バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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57話 怪人を倒す(殺す)

 

保須市の夜は赤と黒に塗り潰されていた。

 

異形の怪物、脳無の咆哮が空気を震わせ、爆炎が建物を舐める。

窓ガラスが熱で弾け飛び、逃げ惑う人々の悲鳴とプロヒーローたちの怒号が交錯する阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

その混沌の最中、緑谷は路地裏へと姿を消した。

飯田天哉の危機を察知し、自身の正義に従って走り出したのだ。

 

その背中を見送った直後。

 

夜空の暗雲が、不自然に渦を巻いた。

そこに稲光はない。

あったのは闇よりもなお深い、漆黒の雷撃だった。

 

鋭い気合と共に天空から黒い弾丸が墜ちてくる。

 

それは重力を無視したかのような速度で、暴れ回る白き脳無の一体へと殺到した。

 

鼓膜を破るような衝撃音が響き、アスファルトが悲鳴を上げる。

蜘蛛の巣状に亀裂が走り、爆心地には砂塵が舞い上がって周囲の炎を一瞬だけ吹き飛ばした。

 

プロヒーローの一人、マニュアルが目を細める。

砂煙が晴れたそこに立っていたのは、一人の黒き戦士だった。

 

仮面アクター・ショッカー。

 

彼の右足は地面にめり込んでいるのではない。

脳無の背中を貫き、そのままアスファルトをも貫通して、怪物を大地に縫い止めていたのだ。

 

踏みつけられた脳無が、理解不能な呻き声を漏らす。

物理的な破壊力だけではない。

 

その一撃には生物としての生存本能を直接踏みにじるような、圧倒的な「死」の重圧が込められていた。

 

アクターは足元の肉塊が蠢くのを意に介さず、ゆっくりと顔を上げた。

白く発光する複眼が、戦場の惨状を冷徹にスキャンしていく。

 

 

「…………」

 

 

彼は耳元の通信機に手を添え、淡々と指示を飛ばし始めた。

 

 

「こちらアクター。……ショッカー救助隊A、脳無の位置情報を共有しろ。市民への被害予測円を算出、エリアを封鎖せよ」

 

 

通信機の向こうで、了解の応答が入る。

 

 

「救助隊Bは逃げ遅れた要救助者の確保と移送。瓦礫の下は見逃すな。……C班は火災対応だ。プロヒーローのマニュアルたちと連携し、延焼を食い止めろ」

 

 

的確かつ迅速な指示。

彼の背後にはいつの間にか黒い戦闘服に身を包んだ集団——ショッカー救助隊——が展開し、組織的な動きで避難誘導を開始していた。

それはヒーロー活動というより軍事作戦に近い光景だった。

 

 

「脳無周辺からは離れろ。……ここは私がやる」

 

 

アクターがそう告げた瞬間、もう一体の脳無が背後から迫る。

 

 

肥大化した丸太のような剛腕が振り下ろされる。

風を切り裂く轟音。

直撃すれば鉄骨すらひしゃげる一撃が、無防備なアクターの後頭部を襲った。

 

周囲のヒーローが警告の声を上げる。

 

剛腕が空を切る。

アクターは脳無の腕が触れる寸前紙一重で首を傾げ、上半身をわずかにスライドさせていた。

最小限の動き。

無駄な跳躍も派手な防御もしない。

まるで最初からそこに攻撃が来ることを知っていたかのような機械的な回避。

 

 

「……滅殺(めっさつ)だ」

 

 

アクターは冷ややかに言い捨てると、空を切った脳無の懐へと滑り込んだ。

 

密着状態。

アクターの右腕が黒い粒子を纏って変形する。

ナノマシンが再構築され、彼の手には異様な形状の武装が握られていた。

 

それは剣でも銃でもなかった。

黒い金属の筒に、危険色である黄色のラインが塗装された無骨な鉄塊。

先端には、太く鋭利な(パイル)が覗いている。

工事現場の削岩機を対生物用に凶悪化させたような兵器。

 

 

「——スティンガービー」

 

 

アクターは短く兵装の名を呼ぶと、それを脳無の分厚い胸板へと押し当てた。

 

ためらいはない。

慈悲もない。

 

 

「穿て」

 

 

炸裂音が響く。

火薬と圧縮空気の力で射出された鋼鉄の杭が、脳無の鋼のような筋肉を容易く貫通した。

皮膚が裂け、肋骨が砕ける感触。

杭は深々とその胸に埋まり、衝撃で脳無の巨体が後方へと吹き飛んだ。

 

数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる脳無。

しかし、その生命力は異常だった。

 

胸に大穴を開けられながらも痛みを感じない怪物は、すぐにゆらりと立ち上がろうとする。

再生能力か、あるいは薬物による暴走か。

その瞳には未だアクターを殺そうとする殺意が宿っていた。

 

