バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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前話の砂藤君は名前間違えられし者

ということで禁断の番外編"二度打ち"です

急げっ 乗り遅れるな 5000万ptを掴むんだ

"シュガーラッシュ"だ



番外編5 てめえの素性の話だ

 

難羽がA組の教室で異端の授業を行った、その翌日の夜。

 

寮の消灯時間が迫る頃、難羽は一人の生徒からの呼び出しを受けて、夜の静寂に包まれた運動場の中心に立っていた。

 

 

雲の切れ間から差し込む冷たい月明かりの下、難羽と対峙しているのは鋭い眼光を放つ爆豪勝己であった。

 

 

周囲に人影はない。

 

 

「……こんな時間に呼び出して、一体何の話だ。爆豪」

 

 

難羽はスーツのポケットに両手を突っ込んだまま、穏やかな声音で問いかけた。

だが、爆豪は挨拶も前置きも一切省き、ただ真っ直ぐに難羽の瞳の奥を射抜くように睨み据え、言い放った。

 

 

 

「お前、クソギーグだろ」

 

 

 

その単語は彼がサポート科一年、難羽輪太郎を呼ぶ際の彼なりの言い回しであった。

 

 

「……教師に向かって、その口調は感心しないな」

 

 

難羽は表情の筋肉を微塵も動かさず、勘違いをしている生徒を諭す教師としての態度を崩さなかった。

 

 

「私が彼と似ている部分があるのも否定しないが……」

 

「とぼけんな」

 

 

爆豪は難羽の言葉を鋭く切り捨てた。

 

 

「ただ老けただけで、顔の根本的な造りは何一つ変わってねェんだから見れば分かるわ……そのふざけたジジイの面の下は、あのムカつく15歳のクソガキそのままだろ」

 

 

そこには推測や疑念など存在しない。

完全な確信だけがあった。

 

難羽は静かに夜風を感じながら、短く息を吐き出した。

爆豪がここまで断言している以上、この場でしらばっくれ続ける理由も、これ以上の誤魔化しも無意味であると判断したのだ。

 

 

「……一人が気付けば皆気付くな」

 

 

次の瞬間。

爆豪の目の前で、難羽解次の肉体にノイズが走る。

そこには老紳士の姿はなく、行方不明になっていたはずの十五歳の少年──サポート科の難羽輪太郎が、制服姿で立っていた。

 

 

「……ッ」

 

 

正体を見破っていた爆豪でさえ、思わず目を見開き、喉の奥で息を呑んだ。

彼の正体を確信をもって暴くものはいるが、この変身のからくりを見破ったものはいない。

 

 

「一応聞いておこう」

 

 

少年の姿に戻った難羽は声変わり途中の少し高い声で、淡々と爆豪に問いかけた。

 

 

「DNA検査すらもすり抜ける私の擬態を、お前はなぜ見破ることができた?」

 

 

難羽の問いに対し、爆豪は鼻で笑って両手をジャージのポケットに突っ込んだ。

 

 

 

「雄英の中で、俺だけがお前と何度も戦っているからだ」

 

 

 

爆豪の脳裏に、これまでの数ヶ月の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

すべては、雄英高校の入試前。

彼が入試前の特訓をしている頃、難羽に格闘術と個性の掛け合わせを叩き込まれたあの特訓から始まっていた。

 

 

「俺が調べた過去の動画サイトでも、ヒーローは個性をメインウェポンにして、肉体言語をサブとして鍛える傾向がほとんどだった……でもお前が俺に教えたのは、格闘術と個性を完全に並行して組み合わせた特殊スタイルだ」

 

 

爆豪は一歩、難羽の方へ歩み寄る。

 

 

「それに昨日の授業だ。あの相手の個性を考えるっていう授業の最中、お前が他の奴らにしていた説明の仕方……あれは入試前の特訓で、俺がイライラしながらお前から受けた説教の組み立て方と一緒だ」

 

 

そして雄英体育祭のトーナメント決勝戦。

爆豪は難羽輪太郎と直接肌を交えて戦い、彼が個性に一切依存せず、純粋な技術だけで自分を追い詰めたことを誰よりも身体で理解している。

 

 

「ヒーローとしての姿の時もそうだ……ガイツはサポートアイテムの集合体。アレも個性に依存しない技術と格闘技術だけで立ちまわってた」

 

 

爆豪の指摘はまさに的を射ていた。

個性を重んじるこの社会において、個性に依存しない圧倒的な暴力の体系を持っている人間など、そうそう存在するものではない。

 

そして、と爆豪が苦々しそうに語る最後のピース。

 

 

