バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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72話 闇夜を裂く光

 

I・アイランドの商業エリア。

暴走する警備ロボットたちの波は、途切れることなく押し寄せていた。

 

 

「ホワイト! そこにあいつらを集めてくれ!」

 

 

轟燈矢は、自身の放った蒼炎によって激しく燃え上がっている一体の警備ロボットを杖の先で指し示し、トゥワイスの分身であるホワイトに向かって叫んだ。

 

 

「任せろォッ!!」

 

 

純白のスーツに身を包んだ巨漢の分身は咆哮と共に次々と襲い来るロボットたちの胴体を鷲掴みにし、燈矢が指定した燃えるロボットの周囲へと力任せに投げ飛ばして積み上げていく。

その様子を見て、砂糖たちも自身の個性を生かして一か所に集めていく。

 

 

「上手くいきゃいいがな」

 

 

燈矢は自身の杖を、躊躇うことなくロボットの山の中央へと力強く投げつけた。

甲高い音を上げて杖が装甲に突き刺さり、青い炎が周囲のロボットたちを舐め回す。

 

そして、手ぶらになった燈矢は背負っていた細長い荷物袋のジッパーを乱暴に引き開け、そこからあるものを取り出した。

 

 

「あ、お前! それ……ホテルから持ってきてたのか!?」

 

 

泥のブロックを生成していた分倍河原が、目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。

 

彼が指摘したそれとは、ホテルで難羽が「失敗作」と切り捨てた、ガイツの初期装備——巨大な黄金銃トランペッターであった。

 

古いラッパ銃を思わせる、砲身が異様に大きく開いた黄金のデカブツ。

通常の人間の筋力では構えることすら困難なその重量物を、燈矢は肩に担ぎ上げるようにして構えた。

これをガイツは片手で使う想定であるから驚きである。

 

 

「ああ……『使える』と思ったんでな」

 

 

燈矢はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

この銃は増強型レベルのパワーを前提に設計されている。

華奢な燈矢はグレネードランチャーを構えるようにしてなんとか固定させる。

 

 

「燃やし尽くしてやるよ……全部な!」

 

 

燈矢は積み上がったロボットの山——杖の蒼炎がチロチロと燃え盛るその中心部へ向けて、黄金銃の銃口をピタリと定めた。

銃身に備えられたシリンダーが回転し、内蔵されたコンプレッサーが周囲の空気を猛烈な勢いで吸い込んでいく。

 

 

そして極限までチャージが完了した『空気砲』が、燈矢の引き金によって解放された。

 

 

一般的にイメージされる「空気砲」といえば、段ボール箱の側面を叩いてドーナツ状の煙を飛ばすような子供の遊びを想像するだろう。

 

しかし、難羽が生み出したこの携帯大砲から放たれる空気の弾丸——否、砲弾はその次元を遥かに超越していた。

 

大気を切り裂く轟音と共に射出された超高圧縮の空気の塊が、一直線にロボットの山へと直撃する。

凄まじい物理的衝撃がロボットたちの装甲をベコベコにへこませ、吹き飛ばす。

 

だが真の恐ろしさは、そこから先にあった。

 

 

空気とは、炎にとって最も純粋で強力な「餌」である。

 

 

ロボットの装甲を舐める程度だった燈矢の蒼炎が、撃ち込まれた超密度の新鮮な空気の塊を喰らった瞬間。

 

バックドラフト現象を人為的に引き起こしたかのように、青い炎が一気に数十倍のサイズへと肥大化したのだ。

 

爆発的という言葉すら生ぬるい。

空気の砲弾が着弾した瞬間、交差点全体を飲み込むほどの巨大な蒼い爆炎がドーム状に膨れ上がり、周囲の空気を一瞬にして灼き尽くした。

 

積み上げられていた数十体の警備ロボットは、原型を留めることなく一瞬で真っ赤なドロドロの鉄屑へと融解し、地面のアスファルトすらガラス状に変質させてしまった。

 

 

「うおぉぉぉっ!? 熱ィィィッ!?」

 

 

あまりの熱量に分倍河原と伊口が悲鳴を上げて後ろへ飛び退く。

 

 

「ハハッ……! こりゃあ、いい」

 

 

燃え盛る蒼き煉獄を前にして、トランペッターを肩に担いだ燈矢は顔を歪ませて心の底から満足そうに笑った。

 

 

自身の炎の弱点である「広範囲への熱放射による自傷」を抑えつつ、杖のピンポイントの火種と、この銃による「酸素の供給と衝撃」を組み合わせれば、ノーリスクで圧倒的な面制圧が可能になる。

