バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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3章 剥がれる仮面
49話 伝播する衝撃


 

雄英体育祭の熱狂から二日。

世間が新たなスターの誕生や、ヴィラン連合の脅威について喧しく議論している頃、東京都心の夜景を一望する超高層ビルの一角に、難羽の姿はあった。

 

そこはムゲン・バンダイ本社ビルの最上階層。

限られた人間しか足を踏み入れることのできない特別区域だ。

足音を吸い込む深い絨毯が敷かれた廊下。

窓の外には、光の海となった東京の街並みが広がっている。

難羽は窓際で足を止め、手に持ったスマートフォンを見つめていた。

 

画面には「飯田天哉」の文字。

 

体育祭の最中彼が早退した理由は把握済みだ。

兄であるインゲニウムが保須市でヴィランに襲撃された。

 

あれから二日。

飯田自身が状況を整理して事実を受け入れるための時間を考慮し、難羽はあえて接触を控えていた。

 

だが、これ以上の放置は彼を孤立させるだけだ。

 

 

「……掛けるか」

 

 

難羽は短く呟き、通話ボタンを押した。

 

数回のコールの後、通話が繋がる。

 

 

『……もしもし』

 

 

スピーカー越しに聞こえてきた声は、難羽がよく知る快活な委員長のものではなかった。

枯れ果て、疲弊し、感情がすり減ったような虚ろな響き。

 

 

「私だ、難羽だ。……夜分にすまない。今は、大丈夫か」

 

『……ああ、難羽くん。……すまない、心配をかけたね』

 

 

飯田は気丈に振る舞おうとしている。

だが、その声の震えまでは隠せていない。

 

難羽は窓の外に視線を投げながら、静かに本題を切り出した。

 

 

「状況は聞いている。……お前の兄の容態は」

 

 

一瞬の沈黙。

そして、押し殺したような息遣いが聞こえた。

 

 

『……命に、別状はないよ。……ただ』

 

 

言葉が詰まる。

飯田天哉にとって、兄・天晴はただの家族ではない。

憧れであり、目標そのものだった。

その象徴が壊された事実を、どう口にすればいいのか。

 

 

『脊髄損傷だ。……もう、足の感覚がないらしい。……医者は、ヒーロー活動への復帰は絶望的だと』

 

「……そうか」

 

 

難羽の声色は変わらなかった。

驚きも安っぽい同情も見せない。

ただ提示された重い事実を、そのまま受け止めた。

 

脊髄損傷。

ヒーロー引退。

インゲニウムという傑出したヒーローが、その道を絶たれた。

 

難羽は静かに目を伏せた。

起きてしまったことは変えられない。

ならば、今見るべきは過去ではない。

 

その悲劇を引き起こした原因と残された者の心だ。

 

 

「犯人は」

 

『……ヒーロー殺し。ステインだ』

 

 

その名を聞いた瞬間、難羽の双眸に鋭い光が宿った。

 

ステイン。

信念のためにヒーローを粛清して回る、歪んだ求道者。

警察もプロヒーローも手をこまねいている間に、また一つ、あるべき正義が潰された。

 

 

『兄さんは……あいつに……』

 

 

飯田の声にどす黒い感情が混じり始める。

 

悲しみ、無力感、そして——殺意。

 

 

「飯田」

 

 

難羽はあえて、静かな口調で問いかけた。

 

 

「……殺したいか」

 

『———っ』

 

 

電話の向こうで飯田が息を呑む気配がした。

 

友人に、しかもヒーロー科のクラスメイトに対して投げかけるにはあまりに不謹慎な問い。

 

だが、難羽は言葉を濁さなかった。

 

 

「お前は今、犯人を……ステインを、この手で殺してやりたいと思っているか」

 

『僕は……!』

 

 

飯田の声が裏返る。

 

 

『僕は……ヒーローを目指す者だ! 法を遵守し、人々を導く……そんな僕が、復讐なんて……私刑なんて……!』

 

「建前はいらない」

 

 

難羽の言葉が飯田の逃げ道を塞ぐ。

冷たいが決して突き放すものではない。

むしろ背負った荷物を降ろさせようとするような、静かな慈悲があった。

 

