太陽が傾き、スタジアムを茜色と影のコントラストで染め上げていた。
だがリングの上の温度は下がるどころか、溶鉱炉のような熱気を帯びていた。
「────」
観客席のざわめきが、不思議と遠くに聞こえる。
リングの東側には全身から凶悪な火花を散らす爆豪勝己。
彼の肌は汗で濡れ、それがニトロの匂いとなって周囲の大気をピリつかせている。
勝利への飢餓感と目の前の「ニセモノ」を破壊したいという破壊衝動が、彼の輪郭を揺らめかせているようだった。
対する西側。
難羽輪太郎は静かに呼吸を整えていた。
両腕には、武骨な二つの爆破ガントレット。
鈍い金属光沢を放つその鉄塊からはアイドリング状態を
示す低い駆動音が漏れている。
そして顔には第2種目騎馬戦でも使用した、防塵・防光仕様のタクティカルゴーグル。
生身の肉体を機械で覆い隠したその姿は、まさに「科学」という力の化身だった。
「……ヘッ。完全武装かよ」
爆豪が口の端を吊り上げる。
「上等だ。その鉄屑ごと、スクラップにしてやる」
「……フン。リサイクルに出す手間が省けるな」
「──STARTォ!!」
ミッドナイトの号令が、導火線に火をつけた。
「死ねェェェッ!!」
号令と同時、爆豪が動いた。
背後への爆破による推進力。
爆速ターボ。
初速からトップスピードに乗るその動きはもはや砲弾だ。
最短距離、最速の殺意が一直線に難羽へと迫る。
(速い……だが、計算通りだ)
難羽もまた両腕を背後に向け、ガントレットのトリガーを引いた。
人工の爆炎が噴き出し、難羽の身体を前方へと加速させる。
逃げるのではない。
正面衝突だ。
二つの爆弾がリング中央で激突する──誰もがそう思った刹那。
衝突の寸前、難羽は姿勢制御スラスターを吹かし、独楽のように空中で縦回転した。
「──ッ!?」
爆豪の視界から、難羽の姿が一瞬消える。
爆豪が反応しようとした瞬間、難羽の足が天へ昇る。
鮮やかなサマーソルトキック。
「遅せェ!!」
爆豪は最小限の動きで上体を逸らす。
所詮はコピーした爆破を混ぜた付け焼き刃の体術。
そんな大振りの蹴りが当たるはずがない。
だが──
難羽の蹴りは爆豪を狙ったものではなかった。
彼の足先がリングの表面を掠め、コンクリートの粉塵と剥がれた石礫を巻き上げたのだ。
「……砂かッ!」
至近距離で巻き上げられた砂塵が爆豪の顔面を襲う。
痛みこそないが人間の本能として、異物が迫れば瞼は閉じる。
視界が霞むコンマ数秒の暗闇。
「……目はいいが、瞼は鍛えられないようだな」
難羽の冷徹な声と共に、ガントレットが不穏な駆動音を鳴らした。
「スライムボム」
難羽の意思を脳波センサーが感知し、ガントレットの内部機構が切り替わる。
掌の射出口から紫色の粘着質な液体が滲み出し、鋼鉄の拳を包み込む。
難羽はボクシングスタイルに構え、視界を奪われてたたらを踏む爆豪の懐へと潜り込んだ。
「シッ!!」
高速のジャブとラッシュが浴びせられる。
一撃、二撃、三撃。
難羽の拳が、爆豪の顔面、腹部、肩を正確に捉えていく。
だがその拳には重みがなかった。
爆発の推進力を乗せた必殺の拳ではない。
ただ触れるだけのような、軽すぎる打撃。
「……どうしたぁ!? 疲れてパンチが弱くなってんじゃねぇか!!」
爆豪が吠える。
視界を取り戻した彼は、鬱陶しい蝿を払うように強引な回し蹴りを放った。
「ちっ……」
難羽はバックステップで回避するが、風圧だけで顔の皮膚が切れそうになる。
やはり基礎身体能力が違いすぎる。
爆豪はニヤリと嗤った。
こいつの攻撃は軽い。
俺の体は長年の爆破の反動に耐えるために進化している。
衝撃を逃がす柔軟な骨格、そして分厚い筋肉と皮膚。
難羽の速度優先のパンチなど、蚊に刺された程度に過ぎない。
「終わりか? テメェの科学なんて、その程度かよ!!」
爆豪が追撃の構えを取る。
だが追い込まれたはずの難羽の表情は変わらない。
「……当たり前だ。速度を優先したのは、ダメージを与えるためじゃない」
爆豪の左頬が、突如異様な熱を帯びた。
「それを塗るためだ」
殴られた痛みではない。
皮膚の表面にへばりついた何かが、急速に温度を上げている。
「これは……まさか!?」
爆豪が自分の頬に触れようとしたその瞬間。
「──炸裂しろ」
「がっ……!?」
