バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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アンケートの結果、どうでもいい派が多数、現状維持と文字数多めが嬉しい派もいたので、これからは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に投稿します。
具体的には5000字以上をベースに区切りの良いところまでを投稿します。



76話 初めての合宿

 

合宿2日目の朝。

A組の生徒たちを待ち受けていたのは、昨日の魔獣の森という理不尽な洗礼とはまた別の、極めて現実的で地道な本当の地獄であった。

B組の面々は既に実施しているA組の絵面にドン引きしている。

 

 

「いいか。今日からお前たちにやってもらうのは新しい必殺技の開発でも、連携の訓練でもない……ただひたすらに、己の個性を限界まで酷使し続けることだ」

 

 

B組たちが訪れるよりも前、広大な広場に集められた生徒たちに向かって、担任の相澤は容赦なく言い放った。

 

個性とは極論、身体能力と同じである。

 

筋肉を鍛えるために筋繊維を破壊して超回復を促すように、個性の許容量や最大出力を引き上げるためには、肉体に限界以上の負荷をかけ酷使し続けるという地道なプロセスが必要不可欠なのだ。

 

 

「そこであちきらの出番!」

 

 

そう続けるのはプッシーキャッツのメンバーの1人、ラグドールである。

 

ラグドールの個性であるサーチによって居場所や弱点を把握。

ピクシーボブの個性で各々の特訓に必要な環境を整え。

マンダレイがテレパシーで一度に複数の生徒にアドバイス。

 

 

「そこを我が殴る蹴るの暴行よ……!」

 

(色々ダメだろ)

 

 

暴力でまさしく叩き上げるのが最後のプッシーキャッツのメンバー、虎である。

 

 

A組とB組で40人という大所帯。

かくして広場のあちこちで、身の毛もよだつような特訓が幕を開けた。

 

 

轟はドラム缶風呂に入りながら氷結と炎を交互に放ち続け、爆豪は両手を沸騰させたお湯に突っ込みながら大爆破を連発する。

上鳴は大容量のバッテリーを相手に放電し続け、八百万百は食事を摂りながら延々と創造し続けていた。

 

 

 

「ぐああぁぁっ……!」

 

「限界……もう、出ない……ッ!」

 

 

あちこちから肉体的・精神的な苦痛に苛まれた悲鳴と嘔吐音が響き渡る。

それは華やかなヒーローのイメージとはかけ離れた、泥臭く、ひたすらに自身を虐め抜くための修練だった。

そんな彼らの阿鼻叫喚の姿を少し離れた崖の上からひどく冷めた目で見下ろしている小柄な影があった。

 

 

プッシーキャッツからの預かりの子である少年、洸汰だ。

 

 

(……くだらない、何がヒーローだ)

 

 

彼の瞳には限界を超えてまで力を伸ばそうとする緑谷たちの姿が、ただの狂人の群れにしか見えなかった。

 

なぜそこまでして自分を傷つけるのか。

なぜ傷ついてまで他者を救おうとするのか。

 

洸汰の両親は、かつてウォーターホースという名で活躍していたプロヒーローだった。

 

しかし、二年前。

彼らは凶悪なヴィランから市民を守るために戦い、凄惨な死を遂げた。

 

両親の死後、幼い洸汰の周りに集まってきた大人たちは、誰もが口を揃えてこう言った。

 

 

『ご両親は立派なヒーローだった』

 

『市民を守って死んだのだから、彼らの死は無駄ではなかった』

 

 

だが、洸汰にとってそんな言葉は何の慰めにもならなかった。

 

立派であれば、自分が両親を失った悲しみは消えるのか。

名誉な死であれば、この胸に空いた巨大な喪失感は埋まるのか。

 

大人たちはヒーローとしての美談を押し付けるだけで、突然親を奪われ、ただ泣き叫ぶしかなかった一人の子供の心に正しく寄り添ってくれる人間は、誰もいなかったのだ。

 

だからこそ彼は個性という力そのものを、そしてそれを振るうヒーローという存在を心の底から憎悪していた。

 

