バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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85話 悪夢との相対

 

神野区の喧騒から遠く離れた、不気味なほど静まり返る工業地帯。

そこに立ち並ぶ無機質な廃倉庫群の一つ——それこそが、ヴィラン連合の主力兵器である脳無が大量に保管されている、もう一つの極秘アジトであった。

 

 

「ドッセェェェェイッ!!」

 

 

突如として、巨大なビルをも揺るがす轟音が夜の静寂を引き裂いた。

プロヒーロー・マウントレディの巨大化した脚から放たれた強烈なかかと落としが、脳無保管庫の分厚い屋根と鉄骨を、まるで薄いウエハースのように粉砕したのだ。

 

 

「……捕縛完了。これ以上、彼らに悪夢を見させるわけにはいかない」

 

 

粉塵が舞い散る中、崩落した倉庫の内部へ優雅に降り立ったのは、No.4ヒーロー・ベストジーニスト。

 

彼は一切の無駄な動きを見せず、自身の着ているデニムの襟元や袖口から鋼線のごとき強靭な繊維を無数に解き放った。

生き物のように空間を走る彼自身の衣服の繊維が、薄暗い倉庫内に立ち並ぶカプセルの中で沈黙している起動前の脳無たちを瞬時にして雁字搦めに縛り上げる。

 

この施設に脳無以外のヴィランの姿はない。

純粋な生物兵器の保管庫であったからこそ、ジーニストの神速の繊維操作によって脅威は起動する前に完全に制圧された。

 

 

「ラグドール!! 大丈夫か、ラグドール!!」

 

 

さらに、後方から突入してきたプッシーキャッツの肉体派である虎が破壊された施設の奥へと駆け込み、薄暗い部屋の中でチューブに繋がれていた仲間の姿を発見した。

 

 

「……うぅ……」

 

「虎! 脈はあるか!?」

 

「ああ……! だが、意識がはっきりしていない!」

 

 

虎によって巨大な腕の中に抱き抱えられたラグドールは、つい先ほどまで脳無と同じような培養容器の中に入れられていたため全身が液体に濡れており、うわ言のように微かな呻き声を漏らすだけであった。

外にはギャングオルカが率いるプロヒーローのチームと重武装した警察の機動隊が幾重にも包囲網を敷き、周囲の警戒に当たっている。

 

 

「……いくら私たちが用意周到に奇襲をかけたとはいえ、流石に簡単すぎるんじゃない? 脳無の反撃も全然なかったし」

 

 

巨大化を解いたマウントレディが、腰に手を当てて少し拍子抜けしたように言う。

 

 

「マウントレディ。難易度と任務の重要性は切り離して考えたまえ」

 

 

ジーニストが自身のデニムの襟元を正しながら彼女を冷たく、しかし静かに咎めた。

 

 

「敵が弱かったのではない。我々プロが完璧な仕事をしただけだ。気を抜かないことだ」

 

 

ジーニストの言葉にマウントレディが小さく舌を出した、その時だった。

 

 

 

「……ウゥゥ……アァァ……」

 

 

 

彼らが制圧したはずの建物のさらに奥深く。

月明かりすら届かない漆黒の通路から、ひどく掠れた、不気味なうめき声が響いてきた。

 

 

「……! 誰か居るのか!」

 

 

虎がラグドールを庇うように背後に回り、ギャングオルカが身構える。

 

 

「止まりなさい! それ以上動くな!!」

 

 

マウントレディがサーチライトを声のする方へと向け、鋭く警告した。

 

しかし。

その声の主はプロヒーローの警告を全く意に介する様子もなく、ズルズルと足を引きずり、ふらつきながらも確実にこちらへ向かって歩みを止めない。

 

 

「……警告はしたぞ」

 

 

ジーニストの瞳にプロとしての冷徹な光が宿る。

相手が何者であろうと、この最深部から現れた異常な存在を放置するわけにはいかない。

彼は瞬時に個性を発動させ、再び自身のデニム繊維を弾丸のように射出した。

 

蛇のようにうねる強靭なデニムの糸が暗闇の中を歩く人影に巻き付き、強引に縛り上げて地面へと引き倒す。

 

 

「ちょ、ちょっと! もし捕まってる一般人だったらどうするのよ!」

 

 

マウントレディが強硬すぎる手段に焦って声を上げる。

だが、ジーニストの表情は鉄のように冷徹で、微塵の揺らぎもなかった。

 

 

「状況を考えたまえ、マウントレディ。ここはヴィランの最深部だ……相手の正体を確認しようとするその一瞬の迷いが、現場の生死を左右する。まずはヴィランに何もさせるな。確認は制圧した後だ」

