バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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52話 超人社会の化石、あるいは遺物

 

難羽はなぜグラントリノに指名されたのか聞く緑谷を躱し、タブレットの画面を緑谷に向けた。

 

そこには公安ヒーロー委員会が運営する、一般公開用のヒーローライセンス登録者データベースが表示されていた。

誰でも検索すれば閲覧可能な正規ヒーローの公的リストだ。

 

 

「これから世話になる指導者だ。顔くらいは知っておくべきだろう」

 

 

難羽の指先が検索バーに『グラントリノ』と入力する。

 

緑谷の背筋が条件反射でピンと伸びた。

オールマイトから聞かされた、「あの人は凄い」「あの人は怖い」という数々のトラウマエピソード。

緑谷の脳裏には筋肉隆々で、鬼のような形相をしたスパルタ教師の姿が勝手に構築されていた。

 

 

(ど、どんな怖い人なんだろう……オールマイトが震えるくらいだもんね……!)

 

 

ごくりと唾を飲み込む緑谷。

画面が切り替わる。

 

そこに表示されたのは——。

黄色いマントに、白のボディスーツ。

目元を黒いドミノマスクで隠したヒーロー。

 

 

「……え?」

 

 

緑谷の思考が停止した。

 

想像していた鬼教官ではない。

そこに映っていたのは身長よりも杖の方が長いのではないかと思えるほど、背の縮んだよぼよぼのおじいちゃんだった。

頬はこけ、皮膚はたるみ、どこからどう見ても「隠居した老人」にしか見えない。

 

 

「こ、これが……グラントリノ……? 人違いじゃなくて?」

 

「本人だ。ヒーローライセンスは定期的な更新が必要だからな。写真は最新のものだ」

 

 

難羽は冷静に補足する。

 

 

「オールマイトの師匠だぞ? オールマイトの年齢を考えれば、師匠が還暦をとうに過ぎていても不思議ではない。……肉体の全盛期など、数十年前に終わっているのが普通だ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 

あまりのギャップに、緑谷は言葉を失う。

 

 

「見た目が変われば登録情報の更新は義務だ。例えばワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの虎……『タイガー』もそうだ。彼女が……彼か。彼がタイで性別適合手術を受け、男性へと戸籍を変更した際もライセンスの写真は即座に更新された。それと同じ手続きだ」

 

 

難羽の事務的な説明に緑谷はようやく現実を受け入れ始めた。

だが、新たな疑問が浮かぶ。

 

 

「でも、この順位……。ランキング、圏外に近いよ? オールマイトの師匠なのに?」

 

 

画面に表示されたヒーロービルボードチャートは、測定不能に近い下位だった。

通常ここまでの下位はデビューしたての新人か、サイドキック専門のヒーローが位置する場所だ。

 

 

「現役を退いて久しいということだ。この年齢でわざわざ免許の定期更新を行って、かつ普段目立った活動をしていないというのは非常に珍しいタイプだがな」

 

 

難羽は画面をスクロールし、老人の頼りない全身像を見つめた。

その目は何故か老人ではなく育った子どもを見るような目だ。

 

 

「『過去の人』という扱いなわけだ。……最近だと、『ヨロイムシャ』も似たようなものだ。彼もランキング上位にはいるが、実質的な活動よりもテレビのご意見番ポジションに収まっているだろう?」

 

「ヨロイムシャ……」

 

 

緑谷は記憶の引き出しを開ける。

 

高齢のヒーローで、武士のような甲冑を纏った重鎮だ。

ワイドショーなどでコメンテーターとして座っている姿はよく見るが、彼が実際に戦っている映像は緑谷の膨大なヒーロー知識の中にもほとんどなかった。

 

 

 

「……言われてみれば、僕、ヨロイムシャの『個性』とか、どういう戦い方をするのか、詳しく知らないな。有名なヒーローのはずなのに」

 

 

 

緑谷が首を傾げる。

ヒーローオタクである彼が知らないというのは異常事態だ。

 

それを聞いた難羽は、「ふっ」と自嘲気味に笑い、タブレットの画面を切り替えた。

今度は『ヨロイムシャ』のページだ。

 

 

「歴史の授業だ、緑谷。……お前が知らないのは無理もない。彼の全盛期は、今の教科書ではあまり語られない『超常黎明期』から『超人社会確立期』の狭間だからな」

 

 

難羽の声のトーンが一段低くなった。

 

 

「あの時代、ヒーローとして扱われる存在の定義は今よりも遥かに広かった。……いや、もっと野蛮だったと言い換えてもいい」

 

「野蛮……?」

 

「治安は最悪、警察機構は崩壊寸前。強力な個性を持った犯罪者を単純に『捕まえる』だけでは人手も施設も足りなかった時代だ。……そんな時代に、ヨロイムシャはどうやって名を上げたと思う?」

 

 

難羽は、ヨロイムシャの個性欄を指差した。

 

 

個性:『刀』

 

 

「『刀』……? 身体から刀を作る個性?」

 

「ああ。自身の身体から、鋼鉄の刀を生成する個性だ。それだけだ。……身体強化も、衝撃波も、再生能力もない。ただ、切れ味鋭い刃物を作り出すだけの能力」

 

 

難羽は緑谷の目を見て問いかける。

 

 

「その個性でどうやって凶悪なヴィランを止める? 相手を傷つけずに無力化できると思うか?」

 

 

緑谷の顔色がさっと青ざめた。

 

刃物。

それは相手を殺傷するための道具だ。

手加減をして峰打ちにするにしても、限度がある。

 

 

「……まさか」

 

「殺人が、許されていたんだ」

 

 

難羽は淡々と、しかし重く告げた。

 