爆豪の頬に付着していた粘着剤が、遅延信管のように爆発した。
衝撃に顔が跳ね上がる。
防御姿勢を取れていない、完全な不意打ち。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
「ぐ、がぁああッ!!?」
腹部、胸部、右肩、脇腹。
先ほど難羽の「軽いパンチ」が触れたすべての部位が、時間差で連鎖的に爆ぜた。
難羽が使ったのは衝撃ではなく「付着」を目的とした特殊装置。
粘着する性質を燃料に与え、触れることによって付いた粘着爆弾を時間差で起爆させるトラップ攻撃。
「……ラッシュのすべてが爆弾というわけだ」
硝煙の中から難羽が淡々と解説する。
「お前が装備すれば、パンチに爆発のおまけが付くようになる」
爆豪は膝をつきかけたが、ギリギリで踏みとどまった。
全身から煙を上げ、衣服は焦げているが、その瞳の光は消えていない。
痛みで思考がクリアになったのか、爆豪の殺気がより鋭利なものへと変貌する。
「……痛てェじゃねえか、クソギーク……!」
「……やれやれ。頑丈だな」
爆豪は両手を広げ、広範囲を薙ぎ払うような爆撃を放った。
「吹き飛びやがれ!!」
「──チッ」
両腕のガントレットをクロスさせ、爆風を受け流す。
ガガガッと装甲が悲鳴を上げ、足が後方へと滑る。
(警戒されたか……距離を取られたな)
爆豪は馬鹿ではない。
難羽が触れることで爆弾を設置する戦法をとった以上、迂闊な接近戦はリスクが高いと判断したのだ。
中距離からの爆撃による制圧射撃。
これでは難羽のリーチが届かない。
「近づけねェだろ? その鉄屑じゃあよォ!!」
「……浅はかだな」
ガントレットが再び難羽の意思に反応し、次のモードへ切り替わる。
「スプラッシュボム」
難羽はバックステップを踏むと見せかけ、逆に踏み込んだ。
爆豪が迎撃の爆破を放つより早く、難羽が右拳を突き出す。
「極限!!」
突き出された勢いと共に右腕のガントレットの噴射口から、液体状の粒が前方へ散布された。
それは爆豪の目前まで扇状に広がり、空間を満たす。
「あァ? また変な汁かよ!」
爆豪が警戒して爆破を放とうとした、その瞬間。
「──道を開けろ」
難羽の手元で小さな火花が散った。
それが種火となり、霧散した粒子を一瞬で引火させた。
「なッ!?」
空気中に散布された燃料が、見えない導火線となって爆発を伝播させる。
難羽の拳から放たれた爆炎は指向性を持った槍のように伸び、中距離にいた爆豪を飲み込んだ。
『スプラッシュボム』
燃料を霧状にして着火させることで爆発のリーチを擬似的に拡張する、対中距離用制圧射撃。
「ちっ!」
爆豪は咄嗟に真下へ爆破を放ち、その推進力で強引に空中へ逃れた。
だが、その顔には焦りの色が滲む。
近距離では粘着爆弾、中距離では火炎放射。
このニセモノは、自分の土俵すべてに対応してくる。
「……ちなみに爆破で吹き飛ばしてたら一緒に吹っ飛んでたぞ」
難羽は空中の爆豪を見上げない。
彼は冷静に爆豪の着地点を予測し、そこへ向かって低空ダッシュで近づく。
走りながら難羽は右腕を大きく後方へ引いていく。
ガントレット内部で、重々しい金属音が響く。
複数のロックが解除され、全ての油圧と爆圧が一つのシリンダーに集約される。
「スティンガーボム……」
爆豪が着地する。
その瞬間、難羽は文字通り刺さるような鋭い踏み込みを見せた。
「貰ったァ!!」
爆豪が着地と同時に迎撃の爆破を放つ。
だが難羽はその爆炎の中に、防御も回避もせず、頭から突っ込んだ。
「──砕く!!」
難羽の右拳が爆豪の腹部に深々と突き刺さる。
いや、それはパンチではない。
ガントレットの先端から、太い金属製の
装填された爆薬の全エネルギーを爆発ではなく、ピストンの推進力へと変換した一撃。
「ガ、ハッ……!?」
爆豪の目が限界まで見開かれる。
口から唾液と、空気が抜けたような苦鳴が漏れる。
表面を焼く爆発ではない。
内臓を、筋肉を、骨格を、物理的に押し潰す点の衝撃。
「……衝撃を分散させず、一点に叩き込むパイルバンカーだ」
難羽のゴーグルが、飛び散る爆豪の汗と脂汗を弾く。
「これは機構を冷却する必要があるため連続使用はできない……だが必殺と言える威力を持つ」
その手応えは重かった。
確実に肋骨の数本にヒビを入れた感触。
