バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

69 / 133

いつもより長くなってしまいました。
ヒロアカを読み返していますが、公安の行動には疑問点が多いです。


68話 ヒーロー元気で暇がいい

 

地上の光が差し込む、ムゲンバンダイ本社の広大な資料室。

そこでは現役No.2ヒーローであるホークスこと鷹見啓悟が、デスクに山積みになった書類の束と格闘していた。

 

 

「……あー、面倒くさい。マジで面倒くさい」

 

 

鷹見は難羽から支給された無駄に高級な万年筆を指先でくるくると回しながら、大きなため息をついて天井を仰いだ。

 

彼のデスクの上には『建築基準法第12条に基づく申請書』『特殊興行場営業許可申請書』『個性使用制限区域の特例措置願』といった、見ているだけで頭痛がしそうな堅苦しいタイトルの書類が散乱している。

 

 

「なんで俺がこんな地味な事務作業しなきゃなんないんすか、ボス。俺、これでも空を飛ぶのが仕事の大人気プロヒーローなんですけど」

 

「適材適所だ、鷹見」

 

 

向かいのデスクの難羽は、タイピングの手を止めることなく涼しい顔でモニターを見つめていた。

 

 

「お前には元公安という太いパイプと、大活躍中のヒーローという社会的信用がある……私が正面から申請すれば素性調査や認可までに数ヶ月、あるいは年単位の時間がかかる『個性体感シューティング施設』の認可も、お前が裏から手を回し、保証人になれば数日で通る」

 

ショッカーが現在水面下で進めている新規事業。

それは一般人が合法的に個性を使うことのできる前代未聞の娯楽施設の建設だった。

その実現には警察、自治体、そしてヒーロー公安委員会との複雑怪奇な擦り合わせが必要不可欠だ。

 

難羽はその「政治的な泥仕事」の全てを、ホークスに丸投げしていた。

 

 

「まあ、そうなんですけどね……実際、公安の連中も役所も『あのホークスが言うなら』って、ろくに中身も見ずにハンコ押してくれますし」

 

 

ホークスは書類の端に流麗なサインを書き込みながら、苦笑した。

 

かつては公安の狗として裏社会にスパイとして潜入し、手を汚すのが自分の役目だった。

それが今では秘密結社ショッカーの「法務担当」兼「ロビイスト」として、書類の山と戦っている。

 

皮肉な話だが、難羽という男は人間の持つ「社会的価値」を最大限に利用するのが上手い。

 

 

「で? ボス、I・アイランドに行くって話、マジなんすか?」

 

 

ホークスは手を休めずに尋ねた。

今朝のミーティングで、難羽から「近日中にI・アイランドへ出張すると唐突に告げられたのだ。

 

 

「ああ。燈矢と分倍河原も連れていく」

 

「へぇ? 珍しいメンツっすね。てっきり『社員旅行』かと。……何か裏があるんですか? 世界的頭脳が集まる島での、テロの計画とか」

 

 

ホークスのおどけたカマかけに対し、難羽は静かに首を横に振った。

 

 

「テロではないが、明確な目的はある。……里帰りと、ある装備の回収だ」

 

「装備の回収?」

 

「私は昔、あそこで働いていた……難羽解次という名の一介の研究者としてな」

 

モニターから視線を外した難羽の瞳にはいつもの冷徹で合理的な光とは違う、どこか遠い過去を懐かしむような色が浮かんでいた。

 

難羽解次。

鷹見はその名を頭の中で反芻した。

彼が個性について知っていたため、それが()の名前であったことがすぐわかった。

秘密結社の首領が科学の楽園と呼ばれるあの島で何を研究していたのか。

 

 

「あそこには私が研究者時代に開発した『最初のコスチューム』が保管されている。それを回収しに行く」

 

「コスチューム? そんなの、ボスの今の設備と技術なら、ここで一から作った方が早いんじゃないですか?」

 

 

鷹見の疑問はもっともだ。

難羽の技術力は世界最先端のI・アイランドにも引けを取らない。

それどころか彼1人でI・アイランドの技術力を超えるだろう。

しかし、難羽は眉間を押さえながらため息をついた。

 

 

「先日のステイン事件で、私は世間に難羽輪太郎の顔を晒してしまったからな。昔の姿(仮面)を取り戻し、難羽解次が生きていたことにする……ここで新調することも可能だが、世界中の耳目が集まるあのI・エキスポの舞台で、少々の演出を交えて復活を印象付けた方が誤魔化しやすい」

