バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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難羽のショッカー幹部達からの呼び方を、社長からボスに変更しました。
リデストロとの会話でややこしかったからです。


66話 未だ荼毘に付さず

 

巨大企業ムゲンバンダイの地下深層に設けられた、特別仕様のトレーニングルーム。

そこは今、肌を刺すような異常な熱気に満ちていた。

 

 

「ハァッ……!!」

 

 

ツギハギだらけの皮膚を持つ青年、轟燈矢が、手にした長柄の武器を鋭く振るう。

彼が相対しているのは、最高レベルの耐熱素材でコーティングされた重装甲の人形だ。

 

燈矢は人形の足元を狙い、滑らせるように「杖」の先端を打ち込んで体勢を崩させた。

巨体が宙に浮き、背中から床へ倒れ込もうとするその刹那。

 

燈矢の手元で小気味良い機械音が鳴る。

杖の先端部分が、圧縮技術によって瞬時に展開・変形し、質量を持った凶悪な「メイス」へと切り替わった。

同時に燈矢の腕から迸る摂氏二千度超えの蒼炎が、メイスの先端部にのみ猛烈な勢いで吸い込まれていく。

特殊な蓄熱金属が、一瞬にして太陽のような白蒼の光を放った。

 

 

「フッ!!」

 

 

振り下ろされたメイスが、倒れ込んだ人形の胸部装甲に激突する。

 

凄まじい轟音と共に、耐熱素材であるはずの分厚い装甲がまるで飴細工のようにドロドロに溶け、ひしゃげ、一撃で胸部が完全に陥没した。

 

 

「……ふぅ」

 

 

燈矢はメイスを再び杖の形状に戻し、肩で息をした。

 

彼が現在行っているのは自身の莫大な火力を「面」で放つのではなく、「点」に凝縮して叩き込むための特訓だった。

 

秘密結社ショッカーにおいて、燈矢は幹部という立場でありながら、実質的には『ニート』のような扱いを受けている。

時折レディ・ナガンに呼び出され、ショッカー救助隊の訓練において「逃走経路を塞ぐ理不尽なヴィラン役」を務めることはあるものの、それ以外は一日中この地下室に引きこもっていた。

 

彼の最大の、そして唯一の目的は「父親であるエンデヴァーを殺すこと」だ。

 

他の幹部からは「あれほどの火力なのだから、戦闘部門として外で動かすべきだ」という意見も出ているが、難羽はそれを却下し続けていた。

 

未だ彼の精神状態が極めて不安定であること、そして何より、彼が自身の体温を下げるための「氷の個性」の特訓を頑なに拒絶しているからだ。

 

 

「……相変わらず、殺意だけは一級品だな」

 

 

トレーニングルームの入り口で腕を組んでその様子を眺めていた難羽が、静かに声をかけた。

 

難羽は時折、燈矢の個性の使い方や武器の習熟度をチェックするために仮想敵として直接トレーニングに参加することがある。

もっとも、難羽自身はまともに戦う気などなく、燈矢がどれだけ蒼炎を振り回そうと、反撃することもなく避けるだけだが。

 

 

「チッ……見てたのかよ、ボス」

 

 

燈矢は忌々しそうに舌打ちをした。

難羽が燈矢にこの変形武器を与え、面ではなく点への攻撃を教え込んだのには明確な理由がある。

 

エンデヴァーの戦い方は、圧倒的な熱量で広範囲を焼き尽くす面の制圧だ。

同じ土俵で戦えば熱耐性のない燈矢の身体が先に炭化して自滅する。

だからこそ難羽は彼に武器術を仕込み、一撃必殺の点の戦い方を覚えさせたのだ。

父親に対する憎しみを利用して彼の負担を減らすために。

 

だが難羽のこの合理的すぎるアプローチは、思わぬ副作用を生み出していた。

 

 

(俺は氷なんて使わなくても……この武器(やりかた)なら、炎だけであいつを殺せる)

 

 

皮肉なことに武器による熱の効率化は、燈矢の中から「氷の個性で身体を冷やす必要性」を完全に消し去ってしまった。

 

エンデヴァーへの愛憎を抑え込むどころか、その憎悪は自身にこの「燃え尽きるだけの欠陥品の肉体」を与えた母親・冷にまで及ぶ結果となっていた。

氷の個性を忌み嫌い、母親の氷の血を呪い、ただただ父親を焼き殺すための「炎」だけに執着する。

 