崖の上から背を向ける彼の背中は誰よりも深く、冷たい孤独に沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、崖下の広場ではもう一人の見学者が自由気ままに生徒たちの間を練り歩いていた。

 

昨日、遊泳とプッシーキャッツの完全秘匿の網をすり抜けて合宿所に潜入してきたアンドロイドの少女——アットである。

 

相澤から邪魔をするなと釘を刺されている彼女は戦闘訓練に口出しすることはなかったが、苦しむ生徒たちの元を物珍しそうに回っていた。

 

 

「オォン…………」

 

 

彼女が足を止めたのは洞窟で膝から崩れ落ちている青山の元だった。

 

彼は自身の個性であるネビルレーザーの使用時間を伸ばすため、限界を超えてレーザーを放ち続けていた。

当然、その代償として彼の腸内環境は完全に崩壊していた。

 

 

「あ……アットさぁん……僕の、煌めきが……濁ってしまぅ……」

 

 

顔面を蒼白にさせた青山が、お腹を押さえてへたり込む。

その姿を見たアットは持っていた保冷バッグからよく冷えたペットボトルを取り出し、青山の震える手へと握らせた。

 

「お飲みなさい。特製の経口補水液ですわ」

 

「メルシィ……」

 

「いいですか、青山様」

 

 

アットはまるで医療従事者のような真剣なトーンで顔を青ざめさせた青山に伝える。

 

 

「漫画やアニメの世界では、お腹を壊すことはよくギャグみたいな扱いを受けますが……現実の肉体において、急激な水分の喪失と電解質の異常は、マジでやばいですわ」

 

 

その言葉には一切の淀みがなかった。

 

 

「最悪の場合、脱水症状から多臓器不全を引き起こします。気合いで腸壁が厚くなるなどというオカルトを信じず、出た分はしっかりと水分と塩分を補給しなさいな」

 

 

そう言い残すと、アットは「では、ごきげんよう」と優雅にスカートの裾をつまんで一礼し、その場を去っていった。

 

 

 

残された青山は医学的な死の恐怖に震えながら、経口補水液をゴクゴクと飲み干すのだった。

 

 

 

 

 

 

『なおこの場合、経口補水液は少量ずつ飲むのが基本である。一度に飲むのは悪化する危険性があるので気をつけましょう』

 

 

 

 

 

青山の元を去ったアットが次に向かったのは、広場の中央で一際土埃が舞い上がっているエリアだった。

 

そこでは緑谷や切島といった増強型、近接戦闘型の生徒たちがプッシーキャッツの肉体派メンバーである虎による地獄の特訓『我ーズブートキャンプ』の真っ最中であった。

 

 

「オラオラどうした子猫ちゃんたち! 動きが鈍いぞォ!!」

 

「うおおおおッ!!」

 

 

緑谷たちはトレーニングをしつつ、呼びかけられたタイミングで虎へと殴りかかる。

だがそのすべての打撃は、虎の分厚い筋肉に触れることすらなく、空を切っていた。

虎は筋骨隆々の巨体でありながら、まるで骨が存在しない軟体生物のように関節をあり得ない方向へと曲げ、生徒たちの猛攻を紙一重でするりと抜け続けているのだ。

 

なお、虎の個性である柔体はただ身体を柔らかくして相手の攻撃を避けているわけではない。

部分的に柔らかくする部分と力む部分を分けることで、立った姿勢から素早く避ける動きに繋げることが出来るのだ。

そしてこの柔らかさは完璧な脱力を成しており、攻撃時のインパクトの威力を高めている。

まさに個性を前提とした肉体を使い熟すエキスパートと言えるだろう。

 

 

「す、すごい……! あんな巨体で、攻撃の軌道を完全に読んで躱してる……!」

 

 

緑谷が息を上げながら驚愕する。

その戦いぶりを少し離れた木陰で観察していたアットは、目をキラキラと輝かせて感銘を受けていた。

 

 

