バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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88話 仮面アクター×オールマイト スーパーヒーロー大戦

 

 

「オオオォォォォォォォッ!!」

 

 

神野区の地下深くから地上へと戦場を移した、ヒーロー社会の頂点同士の激突。

平和の象徴・オールマイトは黄金の闘気を全身から立ち昇らせ、規格外のスピードとパワーでオールフォーワンに対して怒涛のラッシュを叩き込んでいた。

 

だが、対する魔王はただの一歩も引かない。

 

 

 

「無駄だよ、オールマイト」

 

 

 

オールフォーワンは自身の右腕に複数の増強系個性を幾重にも掛け合わせ、異形のごとく巨大化・肥大化させた剛腕を振り回し、オールマイトのスマッシュを正面から受け止め、相殺していく。

 

否。

それは正確には相殺ではなかった。

 

拳と拳がぶつかり合うたびに空気が爆発し、衝撃波が周囲の空間を抉り取る。

その余波だけで神野の街のビル群がガラスを吹き飛ばし、鉄骨を軋ませている。

 

全盛期のオールマイトのパワーなら相手の個性を超える力で、敵にだけダメージを与えることができたはずだ。

しかし、今の彼は限界を超えたトゥルーフォームの境界線で戦っている。

残り火で戦うには戦闘時間と出力のバランスを取る必要があるのだ。

 

さらにオールマイトは自身の肉体を盾にして、オールフォーワンが放つ殺人的な威力の攻撃が周囲の街や未だ避難しきれていない一般人たちへ向かわないようにしていた。

被害を抑え込むために、負傷覚悟で全力の拳をぶつけ続けていたのだ。

 

 

「グハッ……!」

 

 

凄まじい反動と衝撃が蓄積し、オールマイトの口から鮮血が噴き出す。

筋肉の鎧が削れ、本来の痩せ細った腕に近づいている。

 

限界はもうとっくに超えていた。

 

 

「……ハハッ。君は本当に変わらないね、オールマイト。いつも自分を犠牲にして、他人のために血を流す……哀れなほどに不器用だ」

 

 

オールフォーワンがマスクの奥で愉悦に満ちた笑いを漏らす。

 

 

「──八木ィィィッ!!」

 

 

夜の闇を切り裂くように、仮面アクターの拡声器を通したかのような重厚な叫び声が神野の戦場に響き渡った。

 

 

「この周囲は私の部下とヒーローたちに避難を行わせた! ……まだ完全に終わってはいないが!!」

 

 

仮面アクターはオールマイトの背後、崩れかけたビルの屋上に立ち、自身のマフラーを夜風に激しく靡かせながら絶対的な信頼を込めて言い放った。

 

 

「お前の後ろは、私が死んでも守る!! だから、前だけを見ろ!!」

 

 

その声は、血を吐きながらも孤独に耐え続けていたオールマイトの心に、熱い光を灯した。

残り火という確かにある力ではない。

背中を押す心の熱だ。

 

これまで、彼は「平和の象徴」としてたった一人ですべてを背負い、誰にも背中を預けることなく戦い続けてきた。

 

振り返れば守るべき市民がいる。

だからこそ彼は避けることも逃げることも許されず、常に肉の壁となって立ち塞がってきたのだ。

 

しかし、今は違う。

自分の背後には決して揺るがない、最高で最強の仲間がいる。

 

 

「……フッ」

 

 

血塗れの口元に、オールマイトは力強い微笑みを浮かべた。

 

 

 

「行くぞォォォッ!!」

 

 

 

オールマイトは次の一撃を放つため、深く腰を落として構えた。

 

 

「何度やっても同じことだ!!」

 

 

オールフォーワンもまた、それを正面から迎撃して叩き潰すべく、巨大化した剛腕を振りかぶる。

 

だが、激突の直前。

オールマイトは自ら姿勢を崩した。

 

 

「……なッ!?」

 

 

オールフォーワンの感知機能が予想外の動きにエラーを起こす。

これまで、市民を守るために敵の強力な攻撃を自身の技で相殺するか、身体で受け止めるという選択しかしてこなかったオールマイトが。

 

初めて真っ向勝負を避け、滑るようなステップを踏んで敵の側面へと回り込んだのだ。

 

後ろを完全に任せられる仲間がいるからこそできた、攻めの回避。

前に鋭く踏み込んだオールマイトの身体がバネのように弾け、死角からの強烈な左アッパーが無防備な腹部を正確に撃ち抜いた。

 