それが、ショッカー幹部・轟燈矢の現在の歪な在り方だった。

 


 

 

 

 

 

 

その激しい憎悪の根源は10年前に遡る。

 

瀬古杜岳に設けられたエンデヴァーの特訓場。

 

父親に自分を見てほしい。

自分はまだやれると証明したい。

 

その一心で限界を超えて炎を放ち続けたあの日、個性が暴走し、山全体を巻き込む大火災となった。

 

熱、痛み、そして自分の身体が炭化していく絶望。

それが、人間「轟燈矢」の記憶の最後だった。

 

——そしてその3年後。

 

 

「……あ、あァ……?」

 

 

次に目覚めたとき、燈矢は真っ白な天井を見上げていた。

 

身体中が包帯でぐるぐる巻きにされ、無数のチューブが繋がれている。

周囲には薬品の匂いと得体の知れない医療機器。

 

そこはある狂気の医師が管理する、ヴィラン連合のための孤児院——もとい、人体実験施設だった。

 

燈矢は数日かけて、自分の身体に起きた「異常」を理解していった。

 

鏡に映ったのは自分の知っている轟燈矢ではなかった。

 

赤い髪は色素が抜け落ちて真っ白になり、全身には無残な火傷の痕と、別の皮膚を無理やり縫い合わせたツギハギ。

喉の火傷のせいか、声のトーンまで低くしゃがれたものになっていた。

 

 

『君は一度死んだのだよ。我々が拾い上げ、長きにわたる修復手術の末に、ようやく繋ぎ合わせたのだ。我々の新しい家族になりなさい』

 

見知らぬ声がそう告げた。

だが、燈矢にとってそんな言葉は虫唾が走るだけだった。

 

 

(ふざけんな……! 俺の帰る場所は、ここじゃねェ!!)

 

 

俺には家族がいる。

あの厳格で、でも自分に期待してくれていた父親がいる。

お父さんに俺の炎を見せなきゃいけないんだ。

俺はまだやれるって、証明しなきゃいけないんだ。

 

燈矢はその事実を拒絶し、施設の中で暴れ、未完成の皮膚が焼けるのも構わず蒼炎を放った。

 

燃え盛る孤児院から脱走した彼は、山奥からある場所へと向かって歩き始めた。

 

自身の家。

轟家へ。

 

この時彼の中にはまだ、父・エンデヴァーに対する「希望」が残っていた。

行方不明になっていた自分がこんなボロボロになっても生きて帰れば、きっと彼は驚き、喜んでくれる。

自分の執念を認め、再び自分を見てくれるはずだ、と。

 

 

 

山奥から這うようにして歩き続け、ようやく辿り着いた轟家の豪邸。

燈矢は敷地の壁を乗り越え、かつて自分が血を吐くような努力をした修練場へと向かった。

 

だが——彼がそこで見た光景は、彼の中に残っていた最後の人間性を粉々に打ち砕くものだった。

 

 

「立て!! 焦凍!! そんな火力でオールマイトを超えられると思っているのか!!」

 

 

修練場では8歳になった弟の焦凍が、泣き叫びながら父親から容赦のない打撃と炎を浴びせられていた。

 

虐待にしか見えない、狂気を帯びた特訓。

 

エンデヴァーの顔は修羅のごとく歪み、息子を自分の野望を達成するための道具としてしか見ていない瞳をしていた。

 

そしてふと開いた縁側の障子の奥に見えた、花が飾られた仏壇と、自分の遺影。

 

 

(……あ、あァ……)

 

 

エンデヴァーが全て悪いわけではない。

あの大火事の際燈矢の遺体は見つからず、下顎の骨の欠片だけが発見されたのだ。

超高温の炎によって骨まで灰になったと判断されれば、普通に考えれば焼死である。

まさかヴィランに誘拐され、3年も眠り続けていたなど、誰が想像できようか。

 

しかし、燈矢にとってそんな事情はどうでもよかった。

 

自分が死んだら。

「失敗作」が死んだら、特訓するなと自分から遠ざけた父親が、今度は「成功作」に狂ったようにそれを強いている。

 

それは轟燈矢という存在が、もはや父親の中で「死者としても見られていない」ということを意味していた。

 

 

(俺が……俺がどれだけあいつを想って燃えたか……!)

