バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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番外編3 ミミックの中身

 

保須市で起きたステイン事件と同日。

雄英高校サポート科1年、難羽輪太郎が忽然と姿を消した。

 

彼の失踪原因の糸口を掴むため、警察の立ち会いのもと、サポート科の工房にある彼の専用ロッカーが整理されることとなった。

 

教員たちが期待していたのは彼がどこへ向かったのかを示す手掛かりや、ヴィラン連合との繋がりを示唆するような物証であった。

しかし、雑多な工具や図面が取り除かれたロッカーの最奥から発見されたのは彼の行方を示す証拠ではなく、鈍い金属光沢を放つ四つの奇妙なアタッシュケースであった。

 

ケースの表面には継ぎ目が一切なく、まるで一つの金属塊から削り出されたかのような滑らかさを保っている。そしてその四つのケースの束の上には、一枚の便箋が丁寧な折り目で置かれていた。

 

 

『中身が欲しいなら開けてみろ』

 

 

挑発的でどこか楽しげな筆致。

 

それは彼が自身の失踪後に、雄英の教員たちによってロッカーの中身が探られることを予期していたことを示していた。

自分がいなくなった後、残された者たちがこの箱を前に頭を悩ませる光景を想像し、あらかじめ用意しておいた挑戦状である。

 

ケースの上部には、唯一の外部接続端子と思しきUSBメモリを差し込むスロットが設けられていた。

検証のため、サポート科担任のパワーローダーがそれを自身の端末に接続した。

 

画面には即座に幾重もの複雑な暗号化プロトコルが展開され、強固なセキュリティロックが起動したことを告げる赤い警告画面が点滅した。

 

パワーローダーは数十分ほどキーボードを叩き、解析ツールを走らせたが、やがて深く息を吐き出して両手を上げた。

物理的な重機の開発や機構の設計にかけては右に出る者はいない彼だが、純粋なサイバーセキュリティや悪意あるハッキングの解除は専門外である。

これ以上はデータの破損を招くと判断し、彼は早々に白旗を揚げたのだった。

 

 

次に解除の任を任されたのは、同じサポート科の生徒であり、異常なまでの執念と技術力を持つ発目明であった。

 

新たなベイビーを生み出す知識の塊を解剖できると目を輝かせて端末に向かった彼女は、持ち前の集中力を発揮し、難羽が仕掛けた第一のプログラムの壁を鮮やかな手口で突破してみせた。

しかし、セキュリティの第一層を破った彼女の網膜に飛び込んできたのは機密情報のフォルダでも、次のパスワード入力画面でもなかった。

 

液晶画面に表示されたのは粗いドット絵で構成された、配管工が活躍する有名な横スクロールアクションゲームの、悪質な模倣品のような画面であった。

 

クリアすれば次の階層のロックが外れる仕組みになっているようだが、発目がコントローラーを握り、ゲームを開始した直後。

 

その設計者の異常性が牙を剥いた。

 

操作キャラクターの挙動は意図的に遅延が組み込まれており、思い通りに動かない。

ジャンプの飛距離は乱数で変動し、安全に見える平坦な道には目に見えない落とし穴が口を開けている。

アイテムを取ろうとすれば突然背景のブロックが落下してきてキャラクターを押し潰し、敵キャラクターは回避不可能な位置に突然転送されてくる。

 

それはプレイヤーを楽しませるためのゲームではない。挑戦者の神経を逆撫でし、徒労感と怒りを与え、精神を削り取るためだけに緻密に計算された理不尽さであった。

 

 

数時間が経過した。

 

 

普段であればどれほど失敗しても不敵な笑みを絶やさない発目の顔から、一切の表情が抜け落ちていた。

画面の中で理不尽に命を散らすドット絵のキャラクターを見つめる彼女の瞳は、暗く濁りきっている。

 

 

「……難羽くんは性格が悪いですね」

 

 

抑揚のない冷え切った声。

悪意の塊のような初見殺しの連続に精神をすり減らされた発目はついにコントローラーを机に置き、完全に沈黙した。

難羽の仕掛けた悪辣なトラップは雄英が誇る狂気の発明家から、見事に笑顔を奪い去ったのである。

 

 

事態を重く見た教員たちは、ついにその四つのケースを雄英高校トップの座に君臨する根津校長の執務室へと運び込んだ。

 

