バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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63話 転弧:オリジン

 

瓦礫の山と化した志村家から、難羽は全速力で駆けていた。

 

夕暮れの公園。

 

そこに膝を抱えてうずくまる小さな影があった。

 

恐怖と孤独、そして自責の念に苛まれ、首をガリガリと掻きむしる少年、志村転弧。

 

その少年に影が落ちた。

夕闇よりも深く、底知れない悪意を纏ったスーツの男。

 

オール・フォー・ワン。

死柄木全。

 

 

 

「……誰も助けてくれなかったんだね。辛かったね」

 

 

 

男がゆっくりと、その大きな手を差し伸べる。

転弧がおずおずと顔を上げ、その手を取ろうとした瞬間。

 

難羽の視界が赤く染まった。

 

全身の血液が沸騰するような激怒。

やはり、お前か。

 

難羽は喉が裂けんばかりに咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 

「死柄木ィィィイイイッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

絶叫と共に、難羽の肉体を覆っていた人工皮膚が内側からの熱で蒸発する。

そして顔の前に黄金の髑髏が現れ混ざり合う。

 

 

現れたのは黄金の骨格装甲を持つ死神、ガイツ。

漆黒のマントをたなびかせ、AFOを殺すために駆け出す。

 

 

彼の奥歯(クラッシャー)が噛み合わされ、体内の特殊機構が起動した。

 

 

 

 

 

 

 

「加速装置!!」

 

 

 

 

 

 

世界が静止した。

 

 

枝から落ちる葉が空中で止まり、カラスの羽ばたきと鳴き声が止まる。

 

 

否、超高速の世界に入ったのだ。

 

 

ガイツだけがその凍りついた時間の中を疾走した。

 

 

音速の壁を超え、マッハの領域へ。

 

彼は右脚に全エネルギーを集中させ、AFOの無防備な腹部へと叩き込んだ。

 

 

 

衝撃波が遅れて炸裂する。

 

 

 

「ごふっ……!?」

 

 

 

AFOの口から大量の血が噴き出した。

巨悪の身体がくの字に折れ、砲弾のように水平に吹き飛び、公園の樹木をなぎ倒して突っ込んでいく。

 

 

(手応えはある……だが奴の攻撃範囲……転弧を庇っての戦闘……)

 

 

ガイツは冷静に観察した。

吹き飛んだAFOは腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。

 

即座に回復するような超常的な治癒能力は今の奴にはない。

 

だがこちらは1人で守るべきものがある。

加速装置を無限に使用できるエネルギーはない。

 

ガイツは転弧の前で急停止し、叫んだ。

 

 

 

「逃げろ、転弧!!」

 

 

 

 

 

 

「……ゴホッ、ゴホッ……手荒い挨拶だね」

 

 

瓦礫の山からAFOがふらりと立ち上がった。

腹部のスーツは破け、腹にはどす黒いあざができ、口元からは血が流れている。

 

彼は血を拭おうともせず、ただ愉快そうに笑った。

 

 

「志村菜奈の師、ガイツ……まさか君がまだ生きていたとは。生にしがみつく人形はしつこいねぇ」

 

「転弧に何をした!!」

 

 

ガイツが構える。

目の奥の赤い光が怒りを表すように燃え上がっている。

 

 

「何も? 私はただ、個性の発現に苦しむ子供に救済を与えようとしただけだよ」

 

 

AFOは両手を広げた。

 

 

「彼には才能があった……破壊の才能がね。なのに無個性のままなんて可哀想だろ?」

 

 

その言葉に難羽は引っ掛かりを覚えた。

 

そして、ある最悪な推論へと至る。

 

 

(……無個性? そんな偶然があるか?)

