バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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48話 青春の終わり

 

スタジアムを埋め尽くす紙吹雪。

鳴り止まない歓声と、空を切り裂く祝砲。

雄英体育祭、その全ての種目が終了し、栄光の勝者たちを讃える表彰式が執り行われていた。

 

だが、その中心にある表彰台の光景は、「栄光」という言葉からはあまりにかけ離れた、異様かつ滑稽なものだった。

 

第三位、常闇踏陰(と、本来なら並ぶはずだった飯田天哉は家庭の事情で早退)。

 

第二位、難羽輪太郎。

 

 

そして、第一位、爆豪勝己。

 

 

 

「……ンーッ!! ヌググググッ!!!」

 

 

 

頂点に立つはずの優勝者の姿は、まるで捕獲された猛獣だった。

両腕には手錠、両足には鎖、さらには腰を極太のチェーンで表彰台の柱に縛り付けられ、口には抗議の声を封じるための猿ぐつわまで嵌められている。

 

あまりの暴れっぷりに、表彰台ごと封印せざるを得なかったのだ。

 

 

「……あんな勝ち方で納得できるわけねぇだろって顔ね。相変わらずお盛んだわ、爆豪くん」

 

 

表彰台の下で、審判のミッドナイトが呆れたように溜息をつく。

 

決勝戦の決着は、難羽の燃料切れによる機能停止だった。

 

爆豪にとって、それは勝利ではない。

敵が勝手に倒れただけの屈辱的な「不戦勝」に等しい。

 

彼のプライドはズタズタに引き裂かれ、その怒りが鎖を引きちぎらんばかりの振動となって台を揺らしていた。

 

その隣。

第二位の段に立つ難羽は、対照的に静寂を纏っていた。

 

彼は登壇する直前、焼き切れてボロボロになったガントレットを付き人のアットに預け、今は身軽な体操服姿に戻っている。

顔にはまだ硝煙の汚れが残っているがその表情は涼しく、サングラスを指先で整える姿には敗者の悲壮感など微塵もなかった。

 

 

(……燃料の話は先にしたのだが)

 

 

難羽はサングラス越しに暴れる「一位」を一瞥し、ため息を吐いた。

 

その時。

スタジアムの上空から一際大きな歓声が爆発した。

 

夕日を背負い、高笑いと共に舞い降りる黄金の影。

 

 

「──私が、メダルを持って来た!!」

 

 

オールマイト。

No.1ヒーローにして、平和の象徴。

 

彼の登場だけで、場の空気が一変する。

観客の視線が彼一人に吸い寄せられ、熱狂の渦が巻き起こる。

 

 

「ご苦労、ミッドナイトくん! さあ、彼らの栄誉を称えよう!」

 

 

オールマイトは豪快に笑いながらメダル盆を受け取る。

 

彼はまず、三位の常闇に言葉をかけ、その健闘を讃えた。

 

そして次に、二位の難羽の前で足を止めた。

 

 

「難羽少年! 素晴らしい戦いだった!」

 

 

オールマイトの巨大な掌が、難羽の肩に置かれる。

その熱量、その圧倒的な存在感。

だが、難羽はサングラスを指で押し上げ、その眩しすぎる笑顔を正面から冷静に受け止めた。

 

 

「君が見せたのは、単なる道具の披露ではない……君は戦闘向きの個性でなくとも戦えることを証明し、そして何より、ヒーローの在り方を拡張する新たな可能性を提示した」

 

 

オールマイトは、少し声を落とし、優しく語りかけた。

 

 

「……特に、緑谷少年に託したあの盾。あれこそが人を守るヒーローの心そのものだよ。君の技術には、血が通っている」

 

 

その言葉に難羽の眉がピクリと動く。

緑谷への盾の譲渡。

あれを「優しさ」と解釈されたことが、少しだけこそばゆかった。

 

 

「……買い被りですよ、オールマイト」

 

 

難羽は淡々と返した。

 

 

「私はただ、あの子がこれから進む茨の道を少しでも傷付かずに進めるようにしただけです……それに」

 

 

難羽は視線を落とし、自分の掌を見つめた。

 

 

「私は負けました。エンジニアとして、エネルギー管理という初歩的な計算ミスを犯し、ガス欠で停止した……美談で飾れるような結果ではありません」

 

「ハッハッハ! その悔しさこそが、君をさらに高みへと押し上げる燃料になるさ!」

 

 

オールマイトは難羽の卑下を一笑に付し、銀メダルを手に取った。

 

難羽が首を垂れる。

銀色の冷たい金属が胸元に収まる。

 

その瞬間。

難羽は顔を上げず、オールマイトにしか聞こえない極小の音量で囁いた。

 

 

「……オールマイト。一点だけ、進言させてください」

 

「ん?」

 