 

「私が聞いているのは、ヒーローとしての規範じゃない。……弟としての本音だ。大切な家族を理不尽に壊された。……その元凶を消し去りたいと願うのは、人として当たり前の感情だ」

 

『……難羽、くん……』

 

「人間は、感情で動く生き物だ。……怒りも憎しみも、否定する必要はない。お前が殺したいと思うなら、それはお前にとっての『正解』の一つだ」

 

 

電話の向こうで、長い沈黙が落ちた。

 

やがて、嗚咽を噛み殺すような、微かな声が届く。

 

 

『……殺したい……。許せないんだ……あいつが、のうのうと生きていることが……!』

 

 

飯田の本音が決壊する。

 

 

『でも……でも、怖いんだ。それをやってしまったら、僕は兄さんの憧れたヒーローじゃなくなってしまう……! どうすればいいか、分からないんだ……!』

 

 

激情と倫理の狭間で引き裂かれる魂の悲鳴。

 

難羽はそれを静かに受け止めた。

 

迷っている。

当然だ。

彼はまだ高校生で、善良な心根を持っている。

殺意を持つことは正常だが、それを実行に移す一線を越えるにはあまりに心が白すぎる。

 

 

(……それでいい)

 

 

難羽は心の中で頷いた。

もしここで飯田が迷いなく「殺す」と言えば、難羽は手を貸したかもしれない。

だが迷っている人間に、修羅の道を歩ませる必要はない。

 

 

「……分かった」

 

 

難羽は静かに告げた。

 

 

「今は、その気持ちだけでいい。……答えを急ぐな」

 

『……え?』

 

「兄貴さんの容態は安定しているんだったな」

 

『あ、ああ……』

 

「なら、今はそばにいてやれ。……復讐やヒーローのこと、難しいことは後回しでいい。少し休め、飯田」

 

 

それだけ言い残し、難羽は通話終了ボタンを押した。

プツン、という電子音が、飯田との繋がりを断つ。

 

難羽はスマートフォンを握りしめたまま、数秒間目を閉じた。

 

そして難羽の目が開く。

そこにはもう、ただの友人としての表情はない。

 

あるのは目的のために手段を選ばぬ、組織の長の顔だけだった。

 

 

「……さて」

 

 

難羽はスマートフォンを懐にしまい再び歩き出した。

彼が向かうのはこの廊下の突き当たりにある、シンプルなセキュリティゲートの先だ。

 

ここから先は雄英高校の生徒「難羽輪太郎」の時間ではない。

この世界の裏側で、法の網からこぼれ落ちた歪みを正す組織——その頂点に立つ者の時間だ。

 

 

 

 

ゲートを通過し、扉を開ける。

そこはかつては普通の会議室だった場所だ。

だが今は、難羽が集めた「行き場のない者たち」のアジトとして機能している。

 

 

「——お疲れっす、社長。待ちくたびれましたよ」

 

 

最初に声をかけてきたのは、ソファの背もたれに腰掛け、焼き鳥の串を弄んでいる男。

背中に赤い翼を持つ青年、鷹見だ。

 

 

「遅いよ難羽ちゃん! ……いや、待ってないけど!」

 

 

元気よく、しかし支離滅裂な声を上げたのは、全身黒のボディスーツに身を包んだ男、分倍河原仁。

 

 

「……相変わらず騒がしい連中だ」

 

 

部屋の隅で壁に寄りかかり、呆れたようにため息をつくのは筒美火伊那。

 

そして、もう一人。

窓際の影に立ち、青い炎のような冷ややかな視線を向けてくる、継ぎ接ぎだらけの皮膚を持つ白髪の青年、轟燈矢。

 

 

「……ようやくお出ましか。待ちくたびれて灰になるところだったぜ」

 

「灰になっているのはお前の皮膚だろ……今一度言うが、人間の皮膚は消耗品ではない」

 

 

皮肉っぽく笑う燈矢に難羽は説教をする。

難羽は彼にデータを渡し、氷の因子が含まれている可能性を伝えた。

トリガーと似た成分の活性剤を使用してトレーニングに励めば、肌を焼かずに個性を使いこなすことが出来ると。

ゆくゆくは氷を基本として戦えるようにすべきだと。

 