 

難羽が「失敗作」と断じたこの武装の、新たな運用法の確立。

 

 

「……こいつは俺のスタイルにぴったりだ。帰ったら、お爺ちゃんにチューンナップするよう、おねだりしなきゃなぁ」

 

 

炎の申し子は黄金のラッパ銃を愛おしそうに撫でながら、次の獲物を求めて夜の街へと歩を進めた。

 

雄英生二人は若干ドン引きしていたが。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

一方、その頃。

島内の地下鉄ステーションでは逃げ遅れた一般客たちが、完全に包囲網を敷いた警備ロボットたちの前に立ち竦んでいた。

 

 

「お願いだ、見逃してくれ……!」

 

「ピーッ。警告。直ちに身柄を拘束します」

 

 

ロボットたちがスタンガンの出力を上げ、群衆へと歩み寄ろうとしたその刹那。

 

 

 

『加速装置』

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

一般客の一人が瞬きをした、たった一秒にも満たない時間。

彼らを取り囲んでいた十数体の警備ロボットたちが突如として全員同時に不自然な痙攣を起こし、頭部から黒い煙を噴き上げてその場に崩れ落ちたのだ。

 

 

「な、何が起きたの……?」

 

 

一般の動体視力では、あの黄金の装甲の派手な見た目どころか、何かが過ぎ去ったことも認識することはできない。

 

十数体のロボットの思考回路部分に、寸分違わぬ手刀による突きが一瞬のうちに叩き込まれる。

それはまさに死神の鎌であった。

 

 

 

 

 

 

「……まずいな」

 

 

ガイツはロボットの残骸が散乱するステーションを後にし、島を駆け抜けながら静かに舌打ちをした。

 

状況は極めて芳しくない。

自分や燈矢たちの圧倒的な戦闘力をもってすれば、目前の警備ロボットを破壊することは容易い。

だが彼らの目的は島を更地にすることではなく、あくまで人命の保護だ。

 

島中を探し回り、逃げ遅れた人々を保護するには、自分と幹部たちだけでは絶対的に手が足りない。

 

何より、彼らは公的な身分を持たない人間である。

ロボットを排除して一時的な安全を確保できる。

伊口の時のような口八丁が常に通用するわけではなく、パニック状態の一般人に避難命令を完全に守らせて誘導しきることは難しいのだ。

 

 

「……使い時か」

 

 

ガイツは夜の路地裏で足を止め、自身のヘルメットに内蔵された通信機を起動した。

現在、この島の通信システムはヴィランの手によって厳重なセキュリティ制限が掛けられており、外部への救助要請は遮断されている。

 

だが、難羽が独自に構築しているショッカーの暗号化回線はまだ完璧に機能していた。

 

ガイツはその回線に向けて、短く、絶対的な命令を下した。

 

 

 

 

『——ショッカー救助隊、出動』

 

 

 

 

難羽の命令が下った数分後。

ガイツや燈矢たちが手を出していない、島内でも比較的被害の少ない展覧会エリアの路地裏に、次々と「ごく普通の市民たち」が集まり始めていた。

 

私服姿の青年、清掃員の服を着た中年男性、さらにはこの島の治安を預かっているはずの一部の警官まで。

彼らは一言も発することなく、懐から黒い飛蝗に似た無骨なマスクを取り出し、自らの顔へと被った。

 

その瞬間。

マスクの内部からナノマシンで構成されたドロドロの黒い液体が流れ出し、彼らの全身を包み込むように這い広がる。

 

それは数秒で硬化し、機能的な漆黒の強化服へと変貌を遂げた。

 

彼らは日本から難羽と共にやってきた部隊ではない。

かつて難羽がこの島で研究者として活動していた時代から、あるいは彼が世界中にその思想を広める中で、極秘裏に組織され、このI・アイランドに市民として潜伏・待機していた『海外』のショッカー部隊である。

 

日本から来た燈矢たち幹部ですら、彼らの存在を把握していない。

 

 

「各員、装備のチェックを。我々の任務は、人命の迅速な保護と、システム障害の物理的排除だ」

 

 

リーダー格の男が冷徹に指示を飛ばす。

 

彼らの装備は、日本で活動する救助隊とは明確に異なっていた。

この島が完全に機械に依存した警備体制を敷いていることを熟知している難羽が、対機械に特化して用意させた専用兵装である。

 

