バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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アンケートの感じだと、読みたいけど本編進めてという意見が多かったですね。この時点で80話行ってますからね。

とりあえずここしかタイミング的に空いていないので、実験的に番外編です。
明日から次章に入ります。


番外編 ショッカー休日隊

 

秘密結社ショッカー。

 

かつてフィクションの世界において世界征服を企んだその悪の組織の名は、難羽輪太郎という一人の男の手によって全く異なる理念を掲げる組織に使われていた。

 

そしてその組織の象徴とも言える活動を行う唯一の部隊。

それがショッカー救助隊である。

 

彼らは非戦闘という絶対の掟のもと、ただひたすらに人命を救うためだけに自身の命を懸ける影の活動部隊である。

 

災害現場、ヴィランによる大規模テロ、あるいは人知れず起きる悲劇の裏側。

世界のあらゆる場所に彼らは密かに存在し、独自のネットワークを用いて迅速な救助活動を行っている。

 

彼らが世界中に存在している。

 

それは難羽が持つ呪いにも似た個性——ナンバリングがもたらした、数奇な縁の結晶であった。

 

難羽が死を迎えるたびに発動し、彼に新たな生を与え世界へと戻す異常な個性。

最早彼の精神は常人ではなく、赤子に戻されることに不便だと思う程度だが、厄介なものであることは変わりない。

 

しかし、難羽はその呪いを完全に否定することはできなかった。

 

なぜならその途方もない死と再生の旅路があったからこそ、彼は国境や時代、果ては世界の壁さえも越えて、数え切れないほどの人間と出会うことができたからだ。

 

社会から見捨てられ、ヴィランへと堕ちるしかなかった者。

自らの個性に呪われ、生きる意味を見失っていた者。

 

難羽はそんな彼らの手を取り、改造手術を施すことで、彼らに二度目の人生を与えてきた。

 

ショッカー救助隊のメンバーは皆、かつて誰にも救われなかった過去を持つ者たちだ。

だからこそ彼らは、自分を救ってくれた難羽の理念に共鳴し、今度は自分たちが誰かを救うために新たな命を捧げることを決意したのである。

そして救助隊のメンバーは日夜過酷な訓練に身を投じ、命がけの任務を遂行している。

 

 

だが、彼らの日々は決して自己犠牲と悲壮感だけに塗り固められたものではなかった。

 

むしろ彼らは、難羽から与えられたその新しい人生を誰よりも謳歌し、楽しむ者たちでもあった。

 

彼らの多くは、かつて自身の特異な個性や異形の肉体のせいで、当たり前の日常を剥奪されていた。

だからこそ、無個性となった今の生活が彼らにとっては新鮮で、輝かしく、愛おしいものに映るのだ。

 

休日の街角では、救助隊のメンバーたちのささやかな青春が溢れている。

 

かつては異形の個性のせいで袖を通すことすら叶わなかった、フリルのついた可愛らしいワンピース。

それを求めて、目を輝かせながらウィンドウショッピングを楽しむ少女。

 

社会に対する憎悪を暴力でしか表現できなかったかつてのチンピラが、今では自室にカメラを設置し、動画配信サイトでキレのいいダンス動画を投稿して、視聴者からのいいねに一喜一憂している。

 

またある者は、自身の身体を痛めつけるためではなく、純粋に汗を流す喜びを知るために河川敷で仲間たちとスポーツに勤しんでいる。

 

彼らは皆、かつて失った当たり前の幸せを、一つ一つ拾い集めるようにして日々を生きていた。

 

難羽はそんな彼らの姿を遠くから見守るたびに、自身の歩んできた道程が、決して無駄ではなかったのだと密かに実感するのだった。

 

 

 

 

 

そして。

そんな新しい人生の喜びに、誰よりも深く、そして強烈に見入られている男が、難羽のすぐ隣に座っていた。

 

 

大衆食堂特有の少し油の匂いが染み付いたカウンター席。

 

かつて個性による迫害や絶望に囚われた者達を集めてテロ組織を創ろうとしていた男、フレクト・ターン。

 

その男は今、額に玉の汗を浮かべ目をカッと見開く。

 

 

 

大きな丼に顔を突っ込むような勢いで家系ラーメンを貪るように啜っていた。

 

 

「……美味い……ああ、熱い。これこそ……食べるということ……!」

 

 