 

「皮膚に関して感謝しているが……皮膚どころか全身交換してる奴が言うと説得力がないぜ」

 

「バカ言ってないで氷を使え」

 

 

燈矢は自身の可能性を広げる氷の力を求めない。

否、拒絶していると言ってもいい。

自身の皮膚が焼けようと、いつまで炎の力に囚われている。

それはエンデヴァー、轟炎司への執着が少し弱まった今でもだ。

 

これは母親である冷への拒絶が原因だと難羽は考えていた。

 

何も出来ず、どこまで流され、自身を失敗作と結果づけた最高傑作を産んだ女。

轟焦凍のエンデヴァーに対する拒絶が、彼にとっては轟冷なのだ。

 

こればかりは難羽が言えることではなかった。

彼にとっての両親は、遠い過去の話であるが故に。

 

難羽は中央の席に座り、サングラスを外してテーブルに置いた。

 

 

「待たせたな……少し、友人と話をしていた」

 

 

そして難羽が席に着くと、それを合図に四人の幹部たちも居住まいを正して席に座る。

形式的な敬礼はない。

目配せ一つで通じる信頼関係が、そこにはあった。

 

 

 

 

「まずは先日決定していた、ステインの処刑……その内容と理由について、改めて説明しよう」

 


 

 

 

 

 

「……ではステイン案件に関してはここまで。それでは定例会議を始めようか」

 

 

ひと段落がつき、最初に口を開いたのはデスクに肘をつき、手元のタブレットを操作していた鷹見だ。

彼は背中の剛翼をリラックスさせてはいるが、その瞳は鋭くデータを追っている。

 

 

「まずは、先月テスト運用を開始した民間向け個性訓練施設——『ヘルパーズ』の報告からいきます」

 

 

鷹見が指を走らせると、中央のモニターにグラフと現場の写真が表示された。

そこにはジャージ姿の学生や、作業着を着た社会人たちがインストラクターの指導の下で、思い思いに「個性」を使用している様子が映し出されていた。

 

 

「結論から言うと、好評っすね。……予想以上です」

 

 

鷹見が淡々と報告する。

 

 

「特に、就職や進学を控えた学生層からの需要が高い。これまで『個性』を使う練習なんてヒーロー科に行く奴以外は御法度でしたからね。……自分の能力を仕事に活かしたい、安全に制御できるようになりたい。そういう連中の受け皿として、機能し始めてます」

 

 

超人社会の歪みの一つ。

 

それは「個性」という身体機能を持ちながら、それを公に使用できるのは免許を持った一部の特権階級(ヒーロー)に限られるという現状だ。

一般市民は、自身の生まれ持った手足(個性)を縛られたまま生きることを強いられている。

 

『ヘルパーズ』はその法的グレーゾーンをクリアし、管理された環境下で一般人が正しく個性を学べる場所として、難羽が設立した施設だ。

 

 

「許可取りも順調です。……公安時代のコネも使ってますけど、表向きは『事故防止のための教習所』って名目なんで、役所の食いつきもいい。これから全国的に展開していけるはずです」

 

「順調だな」

 

 

難羽は短く頷いた。

 

 

「人々が自分の能力を正しく理解し、制御できるようになれば、意図しない暴走事故も減る。……ヒーローの出動件数を減らすことに繋がるはずだ」

 

 

それが難羽の狙いだった。

ヒーローへの依存度を下げるにはまず市民一人ひとりの「自立」が必要だ。

 

だが、鷹見の表情には微かに曇りがあった。

 

 

「ただ……社長。一つ、懸念点というか、新しい要望が出てきてまして」

 

 

鷹見はモニターのページを切り替えた。

そこには施設利用者からのアンケート結果が羅列されている。

 

 

「トレーニングプログラムを修了した利用者たちから、『まだ施設を使いたい』という声が相次いでるんです」

 

「再教育か?」

 

「いえ、そうじゃないっす」

 

 

鷹見は少し困ったように眉を下げた。

 

 

「彼らはもう、個性の制御はできてる。……単純に、『もっと個性を使いたい』『個性を動かすのが楽しい』って言い始めてるんですよ」

 