ハイスペックの個性を持つ根津は、人類の頭脳を凌駕する知性の持ち主である。

彼は紅茶のカップを片手に、発目を絶望させたその理不尽なゲーム画面を静かに観察した。

そして何度かのプレイを経て、このゲームが内包する真の構造を即座に見抜いた。

 

 

「なるほど。このゲームはそもそも正規のルートを通ってクリアできるようには出来ていないね」

 

 

根津は楽しげに目を細めた。

難羽が用意したこのゲームが、プレイヤーを苛立たせるための囮であることに気付いたのだ。

 

根津は正規のステージ攻略を放棄し、ゲーム開始直後の平坦なチュートリアルエリアへとキャラクターを戻した。

そして特定の背景オブジェクトに向かって、特殊なコマンド入力を連続で行う。

すると画面が激しく乱れ、キャラクターが壁をすり抜けた。

 

バグを利用した壁抜け。

それが難羽が用意したクリア条件への裏道(正規ルート)であった。

 

強制的にエンディング画面へと遷移したモニターには、エンドロールの代わりに画面を埋め尽くすほどの膨大な数列の羅列が表示された。

 

 

「ここから必要な情報を抽出し、最下層の入力フォームにパスワードを打ち込む……知恵比べと行こうか」

 

 

雄英トップの頭脳と正体不明の生徒による、画面越しの静かな頭脳戦が始まった。

 

根津は数列に隠された高度な暗号法則を解読し、見事に正しい文字列を導き出した。

そして確信に満ちた指先でキーボードを叩き、パスワードの入力キーを押下した。

 

画面には「認証完了」の文字が表示された。

 

しかし。

 

机の上に置かれた四つのアタッシュケースは沈黙を保ったままであった。

内部のロック機構が外れる気配はなく、堅牢な金属の箱は、依然として閉ざされたままである。

 

パスワードは合っているはずだ。

手順に間違いはない。

 

それなのに箱は開かない。

 

根津校長ですら、その不可解な現象を前に首を傾げることしかできなかった。

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

季節は巡り、神野区での死闘とオールマイトの引退という劇的な事件を経て、世界は大きく形を変えていた。

 

雄英高校では、表向きは劇化するヴィランの攻撃の脅威から生徒たちを保護するため、裏の目的としては内通者である生徒の保護のため、全寮制への移行が決定された。

 

生徒たちはハイツアライアンスと呼ばれる真新しい寮での生活を始めることとなり、期待と不安の入り混じる新生活の準備に追われている。

 

そんな中、担任である相澤から三人の生徒が個別に職員室へと呼び出された。

峰田、蛙吹、そして障子の三人である。

 

 

「俺たち、何か怒られるようなことしたっけ……?」

 

 

峰田が冷や汗を流しながら周囲を見回す。

蛙吹も口元に指を当てて不思議そうにし、障子も沈黙のまま首を傾げていた。

 

神野の事件以降、規律に対して敏感になっている時期だけに彼らの緊張は無理もないものであった。

だが、相澤の口から出たのは、説教ではなかった。

 

彼は自席の横に置かれていた四つの金属製のアタッシュケースを取り出し、三人の目の前に並べたのである。

 

 

「これは失踪した難羽のロッカーから見つかったものだ。中身は……お前たち宛てのようだな」

 

相澤は峰田と蛙吹に一つずつ、そして障子には二つのケースをそれぞれ手渡した。

 

 

「最近になってサポート科の発目が解析を終えてな。中身の安全性が確認できたから、お前たちに渡すことにした」

 

突然のプレゼントに三人は戸惑いながらも、ずっしりと重いケースを抱えて職員室を後にした。

 

 

 

 

 

A組寮の共有スペースの片隅。

相澤から謎のアタッシュケースを渡された三人は、息を呑みながらそれぞれの箱の留め具に手を掛けた。

 

金属の噛み合わせが外れる乾いた音と共に、三つの箱が同時に開かれる。

そこに収められていたのは、失踪したサポート科の異端児、難羽輪太郎から彼らへ宛てられた専用のサポートアイテム群であった。

 

 

「……こ、これは」

 

 

峰田が震える手で取り出したのは、ブドウの房の先端、いわゆるヘタの部分を模したような独特の意匠を持つY字型のパチンコであった。

 

峰田の個性もぎもぎは対象を拘束する強力な粘着力を持つが、彼自身の短い腕と低い身長ゆえに、投擲による飛距離と命中率には致命的な限界があった。

がむしゃらにもぎもぎを投げ続けるのが彼の戦い方である。

 

