バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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ようやく本編に入ります。



90話 早まったプロトタイプ/黒の玉座に座るのは

 

休日の静かな午後。

難羽の携帯端末にメッセージが届いた。

 

送信元は彼が弟子として鍛え上げている爆豪である。

メッセージには文章は一切なく、一枚の写真だけが添付されていた。

 

 

それはヒーローライセンスの仮免許証だった。

写真部分には不機嫌そうな彼の顔が映っている。

 

 

難羽は私室のソファに深く腰掛けたまま微かに口角を上げた。

 

仮免試験の合格。

それは爆豪の強烈な個性と高い戦闘センス、そして何より難羽が叩き込んだトレーニングが確実に実を結んだという何よりの証明であった。

 

感謝の言葉どころか一文字も添えられていないのが彼らしいが、わざわざこうして一番に報告をしてくるあたり、彼なりの律儀さを感じられた。

 

 

「……帰ってきたらまたしばいてやるか」

 

 

難羽は彼を鍛える際、まず彼の個性について理解させた。

 

彼の個性はニトロのような汗を出し、掌から爆破を引き起こすというものである。

その個性への理解から彼は汗腺の強化、爆破範囲を絞っての点の攻撃などを編み出していた。

 

だが、彼の個性の説明をそのまま受け取るとおかしな点がある。

 

もし彼が常に爆発する汗を流しているのなら、自分が倒れ込んだ時、相手に殴られた時にも爆破が起こるはずである。

 

仮に掌からしか爆発する汗は出ないと考えても不自然である。

彼が人を殴っても爆発しないことからそう推測できる。

掌だけ爆破用の汗をかくようになっているのなら、誤爆が起こる危険性があるからだ。

 

つまり彼が意識していないだけで、掌からのみ爆破のための汗をかき、体から出るのは通常の汗と無意識に切り替えているのだ。

 

 

そして彼が普段脅すときに行う手の中の小規模爆破。

 

 

あれもよく考えればおかしい。

汗を爆発させる個性であるのならば、爆豪は常にしっとりした手ということになるはずだ。

しかし、運動する前の彼の手をチェックしたが濡れておらず、難羽は顔面をしっかり爆破された。

 

つまり爆豪はある程度自分の意思でどっちの汗を出すか、いつ出すかをコントロールする事が出来るのだ。

 

彼の体温が上がって汗をかくと強くなるのは、単純に爆破する際の汗が増えることによる影響ではなく、汗腺が拡がり放出上限が上がったことによるものだと言えるだろう。

 

 

結論として難羽が爆豪に課したトレーニングは、汗腺のコントロールだ。

 

 

彼が汗を溜め込むこと事が出来るようになれば、爆破一発分の威力を上げる事が出来る。

そして全身から爆破用の汗を出す事が出来れば、ハウザーインパクトの回転時に汗をばらまき、爆発の嵐を引き起こす事が出来るようになる。

 

この技術を身に付けるべく特訓を行っているが、彼はまだ掌しかコントロール出来ていない。

まだ集中を乱されると汗が勝手に流れていってしまう。

その点に関しては改善が必要である。

 

 

なお、爆豪が仮免を突破できたのは、汗をかかせるために難羽が爆豪をボコボコにしながら鍛えたのが主な要因である。

彼はクラスメイトが必殺技を編み出していく中、基礎能力の高まりを一人実感していた。

 

 

 

 

 

そんな彼に着信が入る。

今持っている端末ではなく、頭の中にだ。

 

 

「私だ」

 

 

難羽は脳内のナノマシンを操作して連絡を受ける。

 

 

『──お疲れ様です、ボス。休日のくつろぎタイムに申し訳ないんですが、ちょっと厄介な案件が浮上しましてね』

 

 

聞こえてくるのはホークスの声だった。

 

 

「用件は」

 

『……実は最近、俺が警察と協力して追っている事件の中で、妙な動きを見せている連中がいましてね……ボスが以前から懸念していた、最悪の事態に直結する可能性が出てきました』

 

 

彼の声から平時の軽口の成分が完全に消え去った。

 

 

 

 

『……オールフォーワンの残党。あるいは、あの男の個性(ちから)に連なる者の動きです』

 

 

 

 

神野区のあの夜、難羽は確かにオールフォーワンを細胞の一欠片まで完全に消滅させた。

 

あの魔王は死んだのだ。

 

だが、あれが自身の後継者やバックアップ、あるいは自身の個性のコピーを、この世界のどこかに遺していないという保証はどこにもなかった。

難羽もその最悪の可能性を考慮して鷹見に裏社会の監視を命じていた。

 

 

「……具体的に何が起きている」

 

『ここ数週間、全国各地で連続して個性喪失事件が発生しています』

 

 

