前回の投稿から沢山の評価をいただきました。
本当にありがとうございます。
小説の投稿が初めてなので、感想などについてのアンケートを行います(このアンケートは現在終了しました)
もしよろしければ、そちらも確認してください。
世界中のヒーロー関連企業が出資し、個性の研究やヒーローアイテムの発明などを行うために作られた巨大な学術研究都市——I・アイランド。
現在、この島では世界規模の展示催事である「I・エキスポ」が開催されており、世界中から集まった観光客やスポンサー、そしてプロヒーローたちで凄まじい熱気に包まれていた。
「うわぁ……すごい活気ですね。ニュースで見た通りだ!」
パビリオンが立ち並ぶメインストリートを歩く青年——伊口は、感嘆の声を漏らしながら周囲を見渡していた。
今日の彼はどこにでもいるようなラフな私服だ。
大剣を背負うわけでもなく、ただの善良な一般人として、最先端の科学技術に対する純粋な好奇心をその瞳に輝かせている。
「浮かれているな、伊口。だが、スリには気をつけろ。どれだけセキュリティが強固だろうと、人が集まる場所には付きものだ」
「あ、はい! 気をつけます」
伊口の横を歩く「老人」は、周囲の喧騒に一切流されることなく、淡々とした声で注意を促した。
少し短く切り揃えられた白髪。
深い皺が刻まれた顔。
だがその背筋は老人とは思えぬほどピンと伸びており、周囲を観察する双眸は猛禽類のように鋭く、知烈な光を放っている。
彼こそが『楽しい時を繋ぐ企業』をスローガンとするムゲンバンダイの顔の知られていない社長であり、その裏で秘密結社ショッカーを束ねる首領——難羽輪太郎その人であった。
もっとも現在の彼の姿を見て、あの仮面アクターと同一人物だと見破れる者はこの島にはいないだろう。
現在の彼の容姿は、雄英高校サポート科1年、難羽輪太郎ではない。
過去に使用していた姿である。
難羽解次。
かつてグラントリノというヒーローを鍛え上げ、七代目ワン・フォー・オール継承者である志村菜奈と共に、あの巨悪オール・フォー・ワンと血みどろの死闘を繰り広げ、一度は退けたという伝説を持つ過去の亡霊。
その姿で彼は今、表向きは一介の見学者としてこの最先端の島を歩いていた。
なお今回のI・アイランド旅行には、分倍河原と燈矢も同行している。
だがあの落ち着きのない男と、常に不機嫌で周囲を威圧する青年が一緒にいれば悪目立ちするため、二人は現在、完全な別行動で見学を行っている。
実は二人は仲が良い。
分倍河原が引っ張り、燈矢が馬鹿にしながらも着いていく。
年齢は違えど、彼らは友人でもあった。
「……それにしても」
難羽は、隣で最新のサポートアイテムの展示パネルを食い入るように見つめている伊口へと視線を向けた。
「よく私と一緒に行こうと思ったな、伊口」
「え?」
伊口はパネルから顔を上げ、不思議そうに難羽を見た。
事の発端は少し前に遡る。
伊口は以前、個性を活用した体感シューティングゲーム施設という画期的なアミューズメントのアイデアを考案してくれた。
その多大な貢献への労いとして、難羽は極めて入手困難なI・エキスポのチケットを彼に渡したのだ。
少しばかりの私情として、I・エキスポの刺激で新しいアイデアを出してくれないかという思いもあったが。
友人を誘うなり好きに使えばよかったものを、伊口は難羽さんと一緒に回りたいと申し出てきた。
「世間では犯罪者なのだがな」
難羽は自重するような、あるいは伊口の真意を試すような低い声で言った。
ステイン事件を機に仮面アクターという存在は世間に広く認知された。
その事実が公になった直後、ショッカーから抜けた一般組の人間もいる。
彼らはただ、少しでも生きやすい場所を求めて集まっただけの小市民なのだから、法を無視してヴィランを殺す存在を恐れるのは当然のことだ。
演説を聞いて残ってくれた者も大勢いる。
しかし、その中には悪い奴が死のうとどうでもいい、むしろ平和になるという暗い理由で残った者もいるのだ。
あの行為を見て素直に受け入れてくれた伊口のような一般人は珍しかった。
「私が仮面アクターの正体だと知って、集会に来なくなった一般組の人間も多い……無理をしなくてもいいぞ」
難羽の視線が伊口を射抜く。
伊口は一瞬、言葉に詰まったように視線を落とした。
爬虫類のような特徴を持つ手が、少しだけ落ち着かないように自身の首元を掻く。
「……確かに、その事実はショックでした」
伊口はポツリと本音をこぼした。
ニュースでその事実を知った時は、どう受け止めればいいか分からず、ひどく悩んだ。
「でも……」
伊口は顔を上げ、難羽の老いた、しかし力強い瞳を真っ直ぐに見返した。