フレクトはレンゲで掬った濃厚な豚骨醤油スープを喉の奥へと流し込み、全身を震わせて感嘆の息を漏らした。

 

元個性・反射。

 

あらゆる物理法則、エネルギー、そして他者の触れる温もりすらも、自動的に弾き返してしまうという絶対的な拒絶の個性。

 

それは彼から生きる喜びのほぼ全てを奪い去った呪いだった。

 

難羽の手術によって無個性として生まれ変わった彼は今、かつて弾き返してしまっていた世界中のあらゆる情報と感覚を、その身でスポンジのように吸収していた。

 

目の前に置かれたラーメンから立ち昇る、むせ返るような強烈な湯気。

それが顔に当たり、熱と湿気を感じる。

 

弾き返されない。

 

豚骨を極限まで煮出した荒々しい獣の匂いと、食欲を刺激する醤油の香ばしさ。

鼻腔を抜けるその暴力的なまでの香りに、胃袋がキュゥと鳴る。

 

箸で掴み上げた短くて太い、もちもちとした平打ち麺。

それを力一杯啜り上げた時の、唇を通る滑らかな摩擦と噛み締めた時に広がる小麦の甘み。

 

そして何より。

濃厚なスープと麺が食道をとおり、自身の胃袋へとどさりと落ちていく、あの『胃に溜まる熱い喜び』。

 

熱い。

重い。

美味い。

 

食べ物が自分の身体の中に入り、エネルギーへと変換されていくという生物として当たり前の、しかし彼にとっては奇跡のような実感がフレクトの細胞一つ一つを歓喜で打ち震わせていた。

 

 

彼は食事という行為の虜になっていた。

 

 

難羽という恩人に付き従い、自らも救助隊のリーダーとして命を懸けることを決意したのは当然の前提だが。

 

彼がこの極東の島国での活動をことのほか楽しみにしていた理由の何割かは、間違いなく世界有数の食の宝庫であるこの国で、様々な食事を楽しみたいという、非常に人間臭く、純粋な欲求によるものだった。

 

 

「……すいません、大将。替え玉、お願いします。……固めで」

 

 

フレクトは最後の一本の麺を飲み込むと同時に、空になった丼をカウンターの上の台に置き、真剣な眼差しで厨房の店主へと声をかけた。

 

 

「あいよっ! 替え玉固め、一丁!!」

 

 

その堂々たる注文の姿はかつての冷酷な面影など微塵もなく、完全に日本のラーメン文化に順応した、一人の腹ペコな男のそれであった。

 

 

 

その凄まじい食欲の横で、同じように大きな丼を抱えていた難羽はズズッと自身の麺を啜りながら、ふとフレクトの腹部へと視線を向けた。

サングラスは曇るので外している。

 

 

(……若干、ぷにっとし始めているな)

 

 

難羽は心の中で小さく呟いた。

黒いTシャツの上からでも分かるほど、フレクトの腹回りにはかつては存在しなかった柔らかい厚みが宿り始めていた。

 

昔のフレクトは病的なまでにスラリとした、無駄な肉の一切ない痩身であった。

 

他者を拒絶し、世界を拒絶し、己の肉体すらも持て余していた彼の身体には生命力というものが決定的に欠如していた。

 

勿論、今の彼は日本のショッカー救助隊の現場を預かる隊長である。

いざという時に人命を救い出すため、彼は毎日欠かさず血の滲むような過酷な鍛錬を積んでいる。

 

その強度の高いトレーニングと、圧倒的なカロリー摂取。

 

結果として現在のフレクトの肉体は、かつての痩せぎすな姿からは想像もつかないほど、分厚い脂肪と強靭な筋肉がミルフィーユのように積み重なった、さながらヘビー級のプロレスラーのような威圧感と重厚感を持つ体型へと変貌を遂げていたのである。

 

少しばかり丸みを帯びたそのシルエットは、あり得た可能性である冷酷なテロ組織指導者のそれではなく、よく食べ、よく鍛え、よく生きる健康的な男の証明でもあった。

 

 

「お待ち! 替え玉、固めね!」

 

「……いただきます」

 

 

店主から湯気を立てる熱々の麺を丼に投入され、フレクトは再び至福の表情で麺に食らいついた。

 

