バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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87話 夜の太陽(ブラック・サン)

 

 

「──バニシングフィスト!!」

 

 

工業地帯の夜空を、灼熱の閃光が幾重にも切り裂いた。

 

エンデヴァーの太い腕から放たれる、超高出力の炎を纏った連続の拳撃。

それは単なる炎の放射ではなく、極限まで圧縮された熱エネルギーの塊を物理的な打撃として対象の内部へと直接叩き込む、まさに必殺の剛腕であった。

 

 

『ギィィィィィィヤァァァァァァッ!!』

 

 

先ほどまでメイスに炎を纏わせただけの攻撃を行ってきた燈矢の打撃とは、根本的な重さが違う。

純粋な熱量と光量、そして鍛え抜かれた肉体から繰り出される圧倒的なプレッシャーの前に、黒影がたまらず苦痛の悲鳴を上げて大きく怯んでいく。

 

 

「どうした! 俺の炎は眩しすぎるか!!」

 

 

エンデヴァーは燃え盛る炎の髭を揺らしながら、さらに前進して拳を振るう。

 

だが、相手は理性を完全に失った暴走の化身である。

エンデヴァーの重い連撃を浴び、その表層を焼かれながらも、黒影の暴れ狂う力は一向に収まる気配を見せなかった。

 

 

『ガァァァァァァッ!! 邪魔ダァァァッ!!』

 

 

黒影は自らを焼き焦がす突然の光の主を排除しようと、巨大な漆黒の腕をでたらめに、そして狂ったような速度で振り回し始めた。

 

アスファルトが捲れ上がり、周囲の廃倉庫の鉄骨が飴細工のようにへし折られて宙を舞う。

防御という概念を持たない純粋な暴力の嵐が、エンデヴァーを飲み込もうと迫る。

 

 

「……チッ!」

 

 

エンデヴァーがその無軌道な巨大な腕の薙ぎ払いを躱そうと、一瞬だけ防御の姿勢に入る。

 

その時、横合いから夜の闇を青白く染め上げる蒼炎の火柱が、特攻するかのような勢いで黒影の腕の関節部分へとぶつけられた。

 

 

『ギァッ!?』

 

 

超高温の青い炎が直撃した黒影は堪らず振り下ろそうとした腕を引っ込め、大きく距離を取って体勢を崩した。

 

 

「…………」

 

 

エンデヴァーは黒影の追撃を阻んでくれた隣の青年を、横目でスッと見た。

 

逆立った白髪。

氷のように青い瞳。

何より彼の身体から放たれている、自分の炎をも凌駕するほどの青い炎。

 

 

「……貴様」

 

 

エンデヴァーは眉間に深い皺を刻み、低く重い声で青年に問いかけた。

 

 

「その炎を使って、大丈夫なのか」

 

 

それはただの心配ではない。

長年炎の個性を極め続けてきたが故の炎使いとしての深い理解が、目の前の青年の抱えるアンバランスさに気付かせたのだ。

 

この青年の炎は威力が強すぎる。

そして彼の肉体は、その炎の熱に耐えられる構造をしていない。

使えば使うほど、彼自身が死に近づく炎だ。

 

 

 

「……あァ」

 

 

 

エンデヴァーの問いかけに対し、燈矢は喉の奥で言葉を詰まらせ、ひどくぶっきらぼうに、吐き捨てるように返事をした。

 

 

燈矢の心臓は、先ほどから早鐘のように激しく鳴り続けていた。

 

彼の視線の先には自身の人生を狂わせ、自身を失敗作とみなした憎き張本人——轟炎司が立っている。

 

本来であればここで正体を明かし、この男の顔面に蒼炎をぶち撒けて、その絶望に歪む顔を嘲笑ってやるべきなのだ。

この男を社会的にも肉体的にも抹殺することこそが、彼がこの数年間生きてた理由だったのだから。

 

しかし。

 

いざ復讐の相手が目の前に現れたというのに、燈矢の心には燃え上がるような怒りよりも先に、強烈な迷いが押し寄せていた。

 

彼自身の心の準備が、全くできていなかったからだ。

 

 

(……俺は、何のために生きてきた。何のために、あの地獄から這い上がってきた)

 

 

燈矢はギリッと奥歯を噛み締めた。

 

あの日、過去の自分と決別する(荼毘に伏す)寸前だった自分を受け入れてくれた人間。

この社会と正面から戦う覚悟と力を見せた男の姿が、脳裏に焼き付いている。

 

 

(……自分のボスがすべてを懸けて戦っている最中に……過去の自分が燃え尽きる前に拾ってくれた人を無視して、俺個人の復讐を優先すべきなのか……?)

