バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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77話 アンドロイドは電気執事の夢を見るか

 

 

「……今生きているだけの人では、あなたの孤独を理解しきれませんわね」

 

 

冷たい岩肌の上に座り込んだアットは、夜の森を見つめながらそう呟いた。

 

その言葉の奥にある真意は洸汰には分からない。

ただ彼女が発する気配が、アンドロイドを自称する胡散臭い女から、どこか遠くを懐かしむような、静かで深いものへと変化していることだけは感じ取れた。

 

 

「……何だよ。お前、本当に機械なのかよ」

 

 

洸汰は疑わしげな目を向けた。

 

どう見ても彼女は普通の人間だ。

肌の質感も、月明かりに照らされた金色の髪の艶も、呼吸に合わせて微かに上下する胸の動きも。

精巧なロボットだと言われても、到底信じられるものではない。

 

するとアットはクスリと小さく笑い、自身の手元へと視線を落とした。

 

 

「人間と見間違うほど完璧に造られすぎた……というのも、少しばかり考えものですわね」

 

 

彼女は、自身の右手を洸汰の目の前へとスッと差し出した。

 

 

「あまりにも人間そっくりだと、日常生活で普通の人間として扱われてしまい、私が機械であることを前提とした難羽のサポート業務に支障をきたすことがありましたの。いちいちと説明するのも面倒ですから……お願いして、少しだけわかりやすくしていただいたのですわ」

 

 

アットが左手で右手の指先をつまみ、手袋を脱ぐような仕草をした。

ズルリ、と。

彼女の手首から先の皮膚が、まるで極薄のゴム手袋かシリコンの膜のように音もなく剥がれ落ちた。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

洸汰は息を呑み、思わず岩肌に背中を擦り付けて後ずさった。

 

皮膚の下から現れたそれは、間違いなく機械の集合体であった。

人間の少女の顔と腕の先に無機質でメカニカルな機械の手が繋がっている。

そのあまりにもアンバランスでグロテスクな光景は、彼女が造られた存在であることを暴力的なまでの説得力をもって洸汰の脳裏に焼き付けた。

 

 

「おや、驚かせてしまいましたか。ごめんなさいね」

 

 

アットは剥き出しになった金属の指をカチャカチャと器用に動かしながら、どこか寂しそうな、それでいて優しい微笑みを浮かべた。

そして、そのまま夜の星空へと視線を移し静かに語り始めた。

 

 

「……昔、とある美少女がいましたの」

 

 

その声はいつもの芝居がかったお嬢様口調の裏側に、ひどく気高く、そして深い慈愛に満ちた別人の響きを帯びていた。

その声に洸汰は突っ込みそうになった言葉を飲み込んだ。

 

 

「その少女は誰もが羨むような大財閥の令嬢でした。大きな屋敷に住み、優しい家族に囲まれ、何不自由ない幸せな日々を送っていましたわ」

 

 

アットの金属の指先が、空に浮かぶ星をなぞるように動く。

 

 

「けれど……ある日突然、世界を揺るがすような大きな災害が起きました。その圧倒的な理不尽の前に、少女の家族も、立派な家も、財産も……彼女の愛した世界のほとんど全てが、一瞬にして失われてしまったのです」

 

 

洸汰は膝を抱えたまま、黙ってその話を聞いていた。

災害で親を失う。

それはヴィランに親を殺された洸汰自身の境遇と、嫌でも重なる部分があった。

 

 

「でも、その少女は負けませんでした」

 

 

アットの声に強い芯が宿る。

 

 

「絶望して泣き崩れるのではなく、彼女は立ち上がりました。災害の混乱に便乗して、弱者を襲う悪党たちが街に溢れかえったからです。彼女は自身に宿っていた強力な個性を使って、見ず知らずの人々を必死に守り抜きました……全てを失っても、彼女の心の中には気高さが残っていたのです」

 

 

それは今のヒーロー社会が確立するよりもずっと昔、無秩序と暴力が支配していた時代の、名もなきヒーローの物語。

 

