バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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6話 404のプレゼン

 

二月二十六日。

名門雄英高校の敷地内に位置する「第3開発工房」は、春先の柔らかな日差しを拒絶するかのように、重苦しい機械油の匂いと焼け焦げた鉄の香気、そして若き技術者たちの焦燥感によって支配されていた。

 

今日はサポート科の実技試験。

未来のヒーローたちを支える剣と盾を造る技術の卵たちが、自らの魂とも言える発明品(ベイビー)を誇示する戦場だ。

 

 

「次! エントリーナンバー308番!」

 

 

会場では派手なエフェクトを撒き散らす高機動ジェットパックや、油圧の咆哮を上げる個性を増幅する巨大なパワーアームなど、視覚的に分かりやすいギミックが次々と披露されていた。

試験官を務めるプロヒーロー、パワーローダーは、タブレットに淡々と点数を打ち込みながらも、マスクの下で僅かに欠伸を噛み殺していた。

 

 

(悪くはないが……既存技術の延長だな)

 

 

試験会場の空気は徐々に予定調和な弛緩に包まれつつあった。

 

そして、最後のエントリーナンバーが呼ばれる。

 

 

「次! エントリーナンバー404番!」

 

 

パワーローダーの声が響くと、会場の空気が僅かに変わった。

 

進み出たのは、折寺中学校の制服を着た十四歳の少年。

パーマのかかった茶髪のウルフヘアーに、目元を隠すサングラス。

その奥にある瞳はまるで感情を持たないカメラレンズのように無機質で、周囲の喧騒を冷ややかにスキャンしているようだった。

 

だが、試験官や他の受験生たちの視線が釘付けになったのは彼自身ではなかった。

 

 

彼の傍らに立つ、あまりに場違いな異物の存在だ。

 

 

「なにあれ」

 

 

ざわめきが広がる。

 

そこにいたのはオイル塗れの工房には似つかわしくない、クラシカルなロングスカートのメイド服に身を包んだ少女だった。

 

フィクションのお嬢様を思わせる金色の縦ロール。

その立ち姿は優雅で完璧だが、どこか作り物めいた美しさを漂わせている。

 

彼女は恭しく、しかしどこか周囲を小馬鹿にしたような懃懃無礼な笑みを浮かべて、難羽の斜め後ろに控えていた。

 

 

「それではプレゼンを」

 

「……おい、待て待て」

 

 

パワーローダーが呆れたように声を上げ、重機のようなアームを振って制止した。

 

 

「プレゼンの前に一ついいか。その横の……メイドさんは何だ? ここは神聖な試験会場だぞ。コスプレ喫茶じゃないんだ」

 

 

会場からクスクスという失笑が漏れる。

 

「痛い奴が来たな」「天才気取りか?」という嘲笑のささやき。

 

しかし、難羽は眉一つ動かさず、平然と返した。

 

 

「助手です。試験の規定を確認しましたが、機材の搬入補助員の帯同を禁止する項目はありませんでしたので」

 

「まあ、そうだが……」

 

 

パワーローダーが言葉に詰まる間に、難羽はメイドに目配せをした。

 

 

「始めよう。アット、布を」

 

「はい、難羽様」

 

 

メイド——アットは優雅にお辞儀をすると、持っていたアタッシュケースを開き、そこから一枚の漆黒の布を取り出した。

一見するとただの黒いベルベットだが、照明の当たり方によって、光を吸い込むような奇妙な光沢を放っている。

 

難羽は布を指し示し、淡々とプレゼンを開始した。

 

 

「私が提示するのは迷彩の概念を再定義する装備、このウェア・ウェア(Where Wear)だ。直訳すれば『服はどこだ?』という言葉遊びだが……その本質は完全なる隠密性にある」

 

 

彼が指を鳴らすと、会場の大型モニターにサーモグラフィ映像が投影された。

 

 

「これまでの光学迷彩は、あくまで視覚的な欺瞞に過ぎなかった。背景を投影しても、熱探知や音響センサー、あるいは嗅覚に優れた個性を持つヴィランの前では、ただの透明な標的だ……だが、この布は違う」

 

 

難羽の合図でアットが黒い布をふわりと広げ、自身の身体を包み込むように纏った。

 

その瞬間。

 

 

「……なっ!?」

 

 

パワーローダーが思わず身を乗り出した。

 

 

メイドの姿が物理的な法則を無視して「消えた」。

 

 