「あのヘドロヴィランの時。俺を飲み込んだヴィランを一切の容赦なく凍らせて、跡形もなく殺しやがった……俺に、圧倒的な暴力と、個性を超えた破壊の姿を見せつけた男」

 

 

さらに時は流れ、保須市でのステイン事件。

爆豪は直接その場にはいなかったが、後日、報道番組でその素顔を見ていた。

 

ヒーロー殺しステインの狂気的な凶行を純粋な暴力ではなく、言葉と論理だけで完全に叩き潰した素顔の仮面アクター。

ステインの歪んだ思想に対し、納得できない怒りで泣き叫ぶように吠えた際の、マスコミで幾度も報道された映像。

 

 

「お前がそのまま大人になったみてぇな面してた……」

 

 

爆豪は難羽の目の前まで歩み寄り、その胸倉を乱暴に掴み上げた。

 

 

「ここまで材料が揃えば、ガキでもわかる……お前が、あの仮面アクターなんだろ」

 

 

それは彼の中で既に確定した事実であった。

 

しかし、それでも爆豪は、難羽自身の口からその答えを聞き出さずにはいられなかった。

彼の心のどこかに、この事実を信じたくない、あるいは信じられないという部分が残っていたからだ。

 

 

「……全く。相澤といいお前といい、どいつもこいつも他人の襟首を掴むのが好きだな」

 

 

難羽は胸倉を掴まれながらも一切抵抗せず、微かな苦笑を浮かべながら素直に肯定した。

 

 

「ああ、その通りだ。私が仮面アクターであり、ガイツ。そして難羽解次であり、難羽輪太郎であり、秘密結社ショッカーの頂点に立つ者」

 

 

その静かな肯定の言葉を聞いた瞬間、爆豪の目が細まり、眉間にさらに深い皺が寄った。

 

爆豪は、難羽という人間が普通ではないことなどをとうの昔に知っていた。

入試の後、雄英のサーバーに平然とハッキングを仕掛け、爆豪のテスト結果を不正に確認している所を目の当たりにした時から、彼が法律や社会のルールを破ることに関して微塵も罪悪感を抱いていないことは理解していた。

 

しかし、それでも難羽が平然と殺人を行えるほどの人間だとは本気で思っていなかった。

 

爆豪自身、戦闘中や日常生活で「死ね」という言葉を息をするように吐く。

しかし彼が発するその言葉は、あくまで最強を目指し、目の前の強敵を倒そうとする際に己を鼓舞するための熱量や闘争心の表れに過ぎない。

本気で相手の命を奪い、死体を踏み越えようという冷酷な殺意に基づくものではないのだ。

 

だが、至近距離で睨み合う難羽の黒く沈んだ瞳を見れば分かる。

 

この男は違う。

彼は殺すことそれ自体に対して、一切の罪悪感を持っていない。

 

誤解してはならないのは、難羽が快楽殺人鬼だというわけではないことだ。

 

もし罪のない善人を誤って殺せば、彼は身を引き裂かれるほど苦しむだろう。

ただの窃盗や傷害といった、法で裁ける程度の罪を持つ人間を殺すことにも深く苦悩するはずだ。

 

しかしどうしようもない絶対的な悪人、生かしておけばさらなる被害を生むであろう巨悪に対しては。

躊躇うことなくその命を刈り取るべきだという鉄のような判断基準が、彼の精神の根底には確固として存在しているのだ。

 

荒々しい態度を取りながらも平和を守るヒーローを志す爆豪にとって、その一線を超えている難羽の存在は到底受け入れがたい異物であった。

 

 

「……それで?」

 

 

難羽は襟首を未だ掴まれたまま、表情を一切変えることなく冷徹に問い返した。

 

 

「お前はどうしたいんだ」

 

 

難羽から投げかけられたその冷徹な問い。

爆豪は難羽の銀色の瞳を見つめ返したまま、自らの脳裏に焼き付いている数日前の記憶へと意識を沈めていた。

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは雄英高校の寮へ引っ越した、まさにその日の夜のことであった。

 

荷解きを終え、自室で息をついていた爆豪は、担任の相澤ではなく、八木俊典——引退を表明したばかりのオールマイトから個人的な呼び出しを受けたのだ。

 

指定された人気のない談話室。

そこに立っていたのは、テレビ画面の向こう側で天に向かって拳を掲げていた無敵のヒーローではなく、痛々しいほどに痩せ細り、深い疲労を背負った一人の初老の男であった。

 

そこで爆豪は、この超人社会を根底から覆すようなあまりにも巨大な秘密を打ち明けられた。

 