 

「ゴハァッ……!!?」

 

 

巨悪の身体がくの字に折れ曲がり、苦悶の声を上げる。

 

 

「フッ!!」

 

 

オールマイトのアッパーを喰らいながらもオールフォーワンは意地で踏み止まり、避けられた自身の右腕から超圧縮された空気砲をそのままの勢いでオールマイトの背後——避難中の市民がいるビル群の方角へと無造作に放った。

 

直撃すれば高層ビル群がまるごと数ブロック消し飛ぶほどの、絶望的な破壊力を持った衝撃波。

それが夜の神野を切り裂いて一直線に飛んでいく。

 

 

「させんッ!!」

 

 

だが、その破壊の光線の前に漆黒の盾が立ちはだかった。

 

 

『タイフーン・アバド』

 

 

仮面アクターの腰に装着されたベルト・アポリオン。

その中央にある三連風車が、狂ったような速度で高速回転を始める。

 

風車から莫大なエネルギーが周囲の空気を取り込み、一瞬にして圧縮・解放。

仮面アクターの正面に、竜巻のごとき極地的な巨大な暴風の壁が突如として発生した。

 

オールフォーワンの放った破壊の衝撃波が、仮面アクターの創り出した暴風の壁と正面から激突する。

 

凄まじいエネルギーの衝突により空気がプラズマ化し、火花が散る。

 

 

(……流石にこの出力差では、完全に防ぎ切ることはできないか)

 

 

仮面アクターの複眼が、数式と物理演算を高速で弾き出す。

タイフーン・アバドの暴風だけでは、あの複合個性の衝撃波を完全に殺し切ることはできない。

 

 

 

「──だが、それでいい!!」

 

 

 

仮面アクターの目的は完全な相殺ではない。

彼が創り出した暴風の壁によって、衝撃波の拡散が抑え込まれ、威力が一点に絞られたのだ。

広範囲を更地にするはずだった面制圧の攻撃が、単なる点の攻撃へと変わる。

これならば問題ない。

 

 

「ウオォォォォォッ!!」

 

 

仮面アクターは絞り込まれたその殺人的な衝撃波を、自らの強靭な肉体を盾に両腕をクロスさせて正面から受け止めた。

 

装甲が激しく軋み、仮面アクターの身体が後方へと数十メートル押し込まれ、ブーツがアスファルトを深く抉り取っていく。

内部の人工筋肉が悲鳴を上げ、潤滑液が血のように滲む。

だが彼は決して倒れず、衝撃波の残滓を自身の装甲で完全に受け止め、抑え込んだ。

 

白煙を上げる仮面アクターは、背後をチラリと振り返った。

そこには無傷のまま残された神野の高層ビル群と、逃げ惑う人々の姿があった。

 

秘密結社ショッカーの理念、そしてプロヒーローの理念は「人々の命」を救うことが大前提である。

しかし、難羽は命さえ無事なら問題ないとは言いたくなかった。

 

 

(町が破壊されるということは……彼らが救われた後の生活が、明日からの日常が破壊されることを意味する)

 

 

命さえあればいいわけではない。

帰る家があり、働く場所があり、昨日までの続きがあるからこそ人間は生きていける。

守れるなら命だけでなく、彼らの生活の基盤もすべて守るべきだ。

 

 

超常黎明期以前に生まれた彼だからこそわかる、昨日と今日が連続していない感覚。

 

復興した町が、次の日消滅して更地となる。

信用していた人間が、次の日には敵となる。

正義を胸に戦った少年が、次の日磔にされている。

 

 

それがどれほど辛いことか、難羽は知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鬱陶しい虫ケラだね」

 

 

オールフォーワンは自身の放った必殺の衝撃波が、ビル一つ壊すことなく完全に防がれたのを感知し、ため息をついた。

 

彼は壊れる町とやせ細ったオールマイトの姿をセットに報道させることで、平和の崩壊をアピールしたかった。

 

しかし、仮面アクターの介入でオールマイトの残り時間が伸びている。

そして彼がいることでオールマイトの精神が安定してしまった。

これでは、揺さぶれない。

 

その一瞬の苛立ちが、彼に致命的な隙を生んだ。

 

仮面アクターは衝撃波を受け止めて削り取られた自身の足元——アスファルトの残骸の中から、大人の拳サイズの硬い石を一つ、無造作に拾い上げた。

 

 