 

 

鷹見はそれ以上深くは聞かなかった。

復活のアピールということは、難羽解次時代のヒーローの姿になるということ。

旅行気分のあの2人は、伝説のヒーロー復活という大イベントに巻き込まれるのだろうなと、心の中で苦笑した。

 

 

「へぇ、元研究員様の大舞台ってわけですか……じゃあ俺はボスの留守の間、大人しく役所巡りでもしてますよ」

 

「頼む……無事に帰ったら、美味い飯でも奢ろう」

 

「言いましたね? 俺、鶏が好きなんで、一番高くて景色のいいところで、最高級の焼き鳥でも食いながら飲みに行きたいっすね」

 

 

鷹見はニカッと笑った。

口では「面倒くさい」「忙しい」と愚痴をこぼしながらも彼の表情はどこか晴れやかで、生き生きとしていた。

何故なら彼が今こうして処理している『一般人が個性を発散できる施設』の認可書類は、一般市民のストレスを軽減し、ヴィランの発生率を根本から下げるための施策だからだ。

 

 

(……ヒーローが暇を持て余す社会。俺の夢の、第一歩ってわけだ)

 

 

誰かを傷つけて得られる偽りの平和ではなく、社会の仕組みを変えることで得られる本当の平和。

それをこの胡散臭いボスが本気で目指していると知っているからこそ、鷹見は喜んで書類の山と格闘できるのだ。

 

3年前の、あの日の衝撃を鷹見は忘れたことがなかった。

 

 

 

3年前。

仮面アクターとしての兵装、およびショッカーの組織体系が完成しつつあった頃。

 

難羽は完成した新たな姿である『仮面アクター』として夜の街を駆けていた。

 

彼が狩る対象となるのは、もはや対話の余地すらなく、社会に害をなすだけの救いようのないヴィランのみ。

 

だが夜のパトロールを続ける中で、難羽は時折不可解な光景に出くわすことがあった。

 

 

「……またか」

 

 

路地裏。

あるいは廃倉庫。

 

そこにはヴィラン、時には裏の繋がりを持つヒーローの死体が転がっていることがあった。

 

明らかに内部の反乱や仲間割れに見える状況。

油断しきった背後から心臓を一突きにされたり、死角から首を正確に刈り取られたりしている。

 

だが、難羽はそれが単なる内部の問題とは思えなかった。

 

現場には下手人に繋がる証拠が全く存在しなかった。

逆にそれが不自然だったのだ。

 

単なる仲違いや怨恨であれば、被害者が抵抗した跡、血の飛び散り方、足跡、あるいは現場の乱れなど必ず何かしらの物的証拠が残る。

だが、これらの死体には争った形跡が皆無だった。

 

一般の人間ではここまで証拠を隠すことは出来ない。

依頼を受けた殺し屋であれば、徹底的に証拠を隠滅する理由がない。

 

 

(……組織的な、完全な『清掃作業』)

 

 

難羽の首筋の毛がぞわりと怒りで逆立った。

彼の頭脳は即座に一つの組織の名を弾き出した。

 

——ヒーロー公安委員会。

 

十数年前。

難羽は、筒美火伊那が初めての暗殺を行う直前に介入し、彼女を確保した。

その際難羽は公安委員会に対し、匿名で明確な「忠告」を送っていた。

 

『彼女のように無意味に人間を使い潰すのはやめろ。お前たちの行動は大義に酔った愚かな行為だ。属人的な手段では社会の維持はできない』

 

それは難羽からのギリギリの慈悲だった。

 

暗殺という手段そのものを否定したわけではない。

超常黎明期後半、国家の維持に必要悪として公安が活動していたことは知っていた。

だが、人間一人にその全ての業を背負わせれば、いずれ精神が崩壊し暴発することは目に見えていた。

道具として扱うにしても、もっと効率的で、罪悪感を軽減させるシステムを構築すべきだという、組織論としての助言だった。

 

しかし、どうやらヒーロー公安委員会はその意味を履き違えたらしい。

 

難羽の残した忠告を、彼らは『暗殺の重圧に耐えきれなかった少女を救った、甘い正義感を持つヒーローからの苦言』と受け取ったのだ。

そして彼らは難羽の助言を無視するどころか、最悪の方向へと舵を切った。

 

 

(……筒美火伊那が擦り切れて壊れるのなら。最初から擦り切れる心など持たないよう、幼少期から徹底的に調教し、大義のために人を殺せる『完璧な道具』を育て上げればいい)