 

 

燈矢の目から血のような涙が溢れた。

希望は燃え尽きた。

彼はこの時、父への復讐だけを目的に生きることを決めた。

 

轟燈矢はここで完全に死んだ。

俺は過去を捨て、「荼毘(だび)」という名のヴィランとして生きる。

あの男が築き上げた全てを焼き尽くすために。

 

 

燈矢は背を向け、再び山奥へと足を踏み出した。

自分を蘇らせたあの怪しい孤児院へ戻るつもりだった。

 

あそこに行けば、復讐のための狂った力を得られるはずだから。

 

だが。

彼のその決意は夕暮れの住宅街で、不気味な黒い装甲に身を包んだ男によって、強引に歪められることになる。

 

 

 

 

父への復讐だけを目的に生きると決めた燈矢は轟家を背にし、赤く染まる夕暮れの住宅街からあの孤児院へと向かっていた。

 

ボロボロの衣服に、ツギハギだらけの異様な皮膚。

すれ違う人々は彼を見てギョッと顔を引きつらせ、足早に遠ざかっていく。

だが、燈矢はそんなことなど気にも留めなかった。

彼の頭の中は、自分を蘇らせたあの孤児院へ戻り、全てを焼き尽くすための力を手に入れるという思考だけで埋め尽くされていた。

 

だが、路地裏の角を曲がろうとしたその時。

夕日を背にして、異様な影が彼の行く手を塞ぐように立っていた。

 

 

「……あ?」

 

 

人気のない路地。

そこにいたのは、人間ではなかった。

全身を黒く硬質な装甲で覆われ、不気味に赤く光る複眼を持った漆黒の怪人。

バッタを人間大に引き伸ばしてコーティングしたようなその姿。

 

開発段階の仮面アクタースーツを装着した難羽輪太郎であった。

 

難羽は突如山奥で火災が起きたため、その下手人を探していたのだ。

明確に隠されたと思われる施設があったことから、犯人はおそらくそこから脱出した人間である。

まさかそれが過去に死んだ筈の人間とは思わなかったが。

 

 

「轟燈矢だな……生きていたのか」

 

 

燈矢は警戒して後退り、両手に蒼い炎をチロチロと灯した。

 

 

「誰だ、てめェ……なんで俺の名前を知ってんだ」

 

 

思考を巡らせる。

自分が轟燈矢だと知っている人間は限られている。

実家の連中は俺を死んだと思っている。

ならば、答えは一つしかない。

 

 

「……さては、あの怪しい孤児院を管理している奴の手下か? 俺が逃げたから、連れ戻しに来たってわけかよ」

 

 

燈矢の言葉に、難羽は、マスクの中でわずかに眉をひそめた。

だが難羽は少し間を置いてから、深く頷いた。

 

 

「……そうだ。お前を、迎えに来た」

 

「ハッ、やっぱりか」

 

 

燈矢は炎を消し、自嘲気味に笑った。

 

「いいぜ、どうせ行く宛なんてねェんだ。お前らの組織に戻ってやるよ……その代わり、俺に力を寄こせ。エンデヴァーをブチ殺すための、最高の舞台と力をな!!」

 

「……いいだろう。私の元へ来るがいい」

 

 

飛蝗男が背を向け、燈矢はその後ろを歩き出した。

 

彼は信じて疑わなかった。

自分が戻るのはあの不気味なチューブと薬品の匂いがする「ヴィランの施設」なのだと。

 

なお、それから数日後。

連れて行かれた先が明らかに山奥の孤児院とは違う、巨大企業の地下にある超近代的な秘密基地であり、主として出てきたのが「なんか胡散臭いサングラスの男」だったことで、燈矢はブチ切れていた。

 

 

「騙しやがったなァ!! ここどこだよ!! あのジジイがいねェじゃねェか!!」

 

「知らない人についていくのが悪い。眠っていた分、社会勉強も必要だな」

 

 

そこで燈矢が暴れる一悶着はあった。

だが、燈矢はそこから逃げ出さなかった。

難羽は彼を失敗作として見限ることも、便利な手駒として使い潰すこともせず、ただ一人の「抗う者」として扱い、彼が父親を殺すための論理的な戦術と武器を与えたからだ。

 

結果として燈矢はエンデヴァーを倒すための環境という難羽との利害の一致を受け入れ、現在もこのショッカーという組織に幹部として居座っているのである。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

ムゲンバンダイ本社の最上階。

難羽は全面ガラス張りの窓から、眼下に広がる煌びやかな都市の夜景を見下ろしていた。

 