(オールフォーワンの予想通り、今の私の武装に、広範囲を制圧するような高火力の遠距離攻撃の手段は多くない)

 

 

仮面アクターは冷静に状況を俯瞰していた。

現在、オールフォーワンの至近距離には、オールマイトが張り付いて激しいインファイトを繰り広げている。

ここで仮面アクターが下手なエネルギー兵器や銃火器を撃ち込めば、オールマイトを巻き込んでしまう危険性が高すぎる。

 

だからこそ。

この洗練された派手な個性が尊ばれる超人社会の頂上決戦において、彼が選んだのは。

 

最も原始的な遠距離攻撃(石の投擲)であった。

 

仮面アクターは拾い上げた拳大の石を右手に握り込み、全身のバネ、人工筋肉の出力、そして加速装置の予備動作を完全に連動させた。

 

ピッチャーが豪速球を投げるような、完璧な投擲フォーム。

そこに、自身の圧倒的な超常のパワーが乗る。

 

 

「フッ!!」

 

 

手放された単なる石ころは大気を切り裂く摩擦熱で赤熱し、本物の大砲の砲弾と化して、音速を超えてオールフォーワンの顔面へと殺到した。

 

 

「……!」

 

 

オールフォーワンの赤外線・電波感知が、飛来する超質量の物体を捉える。

 

彼は咄嗟に右腕を上げ、自身の生命線である生命維持用の黒いマスクを庇った。

凄まじい衝撃音が響き、石の砲弾がオールフォーワンの太い右腕に激突し、粉々に砕け散る。

 

ダメージこそないがその想定外の物理的衝撃によって、オールフォーワンの右腕が一瞬だけ弾かれ、彼の顔面のガードがガラ空きになった。

 

 

「ナイスだ、仮面アクター!!」

 

 

その絶好の隙を平和の象徴が見逃すはずがなかった。

深く踏み込んでいたオールマイトの巨大な拳が弾かれた腕の下を潜り抜け、オールフォーワンの右頬——黒い生命維持マスクの側面へと、渾身の力で深々と突き刺さった。

 

鈍い破砕音が響き、魔王の顔を覆っていた黒いマスクに明確にヒビが入る。

それは絶対悪の牙城が崩れ始めた、確かな希望の音であった。

 

 

「ガッ……!」

 

 

オールフォーワンの巨体が大きくよろめく。

かつて自分が(はらわた)をぶち撒けさせたはずの平和の象徴の拳は、満身創痍になってもなおこれほどまでに重く、そして熱い。

 

 

「ウオオオォォッ!!」

 

 

オールマイトは、敵の体勢が崩れたこの絶好の機を逃さなかった。

マスクにヒビを入れ、脳を揺らした右拳を引き戻すと同時に、さらに威力を増した左のスマッシュを、魔王の顔面の真正面から叩き込もうと大きく振りかぶる。

 

勝てる。

隣で背中を守ってくれる彼がいる今なら、被害を気にせず全力でこの巨悪を打ち砕ける。

 

 

 

「……甘いよ、オールマイト」

 

 

 

オールフォーワンはマスクにヒビを入れられながらも、その奥で酷薄な笑みを崩してはいなかった。

 

よろめいたのは事実だ。

しかし、彼はその体勢の崩れすらも利用して後ろに下がりながら、空いている左腕に複合させた個性の力を極限まで圧縮させていたのである。

 

オールマイトの左拳が届くよりも、コンマ数秒早く。

カウンターの形で、オールフォーワンの至近距離からの不可視の衝撃波が炸裂した。

 

 

「グッ!!?」

 

 

回避不能のゼロ距離爆発。

オールマイトの巨体がまるで大型トラックに撥ねられたかのように宙に浮き、後方へと数十メートルも吹き飛ばされた。

瓦礫の山に背中から激突し、凄まじい土煙が舞い上がる。

 

 

「八木!!」

 

 

仮面アクターが叫ぶ。

 

 

「……まずは、鬱陶しい君から片付けようか」

 

 

オールフォーワンは吹き飛んだオールマイトから仮面アクターへと標的を変え、再び巨大な腕を向けた。

 

彼は過去のオールマイトとの死闘において顔面を完全に破壊され、目を失っている。

 

故に、彼は赤外線や電波、空気の振動などを感知する感覚系個性を、常時掛け合わせて使用していた。

目が見えないハンデを完全に補い、周囲の状況を立体的に、かつ常人以上に正確に認識していたのだ。

 