 

 

現場に残された痕跡のない死体。

それはその完璧な道具が完成し、既に稼働していることの証明だった。

 

 

「……蛆虫が」

 

 

難羽のマスクの下で、ギリッと歯が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後難羽は標的を見つけた。

現在凄まじい勢いでヒーロービルボードチャートを駆け上がり、世間から「若き天才」と持て囃されている十代の少年。

 

ホークス。

 

彼は筒美のようにその才能を買われただけの存在ではない。

幼少の頃から公安の隔離施設で育て上げられ、「国のために汚れ仕事をこなすこと」こそがヒーローの使命であると骨の髄まで叩き込まれた、純粋培養のエリート暗殺者。

 

カメラの前では人懐っこい笑顔を振りまきながら、裏では一片の躊躇いもなく同業者やヴィランの命を刈り取る。

 

 

(運用がおかしい。人気ヒーローと実働部隊をセットにしてどうする。しかもその実働がワンオペだと?)

 

 

難羽は公安が嫌いだった。

必要悪は合理的であるが故に求められる。

 

しかし、ホークスという完璧な道具は矛盾に塗れていた。

 

暗殺の裏の仕事をメインとさせるなら、ヴィジランテとして活動させればいい。

人気ヒーローとなって他のヒーローに接触したいのならば、人気取りをメインとしたヒーローを別に確立させればいい。

それをまとめた結果、彼の負担が大きくなり過ぎている。

 

また難羽は最初、暗殺の任務を受けているのは複数だと考えていた。

しかし彼が接触した人間を調査した結果、暗殺やヴィラングループの内偵などの戦闘が求められる汚れ仕事を行なっているのは彼だけだった。

彼以外の公安は単純な諜報、つまりスパイ活動のみであり、汚れ仕事といえるものをしているのはホークス1人だった。

 

 

「正義ごっこだな……」

 

 

公安が超常黎明期に国を守るためにした薄暗い部分を難羽は否定しない。

しかし、今は超人社会である。

難羽には、公安の行動が思考停止しているとしか思えなかった。

 


 

 

 

 

 

 

夜。

仕事を終え、夜空を滑空していたホークスの前に一人の男が立ちはだかった。

 

ビルの屋上。

月明かりを背にして立つ、漆黒の飛蝗を模した装甲を纏った男。

仮面アクターだ。

 

 

「……おや? 噂の自警団(ヴィジランテ)さんじゃないですか。こんな夜更けに何の用っすか? サインなら明日、事務所宛にお願いしますよ」

 

 

ホークスは空中に留まりながら、いつもの飄々とした態度で笑いかけた。

 

だが、男からは返事がない。

ただその立ち姿から発せられる異常なプレッシャーが、ホークスの本能を刺激していた。

 

 

「私を、公安の会長の所へ案内しろ」

 

 

マスク越しに発せられたその声には一切の感情が乗っていなかった。

しかし、だからこそ恐ろしい。

凍てつくような殺意にも近い怒りが言葉の端々から溢れ出している。

 

ホークスは一瞬、目を細めた。

この男、自分が公安の暗部であることを知っている。

 

 

「……何の話っすか? 俺はただの——」

 

「とぼけるな、証拠はある。公安の暗部として活動しているのがお前しかいないとは思わなかったが」

 

 

誤魔化しは通用しない。

そう悟った瞬間ホークスの纏う空気が一変した。

飄々としたアイドルヒーローの仮面が剥がれ落ち、冷酷な暗殺者の顔が露わになる。

背中の剛翼が逆立ち、無数の羽が鋭い刃となって仮面アクターを包囲した。

 

 

「……そっすか。公安の機密を知るテロリスト……ここで仕留めます」

 

 

ホークスが羽を射出しようとした、その時。

 

 

「いや、そのままで良い」

 

 

仮面アクターは動じず、ただ一言、そう発した。

 

 

『ジャミング・バタフライ』

 

 

難羽の装甲の背部から、黄金色のエネルギーで構成された無数の蝶が飛び立った。

光の蝶たちは夜空を舞い、ホークスの周囲を取り囲むと、ふっと姿を消した。

 

 

「……!?」

 

 

ホークスの耳元にある、公安本部とのみ接続されているはずの超極秘の暗号通信機。

そこから突然ノイズが走り、全く別の音声が割り込んできた。

物理的なハッキング。

難羽の放ったエネルギー体は電波そのものをジャックし、ホークスの通信機を乗っ取っていた。

 

 

