バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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51話 404 Not Found.

 

雄英体育祭という巨大な熱狂が去り、通常の学生生活が始まる。

祭りの後の高揚感は波が引くように、急速に日常の静寂へと置き換わっていく。

 

だが、校内に漂う空気は以前のものとは決定的に異なっていた。

少なくとも難羽輪太郎にとっては。

 

廊下を歩く。

ただそれだけの行為に粘りつくような視線がまとわりつく。

 

 

「おい、あれ……サポート科の」

 

「ああ、二位の奴だろ? 凄かったよな」

 

「……個性、なんだっけ? 何も使ってないって噂だけど」

 

 

すれ違う生徒たちの囁き。

それだけならば単なる有名税として片付けられただろう。

 

だが難羽が肌で感じ取っていたのは、称賛や好奇心といった単純なものではない。

もっと湿度の高い、昏い熱量だった。

 

視線の主は主に普通科や、あるいはヒーロー科で結果を残せなかった者たちだ。

 

彼らの瞳の奥にあるのは「渇望」。

 

サポート科でありながらヒーロー科の猛者たちをねじ伏せ、準優勝という結果をもぎ取った難羽。

その事実は、彼らにとって残酷な「可能性」を提示してしまったのだ。

 

『もしも』。

 

もしも自分があの場に立っていたら。 もしも自分が諦めずに戦っていたら。

 

ヒーロー科の選抜に漏れ、夢を諦め、あるいは別の道を選んだ者たちの中に眠っていた残り火。

それを難羽という存在が、意図せずして煽ってしまった。

 

 

「……ヒーロー科から落ちた奴が、あんなにやれるなんてな」

 

 

誰かがボソリと零した言葉が耳に届く。

そこに含まれるのは難羽への賞賛ではなく、自分自身への悔恨とシステムへの微かな呪詛だ。

 

ヒーロー科と同じように戦える奴が、サポート科にいるわけがない。

 

そういったカーストの頂点がヒーロー科であり、その下はヒーロー科以外となる。

まるでヒーロー以外の夢を持つことが間違っているかのように。

 

 

(……罪なことをしたな)

 

 

難羽はポケットに手を突っ込んだまま、小さく息を吐いた。

 

かつて通っていた折寺中学での進路指導を思い出す。

 

 

『みんな、ヒーロー志望だよね?』

 

 

教師の問いかけに教室中の生徒が手を挙げていた、あの無邪気で残酷な光景。

クラスのほぼ全員が、根拠のない自信と共に夢を語っていた。

 

だが、現実はどうだ。

雄英という巨大な選別機関を通り抜け、今なおその夢を直視できている人間が、果たしてどれだけ残っているのか。

多くの人間は才能の有無や環境の差という壁にぶち当たり、ドロップアウトしていく。

難羽に向けられる視線はそのドロップアウトした者たちが抱く、行き場のないルサンチマンそのものだった。

 

 

「……諦めたのなら、静かに眠らせておけばいいものを」

 

 

誰に聞かせるでもなく呟き、難羽は足早にその場を去った。

彼にとってその視線はあまりに人間臭く、そして哀れだった。

 

そもそも難羽自身は異端であり、特殊だ。

チートを使っている状態ともいえる。

 

彼らの夢を背負うつもりはない。

だが、その「なれなかった者たち」の情念が渦巻くこの社会の構造こそが、難羽が正そうとしている歪みの一端であることもまた事実だった。

 

 

 

 

 

場所は変わり、雄英高校サポート科、開発工房。

廊下の湿っぽい空気とは打って変わり、そこは鉄と油、そして火花が散るような情熱に支配されていた。

 

 

「見てくださいよ難羽くん! 来てます来てます、じゃんじゃん来てますよぉ!」

 

 

ピンク色のドレッドヘアを揺らし、発目明が叫んだ。

彼女の手には、タブレット端末が握りしめられている。

 

 

「私のベイビーたちへの企業オファー! 大手サポート会社からベンチャーまで、選び放題です!」

 

「そいつは良かったな。……少し静かにしろ、発目。繊細な配線中だ」

 

 

難羽は作業デスクに向かい、極小のチップをピンセットで摘まみながら応じた。

 

彼専用のファブリケーターオクタビアスは使っていない。

あれは緑谷たちの装備を作る為に使用したものであり、学校の提出物程度で使うつもりはなかった。

 

