日の出前。
東の水平線がわずかに白み始め、世界が夜の支配から解放されようとしている時刻。
多古場海浜公園は紫紺の薄闇と、鼻をつく潮の香りに包まれていた。
かつては恋人たちが語らう美しい砂浜だったこの場所も、長年の不法投棄の果てに電子機器の残骸や錆びついた粗大ゴミが山脈のように連なる、社会の掃き溜めと化している。
波音に混じって不安定に積み上げられた鉄屑が軋む、不気味な金属音が響き渡っていた。
その静寂を、耳を劈くような破壊音が引き裂いた。
「ふッ!!」
気合一閃。
痩せこけた体躯の男——
その瞬間彼の身体が隆起し、目の前を塞いでいた巨大なゴミの壁ごと豪快に破壊した。
崩落する鉄屑の雪崩。
舞い上がる土煙と塵。
その混沌の中から現れたオールマイトは全身から立ち昇る熱気と蒸気と共に、背後で震える少年に向かって白い歯とたくましい筋肉を見せた。
その姿はすぐに縮み頼りない本来の姿となるが、その笑顔に陰りはない。
「見たまえ緑谷少年! この地平線まで続く残骸の山を片付けることこそが、君の貧弱な肉体を『器』へと造り上げる……アメリカンドリームへの道なのだ……!」
朝日を背負い、高らかに宣言する平和の象徴。
だがその劇的な空気を、塵の向こう側にいた先客の冷水を浴びせるような声が遮った。
「……少しは加減しろ。精密機器の基板を回収中なんだ。無駄な衝撃で回路が死んだらどうする。あと早朝だ、叫ぶな
「え?」
オールマイトと緑谷が同時に固まる。
崩れ落ちたゴミ山の向こう、家電の残骸の頂に無造作に膝をついてジャンクパーツを漁る少年の姿があった。
作業用手袋を嵌め、手際よく廃棄されたPCからマザーボードを引き抜いているのは難羽だ。
彼は手にした基板を軽く振って埃を落とすと、ゆっくりと立ち上がった。
逆光の中で浮かび上がるそのシルエットは、ただの中学生とは思えない。
数多の修羅場を潜り抜けてきたベテランの技術者のような、完成された大人の風格と、場を支配する圧倒的な威圧感を漂わせていた。
「な、難羽くん!? 何でこんなところに……!」
緑谷はパニックに陥った。
ここには世間に公表していない
もし正体がバレれば、社会はパニックになる。
緑谷は慌てて八木の前に立ちはだかり、そのガリガリの体を隠そうと両手を広げた。
「き、奇遇だね! 散歩かな!? あは、あははは!」
引きつった笑顔で誤魔化そうとする緑谷。
難羽はそんな彼の必死な動揺を鼻で笑い、泥だらけのブーツを鳴らして瓦礫の山を降りてきた。
「部品探しだ。必要な時に必要な素材があるとは限らないからな。目を鍛えるのも重要だ」
難羽は拾い集めた基板を無造作に持参したケースのポケットに入れると、緑谷の目の前で足を止めた。
サングラス越しに見える銀色の瞳が、緑谷をじっと覗き込む。
「……それより緑谷、昨日は悪かったな」
「え……?」
「爆豪への対応だ。お前を置いて帰ってしまった」
「あ、いや! 僕の方こそごめん! あの時、かっちゃんがあんなことになってるのを見たら、思わず電話を切っちゃって……本当にごめんなさい!」
緑谷は深々と頭を下げた。
親友との通話中に幼馴染の窮地を目撃し、無我夢中で駆け出してしまった。
いろいろあった彼はそれを忘れていた。
「気にするな……お前のあの行動の結果は、すぐそばで見ていたからな」
難羽はそう言うと、オールマイトの手元へ視線を移した。
彼が大事そうに握りしめている一冊のファイル——表紙にマジックで『アメリカンドリームへの道』と書かれた計画書——を、断りも入れずにひったくる。
「ちょ、ちょっと君!? それは私の極秘……!」
「黙っていろ、オールマイト」
難羽の一喝に、オールマイトが「ぐっ」と言葉を詰まらせる。
ナンバーワンヒーローが目の前にいるにもかかわらず、彼はいつも通り無表情だ。
むしろ普通の人より雑にオールマイトを扱っているように緑谷は感じた。
難羽はパラパラとページをめくり、呆れたように溜息をついた。
「……なんだこれ。肉体強化のつもりか? 普通にジムに行け」
「こ、効率だと……? それは私の経験に基づいた……」
「メニューじゃなくて効率を考えろ」
難羽は吐き捨てるように言うと胸ポケットからペンを取り出し、メニューの余白に凄まじい速度で書き込みを始めた。
その筆致は精密機械のように正確で、一切の迷いがない。
「緑谷。お前の覚悟はあの日、あの現場で嫌というほど伝わった……中途半端な気持ちで、死地に飛び込むような真似はできないだろう」
難羽はペンを走らせながら語りかける。
「だがな、このメニューはあまりにアナログだ。ただ重いものを運べばいいというものではない。これじゃあ雄英の入試までに身体は出来上がっても、脳が焼き切れるぞ」
「え、もしかして筆記試験……?」