赤外線の熱源と装甲が発する電波の波長。

オールフォーワンの脳内に、仮面アクターの位置情報が正確にマッピングされる。

 

そこへ向けて必殺の衝撃波を放とうと個性を練り上げた、その瞬間だった。

 

 

「……おや?」

 

 

オールフォーワンの視界に、突如として強烈なノイズが走った。

赤外線が乱反射し、電波の波長がめちゃくちゃに乱れ、仮面アクターの位置がノイズの海に沈んでいく。

 

 

「……これは、一体……!!」

 

 

冷静な魔王の顔が、初めて驚愕に歪んだ。

 

 

 

『ジャミング・バタフライ』

 

 

 

夜空を見上げれば、そこには神野の土煙を照らすように、無数の金色の蝶が幻想的に舞い踊っていた。

 

それは、仮面アクターの装甲から放たれた極小の電子デバイス群である。

本来は敵の通信を傍受したり、特定の電波を強力に遮断したりするために使われる高度な電子戦用の機能。

 

仮面アクターはただオールマイトの背後を守り、援護していただけではない。

彼はその戦闘の推移を冷徹なコンピューターの目で観察し、オールフォーワンがいかにして周囲を認識し、攻撃を当ててきているのかという、感覚のプロセスを完全に解析・逆算して見つけ出していたのだ。

 

そして、その感知をピンポイントで無効化する妨害電波と熱源ダミーを、金色の蝶として戦場に散布したのである。

 

 

電波と赤外線が封じられ、完全な盲目状態に陥りかけたオール・フォー・ワン。

だが、彼はまだ空気の振動(聴覚と触覚)を見るという感知手段を残していた。

 

その最後の頼みの綱すらも、漆黒の死神は容赦なく刈り取りにきた。

 

 

『シャウト・シケイダ』

 

 

彼の飛蝗を模したマスクの下半分、クラッシャー部分を、上から覆い被さるように新たな黒い重装甲が包み込んでいく。

 

形成されたのは、不気味な蝉の口に似た重厚な音響増幅ユニット。

仮面アクターの人工肺が限界まで稼働し、装甲服の分厚い胸部分がまるで風船のように大きく膨らみ、周囲の空気を一気に吸い込んだ。

 

仮面アクターの口から空気を物理的に歪ませるほどの、超高圧縮された破壊の音波が吐き出された。

 

 

それは雄英の教師であるプレゼントマイクの個性『ヴォイス』にも匹敵する、否、指向性を極限まで高めた分それ以上に凶悪な音響兵器であった。

 

 

「グオォッ……!!」

 

 

鼓膜を破り、三半規管を直接揺さぶる不可視の絶叫。

オールフォーワンの個性によって辛うじて成り立っていた空気の振動感知と聴覚が、この凄まじい音の暴力によって完全にエラーを起こし、ショートした。

 

 

視覚の遮断。

聴覚の破壊。

 

無敵を誇ったオールフォーワンの巨体がすべての外部感覚を失い、完全な無防備状態となってその場に硬直した。

 

 

「よくやった!!」

 

 

瓦礫の中から、黄金の闘気を再点火させたオールマイトが弾丸のように飛び出してきた。

顔面を血で濡らしながらも、その右腕には、これ以上ないほどに練り上げられた100%以上の全力のパワーが込められている。

 

 

「これで、貴様の悪意も……すべて終わりだァァァッ!!」

 

 

オールマイトの必殺の右拳が、感覚を失い棒立ちになっているオールフォーワンの胸へと、一直線に叩き込まれようとしていた。

 

勝負は、決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……僕が、この程度の連携で終わるわけがないだろう?)

 

 

 

感覚を失いながらも、オールフォーワンの黒いマスクの下の唇は三日月の形に深く、おぞましく歪んでいた。

 

 

『転送』+『衝撃反転』

 

 

突如として。

音波兵器を放ち終え、オールマイトのスマッシュを見届ける体勢に入っていた仮面アクターの口から、ヘドロのようなドス黒い液体が大量に吐き出された。

 

 

「……なッ!?」

 

 

仮面アクターのマスクが自らの身に起きている異常事態にアラートを鳴らすよりも早く。

彼の身体は口から溢れ出した黒い泥に一瞬にして飲み込まれ、空間ごと強制転移させられた。

 

そして、彼が転移させられた先。

仮面アクターの目の前にあったのは。

 

 