難羽は指先で顎を撫でた。

 

「……だろうな」

 

「本来、『ヘルパーズ』は実用的なスキルを身につける場所です。でも、彼らにとってここは、社会で唯一、大っぴらに個性を解放できる場所になっちまった。……抑圧されていたストレスの発散、あるいはスポーツのような娯楽として、個性を求めてる」

 

 

鷹見の言葉に部屋の空気が少し重くなった。

それはこの超人社会がひた隠しにしてきた、根源的な欲求の問題だ。

鳥が空を飛びたいと願うように、魚が泳ぎたいと願うように、異能を持って生まれた人間がそれを使いたいと願うのは生理的な欲求だ。

 

だが今の社会はそれを「危険」として蓋をしている。

 

 

「……当然の反応だ」

 

 

難羽は静かに言った。

 

 

「人間は道具じゃない。……機能として使えるようになれば満足する、というものじゃないからな」

 

 

難羽はかつての時代——まだ個性が珍しかった頃の混沌と、その後の抑圧の歴史を知っている。

 

力を持つ者がそれを振るいたいと願う渇望。

それを無理やり法で縛り付ければ、いつか歪な形で暴発する。

 

ヴィラン犯罪の多くが、そうしたストレスの爆発であることを難羽は理解していた。

 

 

「練習ではなく、やはり明確なガス抜きが必要か」

 

 

難羽の呟きに分倍河原が反応した。

 

 

「そーそー! そうなんだよ難羽ちゃん! 俺もさ、分身作って遊んでる時が一番生きてるって感じるもん! ……一人の時間が大事だろ!」

 

 

分倍河原が身を乗り出す。

 

 

「みんな我慢してるんだよ。真面目な顔して働いてるサラリーマンだって、本当は手からビーム出して空き缶倒したいんだよ!」

 

「……娯楽、か」

 

 

難羽は頷いた。

 

 

「以前、一般組の方で議論させていた案件があったな。『個性を使用した娯楽施設』の構想。……あれは、どうなっている?」

 

 

ショッカーには難羽たちのような実働部隊とは別に、彼の思想に共感し、社会の各所で活動する「一般組(サポーター)」が存在する。

それは戦いの場ではない社会を生きる者たちだからこその役目だ。

 

難羽の問い掛けに、分倍河原はマスク越しにニヤリと笑った。

何か進展があったようだ。

 

 

「あるよあるよ! ちょうど昨日、一般組の定例会で面白い案を出してきた奴がいたんだ!」

 

 

分倍河原は嬉しそうに手を叩く。

 

 

「そいつさ、すっげー熱意があってさ! 『個性はもっと自由で、クリエイティブなものだ』って! なかなか面白い視点を持ってる奴で、ぜひ社長に会わせたいって言っておいた!」

 

「ほう」

 

 

難羽は興味を示した。

 

 

「お前がそこまで言うなら、見込みがありそうだな」

 

「ああ! 後でセッティングするぜ! ……あ、でもそいつちょっと変わり者かも? まあ普通だな!」

 

「分かった。期待している」

 

 

難羽は手元の端末にメモを残した。

 

 

『ヘルパーズ』で基礎を作り、その先にある『娯楽』で心を満たす。

法を破るヴィランとしてではなく、ルールの中で力を解放できる場所を作る。

それが実現すれば、この社会の閉塞感に大きな風穴を開けることができるだろう。

 

 

「……次は、私から報告させてもらう」

 

 

静かな声が響いた。

腕を組んでいた筒美が手を挙げた。

彼女の担当は諜報と、そして組織の「実動部隊」の管理だ。

 

 

「ショッカー救助隊の件だ」

 

 

筒美の言葉に部屋の空気がピリリと引き締まる。

救助隊。

 

それはヒーローの手が届かない災害現場や、ヴィランによる破壊活動の現場に急行し、人命救助のみを行う特殊部隊だ。

 

 

「活動は順調……いや、順調すぎて目立ち始めているな」

 

 

筒美は苦笑交じりにモニターを操作し、SNSやニュースサイトの映像を投影した。

そこに映っていたのはヴィランとヒーローが激突する市街地で、崩れ落ちる瓦礫の下から逃げ遅れた市民を運び出す黒い装甲服の集団だった。

 

