雑居ビルの古びたエレベーター。
その隠しコマンドを入力した先にある地下空間は、地上の日常とは隔絶された異界だった。
難羽輪太郎のプライベート・ラボ。
そこには鼻を突く焦げ付いた硝煙の臭いと、過熱した電子部品が発する独特の金属臭、そして人間の汗の匂いが重く沈殿していた。
爆発音が防音壁に吸い込まれていく。
「……ッ、ハァ、ハァ……クソがッ!!」
爆豪勝己はコンクリートの床を殴りつけ、肩で息をしていた。
全身から滝のような汗が流れ落ち、愛用の黒いタンクトップは肌に張り付いている。
視界が揺らぐほどの疲労。
だがそれ以上に彼の心を削っていたのは、目の前に立つ絶望的な壁の存在だった。
黒い鋼鉄の塊。
難羽が開発した自律型戦闘ロボット。
その無機質な
(……なんでだ。今のゼロ距離爆破だぞ……!?)
爆豪は歯噛みした。
先ほどの一撃は、普通のヴィランならば消し飛ぶ威力を込めたはずだ。
だがこのロボットの漆黒の装甲には、煤汚れこそあれど凹み一つ生じていない。
単なる素材工学の産物ではない。
衝撃を熱エネルギーに変換して拡散する特殊コーティングか、あるいは物理学を覆すような未知のテクノロジーか。
「そこまでだ……これ以上やっても、お前の悪い癖が強化されるだけだ」
観測ブースのスピーカーから、冷ややかな声が響いた。
強化ガラスの向こうから、難羽がゆっくりと階段を降りてくる。
その声は同年代の少年に対するそれにしてはあまりに不遜で、突き放すような響きを含んでいた。
学校で見せる顔とは違う。
そこにあるのは幾多の戦場を知り尽くした指揮官のような、静かで重い威圧感だ。
「……うるせぇ!! まだやれる!!」
爆豪は膝をついたまま叫んだが、その拳は微かに震えていた。
身体の限界ではない。
自分の「最強」が、この得体の知れないギークが作った玩具にすら通じないという事実に魂が悲鳴を上げているのだ。
難羽は爆豪の数メートル手前で足を止めた。
ポケットに手を突っ込み、無感情にその無様な姿を見下ろしている。
「感情に任せて火力を上げれば勝てると思っているのか? ……その短絡的な思考回路こそが、最大の弱点だと言っている。冷や汗で爆破でもするか?」
「……ッ」
爆豪は唇を噛み切り、滲んだ血の味を飲み込んだ。
悔しいが、反論できなかった。
見学していた難羽のアドバイスは、常にコンマ数秒先を予見するかのように的確だった。
「右に来る」「爆風の死角が開いている」——その全てが現実となり、爆豪はロボットに翻弄され続けたのだ。
爆豪はへし折れそうなプライドを、ギリギリと音を立てるような力技でねじ伏せた。
ここで吠えても意味がない。
勝つためには、盗むしかない。
この目の前の男が持っている正解を。
「……教えろ」
それは爆豪勝己の人生において、初めて他者に乞う言葉だった。
「難羽。てめぇ……なんであのアホみたいな動きに、自分じゃできねぇはずの対応ができる……その種明かしをしろ」
難羽の眉がピクリと動く。
爆豪は直感していた。
難羽は肉体的には無個性だ。
身体能力は高いが、それだけでしかない。
それなのに、なぜ戦いの正解を知っている?
なぜ、プロヒーロー以上の解像度で戦況が見えている?
「種明かし?」
難羽は自嘲気味に笑った。
その瞳には深く、暗い、底知れない時間の堆積が宿っている。
銀色に輝いているはずの瞳孔に、穴でも開いているような感覚を爆豪は覚えた。
「まあ、年の功だよ……冗談だと思ってくれて構わないが」
「……あァ? 中坊が何言ってやがる」
爆豪は顔を上げたが、難羽がそれ以上の理由を話す気がないことを即座に悟った。
だが、その冗談めいた言葉の裏に、嘘の匂いはなかった。
難羽の立ち姿から滲み出る、圧倒的な経験値の厚み。
それは教科書やトレーニングで身につくものではない。
幾度も死線を潜り抜け、絶望を味わい、それでも立ち上がってきた者だけが纏う強者の年輪だ。
(……こいつ、何者なんだ)
同じ十四歳のはずだ。
なのにこいつの中身は、とうの昔に完成している。
爆豪は本能的に理解した。
この男に従うことは敗北ではない。
より高みへ登るための、最短のルートなのだと。
師を求めることは間違いではないと。
難羽はポケットから手を出し、爆豪の前にしゃがみ込んだ。
「爆豪。勘違いするな、お前の才能は認めている」
難羽の声色が、少しだけ柔らかくなる。
「爆破による空中移動……あれを独学で、ホバー機能もなしに成立させているのは純粋に驚異的だ。瞬間的なベクトル制御、パワーバランスの維持。センスは現役のプロですら真似できない領域にある」
素直な称賛。
爆豪の目がわずかに見開かれる。
「……だが」
難羽の目が再び鋭く細められた。
「発想が固すぎる。攻撃手段が『爆破』しかない……それでは、あのヘドロヴィランのような物理衝撃が効かない相手、あるいは爆破そのものを無効化する相性の悪い敵に出会った瞬間、ただの獲物になる」
爆豪の顔に屈辱の色が走る。
あの日、駅前通りで味わった無力感。
喉を塞がれ、何もできずに死を待つしかなかった数分間のトラウマ。
「ヒーローという職業は厄介だ。ただ勝てばいいわけじゃない」
難羽は立ち上がり、ラボの天井を見上げた。
「パブリシティやイメージという鎖がある以上、合理的であっても撤退が許されない場面が必ず来る。逃げられない場所で、自分の正解が通じない敵と対峙した時、お前はどうする? ……爆破だけで死ぬまで足掻き、そのまま無駄死にするか?」
その言葉は、爆豪の心臓を鷲掴みにした。
勝つことしか考えてこなかった。
だが、勝てない状況でどう立ち回るか、その視点が欠落していた。
負けない戦い方を覚えなくてはならないのだ。
難羽は爆豪の目の前まで歩み寄り、冷徹な視線を突き刺した。
「今必要なのは、個性を磨くことじゃない。個性に依存しきったその戦闘スタイルそのものを解体し、再構築することだ……身体操作、道具の活用、環境利用。使えるものは全て使い、勝利をもぎ取る戦術を叩き込んでやる」
爆豪は難羽を睨み返した。
その瞳に宿るのは、もはや反発の炎ではない。
飢えた獣が、新たな牙を見つけた時のギラついた光だ。
肉体的には無個性の少年に過ぎないはずの難羽。
だがその頭脳と経験は、オールマイトにも匹敵する遺産だ。
「……いいぜ。全部、俺が喰って、俺のモンにしてやるよ」
爆豪は震える脚で立ち上がり、ニヤリと笑った。
その笑みは凶悪だが、どこか晴れやかだった。
「テメェのその
「……いいぞ。そういうやつは好きだ」
難羽が指を鳴らすと、地下ラボに再びロボットの再起動音が響き渡った。
地上では、一人の少年がナンバーワンヒーローから「最強の力」を受け継ごうとしている。
地下では、一人の少年が名もなきオールドヒーローから「最強の思考と技術」を受け継ごうとしていた。
二つの継承劇は、静かに、しかし確実に動き出していた。
現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?
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段落を使った普通の文章のほうが良い
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今の文章の方が良い