しかし、この専用の射出器のゴム弦を引き絞り、弾力を確かめた瞬間、峰田は理解した。

自身の頭から取り外した粘着球をこれに番えて放てば、彼の身体能力を補って余りあるほどの長距離射撃が可能となる。

 

ただの罠としてだけでなく、明確な遠距離からの狙撃武器として敵を狙い撃つことができるのだ。

 

 

 

障子のケースに収められていたのは、特殊な合成ゴムのような質感を持つ漆黒の外套(マント)であった。

 

障子が自身の個性で複製した複数の腕を外套に押し付けると、布地そのものが生き物のようにまとわりつき、彼の複雑な肉体の動きに合わせて限界まで伸縮した。

それは単なる衣服ではない。

複製した腕という巨大な的を晒してしまう障子の最大の弱点をカバーするための、斬撃や刺突に対する極めて強靭な保護膜の役割を果たす特殊装甲布であった。

 

 

 

そして蛙吹が手にしたのは、彼女の体格に合わせて完全に再設計された真新しいヒーロースーツである。

 

手首に備え付けられた小型のスイッチを押下すると、スーツの表面に走る微弱な電流と共に、彼女のいつもの緑色を基調としたカラーリングが、夜の闇に溶け込むような漆黒と深緑の迷彩パターンへと瞬時に変色した。

 

壁に手をついて登る動作や、意図的に足音を立てるような着地を行っても、スーツの素材が衝撃と摩擦を完全に吸収。

音を殺すスニーク機能が搭載されている。

 

さらに脇の下から体側にかけては、空を滑空するトビガエルをモデルにした皮膜状の展開装置が組み込まれており、高所からの跳躍時に空力制御を可能としていた。

 

極めつけに、変温動物特有の寒さによる冬眠状態という彼女の致命的な体質を補うため、スーツ全体には生命維持のための高度な自動暖房機能までが内蔵されていた。

 

 

いずれの装備も彼らがこれまで抱えていた弱点と身体的欠点を完璧に補い、長所を極限まで伸ばすためのものだ。

 

 

雄英体育祭でチームを組んだ程度の関わりしか無かったはずだが、難羽は彼らをひどく気に入っていたようだ。

季節外れのお年玉に彼らは大いに喜んだ。

 

 

「あれ。障子ちゃん、もう一つの箱は……?」

 

 

蛙吹が障子の手元に残された四つ目のアタッシュケースを指差した。

 

 

「ああ、これは……」

 

 

障子は視線を巡らせ、共有スペースのソファでくつろいでいた透明少女、葉隠の元へ歩み寄り、その箱を静かに差し出した。

 

 

「えっ、私に? 難羽くんから?」

 

 

空中に浮かぶ衣服だけが驚きを示すように揺れる。

葉隠は戸惑いながらもケースを受け取り、蓋を開け放った。

 

中に収められていたのは、蛙吹のスーツと同じく音響吸収機能の付いた極薄のボディスーツであった。

 

夏の酷暑では通気性を保って涼しく、冬の厳寒では体温を逃がさず暖かく保つ温度調節機能。

そして刃物を通さない強靭な刺突耐性を備えた、最高級の防護服。

 

だがそのスーツが真の価値を発揮したのは、葉隠の透明な指先がその黒い布地に触れた瞬間であった。

 

彼女の肌が触れた箇所から黒いスーツの色素が空間に溶け込むように消失し、完全な透明へと変貌を遂げたのである。

 

 

「す、すごい……! スーツを着たまま、透明になれるの!?」

 

 

歓喜に満ちた葉隠の声が響く。

 

その光景を見ていた峰田の脳裏に、雄英体育祭後の、ある日の出来事が鮮明にフラッシュバックしていた。

 

難羽は峰田にあることを依頼していた。

しかし峰田一人で行くのは無理だと言われたため、二人で葉隠の下へ行って頭を下げたのだ。

 

 

『お前の髪の毛が欲しい』

 

 

彼一人ならともかく峰田が揃っていたため凄まじいことになったが、事情を説明して彼女から毛髪を受け取ったのだ。

かなり前の事であり、本人が行方不明になるという事態になっていたため、彼女自身もすっかり忘れていた。

 

 

ケースの底にはスーツの取扱説明書と共に、一枚のメモが添えられていた。

 

 

『透明同調スーツ、裸の女王様(ネイキッドクイーン)。サイズはフリー素材だから成長しても脱ぐな』

 