 

「そんな血みどろの戦いの中で……少女はある日、運命的な出会いをします」

 

 

アットの目が優しく細められた。

 

 

「街の路地裏で、一人の少年が、ヴィランの集団から凄惨なリンチ——殴る蹴るの激しい暴行を受けていました。少女はすぐに助けに入ろうとしましたが……彼女は、少年の異常性に足が止まってしまいました」

 

「異常性……?」

 

 

洸汰が思わず聞き返す。

 

 

「ええ。その少年はどれだけ殴られようと、血を流そうと、一切の抵抗をしていなかったのです。痛みに泣き叫ぶことも、助けを呼ぶこともなく……ただ、その暴力を当然であるかのように、無抵抗に受け入れていましたの」

 

 

アットの金属の指が、ギュッと握り込まれる。

 

 

「少年の目は美しい銀色をしていました……けれど、その瞳の奥には光が一切ありませんでした。まるで心にポッカリと暗い穴が空いているような……ヴィランの暴力にではなく、生きることそのものに絶望しきっているような、そんなひどく悲しい瞳でしたわ」

 

 

その少年は、今思えば痛みと死に慣れすぎていたのだとアットは語った。

 

 

「それでも少女は少年の手を取りました。群がるヴィランたちを自身の個性でぶちのめし、血まみれの少年を抱き起こしたのです」

 

 

アットの顔にひどく愛おしそうな笑みが浮かんだ。

 

 

「その時の少女には、少年の抱える深い絶望の理由は分かりませんでした……けれど、少女が手を差し伸べた瞬間。少年の虚ろだった瞳に、パッと光が戻ったのです」

 

 

それはまるで。

 

 

 

「まるで……暗闇の中で、フィクションの物語の中にしか存在しないはずの『憧れのヒーロー』が本当に自分を助けに来てくれたかのような……そんな希望に満ちた眩しい光でしたわ」

 

 

 

夜風がアットの金色の髪を揺らす。

 

 

「その少年は戦う力こそ持っていませんでしたが……信じられないほど天才的な科学者でした。彼は災害で打ち捨てられていたオンボロのキャンピングカーを拾い集めたジャンクパーツで改造し、二人の移動基地を作り上げましたの。そして、少女の戦いをサポートするための頑丈なスーツや、強力な強化装備を次々と開発してくれました」

 

「……サイドキック、みたいなものか」

 

洸汰がポツリとこぼすと、アットは嬉しそうに頷いた。

 

 

「ええ、まさにその通りですわ。今思えば、彼は少女にとって、世界で一番頼りになる最高のサイドキックであり、相棒でした」

 

 

無秩序な世界をオンボロのキャンピングカーで駆ける少女と少年。

戦う力を持つ少女と、頭脳でそれを支える少年。

 

 

「二人は長い間、その移動基地で各地を巡り、数え切れないほど多くの人々を脅威から救い続けました……少女は戦うことが誇らしく、少年は彼女を支えることが生き甲斐になっていましたの……いつまでも、そんな日々が続くと信じていましたわ」

 

 

だが。

アットの声がふいに沈み込んだ。

温度を失った機械のように、低く、冷たく。

 

 

 

「……しかし。二人の旅は、あまりにも唐突に、そして残酷な形で終わりを迎えました」

 

 

洸汰はビクッと肩を震わせた。

その先に待っている結末がハッピーエンドではないことを本能で悟ったからだ。

 

 

「二人の活躍を疎ましく思った強大な力を持つヴィランの親玉が、彼らの前に立ちはだかりました……その悪党は少女を確実に殺すため、逃げ遅れた罪のない人々を人質に取ったのです」

 

 

逃げ場のない広場。

穴の開いた手のひらを向けられた一般人たち。

 

 

「悪党はわざと人質のいる方向へと、強力な個性による攻撃を放ち続けました……少女は人々を守るために、そのすべての攻撃を身を挺して庇い続けたのです。自分の体がボロボロに引き裂かれ、血が枯れ果てようとも……彼女は、絶対に倒れるわけにはいきませんでしたから」