 

 

答えは否だ。

 

 

(……そうだ。今じゃねェ)

 

 

燈矢は自分にそう言い聞かせるように、深く息を吐き出した。

ここでエンデヴァーを背後から攻撃したところで、この男に致命的な痛手を与えることは難しいだろう。

何より暴走する黒影という第三の脅威がいる前で正体を明かしても、この男に真の屈辱を与え、過去の己の罪に向き合わせることなど到底できない。

 

復讐には最高の舞台と最悪のタイミングが必要なのだ。

 

 

(だから今は、復讐するタイミングじゃねェ……)

 

 

そう頭の中で無理やりに理由をつけ、燈矢は自らの内側で渦巻く憎悪と思考を強引に停止させた。

 

 

「イグナイテッド・アロー!!」

 

 

燈矢の葛藤など知る由もないエンデヴァーは、再び動き出した黒影に対し、自身の炎を超高密度に圧縮し、長大な炎の槍を形成して、全力の投擲を行った。

 

空気を切り裂き、一直線に放たれた強力な炎が矢となり、黒影の巨大な胴体にと深々と突き刺さり、一気に燃え広がる。

 

 

「……チッ。しゃあねェな」

 

 

燈矢が自身の腰のベルトに装着していた、特殊な形状の銃を引き抜き、構えた。

それは青い炎を模した装飾が施された重厚な大型拳銃だった。

 

燈矢がその銃のトリガーを引く。

 

銃口からは実弾の代わりに、極限まで圧縮された空気の弾丸が放たれ、エンデヴァーの放った炎の矢が刺さって燃え上がっている黒影の傷口へと正確に着弾した。

 

 

「……!」

 

 

エンデヴァーが目を見張る。

空気の弾丸が着弾した瞬間火の手に急激な酸素が供給され、エンデヴァーの放った炎が燈矢のサポートによって爆発的に威力を増し、黒影の身体をより深く、激しく焼き焦がしたのだ。

 

 

「……ハッ。名前以外は完璧だな」

 

 

燈矢は手元の銃を見つめながら、皮肉げに鼻で笑った。

 

一発の空気弾を放った拳銃は自動でグリップ下部のパーツが下へとスライドし、本来マガジンが装填されるはずの空洞部分から、周囲の空気を急速に吸い込み始めた。まるで掃除機のような音を立てて空気を圧縮し、わずか一秒で次弾の装填が完了する。

 

この特殊なサポートアイテム。

それは、かつてガイツが使用していた空気銃を使った燈矢が「自分用に一丁作って欲しい」と直々に依頼し、難羽が彼のためだけに作り出した特注のエアガンであった。

 

実弾を発砲しない、まさに文字通りのエアガン。

だが、その威力は本物の銃を凌駕する。

そして、発砲時に銃の後方へと意図的に空気を逃がして放出することで射撃の反動を極限まで軽減し、片手での精密な発砲を可能にしている。

さらにモードを切り替えることで、周囲の空気を冷却して取り込んでから放出する機能まで搭載されており、自身の炎で熱を持った身体を冷やすための冷却装置としての役割も兼ね備えていた。

 

 

その銃の名は、ドライヤ。

 

 

難羽からこれを受け取り、真顔でその名前と機能の説明を受けた時、燈矢の顔が若干引き攣ってしまったのも無理はない話だった。

 

 

エンデヴァーは的確に自分の炎の威力を底上げしてくる燈矢の姿を、再び穴の開くように見つめた。

 

エンデヴァーの経営するヒーロー事務所には、サイドキックとして炎系の個性を持つ者も数多く在籍している。

だが、目の前の青年のようにあれほど強力な炎を持っていながら、あえてそれをサブの武装に留め、銃というサポートアイテムをメインに立ち回るような器用な真似をする者はいない。

 

そして何より。

強力な炎の個性を持っていながら、自らの炎の熱に耐えきれず自身の肉体すら焼いてしまうという、あまりにも残酷な体質の食い違い。

 

 

(……まさか)

 

 

エンデヴァーの脳裏に遠い昔の記憶がフラッシュバックする。

 