自分がもうこれまでのように戦う力を失ってしまったこと。

神野で死闘を繰り広げた、オールフォーワンという他者の個性を奪い与える巨悪の存在。

 

 

そして何より。

彼が長年保持してきた、力を譲渡する個性ワン・フォー・オールの真実と、それを緑谷出久に託したという事実であった。

 

 

話を聞き終えた爆豪は、最初は呆気に取られ、言葉を失った。

 

自身が幼い頃から見下し、絶対に敵うはずがないと信じ切っていた幼馴染が、自分が最も憧れたヒーローから、その力を直接受け継いでいたという事実。

だが、感情の混乱とは裏腹に、爆豪はその説明を受けてひどく冷静に納得してしまっている自分に気がついていた。

 

 

(……なるほどな。そういうことかよ)

 

 

緑谷の個性の発現にはあまりにも不自然な点が多すぎた。

 

15歳という異常に遅すぎる発現時期。

自身の肉体を破壊してしまうほどの出力と器の致命的な不一致。

そして何より、雄英に入学して以来、オールマイトがやたらと緑谷ばかりを気にかけ、特別扱いしていたあの奇妙な関係性。

 

自身の中にあった違和感の正体が、その秘密の共有によって繋がったのだ。

 

 

「……事情は分かった」

 

 

爆豪はソファに深く腰掛けたまま、オールマイトを鋭く睨みつけた。

 

 

「それで? そのクソデカい秘密を、A組の連中全員じゃなく……俺だけをわざわざ呼び出して話した理由はなんだ」

 

 

爆豪の問いに対し、オールマイトは静かに頷き、その落ち窪んだ青い瞳に深い憂いを宿した。

 

 

「……あの日、私はオールフォーワンと戦った」

 

 

オールマイトは静かに語り始めた。

 

 

「警察や公安の上層部からは、あの後仮面アクターによって塵一つ残さず完全に殺害されたという報告を受けている。客観的な証拠も揃っているそうだ」

 

 

しかし、オールマイトは自らの胸の奥に手を当て、ひどく苦しげに顔を歪めた。

 

 

 

「……しかし、なんとなく分かるのだ……奴は、死んでいない」

 

「は?」

 

 

 

爆豪が眉をひそめる。

 

 

「論理的な根拠は全くない……だが、ワン・フォー・オール継承者としての繋がりが、歴代の継承者たちの意志が、そう警鐘を鳴らしているのだ。あの悪意は、まだこの世界のどこかに潜んでいる……なぜだか分からないが、私にはそう思えてならないんだ」

 

 

継承者だけが感じ取れる、理屈を超えた因縁の繋がり。

それを感じたオールマイトの脳裏に真っ先に浮かんだのは、自身から力を受け継いだ後継者——緑谷出久の未来であった。

 

 

「……ワン・フォー・オールという力には、オール・フォー・ワンという巨悪を討つという、逃れられない宿命が付随している……もし今後、再びあの悪魔が姿を現し、戦うことになったとしたら。緑谷少年は自身が背負った力の重さゆえに、たった一人でも奴の前に立ち向かおうとするだろう」

 

 

オールマイトは自嘲するように目を伏せた。

 

 

「私はこれまで、平和の象徴として戦い続けてきた。それは私自身の譲れない信念でもあったが……同時に、ワン・フォー・オールという特異すぎる個性がもたらす、圧倒的な力と宿命のせいでもあった」

 

 

強すぎる力は周囲の人間を遠ざける。

誰かを巻き込めば死なせてしまうという恐怖が、彼を一人にさせた。

彼が自身のサイドキックから忠告を受けたのにも関わらず、それを無視してしまった。

 

 

「私は平和の象徴として君臨したが……改めて考えると、孤高などという美しいものではなかった。ただ、隣に並び立つ者が誰もいない孤独だった」

 

 

オールマイトの声が微かに震えていた。

自分が歩んできた孤独な道を、大切な弟子に歩ませたくはなかったのだ。

 

オールマイトは立ち上がり、目の前に座る15歳の少年——爆豪勝己に向かって、深々と頭を下げた。

 

 

「……爆豪少年。君に、頼みがある」

 

 

かつて世界を救い続けたナンバーワンヒーローが、一人の学生に向けて見せる、これ以上ないほどの懇願の姿勢。

 

 

「これから先、緑谷少年には私の想像もつかないほどの過酷な苦難が続くことになるだろう……だから、どうか。君には、彼の隣に立ち続けてほしい。彼を、私と同じような孤独な道に迷い込ませないために」

 

 