発目のテンションは天井知らずだ。

彼女にとって体育祭は、自身の技術(ベイビー)を企業に売り込むための巨大な展示会。

その目論見は大成功を収めたと言っていい。

 

飯田天哉を利用したと言えば聞こえは悪いが、彼女なりに自身の技術で飯田を助け、ウィンウィンの関係を築いたのだから、難羽も文句を言うつもりはない。

 

 

「難羽くんの方も凄いですよね? だって準優勝ですよ? 引く手あまたに決まってます!」

 

「……さあな。私はベイビーを売り込んだ覚えはない」

 

 

難羽は淡々と返す。

彼にとってあの戦いは、特定の人間に対するアピールでしかない。

そもそも企業への売り込みをせずとも、彼の技術(ベイビー)はムゲンバンダイが製作しているスーツなどに利用されていた。

 

 

「難羽、ちょっといいか」

 

 

油圧式のアームが駆動する音と共に、工房の奥からパワーローダーの声がかかった。

黄色い重機のようなヘルメットを被った担当教諭。

その声色は普段の叱責とは違い、どこか困惑と興奮が混ざり合った奇妙なものだった。

 

 

「なんだ、先生。……工房の使用許可なら申請済みだぞ」

 

「いや、そうじゃない。……お前に、指名が来ている」

 

 

パワーローダーは一枚の電子ペーパーを難羽のデスクに置いた。

 

 

「指名……?」

 

 

企業からのスカウトか。

難羽は興味なさげに視線を落とし──そして、眉をひそめた。

そこに羅列されていたのはサポートアイテム開発企業の名ではなかったからだ。

 

 

『ガンヘッド・マーシャルアーツ事務所』

 

『フォースカインド事務所』

 

『ウワバミ・エージェンシー』

 

 

 

 

「……なんだこれは」

 

「プロヒーロー事務所からの、職業体験の指名だ」

 

 

パワーローダーが、信じられないといった様子で肩をすくめた。

 

 

「通常、サポート科の生徒に来るのは開発企業からのインターン要請だ。だが今回は……お前を『戦力』あるいは『現場の技術者』として欲しがっているヒーローたちがいるらしい」

 

「……異例だな」

 

「異例どころの話じゃない。サポート科の生徒がヒーロー事務所から指名を受けるなんて、雄英始まって以来の椿事(ちんじ)だ」

 

 

難羽はリストを指先で弾いた。

 

普通なら狂喜乱舞する事態だろう。

憧れのプロヒーローの現場に行けるのだから。

 

だが、難羽の思考は冷めている。

ガンヘッドなどは、明らかに難羽の体術(格闘センス)を見込んでの指名だ。

 

 

(……いらない)

 

 

率直に言えば必要なかった。

そもそも体育祭で結果を残したのは自分の異質さを印象付けさせること、緑谷たちにサポートアイテムの使い方を教えるためだった。

途中から楽しくなったのは否定しないが、目的はその二つだ。

 

ここでのアピールはもう必要ない。

ヴィラン連合との関わりを疑われ、監視の目がついている。

内通者、または協力者と思われているのだろう。

ここで難羽が消えれば、その印象は確定する。

 

なにより難羽はヒーローライセンスを必要としていない。

 

 

別名義(・・・)ではあるが、すでにヒーロー免許を持っているからだ。

 

 

 

「ん……?」

 

 

プロヒーロー事務所からの指名リストの中に気になる名前を見つけた。

 

どうやら派手に動きすぎて別の人間も釣れて連れてしまったようだ。

しかし、行くべき事務所は決まったと言っていいだろう。

 

 

「受けます。……現場のデータが必要だ」

 

「そうか。……なら、手続きを進めておく」

 

 

パワーローダーは頷いた。

 

 

「一つ質問が」

 

 

難羽が手を挙げた。

 

 

「職業体験の期間中、学校の授業はどうなるんでしょうか」

 

「公欠扱いになる。当然だろう」

 

「つまり、サポート科の授業に出なくていいと?」

 

「……まあ、そういうことになるな」

 

 

難羽は真顔で頷いた。

 

 

「それは助かります。……正直、今の授業内容は私にとっては既知の技術の復習でしかない。出席する時間が惜しかった」

 

 

一瞬、工房の空気が止まった。

発目が目を丸くして二人を見比べる。

 

あまりに傲慢な物言い。

しかし、難羽の瞳に慢心はない。

純粋な疑問として、効率性を問うているだけだ。

 

 

「……カカッ! 言ってくれるねぇ」

 

 