ホークスは警察との捜査で集めたデータを難羽に渡す。

真面目に業務に勤しむ彼らには申し訳ないが、オールフォーワンに繋がる案件であれば難羽に聞いた方が早いと彼は判断していた。

 

 

『被害に遭っているのは、いずれも一線級で活躍していた武闘派のプロヒーローたちです。彼らは皆何者かに襲撃され……命こそ奪われてはいないものの、自身の個性を奪い去られています』

 

 

個性の喪失。

それはかつてラグドールが見舞われたのと同じ、オールフォーワンという存在の代名詞とも言える事象である。

 

 

『……似たような個性を奪う、あるいは無効化する能力を持つヴィランが他に存在しないとは言い切れません。しかし』

 

「これほど短期間に、しかも各地を飛び回りながら強力な能力だけを回収しているということは。犯人は最近になってその略奪の力を発現、あるいは譲渡された人間である可能性が高いな」

 

 

難羽がホークスの言葉を先回りして推測を口にする。

 

もし昔からその能力を持っていたのなら、計画的に時間をかけて静かに事を進めていたはずだ。

現在の派手な動きは、圧倒的な力を手に入れたばかりの者の焦りや全能感の表れである。

 

子供が突如として能力に目覚め、無自覚に暴走しているという可能性もゼロではない。

だが、プロヒーローを相手に立ち回り、能力だけを奪って逃走する手際の良さを考えれば、その線は一旦除外して考えるべきだ。

 

 

『ええ、俺もそう推測しています……ですがボス。俺が急ぎで報告を入れたのは、最新の事件の状況があまりに変だったからです』

 

 

ホークスがさらに声を潜める。

 

 

『直近で襲撃された街では……これまでの事件と犯人の行動パターンが違っていたんです』

 

 

難羽は眉をひそめた。

 

 

『これまでの犯人は強力な個性を持つターゲットをピンポイントで襲撃していました。しかし、昨夜襲われた地方の街では……その街の住人、ヒーロー、警察官に至るまで、そこにいたほぼ全員の個性が喪失していました』

 

「……全員?」

 

 

難羽は思考の歯車を回転させた。

 

これまでの犯人の目的は、強力な戦闘用個性の回収であったはずだ。

わざわざ一般市民の平凡な個性まで手当たり次第に略奪する意味がない。

個性を奪うという行為自体にキャパシティの限界があるとするならば、無駄な能力をストックすることは自身の首を絞める行為に他ならない。

 

ならば、なぜ犯人は突如として街ごと個性を奪うという非効率な行動に出たのか。

 

 

『警察の捜査本部は、犯人の能力が暴走したか、あるいはテロリストとしての示威行為だと見ています……ですが、ボスの見解はどうですか?』

 

「示威行為ではないな」

 

 

難羽は即座に否定した。

 

 

「もし示威行為が目的なら、わざわざ辺境の街を選ぶ必要がない」

 

 

難羽はゆっくりとソファから立ち上がった。

 

 

「おそらく犯人はその街にいた特定の人間の個性を狙っていた……だが、それを奪った事実を周囲に、あるいは追及者に悟られないために、カモフラージュとして関係のない全員の個性もまとめて奪い去った」

 

 

木を隠すなら森の中。

特定の能力を奪ったという事実を隠蔽するために、あえて全員から能力を奪うという力技。

 

 

「ホークス。その襲撃された街の正確な所在地を教えろ。今から私が直接データを見る」

 

『……了解しました。データの送信、開始します』

 

 

難羽の視界上に送られたデータが表示される。

そのデータがとあるデータベースとリンクして、その事件被害者が持っていた個性の詳細について引き出す。

 

難羽がアクセスしてリンクさせたのは、国家が厳重に管理する国民の個性登録情報データベースである。

少なくとも戸籍を持った人間の個性のチェックはこれで可能である。

 

もちろんこれだけで全てを判断することは出来ない。

個性の性質の勘違い、戸籍のない人間、偽装登録。

そもそもこのデータベースに難羽以外の不正なアクセスの痕跡がある以上、抹消されたデータも存在する可能性があった。

 

そして表示される老若男女、数百人規模のありふれた個性。

その一つ一つを、難羽の並外れた人工脳の処理速度がスキャンし、ふるいにかけていく。

 

情報の海に潜ってからわずか数分後。

 

彼の視線は、リストの中にある一つの特定の個性データの上でピタリと止まった。

 

 

『個性名称:細胞活性』

『詳細:対象の細胞の働きを活性化させ、負傷や病の進行を急速に回復させる希少な治癒系能力』

 

 

「……これか」

 

 

難羽は私室のソファに身体を預けながら低く呟いた。

 