そんな、まるで世界で一番の御馳走を食べているかのような幸せそうな横顔を見て。

難羽は自身の箸を止め、口元にひっそりと優しい微笑みを浮かべた。

 

難羽は知っている。

彼がなぜ、これほどまでに「食」に執着し、喜びを見出しているのかを。

 

フレクトの元々の個性である反射は、あらゆるものを自動で弾き返してしまう。

 

温かいスープを飲もうとしても、熱や風味が弾かれる。

固形物を噛み砕こうとしても、食感そのものが拒絶される。

 

唯一個性が発動しなかったのは、彼の体内という閉鎖空間だけだった。

 

だからこそ、彼はかつて冷たい無機質な医療用チューブを直接胃に繋ぎ、そこに味も素っ気もない流動食を機械的に流し込むことで生命活動を維持して生きてきたのだ。

 

彼の人生に食は存在するものではなかった。

 

ただ身体を動かすための義務的なエネルギー補給。

熱も、匂いも、味も、誰かと食卓を囲む喜びも、そこには一切の価値も感情も存在していなかったのだ。

 

 

(まあ、体内が対象外だったから治療可能だったんだがな。一方通行(アクセラレータ)式だったから対策は簡単だった)

 

 

そんなことを考えていた難羽は、3杯目の替え玉を猛烈な勢いで平らげようとしているフレクトを見て我に返った。

こんな風に昔語りに浸っている間に、自分の丼の麺がスープを吸って伸びてしまう。

 

 

「私の胃袋(ダークストマック)に常識は通用しねえ」

 

 

難羽は自身の替え玉が沈む丼に向き直り、豪快な音を立てて麺を啜り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

「……うっぷ」

 

 

大衆食堂の立ち並ぶ賑やかな夜の路地裏。

店の外に出た途端、電柱の陰に手をつき、顔を青ざめさせている巨漢が一人。

 

 

「うぅ……腹が、はち切れそうです……スープまで、一滴残らず飲み干すべきでは……うっぷ」

 

 

先ほどまでの至福の表情はどこへやら、限界を超えて詰め込まれた豚骨ラーメンの質量に耐えきれず、完全に胃もたれと腹痛でダウンしているフレクト・ターンであった。

 

 

「……全く。だから言ったろ、ペース配分を考えろと」

 

 

そんな彼を隣で呆れたように介抱し、背中をさすってやっているのは彼と同じ量を……いや、それ以上の量を平らげたにも関わらず、ケロリとした涼しい顔をしている難羽だった。

 

 

「難羽様が……あまりにも、美味しそうに次々と平らげていくものですから……つい、自分も同じペースでいけるものだと……」

 

 

フレクトが涙目で言い訳をこぼす。

 

 

「私を基準にして食べるのはやめろ」

 

 

難羽はフレクトの広い背中をポンポンと軽く叩いた。

 

 

「私のこの身体は特別製だ。摂取した莫大なカロリーを即座にエネルギーとして体内に『貯蔵』できる。まさに食い溜めが出来るというわけだ……生身の胃袋しか持たない人間が張り合うものじゃない、というか張り合うな」

 

「……そ、そんな機能まで……流石は、難羽様です……うっぷ」

 

 

フレクトは自身の己の限界を見誤った浅はかさを呪いながら、重たいお腹をさすった。

 

 

食い過ぎで苦しい。

 

それは普通の人間であれば誰もが一度は経験する、ありふれた失敗だ。

 

しかし彼にとってはこの胃袋の限界を越えて苦しむという感覚すらも、数年前に彼が手に入れた新しい人生の1ページに他ならなかった。

 

美味しいものを食べれば、幸せになる。

でも限界を超えて食べ過ぎれば、気持ち悪くなる。

 

そんな当たり前の人間の生の感覚に彼が本当に慣れるまでには、もう少しだけ時間が必要なようだ。

 

 

「……ほら、立てるか。少し夜風に当たって歩くぞ」

 

「はい……申し訳ありません、難羽様……」

 

 

ネオンサインが瞬く日本の夜の街を。

満腹でうずくまる巨漢の男とそれを呆れながらも優しく引き起こす20代の男が、ゆっくりと歩き出していく。

 

秘密結社ショッカーの救助隊。

過酷な世界で彼らが紡ぐ物語の裏側には、今日もラーメンの湯気のように温かく、そして少しだけ不格好な、人間たちのささやかな日常が確かに息づいていた。

 

 





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