『聞こえるか、ヒーロー公安委員会』

 

 

ホークスの通信機を通じて、難羽の声が公安の本部指令室へと直接響き渡る。

 

 

『私は秘密結社ショッカーの長、仮面アクターショッカーだ……お前たちの下らない正義ごっこを、中断させてもらう』

 

 

ホークスは驚愕に目を見開いた。

国家の最高機密回線が、いとも容易く乗っ取られている。

 

 

『お前たちがこれまで行ってきたプロパガンダや暗殺の数々は、社会にとって無意味どころか害悪である。鷹見啓悟はもっと高く飛べる存在だ。お前たちの檻から出させてもらう』

 

難羽はそれだけを言い切ると、自ら通信を強制的に遮断した。

公安本部は今頃パニックに陥っているだろう。

 

そして難羽はベルトに手をかけ、変身を解いた。

仮面と装甲が解かれ、男の素顔が露わになる。

そこにいたのは二十代の冷徹な目をした男だった。

 

だが、驚くのはそこではない。

ホークスの目の前で、男の肉体に一瞬電子的なノイズが走った。

 

夜風に前髪を揺らしていたのは二十代の男ではなく——どこにでもいるような、13歳の少年の姿だった。

 

 

「……なんだ、アンタ……」

 

 

ホークスは展開していた羽を思わず引っ込めた。

目の前で起きた現象が人間の理解を超えていたからだ。

 

少年はホークスを真っ直ぐに見据え、名乗った。

 

 

「私は難羽輪太郎だ……夢は、世界征服」

 

「……は?」

 

 

ホークスは思わず素の声を漏らした。

 

『世界征服』

 

それはあまりにも時代遅れで、滑稽で、古い漫画の敵キャラクターが口にするような陳腐な言葉だったからだ。

現代のヴィランでさえもっと具体的なイデオロギーや破壊衝動を持って動いている。

 

 

「世界征服って……本気で言ってんすか?」

 

 

ホークスは警戒を解かないまま半ば呆れたように問うた。

 

 

「世界征服して、何をするつもりなんすか。独裁者になって、人類を奴隷にでもする気ですか?」

 

 

難羽は夜風に吹かれながら、静かに首を横に振った。

 

 

「ヒーローを前提としない、平らかな世界が欲しい」

 

「……平らかな、世界?」

 

「そうだ。今の社会はヒーローという特権階級の自己犠牲と、お前のような暗部の清掃員の犠牲を前提とした砂上の楼閣だ……私はそんな『誰かの犠牲を前提とした社会』を認めたくない」

 

 

難羽の言葉は、13歳の少年の口から発せられているとは思えないほど重く、そして真理を突いていた。

 

 

「誰かが泣きながら世界を支えなければならないのなら、そのシステム自体が間違っている。私はこの歪な社会構造を根本から作り直す。ヒーローが暇を持て余し、ヴィランが生まれる土壌そのものを無くすために思想を、法を、居場所を創り上げる……それが、私の言う『世界征服』だ」

 

 

ホークスの心臓が、大きく跳ねた。

彼が公安の狗として汚れ仕事を請け負いながらも、心の奥底で密かに抱いていた夢。

 

『ヒーローが暇を持て余す社会にしたい』という、誰にも言えなかった本音。

 

それを目の前の得体の知れない少年が全く別の——しかし、はるかに強引なアプローチで成し遂げようとしている。

対症療法やリセットのための破壊ではなく、新たな時代の創造を成すことで社会に変革を与えようとしていた。

 

 

「……アンタ、正気じゃないっすよ」

 

 

ホークスは、自身の震える声を自嘲するように笑った。

 

 

「でも……悪くない夢だ」

 

 

完璧な道具として育てられた鷹見啓悟の心に、初めて自分の意志で空を飛んでみたいという衝動が芽生えた瞬間だった。

 

 

 

あの夜の邂逅から数日。

鷹見は難羽の計らいでショッカーの活動拠点のいくつかを見学して回っていた。

 

13歳の姿で「世界征服」を語ったあの得体の知れない少年の言葉が、果たして真実なのか。

あるいは耳障りの良い言葉で自分を騙し、新たな手駒として使い潰そうとしているだけなのか。

それを自分自身の目で見極めるためだ。

 

まず案内されたのは、とある雑居ビルの会議室。

そこではごく普通の一般市民たちが集まり、真剣な顔で討論を行っていた。

 

議題は『もし一般の人間が安全に個性を解放できるようになったら、どんな施設やサービスの需要が生まれるか』。

 