 

 

志村菜奈は「浮遊」の個性を持っていた。

その孫である転弧が4歳を過ぎて「無個性」と診断される。

そこまではいい。

 

AFOが狙った転弧が偶然にも無個性だった。

 

それはあまりにも出来すぎている。

AFOの能力は「個性を奪い、与える」こと。

 

ガイツの脳内で、点と点が線で繋がる。

 

 

「……違うな」

 

 

ガイツの声が地獄の底のように冷え込んだ。

 

 

 

 

「転弧は元々無個性ではなかった。お前……奪ったな?」

 

 

 

 

AFOの眉がピクリと動いた。

その反応が何よりの肯定だった。

 

 

「転弧には本来の個性があったはずだ。だが、お前はそれを奪い取り……空になった器に『崩壊』という破滅の因子を植え付けた。家族を殺させ、絶望させ、自分色に染め上げるために!!」

 

 

ガイツの指摘に、AFOはククク……と肩を震わせて笑い出した。

 

 

「……君は聡いね。嫌いじゃないよ」

 

 

AFOは悪びれもせず告げた。

 

 

 

 

「そうとも。彼の本来の個性は……『ヴィランの王』には相応しくなかったからね。だから『整理』してあげたんだ。一度空っぽにして、そこにほんの少し、破壊のスパイスを足してあげた。……おかげで、彼は素晴らしい絶望(はな)を咲かせただろう?」

 

 

 

 

人の人生を、魂を、何だと思っている。

 

 

そして二度目(・・・)だ。

二度もこいつは私の大事なものを踏み躙った。

 

 

死柄木全は恐ろしい人間ではない。

強大な力を持っただけの凡人だ。

 

 

そんな万能感で満たされただけのガキの遊びで、大事な人が死んでいく屈辱。

 

 

 

ガイツの怒りが臨界点を超えた。

 

 

 

 

 

 

「オオオオオォォォォッッッ!!!」

 

 

 

加速装置を再度起動し、超高速の世界へ入るガイツ。

 

 

だが。

 

 

 

「グッ……!?」

 

 

 

目の前に見えない壁がある。

 

センサーで認識すれば、空気が圧縮されて壁のように存在していることがわかった。

背後どころか横、上も同じように壁が形成されている。

 

超高速で動いていようと、接触物をすり抜けるわけではない。

 

AFOは挑発によって加速装置を使わせるタイミングを図り、あらかじめ空気の塊を個性の複合によって発射していたのだ。

索敵と空間把握の個性で避けられない空気の檻を作る。

 

これを突破しなければAFOを攻撃出来ない。

 

ガイツの肉体にダメージはない。

だが、一度の発動で凄まじい量のエネルギーを消費する加速装置の使用。

1、2秒だけのロスでも致命的だ。

 

 

「……加速装置、解除ッ!」

 

 

その瞬間に突撃してくる螺旋状の骨の槍。

それをガイツは腕で避けられないものは砕いて受け流しつつ、前方へと進んでいく。

 

だが前だけを気にしているわけではない。

後ろには守るべき転弧がいる。

 

彼は弾幕のように放たれる個性の攻撃によって、この場から離れることができない。

 

 

横殴りで自身を貫こうとする骨の槍を弾き、一瞬の隙を作る。

 

その一瞬で腰から巨大な銀色の銃を引き抜き、その銃口から弾丸が放たれる。

まるで居合の抜刀のような最速の早撃ち。

 

 

「やはり君のスタイルは珍しいね。でも、当たらない」

 

 

個性によって強化された動体視力によってAFOは弾丸を避ける。

 

そして跳弾を狙った背後からの弾丸を見えているかのようにAFOは再び回避した。

 

否、見えているのだろう。

センサー系の個性によって、実際に後ろから飛んでくる銃弾を見ていたのだ。

 

 

「こっちも撃たせてもらうよ」

 

 

腕を構えて放たれる不可視、そして圧倒的質量、威力の空気の塊が放たれる。

 

ガイツはセンサーで空気の動きが見えている。

しかし、それは避けられることを意味しない。

 

 

「……!!」

 

 

加速装置を起動させるガイツ。

突撃するのはAFOの方ではなく、後ろでこの場から逃げようと走っていた転弧の方だ。

 

転弧の背中をAFOは狙っていたのだ。

転弧を抱えて横に移動し、加速装置を解除する。

 

 

「私の目的を考えれば攻撃しない筈だと、頭では理解出来ている……だが、君は庇わずにはいられない」

 