パワーローダーはアームで自身の頭をガリガリと掻いた。

 

 

「まあ、否定はできん。お前が毎回提出してくる課題……アレはなんだ? 『3分クッキング』か?」

 

「3分クッキング」

 

「授業中にチャチャッと作った即席の出来合いで、満点を叩き出してきやがるってことだ! カップ麺を作るような手軽さで、特許レベルのアイテムを持ってこられたら、教師の立場がないんだよ!」

 

 

パワーローダーは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに言った。

 

 

「手は抜いていませんよ。……逆に、サポートアイテムの域を超えないようにするのに苦労しています」

 

「……まったく、可愛げのない生徒だ」

 

 

 

パワーローダーは笑い、そして居住まいを正した。

 

 

「現場に出る以上、お前は『サポート科の生徒』ではなく、一時的にでも『ヒーロー』として扱われる。……当然、必要になるものがある」

 

「コスチュームですか」

 

「違う、名前だ……コードネーム。ヒーローネームだ。仮のもので構わん。現場で『おい学生』と呼ぶわけにはいかんだろう。お前を表す名乗りを決めろ」

 

 

ヒーローネーム。

その言葉が出た瞬間、難羽の手が止まった。

 

ペンを持ったまま、難羽はふと視線を虚空に向けた。

 

名前。

自分を定義するコード。

 

 

 

(……今更、名前か)

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

放課後の教室。

雄英高校1-Aは、職業体験の指名リストを手にした生徒たちの熱気で包まれていた。

 

 

「すげーな緑谷! 轟を倒しただけあって、指名数が半端ねえ!」

 

「ベスト4だもんね、当然だよ!」

 

 

クラスメイトの声に囲まれ、緑谷出久は恐縮しきりで頭を下げていた。

 

 

「い、いや、そんな……。結局、準決勝までだし……」

 

「謙遜すんなって! あの氷結と炎をねじ伏せたインパクトは強烈だったぜ!」

 

 

緑谷の机の上には、厚みのあるリストが置かれている。

 

体育祭準決勝敗退、第4位。

 

優勝候補の一角であった轟焦凍を破るというジャイアントキリングを成し遂げた緑谷への注目度は高く、数多くの事務所からオファーが殺到していた。

 

 

「……緑谷」

 

 

喧騒の中、不意にかけられた声に緑谷は顔を上げた。

 

そこに立っていたのはサポート科の制服を着崩した長身の少年、難羽だった。

 

教室内が一瞬、静まり返る。

サポート科でありながら決勝へ進出し、準優勝を掠め取った異端児。

その存在感はヒーロー科の生徒にとっても無視できないものになっていた。

 

 

「あ、難羽くん! ……どうしたの?」

 

 

緑谷が立ち上がる。

 

 

「少し話があってな」

 

 

難羽は短く言い、そして緑谷の机の上のリストに目をやった。

 

 

「……流石だな。轟を破った実績は伊達じゃない。引く手あまたか」

 

「いや、そんな……。でも、どの事務所に行けばいいか、正直迷ってて……」

 

 

緑谷はリストを見つめ、複雑な表情を浮かべる。

選択肢が多いというのはそれだけ迷いを生む。

 

自分の「ワン・フォー・オール」をどう磨くべきか、彼は岐路に立っていた。

 

 

「贅沢な悩みだな。……それで聞きたいんだが——」

 

 

難羽が何かを言いかけた、その時だった。

 

 

 

「緑谷少年っ!!」

 

 

 

教室の引き戸が勢いよく開かれ、突風と共に巨体が飛び込んできた。

金髪のマッスルフォーム、白い歯を見せた満面の笑み。

 

No.1ヒーロー、オールマイトである。

 

 

「オ、オールマイト!?」

 

 

クラス中がどよめく。

 

 

「はっはっは! 私はいつだって神出鬼没! ……緑谷少年、ちょっといいかな!?」

 

 

オールマイトはサムズアップを作ってみせたが、その額には玉のような脂汗が滲んでいる。

笑顔こそ作っているが、明らかに挙動不審だ。

彼は教室を見渡し、難羽の存在に気づいて「おっと」と足を止めた。

 

 

「サポート科の……難羽少年じゃないか。奇遇だね」

 

「どうも」

 

 

難羽は軽く会釈した。

憧れのNo.1ヒーローを前にしても、難羽の態度は崩れない。

むしろ、オールマイトのその焦りを値踏みするように観察している。

 

 