今まさにオール・フォー・ワンを粉砕しようと最高速度と最大火力を乗せて振り抜かれていた、オールマイトの全力の右拳であった。

 

 

「……しまッ!!」

 

 

オールマイトの青い瞳が極限まで見開かれ、絶望に染まる。

 

オールフォーワンは、常闇を拉致した時に使ったあの転移の個性を自分を援護していた仮面アクターに対して使用し、彼を自身の目の前へと瞬間移動させ、文字通りの肉盾として利用したのだ。

 

あまりにも悪辣。

あまりにも外道。

 

全力で振り抜かれたオールマイトの拳は、もはや空中で止めることなど物理的に不可能だった。

 

凄まじい衝撃音が、神野の夜に響き渡った。

 

 

「ガハァッ……!!?」

 

 

間に合うはずもなく、オールマイトの全力の拳が仮面アクターの分厚い漆黒の胸部装甲に、無慈悲に叩き込まれた。

 

 

「アクターッ!!」

 

 

オールマイトが自身の取り返しのつかない一撃に悲痛な叫びを上げる。

 

だが、それだけでは終わらない。

 

 

「グッ……!?」

 

 

オールマイトの右腕から骨が砕け、筋肉が弾け飛ぶ凄まじい音が鳴り響き、大量の血が噴き出した。

 

オールフォーワンは仮面アクターを盾にしただけでなく、彼を転送させた空間そのものに衝撃反転の個性を付与していたのだ。

オールマイト自身の放った100%の威力がそのままの威力で自身の右腕へと反転して襲いかかり、彼の腕をズタズタに破壊したのである。

 

 

 

 

オールマイトの全力を正面から受けた仮面アクターの身体は、まるで大砲で撃たれたかのように恐ろしい速度で神野の空へと吹き飛ばされていった。

 

 

「あぁ……なんということを……! 私が、彼を……!」

 

 

右腕をだらりと垂らし、激痛と絶望に顔を歪めるオールマイト。

頼れる仲間を自身の拳で殺してしまったという事実が、彼の心を折ろうとしていた。

 

 

「……ん?」

 

 

視覚が回復してきたオールフォーワンが、上空へ吹き飛ばされた仮面アクターの姿を興味深そうに見上げた。

 

 

 

空高く吹き飛ばされた仮面アクターの身体。

しかし、その漆黒の装甲は、無惨に砕け散ることはなかった。

弾けるような音と共に、彼の分厚い胸部装甲や肩のパーツが、まるで蝉の抜け殻が剥がれるように自ら分離していく。

 

そして、剥がれ落ちた装甲の破片は空中で形を変え、無数の黒い飛蝗の群れとなって夜空の四方八方へと飛散していく。

 

装甲の大部分を失い、内部の銀色のフレームが剥き出しになった仮面アクターは、見事な受け身をとって数百メートル先の地面へと着地する。

 

装甲の一部はひび割れ、煙を吹いているが、その本体である肉体は無事であった。

 

 

「……なるほど」

 

 

オールフォーワンは、まるで面白いマジックの種明かしを見た子供のように感嘆の声を漏らした。

 

 

「衝撃吸収の個性は、エネルギーを自身の肉体に蓄積して耐える……でも君は、受けた莫大な運動エネルギーを装甲に吸収させた上で、その装甲自体を外部へと放出して飛散させることで、本体への負荷とダメージを完全に逃がしているんだね」

 

 

完全なスーツ設計とナノマシンによる自己分離。

仮面アクターは、オールマイトによる即死級のダメージを装甲を身代わりにすることで相殺し、生き延びていた。

 

 

「素晴らしい技術だ……しかし」

 

 

オールフォーワンが余裕の笑みを深める。

 

 

「君のその装甲はダメージを受けるたびに外部へと移動してしまう。飛んでいった装甲が戻ってくるまで、その脆弱な本体では……あともう一発でも同じ攻撃を受ければ、次こそ完全に鉄屑になるんじゃないかな?」

 

 

オールフォーワンの言う通りだった。

仮面アクターのこの絶対防御は身に纏う装甲の質量に依存している。

無数の飛蝗となって散らばった装甲が戻ってくるのにはタイムラグがあり、何度も連続で使えるような代物ではない。

 

絶体絶命の危機。

 

装甲を失い、防御力が著しく低下した仮面アクター。

右腕を完全に破壊され、血を流して膝をつくオールマイト。

 

すべては魔王の盤上であるかのように見えた。

 

 