自身を超える最高傑作を創り出すという妄執に取り憑かれ、その過程で切り捨て、山火事の中で焼け死んだはずの存在。

自身の炎以上の火力を持ちながら、母親の冷媒体質を受け継いでしまった、あの哀れな長男の姿が。

 

 

『お父さん! 見て! 俺の炎、もっと熱くなったよ!』

 

『やめろ燈矢! お前はそれ以上、炎を使ってはならない!』

 

 

(……バカな。あいつは死んだ。俺の罪の業火に焼かれて、骨すら残さずに)

 

 

エンデヴァーは燈矢の背中に死んだ息子の幻影を重ねてしまい、燃えるように熱い自身の身体が、まるで氷水を浴びせられたかのように凍りつくような心地になった。

 

だが、今は感傷に浸っている場合ではない。

 

 

「……しかし、手強いな」

 

 

エンデヴァーは再び巨大な腕を振り回して暴れ出す黒影を見据え、思考を戦闘モードへと強制的に切り替えた。

 

周囲の一般人の避難確認や警戒は、他のプロヒーローに任せている。

このバケモノに対して有効打を撃ち込めるのは、現在この場で自分と隣の青年の二人のみという状態だ。

 

しかし、トリガーによって限界を超えて暴走し、さらに夜という黒影にとって絶好の環境が重なった結果、この怪物は尋常ではないタフさと再生力を獲得してしまっていた。

 

押し込んではいるが決定打に欠ける。

このままジリ貧になれば、周囲の被害は拡大する一方だ。

 

 

「どうすべきか……」

 

 

エンデヴァーが最大火力の技を撃ち込むタイミングを計ろうと悩んでいた、その時だった。

 

彼ら二人の耳元に、空気を切り裂く奇妙な爆音が聞こえてきた。

 

それはまるで超低空を飛行する戦闘機か、あるいは巨大なローターの回転音のような重低音の轟音。

 

 

「……あ?」

 

 

燈矢が空を見上げる。

 

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 

その音の正体を悟った燈矢の口から呆れたような、しかしどこか嬉しそうな呟きが漏れた。

エンデヴァーが釣られて上空を見上げると。

 

月明かりを遮る巨大な影が、彼らの頭上へと真っ直ぐに降ってきていた。

 

空中で凄まじい金属音を立てて、そのシルエットが複雑に形を変えていく。

 

それは戦闘機などではない。

 

巨大な鋼の装甲を持ち、赤い複眼を輝かせ、鋭い顎を備えた——全長十メートルを超える、バケモノじみた巨大な鋼の飛蝗であった。

 

 

『サイクロンアバド』

 

 

かつてUSJ襲撃の際、仮面アクターがヴィラン連合を蹂躙するために呼び出したあの鋼鉄の悪夢が。

今、神野の夜の闇を切り裂いて、もう一つの悪夢である黒影へと向かって猛然と突撃を開始したのである。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギァァァァァッ!?』

 

『ギィィィィィィッ!!』

 

 

難羽製の悪夢と闇の怪物は、真っ向から取っ組み合いの死闘を演じていた。

 

黒影は、自身に突撃してきた鋼の怪物の巨大な羽や脚を、太い漆黒の腕で強引にもぎ取ろうとメチャクチャに暴れ回る。

 

対するサイクロンアバドは強靭な脚の装甲をひしゃげさせながらも決して離れず、その凶悪な鋼鉄の顎を大きく開き、黒影の首元へと深く噛みつき、その質量を引き千切ろうとモーターを激しく唸らせていた。

 

 

「……な、なんだアレは……!? 新たなヴィランか!?」

 

 

突然空から降ってきた、見たこともない巨大な機械の化け物。

エンデヴァーは燃え盛る炎を両手に宿したまま、目の前で繰り広げられる怪獣大決戦のような光景に完全に困惑し、警戒の声を上げた。

 

 

「……ハッ。ビビってんじゃねェよ、No.2」

 

 

そのエンデヴァーの横で、燈矢は自身の汗をぬぐいながらニヤリと悪びれたように笑った。

 

 

「ありゃあ、うちの総大将の可愛いペットだ。……俺たちの味方だよ」

 

「味方だと……?」

 

 

エンデヴァーが眉をひそめる。

 

 

「ああ……そして、奴が来てくれたってことは……あのクソデカい的を、一網打尽にするチャンスができたってことだ」

 

 

燈矢は黒影に食らいつくサイクロンアバドを見据え、自身の脳内で戦術を組み立てていた。

 

