目の前に躍り出た。

右手が振り上げられる。

 

障子の「目」が、その掌の発光を捉える。

 

来る。最大火力の爆破が。

 

しかし。

爆豪の手のひらから放たれたのは、熱波でも爆風でもなかった。

 

 

 

「——閃光弾(スタングレネード)!!」

 

 

 

カァッッッ!!!!

 

音が消えた。

視界が、世界が、暴力的なまでの純白に塗りつぶされた。

 

それは先ほどの試合で、難羽輪太郎が飯田天哉を葬った「高光度シールド」の完全な再現。

 

 

「な、ん……!?」

 

 

障子は知らなかった。

爆豪勝己という男が、ただの直感型の天才ではないことを。

 

彼は先ほどの難羽の試合を見て、即座に理解していたのだ。

自分の爆破は強い光を伴う。

ならば爆風による「衝撃」ではなく、発光による「目眩まし」に特化させた使い方も可能なのではないか、と。

 

難羽が科学と道具で作り出した現象を、爆豪は己の肉体とセンスのみで、即興で模倣(トレース)してみせたのだ。

これぞ、才能の怪物。

 

 

「ぐ、ぁぁぁ……!!」

 

 

障子の悲鳴にならない呻きが漏れる。

最悪の相性だった。

索敵能力に優れた障子は複数の触手の先端に目を複製し、全方位を警戒していた。

 

その過敏な視覚情報の全てに、至近距離からの強烈な閃光が突き刺さったのだ。

脳を焼き切るような情報の奔流。

防御のために固めていた筋肉が、ショックで一瞬だけ弛緩する。

 

 

(見えない……! ガードが、解ける……!)

 

 

障子は必死に瞼を閉じるが、瞼を透かして焼付く残像が消えない。

 

しかし、彼もまた、難羽と共に修羅場を潜り抜けてきた男だ。

完全に視界を奪われながらも、彼は複製した「目」の一つを無理やりこじ開け、涙を流しながら光の残像の中を睨みつけた。

 

 

(負けるか……! どこだ……!)

 

 

その充血した瞳が、辛うじて白い靄の中に浮かぶ影を捉えた。

 

光を背負い、悪魔のような笑みを浮かべて落下してくる爆豪のシルエット。

 

 

(——そこか!!)

 

 

障子は反射的にカウンターの腕を振るった。

だが、遅い。

視覚へのダメージが、神経伝達をコンマ数秒遅らせていた。

 

その瞳に最後に映ったのは、障子の無防備になった顎を正確に撃ち抜こうとする、爆豪の渾身の右拳だった。

 

 

 

「死ねェェェッ!!」

 

 

 

爆音はなかった。

爆豪は、最後の一撃に爆破を使わなかった。

閃光で相手の防御を崩し、無防備な急所に全体重と落下エネルギーを乗せた「純粋な質量打撃」を叩き込んだのだ。

 

 

「が、はっ……!!」

 

 

鈍く、重い音が響く。

脳を揺らされた衝撃が脊髄を駆け巡り、意識のスイッチを強制的に遮断する。

障子の巨体がスローモーションのように傾き、アンカーとして突き刺していた触手が抜けていく。

 

どう、と地響きを立てて、静かなる巨人はリングの上に沈んだ。

 

スタジアムに一瞬の静寂が落ちる。

 

そしてゆっくりと立ち上がった爆豪が、荒い息を吐きながら拳を振り上げた瞬間、爆発的な歓声が沸き起こった。

 

 

「……そ、そこまで! 障子くん行動不能! 勝者、爆豪勝己!!」

 

 

ミッドナイトの扇子が振り下ろされる。

 

準々決勝、第四試合。

 

難羽の相棒として、驚異的な粘りと進化を見せた障子目蔵だったが、他者の技すらも瞬時に喰らい尽くす爆豪の底知れない戦闘センスの前に、惜しくも膝を屈した。

 

爆豪は、ピクリとも動かない障子を見下ろし、忌々しげに舌打ちをした。

 

 

「……チッ。頑丈な野郎だ」

 

 

その言葉は、彼なりの最大限の賛辞だった。

爆豪は擦りむいた拳をポケットに突っ込むと、次なる戦い——準決勝を見据え、殺気を纏ったまま退場ゲートへと歩き出した。

 

そしてベスト4が出揃った。

 

緑谷出久。

常闇踏陰。

難羽輪太郎。

爆豪勝己。

 

雄英体育祭は、いよいよクライマックスへと加速していく。

 

 

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