だが。

アクターはすでにその脳無を見ていなかった。

彼は背を向け、次の標的を探すように視線を巡らせている。

 

脳無の胸から甲高いモーター音が響き渡った。

自分の胸を見る。

そこには深々と突き刺さったままの「杭」があった。

 

そしてその杭は——高速回転している。

 

肉の焼ける嫌な臭いがあたりに充満し始めた。

超高速で回転する杭は、ドリルとなって脳無の体内を蹂躙していた。

 

摩擦熱。

回転する杭の表面温度は瞬く間に数百度に達し、脳無の筋肉を、血管を、内臓を、焼き焦がしながら削り取っていく。

 

脳無が胸を掻きむしろうとするが、手遅れだった。

回転する杭はただ回るだけではない。

先端が回転しながらさらに奥へと、ドリルが木材に食い込むように推進していく。

 

外側から見れば、胸に杭が刺さっているだけに見えるかもしれない。

だがその内側では心臓も肺も背骨も、すべてが「挽肉」と化していた。

再生能力が追いつかないほどの速度で細胞そのものを熱と回転ですり潰していく。

 

物理的な破壊と、熱による焼却の二重奏。

毒による苦しみが物理的な破壊の形に変わったような悍ましさ。

 

脳無の口から黒い煙と煮え立った血液が溢れ出した。

内側がぐずぐずになった怪物は糸が切れた操り人形のように膝をつき、そのまま地面に突っ伏した。

 

ビクリとも動かない。

完全なる沈黙。

回転音が止まり、杭から排熱の蒸気が上がる。

 

その光景を周囲のプロヒーローたちは息を呑んで見つめていた。

 

彼らもまた、個性を使ってヴィランと戦う者たちだ。

時には全力を行使し、結果としてヴィランを殺してしまう可能性はある。

だが、それはあくまで「事故」か「緊急避難」だ。

 

しかし、目の前にいる黒い戦士は違う。

彼が使用した兵装。

それは相手を拘束するためのものでも、無力化するためのものでもない。

確実に、効率的に、対象の生命活動を停止させるためだけに設計された「処刑器具」だった。

 

 

「あいつ……」

 

 

一人のヒーローが震える声で呟いた。

 

 

「ヴィランを『倒す』つもりじゃない……『殺す』つもりでここに来ている……!」

 

 

仮面アクター・ショッカー。

その背中から漂うのは正義の輝きではない。

害虫を駆除する清掃業者のような、冷徹で無機質な「殺意」のオーラだった。

 

 

 

 

保須市の夜景を一望できる雑居ビルの屋上。

そこに四つの影があった。

死柄木弔、黒霧、そして新入りのマスタードとマグネだ。

 

彼らの視線の先、遥か下方の交差点では、一方的な蹂躙劇が繰り広げられていた。

 

 

「……ハッ。相変わらずデタラメだな、あれは」

 

 

死柄木が乾いた笑いを漏らす。

その手には双眼鏡などはなく、肉眼で戦場を見下ろしているが、その瞳は獲物を観察する蛇のように細められている。

 

眼下では、黒き戦士——仮面アクター・ショッカーが、脳無の巨体を玩具のように扱っていた。

先ほどの一撃必殺のパイルバンカー『スティンガービー』だけではない。

死柄木の脳裏にはかつてUSJ襲撃時に目撃した、あの男の多彩すぎる武装(ギミック)が蘇る。

 

 

(USJの時……あいつは見せた)

 

 

死柄木は記憶の引き出しを開ける。

 

一つは『アームヘラクレス』。

右腕が巨大なヘラクレスオオカブトを模した質量兵器へと変形し、脳無の頭蓋を万力のように握り潰し、あるいはハンマーのように殴り飛ばした剛腕。

 

もう一つは『レーザーファイアフライ』。

腕に蛍のようなガントレットを形成し、黒い羽根を展開させ、手の甲の照射口から高出力の緑色レーザーを放ち、遠距離から敵を焼き切った光学兵器。

 

そして脳無を木っ端微塵に粉砕した必殺の一撃、『ライダーパンチ』。

 

 

「必殺、遠距離、近接、そして今回の貫通兵装……ヘドロのヴィラン事件で二つ違うの使ってたな」

 

 

死柄木が指を折りながら呟く。

隣で見ていたマグネが、サングラス越しに眉をひそめた。

 

 

「ちょっとォ……何なのあいつ? 『個性』って一つじゃないの? 複数の個性を使い分けてるってことォ?」

 

「……いえ、彼はどうやらサポートアイテムを全身に纏っているようです。出力と殺意はけた違いですが」

 

 

黒霧が冷静に補足する。

通常の個性による戦闘は肉体の変異や放出など、ある程度特化した形が見える。

だがあの仮面アクターの戦闘スタイルは、生物的な進化というよりは工業的な換装(システムチェンジ)に近い。

 

何よりその基礎スペック自体が異常だ。

 