「硬度0、スネークボディ……!」

 

 

アットは不敵に微笑むと、木陰の裏へとスッと姿を消した。

なお、アットはゴールドマン派であり、難羽はシルバーマン派である。

 

 

 

数分後。

 

 

「まだまだァ!! 疲労で足が止まっているぞ!! プルスウルトラッ!!」

 

 

虎が生徒たちを煽り、緑谷と切島が同時に飛びかかろうとしたその瞬間。

 

 

「失礼いたしますわっ!!」

 

「なッ!?」

 

 

虎の死角、完全に意識の外側から一筋の疾風が入り込んだ。

 

いつの間にかフリルのメイド服から雄英の体操服へと着替えていたアットである。

彼女がどこから体操服を調達したのかは分からない。

 

彼女は生徒たちの攻撃がすべて軟体生物のように回避されていく中、一人だけ全く異なる軌道でステップを踏み、虎の頭部の真横へと指先を滑り込ませた。

 

直線から荒々しい回転。

まるで2つの動きが混ざり合ったその動きは、虎の意表を見事に突いた。

打撃ではない。

それはすれ違いざまに何かを摘み取るような、極めて繊細で異常な軌道の指捌きだった。

 

 

「スクリュー・ドライバ ───ッ!!」

 

 

「むっ!?」

 

 

流石の虎もその異常な気配に気づき、バックステップで距離を取る。

 

 

「君……昨日のメイドの少女か! 乱入は感心しないな。しかし、今の動き……ただ者ではないね」

 

 

虎が警戒を強める中、アットは体操服の袖をまくり上げ、親指と人差し指でつまんだ細い糸のようなものを太陽の光に透かして高く掲げた。

 

 

「コーホー……枝毛がありましたわ。これでプッシーキャッツの皆様……コンプリートですわ」

 

 

彼女の指先で揺れていたのは虎の毛髪であった。

 

彼女は特訓の見学をして回りながらマンダレイやピクシーボブ、果てはラグドールにもちょっかいを出し、戦闘のドサクサに紛れて、彼女たちの髪の毛を回収していた。

 

 

「あ……アットさん……」

 

 

限界まで酷使した筋肉をブルブルと震わせながら、地面に這いつくばっていた緑谷が疲れ切った顔でツッコミを入れた。

 

 

「なんか……髪の毛を集めて嬉しそうなの……ものすごく、変態みたいだよ……」

 

「失礼ですわね! これは難羽様への立派なお土産ですのよ!」

 

 

余計な発言によって、行方不明の難羽は髪を集めるのが趣味の変態にジョブチェンジしつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

太陽が完全に沈み、ヒグラシの声が森に響き始めた頃。

 

A組の生徒たちは極限の特訓による全身の筋肉痛と個性の酷使による強烈な疲労感を引きずりながら、マタタビ荘の広場にある野外炊事場へと集まっていた。

 

 

「……あー、死ぬ。マジで一歩も動けねぇ……」

 

「お腹ペコペコ……アットさんの美味しいご飯、早く食べたい……」

 

上鳴や芦戸が昨夜の豪華絢爛な料理の味を思い出し、よだれを垂らしながら長机へと向かう。

だが彼らの淡い期待は、長机の上に無造作に置かれた現実によって無惨に打ち砕かれた。

 

 

「今日の夕飯はカレーよ!!」

 

 

ピクシーボブが、ニカッと笑いながら指差した長机の上。

 

そこには泥のついたジャガイモ、人参、玉ねぎ、そして生の豚肉のブロックと、業務用のカレールーの箱がドサリと山積みにされていた。

 

 

「えっ」

 

「えっ、じゃないわよ。昨日のは特別サービス! ヒーローたるもの、災害時でも自分の胃袋くらい自分で満たせるようにしなさい……というわけで、今から自分たちで調理開始!!」

 

 

ピクシーボブの無情な宣告に、生徒たちは絶望の声を上げた。

 

 

「うそだろォォォッ!!?」

 