SF映画のようなフェードアウトではない。

まるで画像編集ソフトでそのレイヤーを非表示にしたかのように、唐突に、世界から彼女の座標だけが削除されたのだ。

 

 

「モニターを見ろ! 反応がない!」

 

 

サーモグラフィ映像には周囲の気温と同じ24℃の空間が広がっているだけで、人型の熱源は完全に消滅していた。

 

 

「この素材は階層型メタマテリアル構造により、可視光を透過・屈折させるだけでなく、内部の熱放射を周囲の環境温度と同化させる機能を持つ」

 

 

難羽の説明は続く。

 

 

「さらに衣擦れの音や心音、呼吸音といった音響振動を相殺する吸音構造も備えている……そこにいるはずなのに、熱も、音も、姿もない」

 

 

布を被った何者かが移動しているはずだが、足音一つしない。

空気の揺らぎさえ感じさせないその隠密性は、見ていて薄気味悪さすら覚えるほどだった。

 

 

「また、繊維に特殊な触媒を練り込むことで、事前に仕込んでおいた消臭エキスを微細噴霧し、動物的な嗅覚による探知にも対策が可能だ……そして」

 

 

難羽が指を鳴らすと、モニター上の電波強度のグラフが変動した。

 

 

「電波遮断機能も搭載している。ただし、常時遮断すると逆に電波の空白地帯として位置を特定されるリスクがあるため、手元のスイッチでオンオフが可能……以上、五感を欺く究極の隠れ蓑」

 

 

説明が終わると同時に何もない空間から布が取り払われ、再びアットが姿を現した。

いつの間にか難羽の後ろに立っている。

 

会場は静まり返っていた。

先ほどまでの嘲笑は消え失せ、底知れない技術への畏怖が支配している。

 

単なる透明化を超えた軍事レベル……いや、それをも凌駕する技術的完成度に、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 

「……技術は認める。高校生の課題としては規格外だ」

 

 

パワーローダーが唸るように言った。そして、ふと抱いた疑問を口にする。

 

 

「だが、そこまでの機能があるなら、やっぱり彼女……その助手は要らなくないか? 機能証明だけなら、いっそデモ用のマネキンか、ロボットでも使えば……」

 

 

彼が冗談交じりにそう言うと、アットの口元が三日月のように吊り上がった。

彼女はパワーローダーを真っ直ぐに見据え、冷ややかな、しかし楽しげな声で答えた。

 

 

「あら、先生……お気づきになりませんでしたか?」

 

 

彼女は自身の手首の皮膚を、まるで手袋を脱ぐようにぺらりと捲ってみせた。

剥がれた皮膚の下から覗いたのは、血肉ではない。

 

精緻に組み上げられたチタン合金の骨格と、青白く発光する電子回路だった。

 

 

「私はヒューマンではなく、アンドロイドです……この程度の識別もできないとは、雄英のセンサーも大したことありませんわね」

 

「なッ……!?」

 

 

会場中がどよめき、パワーローダーが椅子から転げ落ちそうになる。

難羽が開発したのは、ステルス布だけではなかった。

 

 

それを纏っていた「助手」そのものが、現代のロボット工学を数十年先取りした完全自律型のアンドロイドだったのである。

 

 

「プレゼンを終わります」

 

 

難羽は周囲の驚愕を意に介さず、短く告げて席に戻った。

アットは布を丁寧に畳むと、主人の背中に向かって恭しく一礼した。

 

 

「お疲れ様でした、難羽様。……皆様の間の抜けたお顔、傑作でしたわね」

 

 

その囁きは誰の耳にも届くことなく、工房の熱気の中に溶けていった。

 

エントリーナンバー404。

 

少年とその従者は、雄英高校の歴史に大きな爪痕を残したのだった。

 

 


 

 

 

 

 

二月二十六日。

世間では、雄英高校の入学試験が行われ、未来のヒーローたちが産声を上げようとしているこの日。

 

日本の治安維持の中枢、ヒーロー公安委員会の大会議室には重苦しい沈黙とタバコの煙が充満していた。

 

 

「……個性の飽和と拡散。それが今の社会の病巣だ」

 

 

上座に座る幹部の一人が、手元の資料を指で弾いた。

モニターには日本国内で確認されている指定ヴィラン団体や、非合法組織のリストが表示されている。

 

 

「ナイフや銃を用意する必要はない。己の肉体一つあれば、誰もが歩く凶器になり得る時代だ。ゆえに、犯罪組織も肥大化する。異能解放軍の残党、死穢八斎會のような極道……そして近年、急速に力をつけつつあるヴィラン連合」