 

 

プロヒーローとしての、研ぎ澄まされた合理的な判断。

彼は自らの糸で縛り上げた対象の元へ、ゆっくりと歩み寄っていった。

 

 

「……確認する。君は……」

 

 

ジーニストが、瓦礫の隙間から差し込む月明かりと、サーチライトの光の輪の中に倒れ伏している人物の顔を覗き込んだ瞬間。

彼の冷静沈着な瞳がかつてないほどの驚愕に見開かれた。

 

 

「——なッ」

 

 

照らし出されたその姿。

それは、彼らが予想していた新たな脳無ではなかった。

 

漆黒の鳥の頭。

全身がまるで自身の影そのものに深く侵食され、黒い(もや)のようなものに染まりきった小柄な身体。

 

 

「と、常闇踏陰……!?」

 

 

マウントレディが悲鳴のような声を上げた。

それはもう一つのアジトにいるはずの、いや、そこにいるという前提でオールマイトたちが突入しているはずの、誘拐された雄英高校の生徒の姿だったのだ。

 

 

「……しまった! すまない、すぐに解く!!」

 

 

ジーニストは、自分がヴィランだと思って容赦なく縛り上げてしまったのが保護対象の生徒だったことに気づき、瞬時に自身のデニムの繊維を解除し彼の元へ駆け寄ろうとした。

 

その時。

駆け寄ろうとしたジーニストの革靴のつま先に、足元に落ちていた何かが当たって乾いた音を立てた。

 

 

「……ん?」

 

 

ジーニストが視線を落とす。

 

それはガラス製の小さな注入器であった。

中身は既に空になっているが、微かに薬品がこびりついている。

 

実験施設とも言うべきこの環境において、注入器が落ちていること自体は珍しいことではない。

しかし、その特殊な形状。

そしてその針の先から漂う匂い。

 

 

裏社会で流通する違法薬物の取り締まりにも関わってきたジーニストはその注入器の正体を瞬時に理解し——プロヒーローとしての冷静さを完全に失い、血の気が引くほどの声を上げた。

 

 

「ま、まさか……!! いけない!! 全員、直ちに彼から離れろッ!!!」

 

 

ジーニストの悲痛な絶叫が夜の倉庫に響き渡る。

だが、もう遅かった。

 

 

 

その注入器によって常闇の体内に直接撃ち込まれたのは、トリガーであった。

 

 

 

個性因子を強制的に活性化させて個性をブーストさせる薬品。

治療に扱われる合法的なものもあるが、個性に命令を出す神経物質を増幅させるその薬品は脳と身体に大きな負担をかける。

 

強力な個性を持つ次世代の戦闘向き個性。 

夜の闇という黒影にとって絶対的な環境。

さらに薬物の副作用と拉致の疲労による、宿主(常闇)の極度の朦朧化。

 

最悪の条件が完璧なまでに揃ってしまった。

 

 

 

『ギィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

 

 

常闇から今まで見たこともないほど巨大で、そして純粋な殺意の塊のような漆黒の怪物が、夜の空を覆い尽くすほどのサイズにまで膨れ上がり、解き放たれた。

 

 

 

『ガァァァァッ!! 壊ス……! ゼンブ、壊スゥゥゥッ!!』

 

 

 

トリガーによって限界突破し、完全にタガが外れた黒影の暴走は、林間合宿の時とは比べ物にならないほどの圧倒的な理不尽さを誇っていた。

 

 

巨大な漆黒の腕が振り下ろされるだけで、ジーニストたちが立つ倉庫の残骸が吹き飛び、分厚いコンクリートがめくれ上がる。

 

 

「くっ……! この質量、どうやって止める!?」

 

 

虎がラグドールを抱えて必死に後退し、ギャングオルカの超音波攻撃も巨大な影の表面で霧散してしまう。

マウントレディの巨大化すらも、純粋な暴力の前に弾き飛ばされる始末だった。

 

 

ヒーローたちがパニックに陥りかけた、まさにその時。

 

 

「——そらよッ!!」

 

 

夜空を焦がすような凄まじい熱風と共に、空から青い炎を背負った青年が舞い降りてきた。

 

秘密結社ショッカー幹部——轟燈矢である。

 

彼は掌から燃え盛る蒼炎を生成し、自身のメイスの先に灯す。

メイスを両手で構えると、落下する勢いそのままに巨大な黒影の頭部へと渾身の力で叩き込んだ。

 

 

『ギャァァァッ!?』

 