「でも、自分をヒーローだと言ってくれたあなたが、悪人だとは思えなかったんです」
異形の姿ゆえに社会から理不尽な偏見を受け、自分の存在価値を見失いかけていた自分。
そんな彼に対し、難羽は明確な評価を下してくれた。
「人を殺しているのに、悪人じゃないなんて……なんだか、すごく不思議なんですけど。でも、僕はあなたと一緒に回りたいと思ったんです」
伊口は少し照れくさそうに笑い、頭を掻いた。
その真っ直ぐで、理屈を超えた一般人ゆえの信頼を向けられ、難羽は小さく鼻を鳴らした。
「感謝を求めてやったわけではないが……直接言われると、やはり嬉しいものだな」
難羽の声色には普段の冷酷さはなく、どこか呆れたような、それでいて心地よい響きが含まれていた。
「いいだろう。せっかくの視察だ、その矛盾した悪人の隣で、存分に最先端の技術を見ていくがいい」
二人は再び歩き出した。
賑やかなパビリオン群を抜け、様々なアトラクションが点在するエリアへと足を踏み入れる。
その時。
難羽の耳に、この平和な学術都市にはおよそ似つかわしくない、鼓膜を
「あァ!? ふざけんな!! なんで俺がトップじゃねェんだよ!!」
「………ッスー」
難羽が怪訝な顔で視線を向けると、そこにはあまりにも見覚えがありすぎる「トラブルの火種」が集まっていた。
I・エキスポ開催による華やかな熱気と喧騒から少し離れた、巨大な研究タワーの一室。
そこはオールマイトの親友である天才科学者デヴィッド・シールドの愛娘、メリッサ・シールドが持つ個人的な仕事場だ。
部屋の中には所狭しと図面や金属パーツ、そして彼女が情熱を注いで開発している試作段階のサポートアイテムたちが並べられている。
「はい、これ。デクくん」
メリッサは部屋の奥から取り出してきた小さな銀色の装置を、期待に満ちた笑顔で差し出した。
それを受け取ったのは雄英高校ヒーロー科1年、緑谷出久である。
彼は今回、オールマイトが旧友であるデヴィッドに会いに行くという私的な旅行に同行する形で、この人工島を訪れていた。
「これは……?」
緑谷が不思議そうにその小さな装置を見つめる。
「腕に装着してみて」
メリッサに促されるまま、緑谷は右腕にその装置を当てた。
カチリ、という微かなスイッチ音が鳴る。
その瞬間、内蔵されていた特殊合金「コンデニウム」を用いた高度な圧縮機構が作動し、小気味良い駆動音と共に、装置が瞬時に展開を始めた。
メタリックな赤い装甲が、まるで何重にも巻き付けられる強固なバンテージのように、緑谷の右腕全体をがっちりと包み込む。
「すごい……! 腕にぴったりフィットしてる……!」
緑谷は装甲に包まれた右腕を曲げ伸ばししながら感嘆の声を上げた。
見た目の重厚さとは裏腹に、関節の動きを全く阻害しない。
「『フルガントレット』。元々はオールマイトおじさまのために開発していたサポートアイテムなの」
メリッサは誇らしげに微笑んだ。
彼女自身は「無個性」だが、その類まれなる頭脳で、ヒーローを支えるためのアイテムを作り出し続けている。
これが彼女なりのヒーローの在り方だ。
「デクくんの個性、すごくパワフルだけど、まだ体がその力に耐えきれていないんでしょう? ……これなら、あなたが個性を全力で使っても、3回は壊れずに耐えてくれるはずよ」
「3回も……! すごいよメリッサさん! ありがとう!」
緑谷は目を輝かせ、フルガントレットの感触を確かめた。
これでいざという時の最大火力を、自身の腕を完全に破壊することなく放つことができる。
無個性でありながら自分を助けてくれたメリッサの技術に、緑谷の胸は温かくなった。
そんな感動して右腕を見つめる緑谷の横で、メリッサの表情が、先ほどまでの「優しいお姉さん」から鋭い光を放つ「純粋な研究者」のそれへと豹変していた。
「ねえ、デクくん」
「えっ? はい」
「……それ、見せてもらえない?」
メリッサの視線は緑谷の「左腕」に釘付けになっていた。
メリッサが食い入るように見つめていたのは、緑谷の左腕に装着されているサポートアイテムだった。
前腕部に包む深い緑色のガントレットと、そこにマウントされた円形の小盾である。
緑谷のヒーロースーツと同じ鮮やかな緑色で丁寧に塗装されたその盾には白の円状のラインが入り、そして中央部には希望を象徴するような黄色い星が力強くデザインされている。
年の近い少女が、突然未知の技術を見つけた研究者のようなギラギラした目になったことに緑谷は少しタジタジになりながらも、慌てて左腕のロックを外した。
「あ、うん、いいよ。机に置かせてもらうね」