「初日があんなに豪華だったのに、この落差はエグいって!!」

 

 

だが、泣き言を言っていても腹は膨れない。

疲労困憊の体を引きずり、彼らは重い包丁を握り、薪を割り、かまどに火を起こし始めた。

 

そんな阿鼻叫喚の自炊風景の中。

 

 

「あいたたた……今日は少し動きすぎて筋肉痛みたいですわ……」

 

 

当たり前のように炊事場に混ざっていたアットが自分の二の腕をさすりながら、信じられないほどゆっくりとしたぎこちない手つきでジャガイモの皮を剥いていた。

 

 

「ふぅ、ふぅ……包丁が重いですわ……」

 

 

その姿はまるで初めて料理に挑戦する、か弱くて不器用なお嬢様そのものであった。

 

 

「……いやお前、ロボだろ!!」

 

 

横で玉ねぎを泣きながら刻んでいた瀬呂が、たまらずツッコミを入れた。

 

 

「昨日あんな完璧な包丁捌きでプロの料理作ってたじゃんか! なんで急に筋肉痛で動けないみたいな設定になってんだよ!」

 

「失礼ですわね。レディの体調は日々変化するものですのよ……ああ、腕がプルプルして皮が厚く剥けてしまいますわ……」

 

「絶対わざとやってるだろそれ!!」

 

 

そんなシュールなやり取りを交えながらもA組の生徒たちは協力し合い、不器用ながらも必死でカレーを作り上げていった。

轟の炎で火力を調整し、爆豪の無駄に洗練された包丁捌きで食材を切り刻み、飯田が時間を厳密に計る。

 

やがて完成した大鍋のカレー。

野菜の切り方はバラバラで、少し焦げ臭い部分もある。昨日のアットが作った絶品料理に比べれば、味は到底及ばない。

 

 

「……いただきます」

 

 

だが極限まで肉体を苛め抜いた後に、仲間たちと文句を言い合いながら泥まみれになって作ったカレー。

 

 

「……美味ぇ」

 

「ああ……腹に染みる……」

 

 

それは彼らの疲弊した心と身体を不思議なほどの温かさで満たしていった。

味の良し悪しではない。

 

それは彼らがヒーローという同じ夢に向かって苦楽を共にした、確かな青春の思い出の味だった。

 

 

 

 

 

 

 

生徒たちが焚き火を囲んでカレーを頬張る中。

緑谷は自分の分とは別にカレーを皿によそい、広場から少し離れた暗い森の奥へと向かっていた。

 

 

(洸汰くん……夕飯の時間になっても、姿が見えなかったな)

 

 

緑谷は、昼間に崖の上から自分たちを冷たい目で見下ろしていた少年の姿を思い出していた。

マンダレイから、彼が両親をヴィランに殺された過去を聞いていたからだ。

 

個性がないというだけで社会から見放され、それでもヒーローという存在に憧れ続けたかつての自分。

逆にヒーローという存在である親を殺され、ヒーローそのものを憎悪する洸汰。

 

相反する感情だが、緑谷には彼の抱えるどうしようもない孤独だけは痛いほどに理解できる気がしたのだ。

 

緑谷は森を抜け、崖の中腹にある岩肌が抉れた小さな洞穴——洸汰の秘密基地へと辿り着いた。

 

そこでは洸汰が一人で膝を抱え、暗い夜空を見上げていた。

 

 

「洸汰くん……カレー、持ってきたよ」

 

 

緑谷が声をかけると、洸汰はビクッと肩を震わせ、すぐに鋭い敵意の目を向けた。

 

 

「……何しに来たんだよ! 俺、つるむ気なんてねぇぞ」

 

「ごめん。でも、お腹空いてると思って……」

 

 

緑谷には彼の両親に心当たりがあった。

ヒーロー2人が死亡した事件。

 

緑谷は残念な事件だったと洸汰に伝えたが、彼はそんな言葉をずっと前から聞いていたのだろう。

吐き出される怒りはヒーローそのもの、そして個性や超人社会にも向いているのが緑谷には痛いほどわかった。

 