その重すぎる願い。

幼馴染であり、彼にライバル心を燃やし続けてきた爆豪に対し、緑谷の隣で一緒に戦い、彼を支えてやってくれというオールマイトなりの悲痛な祈りであった。

 

しかし、その言葉を聞いた爆豪は口をぽかんと半開きにしたまま、数秒間完全に硬直した。

 

そして。

 

 

 

「……ふざけてんのか、オールマイト」

 

 

 

強烈な怒りと殺意の籠もった低い声が談話室の空気を氷点下まで凍りつかせた。

 

爆豪はソファから立ち上がり、頭を下げるオールマイトを見下ろしながら全身から爆発的な怒気を立ち昇らせていた。

 

 

「あ、いや……すまない、爆豪少年」

 

 

オールマイトはハッと顔を上げ、慌てて謝罪の言葉を口にした。

 

彼は自身の言葉が爆豪の逆鱗に触れたのだと思った。

彼の性格を考えれば、緑谷と仲良く手を取り合ってくれなどと要求するのはあまりにも無神経で無理な注文だったと。

 

 

「私が間違っていた。君と彼の関係性を無視して、私の勝手な都合を押し付けるような真似を──」

 

「違ェよ!!」

 

 

爆豪の怒鳴り声がオールマイトの謝罪を強引に叩き斬った。

 

 

「誰がアイツに協力してやらねェなんて言った!! 俺がブチ切れてんのはそこじゃねェ!!」

 

 

爆豪は自身の胸を強く叩き、己の魂の根底にある、決して譲ることのできない絶対的な矜持を咆哮した。

 

 

 

「俺は……デクの隣なんかに甘んじるつもりは微塵もねェ!!!」

 

 

 

その言葉にオールマイトは目を丸くした。

 

 

「俺は、アイツの前に立つ!! アイツがどんなクソみてェな宿命を背負ってようが、どんな理不尽な敵が現れようが関係ねェ!! 俺が一番強くなって、俺がアイツの前を歩いて、すべての脅威をぶっ潰してやる!!」

 

 

それはただの対抗心ではない。

 

爆豪勝己という男が思い描く「ナンバーワンヒーロー」の絶対的な定義。

 

誰かのサポート役になることなど、死んでも御免だ。

自分が常に最前線に立ち、後ろにいるすべての人間──緑谷出久が背負う宿命すらも丸ごと含めて、己の圧倒的な力で道を切り拓いてみせるという、桁外れの覚悟の表れであった。

 

 

「爆豪、少年……」

 

 

オールマイトはそのあまりにも眩しく力強い、爆発的な少年の宣言に言葉を失った。

自身が恐れていた緑谷の孤独など、この少年の圧倒的なエゴと自負心の前では全くの杞憂に過ぎなかったのだと思い知らされたのだ。

 

オールマイトの青い瞳に熱い涙が込み上げてきた。

彼は思わず歩み寄り、爆豪の身体をその痩せ細った長い腕で力強く抱きしめた。

 

 

「……ありがとう。本当に、ありがとう……」

 

 

声にならない安堵と感謝が涙となって爆豪の肩を濡らす。

 

 

「……ッ、離せ!! 気持ちわりィんだよクソが!!」

 

 

爆豪は顔を真っ赤にして暴れ、オールマイトの身体を乱暴に引き剥がした。

 

 

「勘違いすんじゃねェ! 俺が最強のナンバーワンになれば、結果的にデクも他の連中も、全員俺の後ろに立つことになる……ただそれだけのことだ! くだらねェお涙頂戴に付き合ってやったわけじゃねェぞ!」

 

 

照れ隠しと怒りが混ざった言葉を早口でまくし立て、爆豪は足音を荒げながら談話室の出口へと向かった。

 

だが、扉の前でピタリと足を止める。

 

爆豪は振り返り、オールマイトへと言い放った。

 

 

「俺にクソみてェな重い頼み事をしたんだ。……タダで引き受けてもらえると思うなよ。手土産くらい寄こせや」

 

 

言うが早いか、爆豪はジャージのポケットに手を突っ込み、一枚のカードを取り出してオールマイトの胸元へと突きつけた。

 

 

それは彼が幼い頃から肌身離さず持ち歩いていた、『オールマイトのプレミアムトレーディングカード』であった。

 

 

 

「……サイン、寄こせ」

 

 

 

決して素直にはなれないが、それでも彼にとって、オールマイトが世界で一番の憧れであることには変わりない。

その不器用すぎる手土産の要求に、オールマイトは涙を拭い、今日一番の、心からの笑顔を浮かべた。

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆豪は、脳裏に再生されていたオールマイトとの記憶の海から現実の視界へと意識を浮上させた。