緑谷が星の盾とガントレットをワークデスクの上に置いた瞬間、メリッサは舐め回すようにその表面を観察し始めた。
装甲の継ぎ目、塗装の下の素材、可動部のクリアランス。
「……信じられない。これ、誰が作ったの?」
顔を上げたメリッサの目は真剣そのものだった。
彼女はこのI・アイランドで数々のトップクラスのサポートアイテムを見てきている。
だからこそ、この「盾」に込められた常軌を逸した加工精度と設計思想の特異性に、一目で気づいたのだ。
「えっと……前に、サポート科の友人に作ってもらったんです」
緑谷はそう答えながら、少しだけ顔を陰らせた。
(難羽くん……)
この盾とガントレットはあの激闘の体育祭の最中、サポート科の難羽輪太郎が緑谷の身を案じて渡してくれたものだ。
自身の個性で腕を壊し続ける緑谷にとって、その盾は文字通り彼を支え、守ってくれる。
あのステインとの戦いでは攻撃を受けてはならない状況だったため、非常にこの装備が役立ったことが記憶に新しい。
だがその製作者である難羽は現在、完全な行方不明となっている。
彼が仮面アクターの正体とは察したものの、なぜ社会の裏側で暗躍しているのか、本当の目的は何なのか、緑谷にはまだ分からない。
だが、体育祭の最中に彼がこの盾を自分に託してくれた事実と、そこに込められた技術の確かさだけは、緑谷にとって紛れもない本物だった。
「機能は? どんなギミックが隠されているの?」
メリッサは解析装置を持ってくると、真剣な眼差しで緑谷に問いかけた。
暗い思考に沈んでいた緑谷は慌てて返答する。
「えっと、盾の表面に描かれた星を中心に、装甲が星形に展開してエネルギーシールドを張る機能があります。あとは、強烈な閃光を放つスタングレネードの機能も……」
緑谷が体育祭やこれまでの実戦での使用感を思い出しながら説明すると、メリッサの目がクワッと限界まで見開かれた。
彼女は手元の解析装置のモニターと、盾の構造を何度も見比べる。
「……嘘でしょ!?」
「な、何かおかしいですか?」
「……天才だね、これを作った人」
メリッサは信じられないものを見るように、ゆっくりと首を横に振った。
「デクくん……このサポートアイテム、『バッテリー』が存在しないわ」
「えっ……!?」
今度は緑谷が驚愕の声を上げた。
確かにこの装備を受け取ってから、緑谷はエネルギー源や充電方法について一度も聞いたことがなかった。
「そんなはず……だってシールドの展開もフラッシュも電力が……」
「ええ。普通ならこのサイズの盾にバッテリーを内蔵するのは重量的に不可能。だから持続時間を犠牲にするか、背中に別でパックを背負うのがセオリーよ」
メリッサは盾の表面を指先でなぞった。
「でも、これは違う……恐らく、この盾が受けた運動エネルギーや衝撃を、内部の変換機構を使って必要な電力に変換しているんだわ。単純な話、エネルギーが足りなくなったら自分でこの盾を叩いて衝撃を与えれば、それだけでチャージできる構造になっている」
緑谷は絶句した。
敵の攻撃を受け止めれば受け止めるほど、この盾は緑谷を守るためのエネルギーを蓄えていく。
どんな窮地にあっても決して防御の要を失わない、完璧なまでの合理性。
「それに……」
メリッサは続けて、ガントレットの側面に搭載されている複数のスイッチに手を伸ばした。
本来は発光機能やエネルギーシールドを展開するためのスイッチだが、メリッサは解析装置が弾き出した特定のコマンドの順番で、それらのスイッチを素早く押し込んだ。
電子音が鳴った次の瞬間。
分厚い装甲で構成されていた盾とガントレットが、まるで液体のようにドロリと波打って蠢き始めたのだ。
金属のスライムのように一点へと急速に収束していく。
そして数秒後。
机の上に残されていたのは巨大な盾とガントレットではなく——盾と同じ緑色をベースにし、時計盤に星の意匠が入った、一つの小さな腕時計だった。
「……圧縮技術。いえ、特殊素材のコンデニウムは一切使用されていない。アメリカが独占している圧縮技術とは全く異なる、ナノテクノロジーともいうべき変形」
メリッサは自身の想像を遥かに超える超常的な技術を前に、息を呑んで腕時計を見つめた。
持ち主である緑谷自身も、全く知らなかった隠し機能に驚愕して口を開けている。
「……こんな規格外の装備を見たのは『あの人』以来」
静寂に包まれた研究室でメリッサがポツリと漏らした。
「あの人……?」
緑谷が聞き返す。
「ええ。昔、ここで働いていた、ある研究者兼ヒーローの話よ……黄金の骸骨みたいなコスチュームを纏って戦うヒーローがいたの」
メリッサの言葉に、緑谷の脳裏に一つの符号がフラッシュバックした。
(黄金の、骸骨のヒーロー……!)