その中にはホークスを見て目を輝かせる若者もいた。

彼らは口々に、自分もホークスみたいにもっと自由に空を飛んでみたい、誰にも迷惑をかけずに、思い切り個性を使ってみたい、と熱を込めて語った。

 

そこにはヴィランのような狂気や社会への怨恨はない。

ただ抑圧された社会で「呼吸」をしたがっている純粋な願いだけがあった。

 

 

 

次に訪れたのは、ムゲンバンダイの地下に設けられた広大なトレーニング施設だった。

 

そこではお揃いの装備に身を包んだ男女数十名が、厳しい体力訓練と救命技術の特訓に励んでいた。

 

彼らの眼差しは真剣そのもので、施設を見学する難羽に対し、狂信とは違う、深い敬意と心酔の眼差しを向けていた。

 

のちに彼らは、ショッカーにおいて非戦闘を絶対の掟とする特殊部隊『ショッカー救助隊』として活動することになる。

彼らは自ら己の命を使って欲しいと難羽に直訴し、命を救うために命を燃やし尽くすことを誓ったのだ。

 

鷹見の元公安としての鋭い嗅覚は、彼らから異能解放軍のような血生臭い選民思想やテロリスト特有の危うさを一切感じ取れなかった。

不思議に思い、休憩中の彼らの一人に声をかけた。

 

 

「アンタら、なんでこの組織に? ボスに何してもらったんすか?」

 

 

すると屈強な体格をした一人の男が、タオルで汗を拭いながら穏やかに答えた。

 

 

「俺たちは皆、あの人に人生を変えてもらったんです。どうしても恩返しがしたくて、こうして救助隊の訓練を受けています」

 

「恩返し? 個性でも鍛えてもらったとか?」

 

「いいえ」

 

男は首を横に振り、衝撃的な事実を口にした。

 

 

「俺たちは元々、日常生活を送ることも困難な異形型の個性や、周囲を傷つけてしまう危険な個性を持っていました。異形の見た目から差別を受けてきた者もいます……でも、現在は『無個性』です」

 

「……は?」

 

 

鷹見は耳を疑った。

 

 

「難羽様が、俺たちの体から個性因子を完全に摘出し、人間としての身体機能を調整してくれたんです。あの人のおかげで、俺たちは『普通』に生きられるようになった」

 

 

鷹見は絶句した。

 

 

個性を消す技術。それは現代のヒーロー社会の根幹を揺るがす、神の領域に等しい奇跡だ。

 

 

「なんで……そんな凄まじい技術があるのに、あの人は世界に広めないんだ? それがあれば、アンタらみたいに個性に苦しむ人間をもっとたくさん救えるはずだ」

 

 

鷹見の問いに周囲にいた救助隊の面々が、少し悲しそうに目を伏せた。

 

 

「俺たちも、あの人に同じことを聞きました……すると、難羽様はこう言ったんです」

 

男は難羽の言葉を反芻するように紡いだ。

 

 

『ヴィランが蔓延る今の世では、どれほど革新的な技術も安全に表に出すことは難しい。もしこの技術が公になれば、確実にヒーローの無力化というヴィランの武器になる。社会のシステムが熟すまでは公開できない』

 

 

誰よりも人々を救う技術を持ちながら、悪意に満ちた社会のせいでそれを隠し続けなければならない孤独。

救助隊の男たちは、深々と鷹見に向かって頭を下げた。

 

 

「鷹見さん……どうか、難羽様を助けてあげてください。あの人は誰よりも人を救おうと、この歪んだ社会を一人で背負い込もうとしています……あの人は、誰よりも『助けを求めている人』なんです」

 

 

自分よりも遥かに年下の少年に向かって、大人たちが本気で頭を下げる。

その光景を見た瞬間、鷹見啓悟の中で何かが完全に決まった。

 

公安という鳥籠の鍵はもう壊れている。

あとは、自分の意志で翼を広げるだけだ。

 

 

 

 

 

 

その後鷹見啓悟は、自身の育ての親であり絶対の主人であった「ヒーロー公安委員会」に対し、唐突に辞表を叩きつけた。

 

当然公安がそれをすんなりと受理するはずがない。

国家の暗部を知り尽くした、公安の最高傑作による裏切り。

それは組織の崩壊を意味する。

 

公安は即座に鷹見を「最重要危険分子」と認定し、事故に見せかけて秘密裏に処理する計画を立てた。

鷹見自身も数日間の激しい命のやり取りを覚悟していた。

 