「……『平和の象徴』。そのシステムは偉大ですが、あまりに脆い……あなたが引退した後、この国は一人のカリスマを失い、バランスを崩して崩壊するでしょう」

 

 

オールマイトの笑顔が、一瞬だけ凍りついた。

それは彼自身が最も恐れ、そして予感している未来そのものだったからだ。

 

難羽は顔を上げ、サングラスの奥の瞳で、No.1ヒーローを射抜いた。

 

 

「私は、精神論や根性論で平和を守るつもりはありません……私は、あなたが去った後の『穴』を埋めるための治安維持機構を、私の技術で構築するつもりです」

 

 

それは宣戦布告にも似た、次世代からの決意表明だった。

 

「あなたの代わりになる」のではない。

 

「あなたが不要なシステムを作る」という宣言。

 

 

それを聞いたオールマイトの瞳が、一瞬だけ鋭く細められ──そして、どこか安堵したように緩んだ。

 

 

(……頼もしいな。この少年は、私の『後』を見据えているのか)

 

 

「……期待しているよ、難羽少年。君の創る未来を」

 

 

オールマイトは力強く難羽の肩を叩き、そして最後の一人——拘束された野獣のもとへと向かった。

 

 

そこにいるのは全身を鎖で巻かれ、猿ぐつわを噛まされ、それでもなお眼球から血走った殺気を放出し続ける爆豪勝己だ。

優勝者というよりは、確保された凶悪ヴィランのような有様。

 

 

「爆豪少年! 優勝おめでとう!」

 

 

オールマイトはその異様な光景に一瞬たじろぎつつも、努めて明るく、そして厳かに声をかけた。

 

手には金メダル。

誰もが羨む栄光の証。

 

だが、爆豪はメダルを見ようともしない。

彼の視線は隣の段で涼しい顔をしている難羽を、鎖を引きちぎらんばかりの力で睨みつけていた。

 

 

「……ンーッ!! ヌグググッ!!」

 

「……ふむ。随分と不満そうだな。実力で勝ち取った結果だというのに」

 

 

オールマイトは苦笑し、爆豪の顔に手を伸ばした。

 

 

「難羽少年の燃料切れで決着がついたことが、君の完璧主義なプライドに触れたか?」

 

 

オールマイトの手が、爆豪の口を塞ぐ猿ぐつわのバックルを外した。

 

その瞬間だった。

 

 

「──ゴミだああああああああああああッ!!!!」

 

 

スタジアムの空気が震えた。

解放された爆豪の口から放たれたのは、感謝の言葉でも勝利の雄叫びでもなく、魂を削るような拒絶の絶叫だった。

 

 

「こんなメダル、ゴミだッ!! 認めねェ!! 俺が求めてるのは『完勝』なんだよ!!」

 

 

爆豪は口から泡を飛ばし、オールマイトの手にある金メダルを頭突きで弾き飛ばそうと暴れる。

 

 

「相手が勝手にガス欠で止まって、それで転がり込んできた一番に何の意味がある!! 俺は!! 燃料が切れて止まるようなポンコツ機械(おもちゃ)を!! 完膚なきまでに叩き壊して!! ……それで初めて俺の完全勝利だろーがよぉぉッ!!!」

 

 

あまりの剣幕に、オールマイトすら「お、おお……」と後ずさる。

 

勝利への執着。

強さへの渇望。

それが強すぎるが故に、彼は自分自身が納得しない結果を、死んでも認めない。

 

爆豪は充血した目で、隣の難羽を睨みつけた。

 

 

「おいクソギーク!! 次までに絶対、予備の燃料タンクを三つは積んでこい!! 途中で止まったら殺すぞ!! テメェが壊れるまで動け!!」

 

 

罵倒とも、再戦の要求とも取れるその怒号。

難羽はサングラスの位置を直し、暴れる猛獣を冷ややかな目で見ていた。

 

 

「……二度と使うわけないだろ、爆豪。あれは元々お前へのプレゼントだ……というか壊す気だったのか」

 

「……あぁん!?」

 

 

難羽はアットが持つケースの中——ボロボロに焼け焦げたガントレットの残骸を指差した。

 

「私が決勝で使ったあのガントレット。……あれは、お前の個性を解析し、その欠点を補うために設計した試作品だ。今回の戦いを基にまた改良するが」

 

「……欠点だと?」

 

「そうだ。お前の爆破は強力だが、その性質上、周囲への被害が大きすぎる。人命救助が絡む屋内戦や、繊細な状況判断が求められる現場では、その火力は足枷になる」

 

 

難羽は淡々と解説を始めた。

 

 

「決勝で見せた『スライムボム』と『スティンガーボム』……あの二つの機能の意味を理解しているか?」

 

爆豪が眉を寄せる。

ただの嫌がらせと、強力なパンチ。

それ以上の意味があるのか。

 