高圧電流を放つ特殊なライオットシールド。

ロボットのセンサーを無効化するチャフの発射機構を備えた専用銃。

そして、局地的な電磁パルスを発生させて回路を焼き切るEMP地雷。

 

 

「行くぞ!」

 

 

黒き飛蝗の群れは、流れるような連携で街路へと飛び出した。

迫り来る警備ロボットの足元にEMP地雷を滑り込ませて無力化し、チャフを散布して包囲網に穴を開ける。

そして、彼らが難羽たちと決定的に違う最大の強み。

 

それは彼ら自身がこの島の住人であり、一部の者は本物の警察官であるということだ。

 

 

「こちらアイランド市警だ! 暴走したロボットの鎮圧部隊が到着した! 市民は速やかにこちらへ避難してくれ!」

 

 

警察の身分証と見慣れた顔。

その安心感と的確な指示により、パニックに陥っていた一般人たちはスムーズに彼らの誘導に従い、安全なシェルターへと吸い込まれていった。

 

路地裏の建物の屋上に音もなくガイツが降り立つ。

見事な手際で人々の救助を進める部隊を見下ろしながら、ガイツは緊急回線で彼らのリーダーに通信を繋いだ。

 

 

『見事だ。……引き続き市民の保護を優先しつつ、この緊急回線を使用して、本国へこの事態の概要を連絡しろ』

 

『ハッ! 了解いたしました!』

 

 

黒い強化服の隊員たちは動きを止めず、しかし心の中で敬礼しながらすぐさま次の救助へと向かっていった。

 

 

「さて……」

 

 

事態の収束に向けた駒の配置を終え、ガイツは島の中心部、空高くそびえ立つセントラルタワーの上空辺りを骸骨の眼窩から鋭く見つめた。

 

先ほどから、微かだがタワーの上層部で爆発音が連続して聞こえている。

プロヒーローたちはパーティー会場で足止めを食らい、身動きが取れない状態のはずだ。

ヴィランが自ら施設を破壊するメリットもない。

 

ならば現在あのタワーの内部で自由に動けており、セキュリティを解除するために司令塔へ向かって強行突破を仕掛けている人間は誰か。

 

 

「……全く。どこへ行ってもトラブルの中心には、あの雄英生たちがいるな」

 

 

ガイツはまるでどこぞの少年探偵が滞在する旅館では必ず殺人事件が起きるような、そんな理不尽な法則を思い浮かべて内心で苦笑した。

だが、彼らが動いているのなら、この事件の核は間違いなくあのタワーの頂上にある。

 

 

「ならば、私も行くとしよう」

 

 

ガイツは低く呟くと、足元のコンクリートの屋上が蜘蛛の巣状にひび割れるほどの凄まじい脚力で跳躍した。

黄金の死神は海風を切り裂き、事件の元凶が潜む摩天楼へと一直線に飛翔していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I・アイランドの中枢、セントラルタワー最上階。

A組の仲間たちの決死の協力によって、地上200階に位置するその強固な管理室の扉を緑谷とメリッサはようやく突破した。

 

 

「お父様……! 無事、ですか……!?」

 

 

息を切らし、傷だらけになりながら飛び込んだメリッサ。

だが彼女の視界に飛び込んできたのは、安堵の光景ではなく、あまりにも残酷で理解し難い真実だった。

 

 

「おお、ついに……! ついに取り戻したぞ……!!」

 

 

赤く染まった非常灯が照らす管理室内。

メリッサの父、世界的な天才科学者であるデヴィッド・シールドは、ケースに収められた一つのヘッドギア型の装置を抱きしめ、狂喜の声を上げていた。

 

その表情には凶悪なヴィランに脅され、タワーを占拠されている人質の悲壮感など微塵もない。

むしろ、長年の悲願が成就したかのような、異様なまでの達成感に満ちていた。

 

 

「お父、様……? どうして……」

 

 

メリッサの震える声が、静寂の室内に響く。

 

 

「……メリッサ? なぜお前がここに……いや、ちょうどいい。見てくれメリッサ! ついに彼を……オールマイトを救う技術が戻ってきたんだ!」

 

 

デヴィッドの瞳には狂気にも似た純粋な光が宿っていた。

彼が抱きしめているのは、かつてこの島で開発され、その危険性ゆえにスポンサーの上層部によって封印・没収された禁忌の技術——『個性増幅装置』だった。

 

彼は気づいていたのだ。

親友であるオールマイトの力の衰え、そして彼が背負う平和の象徴という重圧の限界に。

 