難羽が杭を引き抜こうとした時だった。
「……」
難羽の右肩を震える手が掴んだ。
見れば腹部に杭を突き立てられ、脂汗を流しながらも、爆豪勝己が笑っていた。
苦痛で顔を歪めながら、それでも獰猛に、凶悪に。
「……おい……いいのが入ったじゃねェか……」
「……タフだな」
「だが……まだ、終わってねェぞ……」
爆豪の掌が、難羽の肩を熱く焦がす。
「負けてたまるかよ……!! 俺は、一番になるんだ……!!」
爆豪が吠える。
腹部に杭を打ち込まれ、肋骨が軋む激痛の中にありながら、その瞳の輝きは一切陰ることを知らない。
むしろ、追い詰められたことで、体内のニトロ生成が異常活性化しているかのようだった。
「……底なしだな、お前は」
難羽は自分の肩を掴む爆豪の手を振り払い、距離をとって構える。
爆豪もそれを見た後、ふらつきながらも構えた。
難羽は両腕のガントレットを交差させ、排気口を全開にする。
感覚的にわかる残りわずかな燃料。
そして何より、難羽の生身の肉体が限界を訴えている。
(あっちも似たようなものだが……個性は精神力でエネルギー量を変化させる。肉体的には限界でも、個性の方は最高潮か)
難羽はゴーグル越しに、目の前の怪物を見る。
爆豪は戦うほどに汗をかき、それが新たな燃料となり、火力を増していく。
自己完結した永久機関に近い無限のエネルギー。
対して難羽は、タンクに積んだ燃料が尽きれば終わる有限のシステム。
「ならば受けて立つ……ファイナルラウンドだ!!」
難羽は奥歯を噛み締め、全ての安全リミッターを解除した。
残る燃料のすべてを、一時の爆発力のためだけに燃焼室へと送り込む。
「「うおおおおおぉぉおおっっ!!!」」
二人の咆哮が重なった。
思考も策も、もう必要ない。
ただ、目の前の敵を吹き飛ばすための純粋なエネルギーの放出。
「ハウザー……インパクトォォォッ!!!」
爆豪の手から、螺旋を巻いた巨大な爆炎の龍が放たれた。
空気を焼き、音を置き去りにする、破壊の暴風。
「フルバーストッ!!」
対する難羽も、両腕のガントレットから指向性を極限まで高めた砲撃を放つ。
リングの中央で、二つの太陽が衝突した。
オレンジ色の爆炎と、紫色の人工の炎が拮抗する。
衝撃波がスタジアム全体を揺らし、観客席にまで熱風が吹き荒れる。
「死ねェェェ!!」
「ぐぅ……っ!!」
爆豪が一歩踏み込む。
難羽が踵で耐える。
力と力の押し合い。
ガントレットがガガガと異常音を立て、難羽の腕の骨がきしむ。
だが、拮抗している。
科学の力は、天才の力に届いている。
あと少し。
あと一押しあれば、あるいは──。
その時だった。
難羽の耳元で、残酷なほどに乾いた音が響いた。
(カチッ)
「…………スゥー」
爆音の中で、その音だけが鮮明に聞こえた。
ガントレットの噴射口から炎がフッと消える。
ガス欠。
燃料タンクの中身が、最後の一滴まで燃え尽きたのだ。
「……燃料、切れ」
抵抗を失った難羽の身体に、爆豪の爆炎が襲いかかる。
その瞬間、難羽の服の腰辺りが膨らむ。
「うおおおおおおッ!!!」
爆豪の拳が、燃料の尽きたガントレットごと、難羽を殴り飛ばした。
視界が真っ白な光に飲み込まれる。
圧倒的な熱と衝撃。
難羽の身体は木の葉のように吹き飛ばされ、リングを飛び越え、場外の壁へと叩きつけられた。
砂煙が舞う中、スタジアムに静寂が訪れる。
そして。
「……そ、そこまで! 優勝、爆豪勝己!!」
ミッドナイトの声が響き渡ると同時に、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
爆豪は荒い息を吐きながら、天に向かって拳を突き上げ、勝者の雄叫びを上げた。
一方、場外の瓦礫の中。
大の字に倒れた難羽は焦げた体操服と、ボロボロになったガントレットの重みを感じながら空を見上げていた。
ここまでボロボロになってしまっては、そのまま同じ物をプレゼントするわけにはいかない。
爆豪の全力で壊れない改良が必要だ。
「プレゼントは、また後日だな……」
難羽は自身の腹を右腕でさすった。
「意外と、楽しかったな……死にかけたが」
難羽は体育祭を思い返しながら立ち上がる。
体育祭2位 難羽輪太郎。
彼は久方ぶりの青春を味わい、しみじみとした気分になっていた。