 

「彼らは神出鬼没。……ヒーローたちが戦いに夢中になっている最前線にも現れて、要救助者だけを掠め取っていく」

 

 

筒美が報告する。

 

 

「当然、現場のヒーローやメディアにも目撃されているわ。『謎の黒い救助隊』、『アンチヒーローか?』なんて噂も飛び交ってる」

 

「交戦規定は守られているか?」

 

難羽が鋭く問う。

ショッカー救助隊には鉄の掟がある。

 

『一、人命救助を最優先とせよ』

『二、いかなる場合も戦闘行為を行ってはならない』

 

たとえヴィランが目の前にいても、あるいはヒーローに怪しまれて攻撃されそうになっても、彼らは反撃を許されない。

ただひたすらに、守り、逃げ、救うことだけに徹する。

 

それが「ショッカー」という組織が、暴力装置ではないことを証明するための矜持だった。

 

 

「完璧だ」

 

 

筒美は頷いた。

 

 

「彼らは撃たれても撃ち返さない。……そのための重装甲と機動力だ。ヴィランの攻撃を回避し、ヒーローの制止を振り切って、市民を安全圏へ送り届けて即撤収。……徹底しているぞ」

 

「ならいい」

 

難羽は安堵の息を吐いた。

 

 

「我々は喧嘩をしに行っているわけじゃない。……システムの穴を埋め、こぼれ落ちる命を拾う。それが彼らの役目だ」

 

「ああ……ちょうどその現場指揮官が報告に来ている」

 

 

筒美が合図を送ると、重厚な扉が音もなく開かれた。

 

入ってきたのは一人の男だった。

その威容に会議室の空気がわずかに震える。

 

漆黒の特殊強化装甲服。

有機的なラインを描くその装甲は、昆虫の外骨格を思わせる強度と極限まで高められた防弾・耐衝撃性能を誇る。

 

顔には黒いバッタを模したフルフェイスのマスク。

複眼部分が赤く鈍く発光し、呼吸音がわずかに漏れる。

 

戦闘を禁じられた彼らが戦場で生き延び、他人を守るために身につけた「盾」としての装甲。

 

男は音もなく難羽の前に歩み寄ると、静かに立ち止まった。

 

 

『…………』

 

 

男は手をかけ、ヘルメットのロックを解除する。

プシュ、という排気音と共にマスクが取り外され、その素顔が露わになった。

 

端正な顔立ち。

長い睫毛に縁取られた、理知的な瞳。

 

そしてその肌はかつて彼が「異端」として迫害された青色ではなく、彼の人種が本来持つ、ごく自然な肌の色をしていた。

 

 

「……お久しぶりです、難羽様」

 

 

男はマスクを脇に抱え、深く、静かに頭を下げた。

 

 

「ショッカー救助隊隊長、フレクト・ターン。……ただいま、戻りました」

 

 

フレクト・ターン。

かつて彼は、自身の「反射」する個性ゆえに孤独の底にあり、絶望の中で世界を呪っていた男だ。

だが、難羽との出会いが彼を変えた。

故に彼はここにいる。

 

 

「顔を上げてくれ、フレクト」

 

 

難羽は穏やかに声をかけた。

フレクトはゆっくりと顔を上げた。

 

その表情にはかつて世界に向けられていた憎悪の影は微塵もない。

あるのは、自らを暗闇から引き上げてくれた主への、揺るぎない忠誠心と感謝の念だけだ。

 

 

「現場での評判は聞いている。……よく頑張っている」

 

 

難羽の労いに、フレクトは恐縮し、痛ましげに眉を寄せた。

 

 

「……もったいないお言葉です」

 

 

フレクトは自身の掌を見つめた。

 

 

「私の命は、一度は終わったも同然でした。……それが今、こうして誰かの命を繋ぎ止める役に立てている。すべては、あの時……難羽様が私を見つけ出し、救ってくださったからです」

 

 

フレクトの声には、万感の思いがこもっていた。

誰にも理解されず、触れ合うことすら拒絶された彼の人生。

それに意味を与え、光を灯したのが難羽だった。

 