だが、この圧倒的な絶望の淵にあってもなお。

二人のヒーローの闘志の炎は、ただの一度として、消えかけてなどいなかったのである。

 

 

「……さあ、どうするんだい? その身体で、僕に勝てるとでも思っているのか」

 

 

オールフォーワンは、装甲を飛散させて防御力を失った仮面アクターと、右腕を破壊されて血を流すオールマイトを見下ろし、確信に満ちた冷酷な笑みを浮かべた。

 

 

「……お前は私という存在を、単なる的だとでも勘違いしているのか」

 

 

仮面アクターの白い複眼が、暗闇の中でギラリと凶悪な光を放った。

 

 

『ジャンプ・ホッパー』

 

 

仮面アクターの足元のアスファルトが爆発し、空気を切り裂くソニックブームが神野の夜空に轟いた。

装甲の大部分をパージしたことで、彼の機体重量は極限まで軽くなっていた。

 

これはコンデニウムを利用した圧縮技術が使われているためだ。

 

基本の装甲の状態は、実は分厚い装甲の層が折りたたまれた状態である。

ダメージを一定以上受けると圧縮が解除され、何十もの壁が形成されるのだ。

この構造から、仮面アクターの装甲は見た目に反してかなりの重量となっている。

 

その装甲を外し軽量化された身体で、安全装置を外した限界稼働の加速装置を点火した。

 

 

「速い……!」

 

 

オールフォーワンの赤外線・電波感知が、その神速の動きを捉えきれずにアラートを鳴らす。

 

次の瞬間、仮面アクターはオールフォーワンの懐、まさにゼロ距離の死角へと入り込んでいた。

 

しかし、彼はその握りしめた拳で魔王を殴りつけることはしなかった。

彼が選んだのは打撃ではなく——オールフォーワンの太い右腕を、両手でガッチリと掴むことであった。

 

 

「……数年前の八木の拳は、よほど痛かったらしいな」

 

 

オールフォーワンが保有する絶対防御——衝撃吸収と衝撃反転。

 

それらの個性は、あくまで自身に向けられた打撃などの物理的運動エネルギーを吸収し、相手に跳ね返すというカウンターのシステムである。

 

つまり、打撃という点の衝撃が発生しない、相手の身体を掴んで投げ飛ばすという投げ技や拘束はシステムの対象外となり、無効化することができないのだ。

 

対オールマイトを意識した個性に、仮面アクターは皮肉気に笑った。

 

 

「──飛べェェッ!!」

 

 

仮面アクターは人工筋肉のフルパワーと遠心力を掛け合わせ、オールフォーワンの巨体をまるでハンマー投げのように大空へと豪快に投げ飛ばした。

 

 

「ぐおッ……!」

 

 

為す術もなく、夜空へと垂直に打ち上げられていくオールフォーワン。

 

だが、仮面アクターの追撃はこれで終わりではない。

 

 

『ジャンプ・ホッパー』

 

 

彼は投げ飛ばしたオール・フォー・ワンの巨体よりも、さらに速く。

 

加速装置を連続で発動させ、空を裂いて跳躍し、打ち上げられた魔王の頭上の空間を完全に陣取った。

 

 

上空数百メートルの暗黒の空。

 

仮面アクターはオールフォーワンを見下ろす位置で、空中で前転するように激しく回転し始めた。

 

 

その回転と同時に生み出される特殊な電波信号に呼応し、神野の夜空へと飛散していった無数の飛蝗たちが、まるで意思を持つ生きた群れのように、凄まじい速度で仮面アクターの身体へとUターンしてきたのだ。

 

 

空中で高速回転する仮面アクターのフレームに、弾け飛んでいた重厚な漆黒の装甲パーツが次々と元の位置へと結合していく。

 

しかし、装甲が結合するたびに、仮面アクターの口から苦悶の声が漏れる。

 

スーツのエネルギー不足を、彼はダメージ吸収の際のエネルギーで代用した。

エネルギーの変換機能を持つベルトの方へ行くまでに、暴れるエネルギーが仮面アクターの肉体を駆け巡る。

 

 

(……意識を、保て!!)