 

「……っ」

 

 

洸汰は両手で自分の膝を強く握りしめた。

 

彼の両親は凶悪なヴィランから市民を守るために盾となり、命を落とした。

それはあまりにも重なりすぎていた。

 

 

「……別の場所で人質の救出を行っていたサイドキックの少年が、彼女の元へ駆けつけた時……全ては、手遅れでした」

 

 

アットの手がゆっくりと膝の上に下ろされる。

 

 

「血の海の中で、人々の前に立ち塞がったまま……少女は、既に息絶えていましたの」

 

 

静寂が夜の洞穴を包み込んだ。

ヒグラシの声すらも消え去ったかのような、重く、息苦しい沈黙。

 

 

「……彼女の冷たい亡骸を見つけた時……少年はそこで致命的に壊れてしまいました。いえ、ある意味で完成してしまったというべきかしら」

 

 

アットの瞳の奥で青い電子の光がチカチカと点滅する。

少年の叫びを頭部のコンピュータが、アットの心をえぐるように再生する。

 

 

「あいつは、少女の死を受け入れることができなかった。そして、天才だったが故に……神の領域に足を踏み入れてしまった」

 

「……神の領域?」

 

「ええ。少年は少女の肉体を保存し、彼女をこの世に呼び戻すための蘇生研究を始めました。人の命の理をねじ曲げる、禁忌の研究。……何年、何十年、何百年かかろうとも、必ず彼女を生き返らせてみせると、彼は狂気の茨道へ自ら進みました」

 

 

そして。

 

 

「……少年は生き返らせる少女が、ヒーローが、血を流さなくて済むように。……ヒーローが戦わなくて済む社会を、自分自身の手で一から作り直すと決意したのです」

 

 

アットの静かな語りが、夜の森に溶けていく。

何百年という途方もないスケールの時間と、狂気じみた少年の執念。

それは今この瞬間に世界を裏から作り変えようとしている、一人の人間のオリジンであった。

 

 

「……そして。あいつは今もわたくしを生き返らせるために、たった一人で頑張り続けているのですわ」

 

 

 

洸汰はその壮絶な物語を聞き終えても、すぐには言葉を発することができなかった。

 

全てを失った少女と全てに絶望していた少年。

二人が巡った救済の旅と理不尽な悪意による唐突な死。

そして残された少年が背負い込んだ、世界を作り変えるほどの底知れぬ狂気と執念。

 

だが洸汰には一つだけ、どうしても解せないことがあった。

 

 

「……よく、分かんないんだけど」

 

 

洸汰は、戸惑いながらアットの横顔を見つめた。

 

 

「その昔話が……俺と、何の関係があるんだよ。お前がその話をして、僕にどうしろって……」

 

「分からない?」

 

アットはゆっくりと首を傾げた。

その精巧な瞳が、月明かりを浴びて悲しげに揺らいでいた。

 

 

 

 

「——わたくしがその少女……あいつをこの世に一人残して逝ってしまった、馬鹿なヒーローですわ」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

洸汰の思考が、一瞬完全に停止した。

 

 

「ま、まさか……嘘だろ!?」

 

 

洸汰は岩肌を蹴って立ち上がり、大声を出した。

 

目の前にいるのはあくまで人間そっくりに造られた機械だ。

さっき自分で皮膚を剥がして、その金属の骨格を見せつけてきたばかりではないか。

 

それなのに、なぜ彼女が「死んだはずの人間」だと言うのか。

 

 

「本当ですわ」

 

 

アットは微塵の揺らぎもない声で返した。

 

 

「あいつは、愛する者を生き返らせるという狂気を成し遂げてしまった。その上でわたくしを完全に生き返らせるのではなく、この超人社会の整地を先に始めた。二度とわたくしが戦わなくて済むように」

 

 

アットは自身の手首から剥がれた皮膚を元に戻し、再び人間の手へと偽装しながら、ひどく愛おしそうに目を細めた。

 

 