 

強烈な熱と光の打撃を受け、巨大な黒影が嫌がるように大きく怯み、後方へとよろめいた。

 

 

「ハッ、効いてる効いてる」

 

 

乱入者である燈矢は着地と同時にメイスを肩に担ぎ直し、ニヤリと好戦的に笑った。

だが、その額にはジワリと冷や汗が浮かんでいた。

 

 

(……流石に一筋縄じゃいかねェな)

 

 

燈矢は自身の放った火炎の威力を正確に分析していた。

 

蒼炎による打撃は超高温の熱、炎が放つ光、そして純粋な炎上と衝撃によるダメージによって構成されている。

しかし叩きつけた瞬間だけ相手は怯み、ダメージは通ったものの、相手が影である以上物理的な炎が燃え移って継続的にダメージを与えるわけではない。

 

すぐにでもこの怪物は再び暴れ出すだろう。

 

 

「……こいつを完全に倒すには、長時間の炎を浴びせ続けるか……この夜を朝に変えちまうほどの規格外の光量で一網打尽にするしかねェ」

 

 

燈矢は再び巨大化して咆哮を上げる黒影を見上げ、皮肉げに鼻で笑った。

 

 

「文字通り、影の怪物ってわけだ……面倒くせェことこの上ねェ」

 

 

そして燈矢が戦慄しているのは、目の前の黒影に対してだけではなかった。

 

この圧倒的な暴力を前にしてなお、彼の脳裏には死地に駆ける自身のボス——仮面アクターの後ろ姿が焼き付いていたのだ。

 

燈矢には見えた。

たった一人でヒーロー社会の最大のタブーであり、すべてを支配する魔王の元へと向かっていったあの黒き死神の背中に。

誰にも頼らず、誰とも悲しみを共有せず、ただ己の命を燃やし尽くしてでも過去の因縁を断ち切ろうとする、明確な覚悟が。

 

 

「……頑張ってくれよ」

 

 

燈矢は心の中でその背中に向かって小さく呟きながら、再び燃え盛る蒼炎のメイスを構え、ヒーローたちを蹂躙しようとする黒影の暴走へと真正面から突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

——その頃。

闇の最深部において、ヒーロー社会の歴史を覆す、真の『最終決戦』が幕を開けようとしていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

仮面アクターは自身の身体に組み込まれた加速装置の機能を解放し、音の壁すらも置き去りにする神速の世界を歩んでいた。

 

外で暴れ狂う怪物にも、それを必死に抑え込もうとするヒーローたちにも、一切の気配を悟られることはない。

宙を舞う瓦礫の破片や飛び散る火の粉が空中で静止しているかのような極限の加速世界を抜け、彼は音もなくその暗黒の空間へと侵入を果たした。

 

そこは巨大な地下ホールだった。

 

鼻をつくようなむせ返る培養液の匂い。

整然と並ぶ巨大なシリンダー。

そして生命維持装置が発する低く規則的な機械の稼働音だけが、不気味に響き渡っている。

 

その広大なホールの中心。

無数の太いチューブが這い回る、まるで機械の臓器で形作られた玉座のような生命維持装置に、一人の大柄な男が静かに腰掛けていた。

顔の上半分を呼吸器を兼ねた不気味な黒いマスクで覆い、威圧的な漆黒のスーツに身を包んだ男。

 

何世代にも渡り、ヒーロー社会の裏側に絶対的な支配者として君臨し続けてきた悪意の象徴。

 

 

 

オールフォーワンである。

 

 

 

「……やぁ、仮面アクター。こうして直接顔を合わせるのは初めましてだね」

 

 

 

オールフォーワンは自身の玉座に深く腰掛けたまま、マスクの奥から声を響かせた。

それはこれから殺し合いをする相手に向けるような殺気立ったものではなかった。

全く感情の読めないひどく穏やかで、紳士的で、まるで久しぶりに再会した旧友を歓迎するようなおぞましいほどの余裕に満ちた声だった。

 

 

「……御託はいい」

 

 

仮面アクターはマスクの奥から絶対零度の冷酷な声を放ち、相手の言葉を切り捨てた。

 

 

「私がガイツと同じ存在であると……お前はとうに知っている筈だ」

 

 

その言葉に、オールフォーワンは心底楽しそうな笑い声を漏らした。

 

 

「もちろん知っているさ……ただ、ずっと気になっていたんだよ」

 

 

オールフォーワンは顎に手を当て、盲目の顔を仮面アクターの方へ向けながら、ひどく不思議そうに首を傾げた。

 

 