一人の人間の自己犠牲の上に成り立つ社会。

その柱が崩れ去ろうとしている恐怖。

 

親友を救いたい。

再び絶対的な光として輝かせたい。

 

その強すぎる願いが、デヴィッドという天才科学者の倫理の歯車を狂わせた。

彼は没収された装置を奪還するために、偽のヴィラン襲撃事件を自作自演で計画したのだ。

 

あくまで一芝居打ち、警備の目を逸らして装置を回収するだけ。

誰も傷つけるつもりはなかった。

誰も殺すつもりはなかった。

 

それが、彼なりの親友(ヒーロー)を救うための正義だったのだ。

 

「……そんな」

 

緑谷は愕然と立ち尽くした。

誰かを救いたいという純粋な想いが、結果として島中の人々を恐怖に陥れ、仲間たちを傷つける大事件を引き起こした。

その矛盾に胸が張り裂けそうになる。

 

また、彼にとってデヴィッドの行動は無関係ではない。

デヴィッドがオールマイトが衰えていると判断したのは、オールマイトの身体の個性因子が急激に減少していることに起因している。

それは継承による個性の移動が原因だ。

緑谷は自分が原因で彼を追い込んだ事に気付いてしまった。

 

 

だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 

 

「……素晴らしい茶番だったよ、シールド博士」

 

 

室内の暗がりから冷酷な声が響く。

デヴィッドが役者として雇い入れたはずのヴィランのリーダー、金属を操る個性を持つ男——ウォルフラムだった。

 

 

「な、何を言っている……? 契約通り、装置の回収は済んだ。あとはお前たちが逃走するだけだろう!」

 

 

デヴィッドが怪訝な顔を向ける。

 

しかしウォルフラムの銃口は、無情にもデヴィッドの助手である研究員、サムへと向けられた。

 

「ぐあぁっ……!」

 

 

銃声が室内に轟き、サムが血しぶきを上げて床に倒れ伏す。

 

 

「サ、サム君!? なぜだ、ウォルフラム! 誰も傷つけない約束だったはずだ!」

 

 

デヴィッドが悲鳴を上げるが、ウォルフラムは冷笑を浮かべた。

 

 

「約束? 裏社会のゴロツキと交わした口約束など、犬のクソほどの価値もない」

 

 

倒れたサムもまた、デヴィッドとは違う「欲望」で動いていた。

彼は装置の発表によって得られたはずの金と名誉欲に目が眩み、デヴィッドの計画を利用して『本物のヴィラン』を招き入れたのだ。

装置のデータを横流しし、巨万の富を得るために。

 

だが本物の悪意を前にして、彼の浅はかな計画など通用するはずがなかった。

用済みの裏切り者は真っ先に始末される。

それがヴィランの世界の鉄則だ。

 

 

「科学者というのはいつの世も理想に目が眩み、足元の蛇を見落とすものだな」

 

 

ウォルフラムの冷徹な言葉が、デヴィッドの希望を完全に打ち砕いた。

デヴィッドたちの目的は善と悪で別だったが、ただ一点、裏の世界を甘く見ていた点は共通していた。

 

 

「さあ、来てもらおうか博士。この試作品を完璧なものに仕上げるにはアンタの頭脳が必要不可欠なんでね」

 

 

ウォルフラムは絶望にへたり込むデヴィッドの首根っこを掴み上げ、装置と共にタワーの屋上へと続く階段へと向かった。

 

 

「お父様!!」

 

「待て!!」

 

 

メリッサの悲痛な叫びを背に受けて、緑谷は全身にワン・フォー・オールの力を巡らせ、ウォルフラムの後を追って屋上へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

強烈な夜風が吹き荒れる、地上200階のヘリポート。

そこには既にウォルフラムの手下たちが用意した逃走用の大型ヘリコプターが、ローターの轟音を響かせながら離陸の準備を整えていた。

 

 

「乗れ、博士」

 

「や、やめろ……! 私の、私の作ったものが悪用されるなんて……!」

 

 

後悔の涙を流して抵抗するデヴィッドだが、ウォルフラムの圧倒的な暴力の前に無力な科学者は機内へと引きずり込まれていく。

ヘリの|スキッド「脚部」が、ゆっくりとタワーの屋上から離れ始めた。

 

 

「させるかぁぁぁッ!!」

 

 

屋上に飛び出した緑谷は大地を砕く勢いで地を蹴った。

 

 

『ワン・フォー・オール フルカウル』

 