爆豪が怒り狂っていた、あの仮想ヴィラン退治のアトラクション。
タイムアタックの歴代一位の欄、システムの異常としか思えない「0.00秒」という記録の上に刻まれていた名前。
そして以前グラントリノから聞いた、彼の師匠となったヒーローの名前。
「もしかして……『ガイツ』、ですか?」
緑谷が震える声で尋ねると、メリッサは静かに頷いた。
「そうよ。黄金の
メリッサの瞳に深い尊敬が宿る。
「……その装備を開発した研究者はね、戦闘用の個性を持っていたわけではなかったのよ」
「……えっ?」
緑谷は己の耳を疑った。
歴代最高の記録を叩き出し、あのグラントリノの師匠でもあるという伝説のヒーローが、戦闘用の個性を持っていない?
メリッサの口から語られる真実に、緑谷の心臓が大きく跳ねた。
「戦闘用の個性がない……? じゃあ、どうやってヴィランと戦ってあんな信じられない記録を……?」
緑谷が尋ねると、メリッサは机の上に置かれた腕時計にそっと指先を触れながら静かに語り始めた。
「……技術よ」
「技術……」
「そう。その研究者は己の頭脳と科学の力だけで、戦闘における絶対的な力をたった一人で開発したの」
メリッサの瞳には同じ科学を志す者として、そして何より個性を持たない人間としての、深い尊敬と畏怖の念が宿っていた。
「そのスーツの基本構造。人間の限界を超える出力を生み出す人工筋肉と、いかなる衝撃も弾き返す強固な黄金の装甲……それだけでも一級品のサポートアイテムだけど、スーツの一番凄いところはそこじゃないわ」
メリッサは息を呑み、言葉を紡いだ。
「思考と肉体の超加速よ」
「……超加速?」
「ええ。脳の電気信号に直接干渉し、情報処理速度を極限まで引き上げる。それに合わせて人工筋肉が肉体の挙動を強制的にブーストさせるの。ガイツがその機能を使って動く時、周囲の人間には『彼だけが別の時間の流れに入っている』としか思えないほどの圧倒的な高速移動が実現する」
センサーが標的を認識したコンマ数ミリ秒の間に相手の懐に潜り込み、破壊して元の位置に戻る。
だからこそ、システムは時間を計測できず「0.00秒」というバグのような数値を弾き出したのだ。
「その超加速による圧倒的な手数と、一切の隙を排除した完璧な戦闘技術……それを個性の力ではなく、純粋な
(……個性ではなく、技術だけで完成させた、ヒーロー……)
その事実が緑谷の脳内で反響した瞬間。
彼の脳裏に埃を被った遠い日の記憶が、鮮烈な色彩を伴って蘇ってきた。
無個性だと診断され、絶望の淵に立たされた幼い日の自分。
それでもヒーローになる夢を諦めきれず、涙をこらえながらヒーロー分析ノートに書き殴っていた、数々の
『個性がないなら、どうやって戦えばいい?』
『そうだ、すごい
『力を何倍にもしてくれる強化スーツを着て、空を飛べる靴を履いて、いろんなギミックが詰まった武器を使えば……無個性の僕でも、プロヒーローと一緒に戦えるかもしれない!』
それは現実の過酷さを知らない、子供のただの空想だった。
成長するにつれ周囲からは現実を見ろと嘲笑され、憧れのオールマイト本人にすら、個性なしでも成り立つとは、とてもじゃないが口にできないと諭された。
無個性の人間が道具だけで超常の力を持つヴィランと渡り合うことなど、絶対に不可能なのだと。
緑谷はその空想を叶わぬ夢として心の奥底に封印し、今はワン・フォー・オールという最高の
だが。
今目の前にいるメリッサは、その緑谷の捨て去った
空想を純粋な技術だけで実現し、圧倒的な力でヴィランをねじ伏せ、伝説として語り継がれている一人の人間が確かに存在したのだ。