驚愕に見開かれる緑谷の瞳。

現代のヒーロー社会においてヴィランの殺害は原則として認められていない。

それは最終手段であり、過剰防衛となればヒーロー側が罪に問われることすらある。

 

 

「若い頃のヨロイムシャは自身が生成した刀で、暴れるヴィランを次々と切り殺していた。……文字通り斬首し、両断し、血の海を作って街を守った」

 

 

難羽の言葉が教室の空気を冷やしていく。

 

 

「もちろん、相手は極悪人だけだ。レイプ魔、大量殺人鬼、テロリスト。……当時の人々は、彼を称賛した。『悪を断つ正義の刃』だと。彼がヴィランを殺すたびに市民は喝采を送り、感謝したんだ」

 

 

緑谷はテレビで見るヨロイムシャと血に塗れた侍の姿を重ね合わせようとして、脳が拒絶反応を起こした。

 

 

「でも……今は……」

 

「ああ。時代が移り変わった。法が整備され、刑務所が拡充され、ヒーローは『殺さずに捕らえる』ことが絶対の正義となった」

 

 

難羽は悲しげに目を伏せた。

 

 

「するとどうだ。かつての英雄に向けられる声が変わった。『血なまぐさい』、『残忍だ』、『そもそもあれは殺人じゃないか』……とね」

 

 

手のひらを返したような世論。

昨日まで「守ってくれてありがとう」と言っていた人々が、平和になった途端に「人殺し」と指弾する。

 

 

「いつの間にか、彼は時代に取り残されていた。……彼の個性は『刀を作る』ことだ。相手を殴って気絶させるための肉体強化もなければ、拘束するためのロープも出せない。彼の本質は『殺傷』に特化しすぎていた」

 

 

難羽はタブレットを閉じた。

画面の光が消え、二人の間に影が落ちる。

 

 

「彼は生き残るために、過去を消した。……ネット上にあった、彼がヴィランを斬り殺す動画、血に塗れた活動記録。それらを大金を払って削除させ、イメージアップ戦略に乗り出した」

 

 

今のヨロイムシャの重厚な甲冑姿。

それは防御のためではない。

 

 

「彼は今、過去の戦いによる血生臭い遺産と、作られたクリーンなイメージの『鎧』をまとって辛うじてヒーローの座にしがみついている老人でしかない……実績は確かな人なんだがな」

 

 

難羽はため息交じりに締めくくった。

 

 

「……グラントリノも、ヨロイムシャも、その時代に活躍したヒーロー達の多くは遺物か化石扱いだ。私たちがこれから会いに行くのは、そういう時代の層に埋もれた人間というわけだ」

 

 

緑谷は何も言えなかった。

ただ消えたタブレットの画面に映る自分の顔を見つめながら、ヒーローという存在の光だけではない深い闇の一端を覗き込んだ気がして、身震いした。

 

「平和の象徴」オールマイトの輝きの裏には、積み上げられた屍と、忘れ去られた刃があったのだ。

 

難羽の話を聞き終え、緑谷は重苦しい沈黙に包まれていた。

かつての英雄たちが時代の変化と共に「汚れ」として扱われ、漂白されていった歴史。

華やかなヒーロー社会の足元に広がる暗い影。

 

緑谷の表情が曇るのを見て、難羽はふっと息を吐き、タブレットの画面を消灯させた。

黒い鏡となった画面に、二人の顔が映り込む。

 

 

「だがな、緑谷。……『遺物』というのは、単に古いだけのガラクタという意味じゃないぞ」

 

 

難羽の声色が先ほどまでの歴史を語る学者のような響きから、戦場を知る者の鋭いそれへと変わった。

彼は一歩、緑谷に踏み込む。

 

 

「それはある意味で、あの恐ろしい時代のヴィランとの『殺し合い』を知っているということだ。……今の世の中のように、個性を使えば即座に逮捕されるような生温い環境じゃない。殺さなければ殺される、無法地帯を生き抜いてきた猛者だということだ」

 

 

緑谷がごくりと喉を鳴らす。

グラントリノの小柄な老体。

その奥に潜む修羅場の経験値。

それは教科書やマニュアルで学べるものではない。

 

 

「なめてかかるなよ、緑谷。……これから私たちが向かうのは、雄英の教育センターでも、安全な演習場でもない」

 

 

難羽は緑谷の胸を、指先でトンと突いた。

 

 

「あのオールマイトの怯えようを見ればわかるだろう? 平和の象徴が、ただの老人にビビり倒していた。……それが答えだ」

 

 

緑谷の脳裏にガタガタと震えていたオールマイトの姿が蘇る。

 

 

『あ、あの人は……やめておいたほうが……』

 

 

あの震えは単なる苦手意識ではなかったのだ。

生物としての本能的な恐怖。

 

 

「『体で覚えろ』が基本の、超スパルタじじいだぜ。……理屈じゃない。痛みと疲労で、骨の髄まで叩き込まれるぞ」

 

 

難羽はそう言うと、口角を吊り上げた。

それはこれから始まる地獄のような特訓を予見し、それをどこか楽しんでいるかのような、ニヤリとした獰猛な笑みだった。

 

 

「……行かなきゃ」

 

 

恐怖はある。

だがそれ以上に、「失われた時代の強さ」への好奇心と強くなりたいという渇望が、彼の体を熱くさせていた。

 

緑谷は顔を上げた。

待ち受けるのがスパルタじじいだろうと過去の遺物だろうと、そこにはオールマイトを育て上げた「原点」があるはずだから。

 




ヨロイムシャの設定は完全に捏造です。
ただ、チャート9位という結果を残しているのに今は活躍していないというのはこんな感じかなと考えて書きました。

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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