 

裸の王様をもじった直球すぎるネーミングセンス。

峰田はその手紙の文面を見て、難羽という男が自分と同類か、あるいはそれ以上の度し難いエロの求道者であると確信した。

 

だが、その場にいる全員が理解していた。

 

戦闘時に自身の個性を活かすため、防具はおろか衣服すら身に着けず、常に全裸という極めて無防備で危険な状態で戦場に立たざるを得なかった彼女にとって。

この透明になる防護服はこれ以上ないほどの絶対的な安全と、尊厳を守るための最高の盾であるということを。

 

 

「……難羽くん、ありがとう」

 

 

姿を消した少年が遺した悪意のない贈り物は、生徒たちの心を確かに温めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、葉隠のスーツを作った張本人は服を着ろ程度にしか思っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒たちが寮で新たな力に歓喜していた頃。

職員室のデスクに座る相澤はひどく重たい疲労感に苛まれながら、深く、長い溜息を吐き出していた。

 

あのケースを生徒たちに手渡す数時間前のことである。

 

相澤は根津校長ですら開けることのできなかったアタッシュケースを抱え、職員室のとある教員デスクへと向かった。

 

難羽輪太郎と同一人物であり、絶対悪を討ち果たした漆黒の死神、仮面アクターの真の姿である老紳士、難羽解次であった。

ややこしいということもあって、相澤からはすでに難羽輪太郎と呼ばれている。

 

相澤は金属の箱を机の上に乱暴に置き、低い声で告げた。

 

 

「……お前が難羽輪太郎本人であるなら、これをさっさと開けろ。校長が暗号を解読し、正規のパスワードを入力した。が、一向にロックが外れる気配がない」

 

 

相澤は、自身の考えた難解なパズルを解ける者などいないと鼻で笑われると思っていた。

 

しかし、机の上に置かれたケースを見た難羽の反応は、相澤の予想を完全に裏切るものであった。

難羽の顔に浮かんでいたのは自身の仕掛けた暗号が破られたことへの悔しさでも、不敵な笑みでもない。

 

本気で気付かなかったのかという心底からの困惑と、雄英の知恵者たちに対する純粋な失望の表情であった。

 

難羽は無言のままケースに手を伸ばし、閉ざされた金属の合わせ目の隙間に自身の太い指を滑り込ませた。

 

そしてパスワードの入力パネルには一切触れることなく、左右の腕に力を込め、そのまま力任せにケースを外側へと引っ張ったのだ。

 

金属の留め具が限界を超えて悲鳴を上げ、強靭な外殻が物理的にへし折られる鈍い破壊音が応接室に響き渡る。

強引に変形させられ、無惨に引き裂かれた外側のケースの中から、一回り小さな収納ケースが姿を現した。

 

 

「…………」

 

 

相澤はそのあまりにも原始的な解法を前に、思わず絶句した。

 

 

「固くて開かなかったわけじゃねえぞ……」

 

 

相澤の怒気のこもったツッコミに対し、難羽は破壊された外箱の残骸を払い除けながら言う。

 

 

「これがこの箱の開け方だ。パスワードも、あのイライラするゲームもただのブラフに過ぎん」

 

 

難羽は呆然とする相澤に向けて、冷酷な種明かしを始めた。

 

 

「いくら高度なセキュリティを解除しようが、正解のパスワードを入力しようが、この箱のロック機構が外れることは永遠にない。入力パネルと箱の開閉機構は最初から物理的に繋がってなどいないからな」

 

 

完全に施錠され、分厚い鉄板で覆われた門が立ち塞がった場合。

通り抜けたい人間はまず鍵を探すか、あるいは門そのものを破壊するといった思考に至る。

 

 

しかし、人が通れそうなわずかな隙間が開いている、あるいは、さぁ解いてみろと言わんばかりのパズルが扉の前に置いてあったとすれば。

 

 

相澤は難羽の言葉を理解し、息を呑んだ。

 

相澤は自身がプロヒーローの中でも極めて合理的で、効率的な面を重んじる性格であると自負している。

それ故に彼は。

 

 

 

「うわぁ……」

 

 

 

恐怖すら入り混じった強烈な嫌悪感──つまり、ドン引きした。

 

 

 

 

 





昨日二次創作日刊ランキングで100位以内に入れました。
読んでくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

明日も投稿いたしますので、まだの方は是非とも評価の投票をお願いいたします。
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