「相変わらず……あいつは、ヒーローには向いていませんのよ」

 

 

彼女は自分を蘇らせるために魔王へと堕ちた少年、男のことを想い、どこか困ったような、それでいて深い愛情に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

「……救世主には、向いているのでしょうけれど」

 

 

洸汰は聞き慣れない対比に眉をひそめた。

 

 

「どう違うんだよ、それ。どっちも人を助けるんだから同じだろ」

 

 

アットはゆっくりと首を横に振った。

 

 

「全く違いますわ……ヒーローとは目の前で泣いている人、困っている人を、己の身を挺してでも直接助けようとする者のことを指します」

 

 

かつて名もなき少女がそうであったように。

そして、洸汰の両親であるウォーターホースがそうであったように。

 

 

「対して、救世主とは……常人には見えないものを見て、世界全てを救おうとする者のことを指します」

 

 

アットの声に静かな熱がこもる。

 

 

「ヒーローが『自分が救いきれなかった命』があることに涙を流し、悩むのだとしたら……救世主は世界を救う力があるがゆえに『誰を救わず、誰を救うのか』……その選択をすることに、血を吐くような苦悩を抱えるのです」

 

 

目の前にいる人間に手を差し伸べるのがヒーローなら。

その目の前があまりに広く、誰に手を差し伸べるのかを選ぶのが救世主だ。

 

自分のせいで、自分がいないせいで、彼はどれほどの重圧と罪悪感を背負いながら孤独に耐えているのか。

その苦悩を想うだけで、少女の魂は張り裂けそうだった。

 

 

「……少し、話が逸れてしまいましたわね」

 

 

アットはふう、と短く息を吐き、洸汰の目を真っ直ぐに見つめた。

その瞳にはかつて「残してしまった側」としての、切実な痛みが宿っていた。

 

 

「……私から、一つだけ言わせてくださいな」

 

 

アットの言葉は説教でもなく、薄っぺらい同情でもなかった。

 

それは死の淵を越えた先から届く、一つの真実だった。

 

 

「——先に死んで、大切な人を残してしまった人間は、ずっと後悔しているのです」

 

 

洸汰の肩が、ビクッと跳ねた。

 

 

「なぜ、もっと生きて傍にいてあげられなかったのか。なぜ、一人ぼっちにしてしまったのか……ヒーローとしての使命を果たしたのだから本望だなんて、そんなゴミみたいな言葉で納得できるわけがありません。遺された側がどれほど苦しむか、痛いほど分かっているのですから」

 

 

洸汰の脳裏に、自分を置いて逝ってしまった両親の後ろ姿がフラッシュバックする。

 

大人たちは「立派な最期だった」と言った。

洸汰も両親はヒーローとしての使命を優先して、自分を捨てたのだと恨み続けていた。

 

けれど。

 

 

「それでも……どうしようもない理不尽に命を奪われ、それでも残してしまった側が、最後にたった一つだけ強く願うことがあるとすれば」

 

 

アットは泣きそうに顔を歪めている洸汰に向けて、優しく、本当に優しく微笑みかけた。

 

 

「それは残してしまった者の、幸せですわ」

 

「……あ」

 

「泣いてもいい。恨んでもいい。けれど、どうか自分を責めないで、あなたの人生を、あなた自身の足で幸せに歩いてほしい……残していった者は、ただそれだけをいつまでも願い続けているのですわ」

 

 

ポツリ、と。

洸汰の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 

ずっと冷たい言葉で心に蓋をしてきた。

誰も自分の痛みを分かってくれないと、世界を拒絶してきた。

 

けれど、今目の前にいる少女は洸汰の孤独を慰めるのではなく、彼を置いて逝ってしまった両親の本当の心を、洸汰の胸の奥底へと届けてくれたのだ。

 

洸汰は両手で顔を覆い、声を上げて泣き崩れた。

アットは泣きじゃくる洸汰の背中を撫でることはしなかった。

ただ、隣に座ったまま、その涙が枯れるのを静かに見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洸汰の嗚咽が少しずつ落ち着き、夜の森に再び静寂が戻り始めた、その時だった。