だが、公安が動こうとしたその日。

彼らの元へショッカーから『二度目の通達』が届いた。

 

 

『鷹見啓悟の身の安全を完全に保障せよ。もし彼に指一本でも触れれば、我々が保護しているレディ・ナガンの口から、お前たち公安が長年行ってきた暗殺とプロパガンダの全貌を世間に公表する。お前たちの組織は完全に消滅するだろう』

 

 

公安上層部はその文面を見て血の気を失った。

 

レディ・ナガン。

 

彼女は十数年前に、ガイツという現在行方不明のヒーローに誘拐された。

 

それは最近力をつけてきている組織、ショッカーとヒーローであるガイツに関係があることを示していた。

 

だが、その真実を公にしても意味がない。

むしろ暗殺を阻止させた美談としてショッカーの行動は人々に受け入れられるだろう。

逆に公安にとっては致命的な爆弾である。

公表された瞬間に公安は言い逃れができなくなる。

 

結局情報を一切外部に漏らさないことを条件に、公安は

鷹見の移籍を黙認せざるを得なくなった。

こうして、鷹見啓悟は誰の血を流すこともなく公安の鳥籠から解放され、秘密結社ショッカーへと身を移したのだった。

 

 

 

 

 

数日後。

ムゲンバンダイ最上階の会議室。

轟燈矢が不機嫌そうに椅子に座り、分倍河原仁が一人でやかましく騒いでいるその異質な空間に、ホークスは案内された。

 

 

「やあやあ、どうも。新入りのホークスっす。皆さん、仲良くしてくださいね」

 

 

飄々とした態度で手を上げたホークスの視線が、部屋の隅でピタリと止まった。

 

そこには愛用のライフル、もとい自分の腕を丁寧に手入れしている一人の女性——筒美火伊那の姿があった。

 

筒美にとってはホークスは『後任』であり、もしあの夜に難羽が自分を止めてくれなければ、自分が確実に歩むはずだった絶望の末路

 

ホークスにとっては『前任者』であり、彼女自身が十数年前に難羽に救われていなければ、ホークスがこうして無傷でこの場所に立っていることもなかっただろう。

 

火伊那はライフルの手入れを止め、ホークスを無言で見つめ返した。

 

かつて同じ鳥籠の中で、同じ血の匂いを嗅ぎ、大義という名の下に同じように心を殺そうとしていた者同士だけが通じ合う、奇妙で重たい沈黙。

ホークスは、テレビ向けのアイドルスマイルではなく、「鷹見啓悟」としての、飾らないどこか照れたような笑みを浮かべた。

 

 

「——よろしくです、先輩」

 

 

火伊那は少しだけ目を丸くした後、フッと息を吐き、口角を上げて薄く微笑んだ。

 

 

「……生意気な後輩だね。アタシよりいいもん食って育った顔してるじゃないか。……せいぜい、コキ使ってやるよ」

 

 

ヒーロー社会の暗部で消費され、すり潰されるはずだった二人の天才はこうして奇妙な組織の中で、初めて自分たちの意志で交わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——で、だからってなんで俺がこんな事務作業ばっかりやらされてるんすかねぇ!?」

 

 

現在。

資料室のデスクで、ホークスは大量の書類を前に恨み言を叫んだ。

 

 

「愚痴る暇があるなら手を動かせ、鷹見。お前の処理速度なら、あと三時間で終わるはずだ」

 

 

難羽解次はモニターから目を離さず、冷酷な上司の顔で言い放つ。

 

 

「へいへい、ブラック企業め」

 

 

ホークスは苦笑しながら再び万年筆を走らせ始めた。

だがそのペン先は軽く、羽のように滑らかだ。

 

彼が今こうして処理している個性体感施設の認可書類は、一般市民のガス抜きとなり、ヴィランの発生を抑えるための布石。

ヒーローが暇を持て余す、平和な社会への道を切り拓くための、確かな第一歩だ。

 

 

「……ま、暗い空を飛ぶよりは、性に合ってるかもしれないっすね」

 

 

誰の血も流さない平和のための泥仕事。

現役No.2ヒーローは首領の下で、今日も機嫌良く事務作業に没頭している。

 

 





本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

確認いたしましたところ、本作への評価人数が49名となっていました。
大変ありがとうございます。

もし更新を楽しみにしているよと思っていただける方がいらっしゃいましたら、ページ下部より記念すべき50人目の評価をいただけますと幸いです。
感想も勿論歓迎です。

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。