 

 

幹部の視線が、リストの端に表示された、あるマークに注がれる。

 

羽を広げた飛蝗の紋章。

 

そして、そこから独立した異質なカテゴリー。

 

 

「だが、我々が今、最も警戒すべきはそれらではない。……『SHOCKER(ショッカー)』だ」

 

 

会議室に、苦虫を噛み潰したような空気が流れる。

それは従来のヴィランの定義には当てはまらない、極めて扱いづらい存在だった。

 

 

「彼らは自身をヴィランではなく、あくまで民間組織、あるいは自警団(ヴィジランテ)と位置づけている……これが厄介だ」

 

 

報告役の男がスライドを切り替える。

映し出されたのは黒い特殊装備に身を包み、バッタを模したマスクを装着した集団が火災現場で整然と活動する様子だった。

 

 

「構成員の殆どは、一般市民。それも、無個性や微弱な個性の持ち主が大半を占めています。彼らの表立った活動は一般人の個性使用規制緩和を前提とした施設の提言や、娯楽への転用といった『議論』です……法的には、単なる市民運動の域を出ない」

 

「だが、裏では高度に訓練された実働部隊を抱えている」

 

「はい。ですが、彼らの戦闘部隊は徹底しています。ヴィランやヒーローとの交戦を原則禁止し、ヒーローの手が回らない災害現場での救助、避難誘導に特化している。……結果、市民の一部からは名乗らぬ英雄として好感すら得ている状況です」

 

「警察も動きづらいわけだ。市民を助けた集団を逮捕すれば、世論が反発する」

 

 

幹部が忌々しげに呟く。

正義を行使するのはヒーローの特権であり、国家の管理下になければならない。しかし、ショッカーはその隙間——公助の届かない領域——をあまりにも綺麗に埋めていた。

 

 

「さらに、先日オープンした一般向け個性練習施設『ヘルパーズ』……表向きはムゲンバンダイの関連施設ですが、実質的な建設と管理はショッカーの手によるものという情報があります」

 

「素人が、個性の訓練などと……」

 

「いえ、そう切り捨てられません。一般人に安全な個性の使い方をレクチャーできるという事実は、彼らが我々以上に『個性の本質』を深く理解し、制御する技術を持っていることの証明です……当初の予想であったデータ収集目的以上の何か大きな意図を感じます」

 

 

そして、話題は組織の核心、公安にとっての古傷へと移る。

 

 

「……ホークスの件はどうなっている」

 

「現在は完全にショッカー側へ移籍しています。公安の内部情報を漏らさないという条件で手打ちにしましたが……正直、あちらのリーダーは、最初からこちらの動きなどお見通しかもしれません」

 

 

報告役の声が、僅かに震える。

 

 

「かつて、我々がレディ・ナガンに処理を命じた最初の案件……ターゲットは殺害されず、証拠と共に逮捕されました。そして、現場にいたナガンは連れ去られ、そのまま行方不明となった」

 

 

公安が隠蔽したかった汚れ仕事(暗殺)を、ショッカーは妨害し、あろうことか実行犯であるナガンを取り込んだ。

 

それは彼らが公安の監視網を掻い潜る情報力と、ナガンを制圧・説得するだけの実力を持っていることを意味していた。

 

 

「リーダーの名は、仮面アクターショッカー……黒いバッタの戦士」

 

 

モニターに不鮮明な隠し撮り写真が映る。

漆黒の装甲、黄色いマフラー。そして左こめかみに刻まれた404の白い刻印。

 

 

「彼の行動原理は矛盾に満ちています。窃盗などの軽犯罪は見逃し、更生を促す一方で……死傷者を出すような危険なヴィランに対しては、躊躇なく殺害を選択する」

 

 

法を犯す者を許さず、しかし法の裁きも待たない。

自分たちの基準で、世界を剪定する者たち。

 

 

「ヴィラン連合は破壊を望む獣だ。だがショッカーは……独自の秩序を作ろうとしている。国家の中に、もう一つの国家を作ろうとしているに等しい」

 

 

幹部は深いため息をつき、窓の外、遠くに見える雄英高校の方角を見やった。

 

 

「光の象徴が次世代を育てている間に、闇の方でも、とんでもない怪物が育ってしまったようだな」

 

 

正義の味方でも、悪の組織でもない。

世界征服を掲げるそのシステム管理者の存在は、法と秩序を司る公安にとって明確なヴィラン以上に不気味な「バグ」として、その喉元に突きつけられていた。

 

 

 

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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