 

「あの二つは爆風による広域破壊を捨て、粘着と杭による点への衝撃に特化させている」

 

 

難羽は指を二本立てた。

 

 

「スライムボムを使えば、建物を壊さずに敵だけを無力化できる。スティンガーボムを使えば、瓦礫の下にいる要救助者を巻き込まずに、障害物だけを正確に穿孔できる……つまり、これがあれば、お前は火力を落とすことなく、繊細な作業が可能になるんだ」

 

 

会場が静まり返る。

観客たちは難羽があの激戦の中で使っていた技が、実は「爆豪勝己というヒーローを完成させるための機能テスト」だったことに気づき始めたのだ。

 

 

「お前は戦闘センスの塊だが、その出力が破壊に偏りすぎている……あのデバイスの構造を理解し、自分の汗を燃料として転用すれば、お前は文字通り全環境対応型の爆破ヒーローになれる」

 

 

難羽は、鎖に繋がれた爆豪の目を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「……お前という極上の素材が、単なる破壊魔で終わるのは損失だと思ったまでだ。ダイナマイトだって元々は土木工事の安全、効率化のためのものだしな」

 

「…………」

 

 

爆豪は黙っていた。

 

施しや憐れみなら、即座に唾を吐きかけていただろう。

だが難羽の言葉にあるのは、純粋な技術的な提案と効率化への執念だけだった。

 

それは爆豪が目指す「オールマイトを超える最強のヒーロー」になるために、避けては通れない課題──「繊細さ」と「救助能力」への一つの解答でもあった。

 

 

「……技術者からの、ささやかな助言だ。受け取るか、ゴミ箱に突っ込むかは、お前が決めろ」

 

 

ただし捨てても新製品を送ってやるがなと、難羽はそう締めくくって視線を外した。

 

爆豪はギリリと奥歯を噛み締めた。

 

悔しいが、理屈は通っている。

あのアタッチメントがあれば、自分の爆破はさらに進化する。

それを認めることは、このサングラス野郎の掌の上で踊るようで癪に障るが──「強くなる」という結果のためなら、泥水だろうが啜るのが爆豪勝己だ。

 

 

「……チッ」

 

 

爆豪は悪態をつき、ふいっと顔を背けた。

 

 

「……誰がテメェの施しなんて受けるかよ……だが、そのアイデアは俺が『盗んで』昇華してやる……次はもっとマシな奴を持ってこい」

 

 

それは彼なりの最大限の譲歩であり、事実上の「受諾」だった。

 

オールマイトは二人のやり取りを見て、満足げに頷いた。

そして未だに不満顔の爆豪の口に、強引に金メダルを咥えさせた。

 

 

「ハッハッハ! その貪欲さがあれば、君たちはどこまでも強くなれる! おめでとう、爆豪少年!!」

 

「むぐーッ!!!」

 

 

再び暴れ出す爆豪。

スタジアムは笑いと歓声に包まれ、雄英体育祭の幕は、カオスと熱気の中で閉じられようとしていた。

 

 

 

 

 

表彰台の上で暴れる爆豪と、それを笑ってなだめるオールマイト。

スタジアムは祝祭の熱気に包まれているが、第二位の段に立つ難羽の思考は、すでに反省会へと沈潜していた。

 

それはアットから返却された、焼き切れて黒く変色したガントレットのことではない。

 

 

(この身体で戦うのはこれで最後だ)

 

 

古い人間の肉体と有限の燃料。

それでも最強の怪物と正面から殴り合い、その鼻をあかし、全力を出させた。

それに関しては問題ない。

 

しかし自分でも思った以上に熱くなり、そのまま爆豪の攻撃を受けそうになった。

それが問題である。

 

 

(危うく爆死するところだった)

 

 

古い人間と新しい無個性の人間の身体は、違う。

 

 

この身体の難羽はトレーニング前の緑谷のように、ジャンプするオールマイトにしがみつくことは出来ない。

そのまま滑り落ちて地面へ真っ逆さまだ。

 

無個性とはあくまで新しい人類が異能を持たないというだけ。

肉体のスペックがそもそも違うのだ。

もし無個性の人間があの爆破を喰らっていても、それなりの火傷と骨折程度で済んでいただろう。

この感覚は個性を持っている現代の人間の感覚ではあるが。

 

しかし、難羽の身体は古い人類のもの。

 

 

もし爆豪の爆破をそのまま喰らっていたら、肌が焼き爛れた死体が現れ、体育祭が崩壊することとなっていた。

 

 

 

「……もう少しで学生生活も終わりだな」

 

 

 

称賛するオールマイトの声。

隣で暴れる弟子。

 

何かを惜しむように目を細めた難羽は、夕日に染まるスタジアムを見渡していた。

 

 





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