 

全身を駆け巡る緑色の稲妻と共に、緑谷は決死の跳躍を見せる。

目指すは夜空へと逃れようとするヘリの機体。

 

 

「しつこいガキだ」

 

 

だがヘリのハッチから身を乗り出したウォルフラムが、冷静に銃口を跳躍する緑谷へと向けた。

 

 

空中に身を躍らせていた緑谷に回避する術はなかった。

放たれた凶弾が、緑谷の正確に捉える。

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

肉を貫く最悪の事態だけは免れた。

メリッサが託してくれたフルガントレットが装着されていたからだ。

強固な装甲が銃弾を弾き返し、緑谷の腕を守り抜いた。

 

だが、空中で受けたその強烈な物理的衝撃は、緑谷の身体のバランスを完全に崩すには十分すぎた。

 

 

「あ……」

 

 

弾かれた緑谷の体はヘリのスキッドを掠めることもなく、虚空へと投げ出された。

 

指先が、デヴィッドから遠ざかっていく。

手の届かない夜空へと消えていくヘリコプター。

 

足場のない虚空。

 

ここは地上200階。

眼下には底知れぬ暗闇の奈落が口を開けている。

重力という絶対の法則に引かれるまま、緑谷の小さな体は、冷たい夜の闇へと急速に沈んでいく。

 

 

(届かなかった……メリッサさんのお父さんを……助けられなかった……)

 

 

強烈な風切り音が耳を劈く。

落下していく恐怖よりも、ヒーローとして何もできなかった己の無力さが、緑谷の心を真っ黒に塗り潰していく。

 

オールマイトのように、全てを救えるヒーローになりたかった。

でも、自分には力が足りない。

 

空を飛ぶ術を持たない自分はただこのまま、冷たい地面に叩きつけられて死ぬだけなのだ。

 

薄れゆく意識の中で、少年は目を閉じた。

 

——その時だった。

 

 

 

 

『——フハハハハハハハッ!!』

 

 

 

突如として。

落下する重力感を、凄まじい風の音を、そして緑谷の心を覆っていた絶望すらも完全に塗り潰すような、傲慢極まる高笑いが、地の底、タワーの下から響き渡る。

 

直後、地面に叩きつけられるはずだった緑谷の体は宙に浮いたまま、鋼の如き強靭な腕によってガッチリと抱き留められていた。

 

 

「……え?」

 

 

死の衝撃を覚悟していた緑谷は、ゆっくりと目を開けた。

 

そこにあったのは、巨大な満月を背にして空中に浮遊する、圧倒的な強者の姿だった。

光を吸い込むような漆黒のアンダースーツ。

その表面を覆うのは人間の肋骨や脊椎を模した、流線型の黄金の装甲。

夜の闇を切り取ったかのような漆黒のマントが、重力に逆らうように猛々しく翻っている。

 

 

「……ッ」

 

 

緑谷は息を呑んだ。

その顔には威圧的な黄金の髑髏が据えられていた。

眼窩の奥から漏れる、全てを見透かすような赤く鋭い光が、腕の中に抱えた緑谷を真っ直ぐに射抜いていた。

 

 

(……黄金の骸骨……!)

 

 

数時間前、メリッサの研究室で教えられた伝説。

個性に依存せず、純粋な技術のみで空想を現実へと押し上げ、かつてヒーロー社会の頂点の一角に君臨した伝説の男。

 

 

 

「あなたは……」

 

 

緑谷の震える唇から、その名がこぼれ落ちる。

 

 

「ガイツ……!」

 

 

その呟きを聞き届けたかのように、黄金の髑髏がわずかに傾いた。

落下する慣性を完全に殺し、空中に留まるその技術の理屈など、今の緑谷には分からない。

ただ圧倒的な安心感と、強烈な威圧感が同時に全身を包み込んでいた。

 

 

「……よく耐えたな、緑谷」

 

 

マスク越しに響く、低く、しかし確かな慈愛を帯びた声。

その言葉の奥にある響きに緑谷はハッと目を見開いた。

 

 

(この声……この、どこか冷たくて、でも底知れないほどに力強い響き……!)

 

「だが……諦めるにはまだ早いだろう?」

 

 

黄金の死神は絶望の淵に沈みかけていた緑谷をヘリポートへと下ろし、夜空を逃走するウォルフラムのヘリコプターへ静かに、そして苛烈な殺意を込めて視線を向けた。

 

 

「死んでも諦めないのがヒーローだ」

 

 

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

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