「僕が四肢をもいで、可愛い弔に殺させたはずの君が……あの凄惨な死から一体どうやって蘇ったのか。最初はね、君が実は精巧なロボットか何かで、自分自身のスペアボディをあらかじめどこかの工場で量産していたんじゃないかと思っていたんだけどね」

 

 

男の言葉に仮面アクターは無言を貫く。

オールフォーワンは自身の思考のプロセスを紐解くように、さらに言葉を続けた。

 

 

「でも、僕の友がとても面白いことを言っていたんだ……あの男の素顔を見たが、昔同じ研究所で働いていた人間にとてもよく似ているってね」

 

 

ピクリ、と。

仮面アクターの拳を包む黒いレザーのグローブが、僅かに軋む音を立てた。

 

 

「それを聞いて、僕は閃いたんだよ」

 

 

オールフォーワンの口角が、黒いマスクの下で三日月の形に歪む。

 

 

「僕の弟から始まったあの忌まわしい力……ワン・フォー・オールが、人から人へと受け継がれていく力であるように……もしかすると他者へ譲渡するのではなく、今の自分から次の自分へと受け継がれる……そんな奇跡のような個性もあるんじゃないかってね。どうだい? 当たっているかい?」

 

 

記憶と魂の自己継承。

難羽という男が背負い続けてきた、終わりのない輪廻の呪い。

 

その核心を目の前の巨悪は、わずかな目撃情報と自身の知識だけをパズルのように組み合わせ、完璧に、そして正確に導き出していた。

 

己の最大の秘密をこれほどあっさりと看破するオール・フォー・ワンの底知れぬ知性に、常人であれば恐怖で足がすくんでいただろう。

 

だが、仮面アクターの思考は自身の秘密を暴かれたことへの動揺よりも、オールフォーワンの口から出た友という単語の方に強くフォーカスしていた。

 

 

(……死柄木自身には、脳無のような複雑な生体兵器を製造するだけの専門的な科学技術は無いはずだ)

 

 

仮面アクターはマスクの奥で静かに分析の糸を巡らせる。

 

他者の個性を奪い、与える力を持つオールフォーワン。

 

だが、複数の個性を一つの肉体に定着させた脳無を作り出すには、生命科学に対する狂気的なまでの探求心と、神の領域を侵すような高度な医療技術が不可欠である。

 

彼はあくまで個性を提供するパトロン。

しかし彼の人脈と裏社会での支配力を考えれば、かつて自分が働いていた研究所に居た人間と繋がっている可能性は十分にある。

 

だが、難羽が正式に研究者として表舞台で働いていた経験は、彼の途方もない長い人生の中でも実は極めて少ない。

そこから条件を絞り込む。

 

脳無を製造可能なだけの圧倒的な技術力。

生命倫理が完全に欠如した狂気の思想。

 

そして何より、難羽の顔を知っている年齢の人間。

 

 

 

「……殻木(がらき)か?」

 

 

 

難羽の口から紡がれたその名前に。

オールフォーワンは、まるで極上のミステリーの完璧な謎解きを聞いた観客のように満足げに笑った。

 

 

「……なるほど。彼があれほどまでに君という存在に執着していた理由が、今ようやく分かったよ。君たちは浅からぬ因縁で結ばれていたというわけだ」

 

 

オールフォーワンに心酔し、脳無を製造したマッドサイエンティスト、殻木球大(がらき きゅうだい)

オールフォーワンがドクターと呼び重用するその男の過去を、難羽は知っていた。

 

 

 

 

超常黎明期と呼ばれる混沌の時代。

 

 

殻木はある恐るべき終末論を発表しようとしていた。

 

 

それが個性終末論である。

 

 

個性という未知の力は世代を経るごとに親の因子が混ざり合い、より複雑に、より強力に進化していく。

しかし、人間の肉体というハードウェアの進化のスピードはその個性の進化にいずれ追いつかなくなる。

 

つまり将来的に、強すぎる個性が持ち主である人類の制御を完全に離れ、その心身を破壊し尽くすこととなる。

 

それは、常闇の黒影の暴走が証明しているように、極めて鋭い真理を突いた論文であった。

現代においてはそれを実感する者たちも現れ、単なるオカルトとは言い切れない扱いを受ける説となっている。

 

しかし、当時はようやく個性が受け入れられ始めた過渡期。

人々の不安を不必要に煽るその危険な論文と思想は激しく問題視され、学会から異端として追放されることとなったと、かつて殻木は難羽に語っていた。

 

 

『君なら、この美しくも残酷な真理を理解できるだろう? 難羽君』

 