エンデヴァーの個性ヘルフレイムは日本最強の火力を誇る。

そして燈矢自身の蒼炎も、それに勝るとも劣らない火力を秘めている。

 

しかし、これほど巨大な怪物に対して、彼らが最大出力の炎を今の地上で解き放てばどうなるか。

 

黒影を焼き尽くすどころか、射線上に広がる神野の街のビル群や避難中の一般人たちまでをも消し炭に変えてしまう大惨事になりかねない。

彼らの火力は、街中で撃つにはあまりにも強すぎるのだ。

 

故に。

 

 

「——奴を空へ飛ばせ、エンデヴァー!!」

 

 

燈矢は横に立つ因縁の父親に向かって、一切の躊躇なく怒鳴りつけるように呼びかけた。

 

 

「空へだと!?」

 

「そうだ! 上空なら、俺たちの炎を限界までぶっ放しても、街に被害は出ねェ!!」

 

 

燈矢はエンデヴァーの返事を待たずに、黒影と取っ組み合っている鋼の飛蝗へと視線を向けた。

巨鋼の飛蝗は黒影の理不尽なパワーによって既に六本ある脚の数本をもがれ、火花を散らしている。

だが、その背中に生える強靭な羽のローター機構はまだ死んではいなかった。

 

 

「……おいバッタ! 俺を運べ!!」

 

 

燈矢が命令を下すと同時に、彼は瞬間的に脚へ炎の推進力を集中させて大きく跳躍した。

そしてサイクロンアバドの巨大な頭部へと飛び乗り、その装甲にガッチリとしがみつく。

 

 

『ギュィィィィィィンッ!!』

 

 

サイクロンアバドは燈矢を頭に乗せたまま、黒影の首から顎を離し、背中の羽から猛烈な推進力を噴射して神野の夜空へと一気に舞い上がった。

 

 

『ガァァァァッ! 逃ガス、カァァァッ!!』

 

 

自分に深手を負わせた敵が空へ逃げるのを見て黒影が怒り狂い、それを追おうと巨大な頭を上空へと振り上げた。

 

 

「——その隙を待っていた!!」

 

 

黒影の意識が完全に上へ向いた、まさにその瞬間。

エンデヴァーが地面を爆発的に踏み砕き、黒影の巨大な腹の真下へと潜り込んだ。

 

 

「オオオォォォォォォッ!!」

 

 

エンデヴァーの両足、そして両腕から、まるでロケットのエンジンのような超高圧縮の炎によるジェット噴射が轟音と共に解き放たれる。

その凄まじい炎の推力が、黒影の巨大な腹部を下から強引に押し上げた。

 

ビルほどの大きさに膨れ上がっている黒影だが、その実態は宿主である常闇の(へそ)から出てくる影であり、普段から浮遊している存在だ。

つまり見た目の絶望的な体積に反して、その重量は見た目通りの重さではない。

 

 

「ギァァァァァッ!?」

 

 

エンデヴァーの全力の押し上げを喰らい、黒影の巨体はまるで重力を失った巨大な風船のように、猛烈な速度で神野の上空数百メートルの彼方へと打ち上げられていった。

 

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 

空へ黒影を押し上げながら、エンデヴァーは上空を見上げた。

そこには巨大な鋼の飛蝗の背から、虚空に向かって飛び降りる青年の姿があった。

 

燈矢の操る青い炎は瞬間的な火力と破壊力においては絶対的だが、エンデヴァーのように出力を微調整し、足や掌から噴射して長時間空を飛び続けるような繊細な運用はできない。

自身を背に乗せて運ばせたのはそのためだ。

 

彼は今、夜空の最高到達点から、自らの身体を重力に任せて真っ逆さまに落下している。

 

 

(……来るぞ。この一撃で、すべてを終わらせる!!)