 

 

だが、仮面アクターはその意識が真っ白に飛びそうになる極限の苦痛の中で、自身の機体のリミッターを完全に解放した。

ダメージ分の運動エネルギーすらも強引に内部ジェネレーターで吸収し、自身の右足へと莫大な殺意の力として一極集中させていく。

 

その右足には空間そのものを歪ませるほどの、高圧縮された黒い破壊のエネルギーが渦巻いていた。

仮面アクターは落下していくオールフォーワンに向かって。

 

魂の底から絞り出すように、その必殺技の名を咆哮した。

 

 

 

 

 

「ライダァァアア──キィィィック!!!!」

 

 

 

 

 

空気を焦がす絶叫と共に。

仮面アクターの身体が漆黒の流星となって、真っ直ぐにオールフォーワンの腹部へと蹴り下ろされていった。

 

 

 

 

「──無駄だと言っているだろうが!!」

 

 

 

オールフォーワンは迫り来る必殺の蹴りに対して、自身の右腕を交差させてガードの体勢をとった。

 

いかに強力な蹴りであろうとも、衝撃吸収と衝撃反転を全開にして受け止めれば、相手の足の骨が砕け散るだけで終わる。

彼はそう確信していた。

 

仮面アクターのライダーキックが、オールフォーワンの交差した腕に、隕石衝突のような凄まじい威力で激突する。

 

 

「……ッ!!」

 

 

仮面アクターの右足が、衝撃反転の個性を喰らってバキバキと悲鳴を上げ、軋む。

 

だがその程度の反動で、彼の蹴りの威力が殺されることはなかった。

 

内部エネルギーをすべて乗せたその蹴りは衝撃吸収の許容量すらも力でねじ伏せ、オールフォーワンの巨体を、神野の固いアスファルトへと隕石のように叩き落としたのだ。

 

 

クレーターが形成され、土砂が天を衝くように舞い上がる。

 

だがオールフォーワンは、地面に叩きつけられた物理的なダメージよりも、さらに恐ろしい異常に襲われていた。

 

 

「……な、なんだ?」

 

 

オールフォーワンの顔が、仮面の下でかつてないほどの困惑に歪んだ。

 

砂塵の中で立ち上がろうとした。

しかし、力が入らない。

 

 

 

(……身体が、動かない……!?)

 

 

 

手足が信じられないほど重い。

思考に靄がかかり、次にどんな個性を組み合わせればいいのか、計算が全くまとまらない。

 

それは彼がこれまでの長い人生で一度も経験したことのない、未知の感覚だった。

 

 

仮面アクターの放つ必殺技には、恐るべき裏の機能(ギミック)が隠されている。

 

 

彼の放つ『ライダーパンチ』が、相手の持つ個性因子に過剰なエネルギーを叩き込み、強制的なオーバーロードによる自滅を引き起こす技であるならば。

 

今放たれた『ライダーキック』は、その真逆。

 

相手の体内に、システムバグのような負の個性因子を物理的に叩き込む技なのだ。

 

肉体の神経系に無意味な負荷を掛け続け、身体能力を強制的にダウンさせ、思考速度を極限まで遅延させ、脳の処理能力を致命的に低下させる。

プラスαを与えるのが本来の個性であるならば、ライダーキックによって注入される個性はマイナスである。

 

無数の個性をパズルのように組み合わせ、膨大な脳の処理能力を必要とするオールフォーワンにとって、この思考と処理速度の低下は、肉体が破壊されるよりも遥かに恐ろしい、最悪の機能停止を意味していた。

 

 

「……バ、カな……僕が……」

 

 

砂塵を巻き上げながら、よろよろと、まるで見えない泥沼に足を取られた老人のように立ち上がるオールフォーワン。

 

だが、その晴れゆく砂塵の先。

ぼやける視界の向こうに、彼を待ち受けていたのは。

 

 

 

「オールフォーワン!!」

 

 

 

そこには、右腕を破壊されて血塗れになりながらも。

 

残された左腕に、歴代の継承者たちが紡いできたワン・フォー・オールの残火——そのすべての炎を注ぎ込み、黄金の光を極限まで収束させて構える、平和の象徴の姿があった。

 

 

「オール、マイト……!!」

 

 

オールフォーワンが、動かない身体で悲鳴のようにその名を呼ぶ。

 

 

オールマイトは迷っていなかった。

 

先ほど、自身の拳が仮面アクターを撃ち抜いてしまった時。

彼は絶望に呑まれかけた。

 

だが、装甲をパージして生き延び、再び空へと舞い上がった漆黒の仲間の背中を見た時、オールマイトはすべてを悟ったのだ。

 

仮面アクターはオールマイトを信じていた。

 

必ず自分が一瞬の隙を作る。

必ず自分が魔王の動きを止める。

 