 

圧縮された空気の塊が公園どころかその先にあった家屋を吹き飛ばす。

 

 

転弧を離し、加速したガイツの手刀がAFOの首を狙う。

 

 

速い。

先ほどの一撃よりもさらに速い。

 

長期戦になれば確実に負ける。

それを判断しての全力だった。

 

 

「速いが……単調だ」

 

 

AFOは背中から発生させた異形の肉壁と、衝撃反転の個性でガイツの一撃を受け止めた。

さらにガイツの腕を掴む。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

「痛いのは嫌いでね。だからこそ、君のような危険因子は確実に排除する」

 

 

AFOの腕が膨張する。

 

 

「筋力増強」×4 ×「バネ肢」

 

 

単純な、しかし圧倒的な暴力の複合。

 

 

「ガァァァァッ!?」

 

 

黄金の装甲が紙細工のようにひしゃげた。

 

ガイツのパワーはあくまで機械的な出力に過ぎない。

AFOが積み上げてきた異能の質量には敵わない。

 

 

「志村菜奈は頑丈だったが……君は脆いな」

 

 

右腕が肩の付け根から引きちぎられた。

オイルと冷却液が血のように噴き出す。

 

 

「難羽じい……ちゃん……?」

 

 

転弧の悲鳴のような声が聞こえる。

 

 

ガイツは残った左腕でAFOの顔面を殴りつける。

拳がめり込み、AFOの鼻が砕ける。

だが、止まらない。

 

加速装置の弱点の一つは、自身を超えるパワーの持ち主に捕まることだ。

加速しようとも脱出できなければ意味がない。

 

 

「無駄だ」

 

 

AFOは左腕を掴むと、今度は足でガイツの胴体を押さえつけ、無造作に引き抜いた。

 

 

左腕が飛ぶ。

 

 

両腕を失った状態になったガイツが、地面に倒れ込む。

 

 

「オオッ!!」

 

 

まだ戦える。

機械の身体は痛みによる戦闘不能を存在させない。

 

残った脚で跳躍するガイツ。

空中で身体を捻り上げ、最後の力を振り絞った回し蹴りを叩き込む。

 

 

「さて、足も邪魔だな……君のその加速、二度と使えないようにしておこう」

 

 

AFOは片腕でその攻撃を受け止めた。

そしてそのまま地面へ何度もガイツを叩き付ける。

 

 

AFOは笑いながら、ガイツの黄金の脚を両手で掴んだ。

 

 

残酷な音が夕暮れの公園に二度響き渡った。

 

 

四肢をもがれた黄金の胴体が、赤黒いオイルの海へと背中から落ちる。

 

眼光の光が明滅し、消え入りそうになる。

 

 

「……ふぅ。意外と手こずらせてくれたね」

 

 

 

砕けた鼻をハンカチで押さえながら、AFOは動かなくなったガイツの残骸を見下ろした。

 

 

「さて、転弧。お別れの時間だ……おじいちゃんを抱きしめてあげなさい」

 

「……いやだ……」

 

 

転弧は首を振った。

自分の手が触れれば、どうなるか分かっている。

 

華ちゃんも、モンちゃんも。

大好きなだったパパとママのいるお家も。

みんな粉々になった。

 

大好きなおじいちゃんまで、壊したくない。

 

 

「いやだ……いやだぁ……!」

 

「聞き分けのない子だ」

 

 

AFOは無慈悲に転弧の小さな背中を押した。

 

抵抗など意味をなさない。

強制的な力が、転弧の体をガイツの胸板へと押し付ける。

 

 

「あ……」

 

 

転弧の5本の指が、黄金の装甲に触れた。

 

嫌な音がした。

 

 

かつてないほどの強度を誇る装甲が、転弧の「崩壊」によって腐食し、砂のように風化していく。

 

 

「やめろ……はなして……!!」

 

 

転弧は泣き叫ぶが、AFOの拘束は解けない。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

 

孫の謝罪を聞きながら、ガイツは残された視覚センサーで胸に顔を埋める転弧を見た。

 

痛みはない。

だが、胸が張り裂けそうだった。

 