 

 

エンデヴァーは遥か頭上まで打ち上がった黒影の巨体を見据え、自身の体内に蓄積した熱エネルギーのすべてを解放した。

 

 

「——赫灼熱拳(かくしゃくねっけん)……!!」

 

 

夜空が、赤く、赤く染まっていく。

黒影が自身の下から迫り来る、自分が消滅してしまうほどの圧倒的な熱と光の量に、本能的な恐怖の悲鳴を上げた。

 

 

 

「……プロミネンスバーン!!!」

 

 

 

エンデヴァーの全身から、天を穿つような極太の熱線が放たれた。

それは神野の夜空に突如として現れた巨大な赤い太陽であった。

夜の闇を完全に塗り潰し、雲を吹き飛ばし、暴走する黒影の身体を容赦なく焼き焦がしていく。

 

そして。

その赤い太陽の直撃を受け、身悶えする黒影のさらに斜め上空。

 

落下していく燈矢は、自身の身体が焼け焦げる激痛に耐えながら両腕を大きく広げ、自身の命を削って生み出した極限の蒼炎を収束させていた。

 

エンデヴァーのように飛ぶことのできない彼は、ただ重力に従って落ちながら、あの男への憎悪と、恩人への義理と、そして自身の存在証明のすべてを、この一撃に乗せて放つ。

 

 

「……赫灼熱拳(かくしゃくねっけん)

 

 

皮肉なものだ。

彼が選んだのは、父親の必殺技を真似たものだった。

 

 

 

「——プロメテウスバーン!!!」

 

 

 

落下する燈矢の両腕から、天空を切り裂くような巨大な青い熱線が放たれた。

 

下から突き上げるエンデヴァーの赤い太陽。

斜め上から交差するように降り注ぐ燈矢の青い太陽。

 

二つの決して交わるはずのなかった宿命の炎が。

今この瞬間だけ、神野の夜空で完全なる十字を描いて重なり合った。

 

 

 

『ギィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 

 

赤と青、二つの太陽。

その圧倒的な熱と、夜という概念そのものを消し去るほどの絶対的な光に包まれ、トリガーで限界突破していた漆黒の怪物は、断末魔の悲鳴と共に完全にその姿を掻き消された。

 

 

闇は光に浄化され、暴力は熱に溶かされる。

 

 

空中で光の十字架が弾け飛んだ後。

 

空高く打ち上げられていた怪物の身体は急速に縮んでいき、残ったのは燃えカスでも灰でもなく、一人の少年の姿だった。

暴走のタガが外れ、完全に気を失って気絶している常闇の姿だ。

 

 

 

 

「……終わったか」

 

 

エンデヴァーは全身から白煙を上げながら、空中で気を失い落下してくる常闇の身体を、自身の炎の推進力を微調整して優しく受け止めた。

そして彼はもう一人、夜空から落下してくる青年の身体を視界に捉えた。

限界を超えて青い炎を放った燈矢は既に意識を失い、ボロ布のように力なく宙を舞って落ちてきている。

 

 

「……ッ!」

 

 

エンデヴァーは即座に炎を噴射し、常闇を抱えたまま、落下してくる燈矢の身体をもう片方の太い腕でガッチリと受け止めた。

 

神野区の破壊され尽くしたアスファルトの上に、エンデヴァーが静かに降り立つ。

 

周囲の廃倉庫は燃え上がり、街のあちこちで煙が上がっているが、あの絶望的な黒影の脅威は完全に去っていた。

 

 

「……よくやった。お前のおかげで、街を焼かずに済んだ」

 

 

エンデヴァーは自身の太い腕の中で気を失っている、白髪の青年を見下ろした。

 

その身体は自身の放った強力すぎる青い炎によって酷く焼け焦げ、あちこちから血が滲み、肉が爛れている。

それでも彼は最後まで逃げ出さず、自身の身を焦がしながら、一般人を守るために戦い抜いたのだ。

エンデヴァーの胸の奥に、素性の知れないこの青年に対する確かな敬意が湧き上がっていた。

 

 

「…………」

 

 

エンデヴァーは青年の軽すぎる身体を抱え直そうとして、ふと、その肌から伝わってくる熱にハッとした。

 

 

 

(……なんだ、これは)

 

 

 

それはかつて自身が、まだ若く、未熟で、家族を顧みなかった頃に自身の腕の中で抱きしめたことのある。

あまりにも悲しく、そして取り返しのつかない——どこか懐かしい温もりだった。

 

 

「……お前は、一体……」

 

 

エンデヴァーは意識を失った青年の痛々しい横顔を見つめながら、自身の心の奥底で凍りついていた何かが、ゆっくりと溶け出していくような、奇妙で切ない感覚に囚われていた。

 

 

彼がこの腕の中の青年の正体に気づくのは、もう少しだけ先の話である。

 

 

夜明けが近い。

東の空が白み始める中、神野区の地上における闇との戦いの一つは、二つの太陽の交差という劇的な結末をもって幕を下ろしたのだった。

 

 





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