手元の端末には、地下トレーニングルームで耐熱人形を破壊し続ける燈矢のモニタリング映像が映し出されている。

自身を焼くことは減ったが、それでも家族への憎悪を煮えたぎらせる蒼炎の青年。

 

 

(……虐待される息子(焦凍)と、野望に狂う父親(エンデヴァー)、か)

 

 

難羽は冷たく目を細めた。

もし、轟家の抱えるこの凄惨な悲劇が世間に広まれば、社会はどう反応するだろうか。

 

大衆はこぞってエンデヴァーを責め立てるだろう。No.2ヒーローの皮を被った児童虐待者として、彼を社会的に抹殺しようとするはずだ。

あるいは精神を病んで熱湯を浴びせた母親である冷も、非難の対象となるだろう。

 

では、燈矢はどうだろうか。

 

最初は可哀想な被害者として同情されるかもしれない。

だが、事実は残酷だ。

 

父親から「もうやめろ」「お前は燃え尽きる」と止められていたにも関わらず、燈矢は自らの意志で山へ行き、炎を使い続けた。

大衆の無責任な正義感は、やがて彼をも切り捨てるだろう。

 

 

『親が悪いのは当然だが、最終的には燈矢本人にも異常な気質があったのだ』

 

『彼がもっと素直に別の道を歩んでいれば、あんな悲劇は起きなかった』

 

 

しかし、難羽の考えはそうではない。

難羽は過去、燈矢から彼の生い立ちを聞き出した際、ある一つの事実に行き当たっていた。

 

燈矢は両親から、「ヒーローになるのは諦めろ」「もっと外の世界に目を向けなさい」と言われていたのだという。

学校で友達を作り、別の夢を見つけ、普通の人間として生きていきなさい、と。

 

 

「……なるほど。外の世界、か」

 

 

難羽は窓ガラスに映る自身の老いた顔を見つめ、静かに目を閉じた。

それは親としての正しい助言であり、愛情からの言葉に聞こえる。

だが難羽の冷徹な目は、その言葉が孕む「決定的な矛盾」を見逃さなかった。

 

 

 

(日本ヒーローNo.2の長男である彼を、ヒーローの息子以外の色眼鏡で見ない『外の世界』など、どこに存在したというのだ?)

 

 

 

燈矢が物心ついた時から、彼の周囲の環境は「それ」一色だったはずだ。

 

 

『将来は立派なヒーローになるね』

 

『なんてったって、あのエンデヴァーの息子さんだもの!』

 

『すごい炎だ! きっとお父さんを超えられるぞ!』

 

 

純粋に学校の教師も、クラスメイトも、近所の人間も、誰もが彼をそう囃し立てていたはずだ。

社会全体が「ヒーローの血筋」を神聖視し、期待という名の呪いを彼にかけ続けていた。

 

そんな環境下で、彼に「逃げ場」などあったのだろうか。

 

もし彼がヒーローを諦め、「僕は普通の仕事に就きます」と言ったとしたら、どんな扱いをされていただろうか。

 

 

『エンデヴァーの息子なのに、もったいない』

 

『個性はすごいのに、根性がなかったのね』

 

『失敗作らしいよ』

 

 

口には出さずとも、周囲の視線は必ず彼を「挫折した可哀想な息子」として哀れむか、あるいは嘲笑したはずだ。

 

エンデヴァーが築き上げ、社会が盲信しているヒーローという巨大な偶像が、彼からヒーロー以外の人間として生きる道を完全に奪っていたのだ。

 

 

(彼が炎を絶やさず、自らの身を焦がしてでも燃え続けていたのは……決して、彼自身の気質だけが原因ではない)

 

 

難羽は目を開き、眼下の街を睨みつけた。

光り輝くネオンサイン。

平和の象徴オールマイトを讃える巨大な看板。

これらすべてが、轟燈矢という少年を袋小路へと追い詰めた共犯者だ。

 

彼が炎を燃やし続けた本当の理由。

それは社会という名の密室の中で、彼の(おもい)の逃げ場が最初からどこにも無かったからだ。

 

父親に認めてもらうこと。

それ以外に彼が自身の存在意義を保つ方法はこの世界にはなかった。

 

 

「……個性が血によって受け継がれるのなら、立場や存在価値も血に宿る」

 

 

まるで古い時代の貴族だと難羽はポツリと呟き、端末の電源を切った。

 

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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