 

かつての研究室で、狂気を帯びた目でそう語りかけてきた殻木。

狂気的に個性や人間の可能性を探る難羽の姿が、自分と同類に映ったのだろう。

 

だが、当時の難羽は彼に冷たく告げた。

 

 

 

『問題はそこじゃない……お前、その根拠となるデータをどこから持ってきた?』

 

 

 

しかし、あの男は難羽の警告(・・)に耳を貸さず、見事に人の道を踏み外した。

己の理論を証明し、進化の限界を超えるために、人間の尊厳を奪って脳無という化け物を作り出す外道へと堕ちたのだ。

 

 

(……死柄木を殺した後、あの馬鹿も殺さなくてはならないな)

 

 

仮面アクターの胸の奥で、かつての同僚に対する静かな、しかし絶対的な殺意が定着した。

 

 

 

 

 

不気味な沈黙が二人の不死者の間に降り降りた。

 

敵同士でありながら互いの思考を読み合い、手札を確かめ合うような奇妙な対話。

 

 

「……ところで」

 

 

オールフォーワンがふと話題を変えるように、玉座の肘掛けから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。

彼に繋がれていた無数の生命維持のチューブが重苦しい音を立てて次々と外れ、床に落ちていく。

 

 

「君も僕も、少々お喋りが過ぎたようだね……互いの『時間稼ぎ』はもう十分かな?」

 

 

その問いかけに。

仮面アクターは腰に装着されたベルトの三連風車を静かに稼働させ、低い駆動音を響かせながら、短く答えた。

 

 

「ああ……互いにな」

 

 

彼らがここで、敵同士でありながら無駄話に興じていたのには明確な理由があった。

 

 

オールフォーワンはこの対話の間中、自身の持つ複数の索敵系・探知系の個性をフル稼働させていた。

 

その目的は、別のアジトに突入された弔達が、黒霧によって完全に逃走しきったかを確認し続けるためである。

 

これから自分がこの場で仮面アクター、そして後から駆けつけるであろうオールマイトと対峙し、絶大な力を解放すれば、神野区一帯は焦土と化す。

その余波で彼が手塩にかけて育ててきた可愛い後継者を巻き込んでしまっては、元も子もないからだ。

 

一方の仮面アクターもまた、待っていた。

 

外で暴れ狂う巨大な黒影とそれを抑え込もうとするヒーローたちの激しい戦いの余波が、この危険な倉庫地帯から離れ、街の外れへと移動していくのを。

そして何より、ホークスとトゥワイスに命じた周囲の一般人の避難が完全とは言えないまでも、ある程度完了するまでの時間を。

 

 

自身の後ろに背負うもの——後継者たちを安全圏へ逃がそうとする魔王と、守るべき一般人を戦火から遠ざけようとする死神。

 

その両者の目的が完全に一致していたからこそ、意図的にこの静かな睨み合いの時間を消費していた。

 

 

(……弔たちは無事に指定の座標外へ離脱したようだ)

 

 

オールフォーワンの巨体が、ゴキゴキと不気味な骨の鳴る音を立てて膨張し始める。

彼の右腕に、長い時間をかけて奪い蓄積してきた無数の凶悪な個性が複雑に混ざり合い、金属、筋肉、骨格が醜く隆起し、異形の巨大な腕へと変貌していく。

 

 

(……避難は済んだ。これで気兼ねなくお前を殺せる)

 

 

仮面アクターのマスクの奥、白い複眼が真の闇の中で鋭く、そして神々しいほどの光を放って発光した。

 

 

 

数百年もの間、数え切れないほどの死と再生を繰り返し、大切なものを奪われ、歴史の影で血を流し続けてきた黒飛蝗の首領。

 

対するは、超常黎明期の混沌から君臨し続け、すべてを己の箱庭の玩具として思いのままに弄んできた悪意の魔王。

 

 

 

 

「さあ……始めようか、仮面アクター」

 

 

 

 

オールフォーワンが圧縮された空気の弾丸を構えながら、絶対的な死の宣告を放つ。

 

 

 

 

「……滅殺(めっさつ)する」

 

 

 

 

仮面アクターがベルトの風車を限界まで回転させ、漆黒の流星となって地面を蹴り飛ばした。

 

 

過去との決着をつけるため。

呪われた因縁の鎖をここで永遠に断ち切るため。

 

 

誰の目にも触れることのない神野の地下深くの最深部で。

気高き黒と邪悪な闇の戦いが、今まさにその火蓋を切って落とされたのであった。

 

 

 

 

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