 

「そもそも……あいつ、いつの間にあそこに来た?」

 

 

死柄木が低い声で言った。

彼らは高所から戦場を俯瞰していた。

 

しかし脳無に向かって降下してくる一瞬まで、その姿を捉えることができなかった。

黒い雷が落ちたと思った時にはすでに脳無の背中を踏み抜いていたのだ。

 

空間移動の使い手である黒霧ですらその接近を感知できなかった。

オールマイトのような純粋な身体能力による高速移動か、あるいは何らかのステルス技術か。

 

 

「エンデヴァーが一体処理したようだが……残りの二体を、あいつ一人であっさり葬り去りやがった」

 

 

 

炎の英雄エンデヴァーが苦戦しながら一体を倒す間に、アクターは涼しい顔で2体の「害虫駆除」を完了させていたのだ。

 

 

「……おい、新入りども」

 

 

死柄木がくるりと背を向け、マスタードとマグネを見た。

その顔にはいつもの気怠さはなく、真剣な色が浮かんでいる。

 

 

「一つ、ルールを決めてやる。……今後、現場であいつ——仮面アクターと相対した場合、迷わず逃げろ」

 

「はぁ?」

 

 

マスタードがガスマスク越しに不満そうな声を上げた。

マグネも唇を尖らせる。

 

 

「逃げろって……戦う前から負けを認めろってこと? アタシらだってヴィランよ? プライドってもんがあるんだけどォ」

 

「そうですよ。俺の毒ガスなら、広範囲攻撃であいつも……」

 

「馬鹿か、お前らは」

 

 

死柄木は冷たく言い放った。

 

「戦闘するのは構わない。だがそれは『勝つため』じゃない。『逃走経路を確保するため』の遅延行為だと思え」

 

「……いくらなんでも、そこまで言うことないっしょ。カッコ悪い」

 

 

マスタードが中学生らしい反抗心で食って掛かる。

ヴィランとして名を上げたい、力を示したいという若さゆえの暴走。

だが、死柄木はそれを鼻で笑うのではなく、静かに問いかけた。

 

「じゃあ聞くが。……お前ら、あいつを『大怪我なし』で倒せるか?」

 

「…………」

 

二人が言葉に詰まる。

眼下のアスファルトには胸をドリルで抉られた脳無と、頭を粉砕された脳無が転がっている。

あの脳無はプロヒーロー数人がかりでも止められない怪物だ。

それを単独で、無傷で処理する存在。

 

そしていつものヒーローのような手加減はしてくれない。

ヴィランのように落としどころを考えてくれるわけでもない。

 

 

「あいつの攻撃は『殺し』に来てる。……手加減も、逮捕のための拘束もしない。ただ効率的に敵を排除するマシーンだ」

 

 

死柄木は自分の首筋を親指でなぞった。

 

 

「お前らが無駄に命を張る必要はねぇよ。……もっとましなことに使おうぜ、命は」

 

 

死柄木の言葉には奇妙な説得力があった。

仮面アクターに恐れをなしたようにも思える言葉ではある。

しかしそれよりも、死んでほしくないという仲間に対する感情が伝わってくる。

 

マグネはふぅ、と息を吐き、巨大な磁石柱を肩に担ぎ直した。

 

 

「……わかったわよォ。リーダーがそこまで言うなら、従うわ」

 

「チッ……了解っすよ」

 

 

マスタードも渋々頷く。

彼らは本能的に理解したのだ。

死柄木弔という男が単なる破壊者ではなく、組織を束ねる「王」へと成長しつつあることを。

 

 

「よし。……黒霧、帰るぞ」

 

 

死柄木は興味を失ったように、再びポケットから携帯ゲーム機を取り出した。

眼下では駆けつけた警察やヒーローたちが仮面アクターを取り囲もうとしているが、彼はおそらく煙のように消えるだろう。

これ以上の観戦は時間の無駄だ。

 

 

「脳無の回収は?」

 

「放置でいい。……どうせ使い捨てだ。それに、あいつに壊されたんじゃ回収しても直せねぇだろ」

 

 

死柄木は歩き出しながら、マスタードの背中をバンと叩いた。

 

 

「帰ったら格ゲーやるぞ、マスタード」

 

「えっ? いや、俺は別に……」

 

「前回みたいにボコボコにしてやるから覚悟しとけ。……ハメ技なしでな」

 

「……それ、絶対ハメ技使うやつのセリフじゃないですか」

 

 

軽口を叩きながら、闇に溶けるように消えていくヴィランたち。

黒霧が展開したワープゲートに四つの影が吸い込まれていく。

 

保須市の空には、まだ黒煙が残っていた。

だが、ヴィラン連合にとっては、これは単なる「前哨戦」に過ぎない。

仮面アクターというイレギュラーな脅威を確認し、組織としての結束を固めるための有意義な夜遊びだった。

 

 

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