 

 

「——はッ!! お、お嬢様ッ!?」

 

 

突然、アットが弾かれたように岩肌から立ち上がり、夜の森に向かって甲高い声を張り上げた。

 

 

「な、なんだよ急に!?」

 

 

洸汰が驚いて顔を上げる。

 

そこに立っていたのは先程まで静かに過去を語り、慈愛に満ちた瞳で洸汰を見つめていた少女ではなかった。

目を白黒させ、フリルのスカートを慌ただしくバサバサと振っている、普段のアットの姿がそこにあった。

 

 

「あ、あれ……? 私、こんな山奥で何を……? いえ、それよりこの感覚は……!」

 

 

まるで憑依していた霊がフッと抜けてしまったかのような、あるいはシステムのエラーから正常な動作モードへと再起動したかのような、あまりにも不自然で劇的な変化。

 

しかし今日初めて彼女とまともに話をした洸汰には、彼女の違いなど分かるはずもなかった。

ただ急に様子がおかしくなった変なメイドだとしか思えない。

 

 

「お前……大丈夫か?」

 

 

洸汰が涙を拭いながら、心配そうに見つめる。

 

その洸汰の視線に気づいたアットは、ハッと我に返り、ひどく狼狽えたように視線を泳がせた。

自分がどうしてここにいるのか、今の今まで何を話していたのか、メモリの接続が上手くいっていないような混乱。

 

 

「あ、あの……!」

 

 

アットは誤魔化すようにパンッと両手を合わせ、営業用の完璧なアイドルスマイルを顔に貼り付けた。

 

 

「よ、よかったら、食堂にいらして? 私が特別に、とても温かくて美味しいカレーをご用意いたしますわっ!!」

 

「えっ、あ、おい……!」

 

「では、ごきげんよう!!」

 

 

アットは洸汰の返事も待たずにクルリと背を向けると、メイド服のスカートを翻し、猛烈な早足で広場の方へと逃げるように去っていってしまった。

 

 

「……なんだよ、あいつ」

 

 

ポカンと口を開けたまま、洸汰はあっという間に見えなくなったアットの後ろ姿を見送った。

 

 

残された秘密基地には、また彼一人だけの静寂が降りてきた。

 

だが先程までの冷たくて息苦しい孤独感は、もうどこにもなかった。

ゴシゴシと目元を擦り、夜空に浮かぶ満月を見上げた。

 

 

(……死んでしまったって語ってたあの人は、一体誰だったんだろう)

 

 

あのアンドロイドの少女の中に、本当に死んだ人の想いや魂が宿っていたのか、それは洸汰には分からない。

ただの高度なプログラムが、たまたま気の利いた昔話を生成しただけかもしれない。

 

けれど彼女の言葉は、確かに洸汰の心に届いていた。

 

 

『残してしまった者の幸せ』

 

 

(……なら、父さんと母さんは。今の僕を見て、どう思ってるんだろう)

 

 

ヒーローを憎み、助けようとしてくれた緑谷を拒絶し、ずっと一人で意地を張って泣き続けていた自分。

両親はそんな自分の姿を見て、安心してくれるだろうか。

喜んでくれるだろうか。

 

自分の足元に置かれたまま、すっかり冷え切ってしまった緑谷のカレーの皿を見つめた。

 

 

(……ごめんなさい、父さん、母さん)

 

 

洸汰は自分の悲しみではなく、自分を残して逝かなければならなかった二人の痛みと願いに、初めて想いを馳せることができた。

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

まだ、ヒーローを完全に好きになれたわけじゃない。

緑谷に素直に謝れるかも分からない。

けれど、もう立ち止まっているわけにはいかなかった。

 

洸汰は、冷えたカレーの皿を両手でしっかりと持ち上げると、詰め込むようにかき込んだ。

孤独な少年の心に、ほんの少しだけ前を向くための小さな火が、確かに灯った夜だった。

 

 

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