緑谷は洸汰の隣にそっとカレーの皿を置いた。

そして少しだけ躊躇った後、自身の過去の記憶を不器用な言葉で紡ぎ始めた。

 

 

「……僕の友達にね。昔、個性がない男の子がいたんだ」

 

 

緑谷はそれが自分自身のことだとは言わずに、あくまで友人の話として語りかけた。

 

 

「その子は誰よりもヒーローに憧れてた。でも、力がなかったから、周りからはいつも馬鹿にされて、諦めろって言われ続けてた……それでも、その子は諦めきれなくて、ずっと苦しんでたんだ」

 

 

緑谷の言葉には確かな熱がこもっていた。

 

 

「だから……君がヒーローを嫌う気持ちも、個性や社会を信じられない気持ちも、僕には完全に理解できるなんて言えないけど……でも、そこまで否定しちゃうと、君が辛くなるだけだよ」

 

「……黙れよ」

 

 

洸汰の低く、震える声が緑谷の言葉を遮った。

彼の瞳からは怒りと悲しみが入り混じった涙が溢れそうになっていた。

 

 

「 ……ふざけんな。お前らに何が分かるんだよ!!」

 

 

洸汰が立ち上がり、緑谷を力一杯睨みつけた。

 

 

「お前らみたいに、恵まれた個性を持って、ちやほやされたくてヒーロー目指してる奴らに……俺の親が死んだ意味なんて、分かるわけないだろ!!」

 

「洸汰くん……」

 

「あっち行け!! お前らなんか、大っ嫌いだ!!」

 

 

洸汰の激しい拒絶の叫びが夜の森に響き渡った。

 

緑谷は自分が発した言葉の軽さと、他人の深い傷に土足で踏み込んでしまった己の傲慢さを思い知り、何も言い返すことができなかった。

 

 

「……ごめん。カレー、冷めないうちに食べてね」

 

 

緑谷は静かにカレーの皿を残し、逃げるようにその秘密基地から立ち去った。

 

残された洸汰は再び洞穴の隅に座り込み、顔を膝に埋めて声を殺して泣いた。

 

誰の言葉も届かない。

誰も自分の本当の痛みに寄り添ってはくれない。

この狂った力(個性)が前提の社会で、自分は永遠に一人ぼっちなのだと、彼は強く呪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷が去ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 

冷え切ったカレーの匂いだけが漂う秘密基地で、体育座りをして一人泣き疲れていた洸汰の耳に、ザッ、ザッ、という足音が近づいてきた。

 

 

(……また、あの緑の頭の奴か? しつこいな……)

 

 

洸汰は顔を上げず、袖で乱暴に涙を拭いながら怒鳴った。

 

 

「帰れって言っただろ!! 俺に構うな!!」

 

「……随分と、ツンケンしたガキですのね」

 

 

頭上から降ってきたのは緑谷の気弱な声ではなく、透き通るような、それでいてどこか芝居がかったお嬢様口調の声だった。

 

 

「え……?」

 

 

洸汰が驚いて顔を上げると、そこには月明かりに照らされた一人の少女が立っていた。

昨日からプッシーキャッツの周りをウロチョロし、「私はアンドロイドですわ」などと痛々しい設定を嘯いている、不審極まりない少女——アットだった。

 

彼女は驚いて固まっている洸汰の顔をまじまじと見下ろした。

 

 

「……目が真っ赤ですわね。まるでウサギちゃんですわ」

 

「な、なんだよお前……! 俺をからかいに来たのか!?」

 

 

洸汰が威嚇するように牙を剥くが、アットはそんな子供の怒りなど全く意に介さない様子で、スカートの裾をつまんでしゃがみ込んだ。

 

 

「隣、いいかしら?」

 

 

それは許可を求める言葉ではなかった。

洸汰が返事をするよりも早く、彼女は冷たい岩肌の上に、洸汰のすぐ隣にペタンと座り込んだ。

 

 

 

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