「当たり前だ。職業としてのヒーローになるには筋肉だけでなく知性も必要だ。お前の偏差値と、この過酷な運動量……計算するまでもなく、運動にエネルギーを全部持ってかれて授業中に気絶するのがオチだ」
難羽はファイルに、分刻みのスケジュールと、摂取すべきカロリー、栄養素の配分、そして睡眠時間の管理ロジックを書き加えていく。
「肉体のビルドはこのオールマイトに任せればいい。だが、生活サイクルと学習スケジュールは俺が管理してやる……ハードウェアだけ立派でも、中身が空っぽでは動かないからな」
難羽が提示したのは、根性論ではない。
人間というシステムを最短で最適化するための、冷徹で慈愛に満ちた設計図だった。
……勢いで書いたのだろう、心肺機能増強剤、経口NM51の投与という表記には訂正線が引かれていたが。
難羽から手渡されたファイル——元々の書き込みが見えなくなるほど赤ペンで修正された『改訂版・アメリカンドリームへの道』を抱きしめ、緑谷出久は戸惑いの表情を浮かべた。
その瞳には、感謝と共に深い懸念が滲んでいる。
「で、でも、難羽くん……。君だってサポート科の受験があるんじゃ……? 僕の面倒まで見ていたら、君自身の勉強時間がなくなっちゃうよ。負担が大きすぎる……!」
自分のことよりも他人の負担を案じる。
それが緑谷の美徳であり、同時に危うさでもある。
難羽はその言葉を予想していたかのように、涼しい顔で肩をすくめた。
「問題ない。サポート科の実技試験用プレゼンアイテムは、既に完成している。……それに、もう一人別の奴の再教育も並行して行っているんだ。今さら一人増えたところで、私には何の影響もない」
「……もう一人って、誰のこと?」
「爆豪」
難羽の口から出た名前に、緑谷は呼吸を忘れて絶句した。
あのプライドの塊である爆豪勝己が?
人に教えを乞うている?
「あいつもあの日、ヘドロヴィランの一件でプライドをへし折られたらしい。自分の個性と身体をさらに叩き直したいと、私の工房へ頭を下げに来たよ……今はあいつの傲慢な部分を削ぎ落とし、効率的な戦闘思考をインストールしている最中だ」
「かっちゃんが……難羽くんに……」
緑谷は衝撃を受けた。
昨夜の別れ際、爆豪が見せたあの食い入るような瞳。
彼は折れたが、倒れてはいなかった。
むしろ敗北を糧にして、貪欲に強さを求めて動き出していたのだ。
難羽はその冷徹とも言える両手で、対照的な二人の少年の運命を同時に編み込もうとしている。
「難羽くん……君は、どうしてそこまで僕たちに……それに、昨日の現場を見ていたって、どういう……」
緑谷の問いに対し、難羽は一度言葉を切り、沈黙を守っていた
「昨日のヘドロヴィラン事件のあと、あんたたちは住宅街で随分と大事な話をしていたな。個性の譲渡だの、聖火だの」
「……ッ!?」
オールマイトは驚愕で目を白黒させ、口から血を垂らしながら狼狽する。
「な、何を……! 聞いていたのかね!?」
「隠れて聞いていれば、嫌でも耳に入ってくる声量だったぞ阿保」
電話が切れたら心配して探すだろうと、難羽は呆れたように首を振った。
「感情が高ぶっていたとはいえ、あんな無防備な路地裏で国家最高機密を口にするのは感心しないな、オールマイト。もし聞いていたのが私ではなく、ヴィラン側の人間だったらどうするつもりだった?」
「ぐうの音も出ない……!!」
伝説のヒーローが、中学生の正論に撃ち抜かれて小さくなる。
難羽はその様子を一瞥した後、再び緑谷に視線を戻した。
その瞳には先ほどまでの冷ややかさとは違う、技術者としての熱が宿っていた。
「緑谷。お前がワン・フォー・オールを継承すると決めたのなら、私は技術屋としてその器となる肉体の基盤を整えるだけだ」
「難羽くん……」
「お前をただの頑張り屋で終わらせるつもりはない。そんな美談だけで生き残れるほど、これからの世界は甘くないからな」
「……うんッ!!」
緑谷は涙を拭い、声を張り上げて返事をした。
朝日が昇り、多古場海浜公園のゴミ山を黄金色に染め上げていく。
「時間は限られている。……行くぞ」
難羽は拾い集めたスクラップの入った麻袋を肩に担ぎ、踵を返した。
オールマイトは去りゆく少年の背中を見つめ、ポツリと呟いた。
「……緑谷少年。彼もまた、規格外だね」
「はい! ……僕の、最高の友達です!」
波音が響く海岸で、二人の継承者と一人の観測者による、新たな可能性が生まれていた。
現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?
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段落を使った普通の文章のほうが良い
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今の文章の方が良い