彼の手は、難羽の襟首を強く握り締めたままであった。

 

 

「…………」

 

 

爆豪は微かな苛立ちと共に、難羽の胸倉から乱暴に手を離してその身体を前方に鋭く突き放した。

突き飛ばされた難羽は体勢を崩すこともなく悠然と制服の襟元を正し、静かに爆豪の次の言葉を待つ。

 

爆豪の胸の奥で、激しい業火が渦巻いていた。

 

幼馴染である緑谷は、この社会における最高のヒーローであるオールマイトから力を受け継ぎ、彼を直接の師として仰いでいる。

 

オールマイトという巨大な庇護と導きの下で、あいつはこれからも確実に恐ろしい速度で強くなっていくはずだ。

 

あいつの前に立つ。

すべての脅威を自分が一番にぶっ潰す。

 

そう豪語した自身の矜持を貫き通すためには、これまで通りの努力の延長線上を歩いているだけでは足りない。

 

オールマイトの正統な後継者である緑谷を完全に凌駕し、ぶっちぎりで引き離すためには、自分もまたそれと同等、あるいはそれ以上の存在から、直接そのすべてを吸収しなければならない。

 

爆豪の眼光が、夜の闇に沈む難羽を鋭く射抜く。

 

目の前のこの男は法を犯し、己の独断と偏見で人の命を奪う、ヒーロー社会における完全なる異端の犯罪者である。

 

しかし、同時にこの男は。

 

あの無敵のオールマイトですら苦戦し、結果的に引退へと追い込んだ最悪の魔王オールフォーワンを相手取り、この世から消し去った絶対的な最強の体現者でもあった。

 

 

 

(……あいつが、誰もが憧れる『最高のヒーロー』を師匠にしてやがるんなら)

 

 

 

爆豪は奥歯を強く噛み締めた。

 

 

 

(だったら、こっちは歴史の裏に隠れた『最強のバケモノ』を師匠にして、全部を喰らい尽くすしかねェだろ)

 

 

 

善悪の基準や倫理観はこの際どうでもいい。

 

爆豪が求めているのは敵を打ち倒し、己の道を阻むすべての障害を薙ぎ払うための絶対的な暴力と技術の極致である。

それが手に入るのなら相手が死神であろうと悪魔であろうと、その懐に飛び込んで利用し尽くしてやる。

 

 

爆豪はジャージのポケットから両手を抜き、自身の両脇に真っ直ぐに下ろした。

そして難羽から一歩分の距離を空け、彼と正面から対峙する。

 

爆豪勝己という、他人に頭を下げることを何よりも嫌い、己の自尊心だけで生きているような不遜な少年が。

 

 

ゆっくりと、自身の頭を難羽に向けて下げたのである。

 

 

角度にしてわずか数十度。

世間一般の基準から見れば、それは頭を下げたと呼ぶにはあまりにも浅く、不躾な会釈程度のものでしかない。

 

しかし、この爆豪という少年の異常なまでのプライドの高さと、これまでの彼の生き様を知る者からすれば。

彼が自らの意志で他者に対して明確な教えを乞う姿勢を見せたという事実自体が、天地がひっくり返るほどの最上の礼であり、最大の譲歩であった。

 

 

「……俺を鍛えろ」

 

 

静寂に包まれた運動場に、爆豪の低く地を這うような声が響いた。

 

難羽は微かに目を見開いた。

自分が法を犯した殺人鬼であると断定した直後に、逃げるでもなく、警察に通報するでもなく、あろうことか自分を弟子にしろと要求してくるこの少年の思考回路に、流石の不老不死の怪物も一瞬だけ虚を突かれたのだ。

 

だが、爆豪の言葉は、単なる教えを乞うだけの従順なものでは終わらなかった。

 

下げていた頭を乱暴に上げ、再び難羽を鋭く睨みつけると、爆豪は凶悪な笑みを口元に浮かべ、自らの本心——決して揺るがないヒーローとしての矜持を叩きつけた。

 

 

「てめェの持ってる技術、思考、その暴力のすべてを俺に教え込め……俺がてめェのすべてを吸収して、この世界で最強のヒーローになった暁には」

 

 

爆豪は右手の拳を強く握り締め、親指で自身を指し示した。

 

 

 

 

「人殺しの犯罪者であるてめェを、この俺が必ず捕まえてやる」

 

 

 

 

それはあまりにも傲慢で、理不尽で、そして清々しいまでの宣戦布告であった。

 

 

「……その意気や良し」

 

 

難羽は口角を大きく上げてそれを受け入れる。

師匠と弟子というには、あまりに歪な契約がこの日成された。

 

 

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