「こ、込み入った話があるんだ! 緑谷少年、ちょっと廊下へ!」

 

「え、あ、はい!」

 

 

オールマイトは緑谷の肩を掴むと、逃げるように廊下へと連れ出した。

難羽は少し考え、その後を追うように教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの廊下。

生徒の姿が少なくなった渡り廊下で、オールマイトは立ち止まった。

難羽も自然な動作で彼らに追いつき、会話に混ざる。

 

 

「……それで? 何かトラブルですか」

 

 

難羽が問うと、オールマイトはバツが悪そうに頬を掻いた。

 

 

「いや、トラブルというか……ある意味では吉報なんだがね」

 

 

オールマイトは懐から一枚の書類を取り出し、緑谷に突きつけた。

 

 

「君に来ている大量の指名の中に、これが混ざっていなかったかい?」

 

「え?」

 

緑谷はその書類を見て、首を傾げた。

 

 

「これ……まだリストの整理が終わってなくて、気づきませんでした。……個別の指名?」

 

「ああ。学校を通さず、私宛に直接連絡が来てねじ込まれたんだ」

 

 

オールマイトの声が、どこか重苦しく沈む。

 

 

「……断ることもできるが、私は受けた方がいいと思う。……いや、受けなきゃマズいというか……断ったら私が何をされるか……」

 

 

歯切れが悪い。

あのオールマイトが、まるで恐ろしい借金取りからの督促状でも渡すかのような怯えようだ。

 

 

「……先日の体育祭、君は轟少年を破る大金星を挙げた。その実力があれば、指名が殺到するのは当然だ」

 

 

難羽が口を挟んだ。

 

 

「ですが、オールマイトがここまで脂汗をかいてビビる相手からの指名……。ただのプロ事務所じゃないんでしょう」

 

 

図星だったのか、オールマイトの体がビクリと跳ねた。

 

 

「さ、さすがサポート科準優勝……洞察力が鋭いね……」

 

 

オールマイトは観念したように溜息をつき、その指名主の名前を口にした。

 

 

「……グラントリノ」

 

「グラントリノ……?」

 

 

緑谷が首を傾げる。

 

 

「聞いたことない名前だ……」

 

「無理もない。知名度など興味ないという人だったからな」

 

 

オールマイトは遠い目をした。

その瞳には、懐かしさと、それ以上の「恐怖」が入り混じっている。

 

 

「私の師匠(センセイ)さ」

 

「ええっ!?」

 

 

緑谷の驚愕の声が廊下に響く。

 

 

「お、オールマイトの師匠!? 先代の継承者ってことですか!?」

 

「いや、先代の『盟友』だ。……私が雄英生だった頃、一年間だけ担任を務めてくれたんだが……」

 

 

オールマイトは身震いした。

 

 

「あの時の過酷な指導(シゴキ)……思い出すだけで震えが止まらん! 私の今があるのはあの人のおかげだが、もう二度と会いたくないとも思ってしまう……!」

 

 

平和の象徴をここまで震え上がらせる老人。

緑谷はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「そ、そんな人が、なんで僕を……?」

 

「君が轟少年を破った試合を見て、何か思うところがあったんだろう。……『力任せだが、光るものがある』……とか言ってたらしいし」

 

「ひぃ……!」

 

 

オールマイトと緑谷が戦々恐々とする中、難羽だけは顎に手を当て考え込んでいた。

 

 

(なるほど、わたしはついでか)

 

 

そう確信して難波が口を開く。

 

 

「……緑谷」

 

「はい?」

 

「実はさっき教室で君に聞こうとしたのは、そのことだったんだ」

 

 

 

難羽は懐から、一枚の紙片を取り出した。

それは、緑谷が持っているものと同じ、職業体験の指名通知書だった。

 

 

「君に、『グラントリノ』というヒーローから指名が来ていないか。……それを確認したかった」

 

「え……どうして難羽くんが?」

 

 

難羽は指名通知書を裏返し、二人の前に提示した。

そこには明確なタイプ文字で、こう記されていた。

 

 

指名者:グラントリノ

 

 

「なっ……!?」

 

 

オールマイトが目を見開き、緑谷が絶句する。

 

 

「な、難羽少年にも……!?」

 

「ああ」

 

 

難羽はサングラスの位置を直し、冷静に告げた。

 

 

 

「ヒーロー名FOF(フォー・オー・フォー)の難羽だ。……職場体験ではよろしく頼むぞ、緑谷」

 

 

 

 

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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