だからお前はすべてを注ぎ込んだその一撃を、俺の作った道に叩き込めと。

 

オールマイトが仮面アクターを信じ、背中を預けたように。

仮面アクターもまた、最初からオールマイトという男の不屈の魂を、絶対的に信頼していたのだ。

 

言葉を交わす必要などない。

互いに死線をくぐり抜けてきた、真のヒーロー同士だけが通じ合える無言の絆。

 

 

故に生まれた、この一瞬の、そして永遠のチャンス。

 

 

 

「さらばだ……ワン・フォー・オール。そして、オールフォーワン!!!」

 

 

 

オールマイトは燃え尽きる命のすべてを左腕に込め、地面を爆発的に踏み砕いた。

 

向かってくるオールマイトの姿が、かつて自分を追い詰めた志村菜奈や、歴代の継承者たちの姿と重なり、オールフォーワンの視界を黄金の光で埋め尽くしていく。

 

 

「ユナイテッド……!!」

 

 

大気が震え、光が凝縮する。

 

 

 

 

 

 

「ステイツ・オブ───スマッシュッッッ!!!」

 

 

 

 

 

大地を割り、天を焦がす、最強の一撃。

オールマイトの左拳が、処理能力を奪われて防御すらままならないオールフォーワンの顔面——黒い生命維持のマスクを、まるで薄いガラスのように完全に粉砕して貫き、その巨体を神野の奈落の底へと深々と叩き込んだ。

 

 

絶対悪の終焉を告げる、神のような一撃であった。

 

 

凄まじい突風が吹き荒れる神野区の上空。

突然の避難勧告、巨大な影の怪物の暴走、空を焦がした青と赤の太陽、そしてこの未曾有の怪獣大戦争の被害をいち早く報道しようと、命がけで駆けつけていた一台の報道のヘリが、上空を旋回していた。

 

ヘリに取り付けられた高感度カメラはこの死闘のすべてを、日本全国のテレビモニターへと生中継で映し出し続けていた。

 

人々は、テレビの前で息を呑んで見ていた。

 

ボロボロになりながらも、決して諦めることなく立ち向かい続ける我らが平和の象徴の姿を。

 

だが、今回ばかりは、彼は一人ではなかった。

 

あの漆黒の死神が、彼の背中を守り。

彼が死神の道を作り。

二人で共に、誰よりも熱く、誇り高く、あの恐るべき悪意の化身に立ち向かっていた姿を、日本中のすべての人々が、涙を流しながら見届けていたのだ。

 

そして、今。

 

神野の大地を覆い尽くしていた、分厚い砂煙が、ゆっくりと晴れていく。

 

カメラがズームし、映し出したのは。

深く抉れた巨大なクレーターの中心。

 

完全に意識を失い、横たわるオールフォーワン。

 

 

 

 

そして。

その傍らに立ち、天に向かって、力強く、どこまでも気高く左腕を高く掲げている、平和の象徴・オールマイトの姿であった。

 

 

「……ウオオオォォォォォォォォッ!!!!」

 

「オールマイトォォォォォッ!!!」

 

 

テレビの前の日本中の人々から、 歓喜の絶叫と、涙の歓声が爆発するように沸き上がった。

 

 

 

 

天に向かって腕を掲げるオールマイト。

その満身創痍の肩を自身の肩で優しく支え、彼が倒れないようにしっかりと立たせてくれている存在。

 

そこには、装甲のあちこちがひび割れ、煙を上げながらも、静かに、そして力強く彼に寄り添う仮面アクターの姿があった。

 

 

「……お疲れ様」

 

 

仮面アクターのマスクの奥から、マイクを通さない、彼本来の穏やかな青年の声が、オールマイトの耳元にだけ静かに届いた。

 

 

「よくやったな、八木……いや。オールマイト」

 

 

その言葉を聞いたオールマイトの青い瞳から、一筋の温かい涙が、頬の血汚れを洗い流すように零れ落ちた。

 

彼は、支えてくれる肩の温もりを感じながら、もう一度、さらに高く、自身の左腕を天へと突き上げた。

 

 

孤独な戦いは終わった。

平和の象徴は最高の仲間と共に。

 

 

今ここに、完全なる勝利を掴み取ったのである。

 

 

神野の夜明け。

瓦礫の街に差し込み始めた朝日が、肩を寄せ合う二人のヒーローの姿を、黄金色に優しく照らし出していた。

 

 

 





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