この子はここから地獄の苦しみを受ける。

すぐに自分が戻っても見つけられない闇へと連れてかれる。

 

 

(……すまない、転弧)

 

 

ガイツは最後の力を振り絞り、音声回路を駆動させた。

 

 

「……泣くな、転弧」

 

「おじい……ちゃん……?」

 

 

ガイツの胸板が崩れ落ち、内部の機械が露出し、それもまた塵となって消えていく。

 

崩壊は首へと達した。

黄金の頭蓋骨のマスクに亀裂が入り、ボロボロと剥がれ落ちる。

 

その下から現れたのは、難羽輪太郎の生身の顔だった。

半分ほど崩れかけ、基盤が露出しても……彼は、かつて縁側でヒーローの話をしてくれた時と同じ、優しい瞳で微笑んでいた。

 

 

「……よく聞け」

 

 

難羽はAFOに聞こえぬよう、あるいはAFOへの宣戦布告として、最後の言葉を紡いだ。

 

 

「もはや……あいつから、お前は逃げられない。

あいつは必ず、お前を地獄の底へと引きずり落とすだろう……お前を、悪に仕立て上げるだろう」

 

「うぅ……うあぁ……」

 

「だがな、転弧……忘れるな」

 

 

難羽の頬がひび割れ、塵となって風に舞う。

それでも、その笑顔だけは崩さなかった。

 

 

「たとえ悪の組織にいても……ヒーローにはなれるんだ」

 

「……え?」

 

「思い出せ。お前が好きだった『仮面ライダー』も……悪の秘密結社ショッカーから生まれた改造人間なんだ」

 

 

悪によって作られ、悪の力を使いながらも、その心に正義の灯火がある限り、人はヒーローになれる。

 

それは難羽自身が信じて歩んできた道であり、これから闇に堕ちる孫への、唯一の希望の(しるべ)だった。

 

 

「だから……負けないでくれ。

自分の心だけは……壊さないでくれ」

 

「難羽じいちゃん!!」

 

「……愛しているぞ、転弧」

 

 

難羽の顔が、光の粒子となって砕け散った。

支えを失った転弧の体がガクンと前につんのめる。

 

彼の腕の中に残ったのはサラサラとした灰の山と、一握りの温もりだけだった。

 

 

「ああ……あああ……あああああああああ!!!」

 

 

少年の絶叫が、夜空を引き裂いた。

AFOは満足げに頷き、灰まみれになった少年の肩を抱いた。

 

 

「よくやった……さあ、行こう」

 

 

巨悪と少年が闇に消え、公園にはただ、黄金の残骸だった砂山だけが、墓標のように残された。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

グラントリノの事務所に重苦しい沈黙が戻ってきた。

難羽の話を聞き終えたグラントリノは冷めきったたい焼きを見つめたまま、しばらく言葉を発することができなかった。

 

あまりにも壮絶で、あまりにも救いのない過去。

 

 

「……それが、15年前の真実か」

 

 

グラントリノの声は震えていた。

 

志村菜奈が守ろうとしたものが、最悪の形で踏みにじられていた。

そしてその地獄を特等席で見せられた難羽の無念は、どれほどのものか。

 

 

「……ジジイ。一つ、確認させてくれ」

 

 

グラントリノは、意を決して顔を上げた。

 

 

「俊典から聞いた。今、ヴィラン連合を率いている……『死柄木弔』という男」

 

 

オールフォーワンが捨てた死柄木という苗字を継ぐもの。

触れたものを壊す『崩壊』の個性。

 

 

「……あやつが、そうなのか?」

 

 

難羽は机の上のサングラスを手に取り、ゆっくりとかけ直した。

感情を押し殺し、冷徹な仮面を被る。

 

そして短く頷いた。

 

 

「……ああ。間違いない」

 

 

難羽は窓の外、平和ボケした街並みを睨みつけた。

 

 

 

「死柄木弔は、志村転弧だ。

……あの子は、生きている」

 

 

 

その言葉は希望であると同時に、これ以上ない絶望的な宣告でもあった。

 

 





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