 

「この命ある限り、ショッカーの盾として、全ての理不尽な暴力から弱き人々を守り抜く所存です。……それが、私にできる唯一の恩返しですから」

 

あまりに恭しく、そして一途な献身。

それが彼の純粋さゆえだと分かっていても、難羽には彼にそこまで背負わせてしまっている事実が重くもあった。

 

 

「フレクト」

 

 

難羽は静かに言った。

 

 

「その態度は、そろそろやめてくれ」

 

「は……?」

 

 

フレクトが目を瞬かせる。

 

 

「お前を救ったのは私かもしれないが、今、現場で命を救っているのはお前自身の意志と力だ」

 

 

難羽は真っ直ぐにフレクトの目を見た。

 

 

「お前はもう、助けられるだけの存在じゃない。……助ける存在……立派なヒーローだ」

 

「ヒーロー……」

 

 

フレクトはその言葉を噛み締めるように繰り返した。

親と同じ色のその肌に、誇らしげな朱色が差す。

 

 

「これからも頼むぞ。……ヒーローともヴィランとも違う、第三の守護者として」

 

「……ッ!」

 

 

フレクトは背筋を伸ばし、胸に手を当てて深く礼をした。

 

 

「はい。……ありがとうございます、難羽様!」

 

 

フレクトはマスクを装着し直した。

赤い複眼が光る。

黒いバッタの怪人として、彼は再び戦場へ——誰からも賞賛されず、戦うことも許されない、過酷な救助の現場へと戻っていく。

その背中はかつての孤独な男のものではなく、確固たる信念を持った戦士のものだった。

 

重厚な扉が閉まる。

会議室に、再び静寂が戻った。

 

 

「……相変わらず、重いくらいの忠誠心だ」

 

 

筒美がポツリと漏らした。

だがその顔にはフレクトへの嘲笑はない。

むしろ、彼と同じように難羽に救われた者としての共感が浮かんでいた。

 

 

「『改造人間(・・)』……か」

 

 

筒美はその単語を、独り言のように呟いた。

 

フレクトをはじめとする救助隊のメンバーたち。

彼らには前提となる入隊条件。

否、その処置を受けた者が望んだからこそ、この救助隊は結成された。

 

彼らは皆個性因子を喪失した、後天的な『無個性』である。

 

誰もが元々持っていた角や毛皮、牙を持っていない。

故に量産装備を彼らは利用できる。

 

それは彼らが難羽による改造を受けて、ようやく彼らは『人間(ふつう)』になれたということを示していた。

 

 

「これほど人数が増えるとはな……」

 

 

筒美は嘆くように天井を仰いだ。

 

救助隊の規模拡大。

それは組織としての戦力増強を意味するが、同時に「社会の歪み」がそれだけ深刻化しているという証明でもあった。

難羽に拾われなければ彼らは闇に呑まれ、あるいはヴィランとして破滅していただろう。

 

 

「……ああ」

 

 

難羽もまた、深く頷いた。

サングラスの奥の瞳が、僅かに揺れる。

 

 

「歪みが生んだ悲劇を、システムの一部として組み込み、社会を守る力に変える。……皮肉な話だが、それが今の我々にできる最善だ」

 

 

難羽はテーブルの上で手を組んだ。

 

 

「フレクトたちが現場で示している『非戦の救助』は、この社会に必要なものだ。ヒーローが戦い、警察が守る。この形をまず見せて、発想を与えることが重要だ」

 

 

会議室の空気は重いが、暗くはなかった。

ヘルパーズのように、確かに彼らが蒔いた種は目を出し始めているからだ。

 

 

彼らが所属するショッカーの世界征服。

 

 

それは物理的なものではない。

 

 

ショッカーが求める平和は、誰かが世界を管理し続けるという別の形のヒーローを前提としていない。

 

個性という新たな進化を遂げた人類が、既存の社会の形に個性を足すのではなく、個性を社会的に受け入れて新たな社会を創造する。

 

個性を使うことが当たり前という思考を世界に広げ、そしてそれに基づく社会を築き上げる。

 

 

それがショッカーの世界征服である。

 

 

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