ここまで奪われてきた個性はどれも強力な戦闘向きのものだ。

そしてそれを隠そうともしない動きに対し、今回は奪った個性の正体だけは隠蔽しようとしていた。

治癒系の能力自体レアであり、それを奪おうとするのは不自然でないにも関わらずだ。

 

これまでの犯人の行動を見れば、他者の個性を複雑に組み合わせて戦う技巧派ではなく、圧倒的な出力で敵をねじ伏せるタイプであることは明白だ。

 

だとすれば犯人がこの個性を必要とし、かつそれを隠蔽しようとした理由は一つしかない。

 

 

「……肉体に致命的なガタがきている」

 

 

強力すぎる個性、複数ストックした能力の負荷に犯人の肉体が耐えきれなくなった。

あるいはそもそも犯人が怪我や病に侵されているか。

 

いずれにせよ崩壊しかけている自身の肉体を修復するため、どうしてもこの細胞活性を必要とした。

 

難羽のプロファイリングは犯人の輪郭を削り出していく。

 

もし、犯人が目当ての細胞活性を奪い、実際に自身の病気や負荷を完治させることに成功したのだとすれば。

その時点で犯人に弱点は存在しなくなる。

わざわざ街の全員の能力を奪ってまで隠蔽工作を行う必要すらなくなるはずだ。

 

にもかかわらず、犯人は隠蔽という面倒な手段を選んだ。

 

結論。

 

 

「……この個性を奪ったにも関わらず、治癒出来なかった」

 

 

なぜ効かなかったのか。

出力が足りなかったのか。

それとも、治癒の対象から外れていたのか。

 

難羽は個性の詳細な発動条件をさらに深掘りした。

 

 

『発動条件:血液型が同じであるA型のみ対象として効果を発揮する』

 

「……なるほど。赤黒血染(ステイン)の個性、凝血と同じ血液型による限定か」

 

 

犯人は自身の崩壊していく肉体を救うために、藁にもすがる思いでこの希少な治癒能力を奪った。

 

しかし残酷なことに、犯人の血液型とは一致しなかった。

 

奪った力が自身に使えないという絶望。

そして、肉体の崩壊は止まらないという事実。

それゆえに、犯人は自身の弱点が露呈することを極度に恐れ、街の全員から能力を奪うという異常な隠蔽工作に走らざるを得なかった。

 

 

「…………」

 

 

違う。

難羽はその結論に納得しなかった。

 

そもそも求める個性ではなかったのなら、持ち主に返せばいい。

そして持ち主を殺せばいい話だ。

そうすれば個性が奪われたと注目されることなく、犯人は次のターゲットを探せたはず。

 

そうしなかったのはなぜか。

 

 

「……治癒系の個性は希少である」

 

 

それはこの超人社会でよく言われる話だ。

難羽はこれに否を唱えたいが、話がずれるのでそれは割愛する。

 

重要なのは治癒系の個性は希少であり、探すのが困難であるということだ。

犯人が治癒系の個性を手に入れたとしても、オールフォーワンが奪った超再生のように、本人が望んだ効果を得られるとは限らない。

 

しかし、もし犯人が確実に自身を癒すことのできる個性を持った人間の居場所が分かったとしたら。

 

 

犯人は現場で得たヒント、つまり次の行き先がばれない様に派手に動いた。

 

 

 

 

「……血縁者」

 

 

 

 

難羽は瞬時にデータベースの検索条件を切り替え、先ほど襲撃された細胞活性の持ち主の血縁関係と現住所を割り出した。

 

 

 

 

「……ホークス。待たせたな」

 

『どうです、ボス。何か分かりましたか?』

 

 

難羽はホークスにデータを送りながら指令を下した。

 

 

「次は、日本の遥か南……那歩島(なぶとう)にそいつは現れる」

 

『那歩島……随分と長閑な離島ですね。そこに犯人の狙うターゲットがいると?』

 

「そうだ。犯人はどうしてもそのターゲットが持つ個性を必要としている。必ずそこへ向かう」

 

 

オールフォーワンの力に連なる略奪者。

ここで警察や公安の手に委ねることも可能だが、後手に回れば、那歩島の住民はおろか、そこに居合わせるかもしれない無関係なヒーローたちに甚大な被害が出ることになる。

何より、個性を複数ストックできるような危険分子を野放しにしておくわけにはいかない。

 

 

「鷹見。筒美は今動けるか?」

 

『ええ。彼女なら、俺のバックアップとして常にスタンバイしていますよ。同じ事務所ですし』

 

「そいつは捕縛する必要があって殺せない。お前たちの権限と力がいる」

 

 

難羽はスーツのジャケットを羽織って立ち上がった。

 

 

「未だ殻木を捕まえることは出来ていないが、奴と犯人は繋がりがあるはずだ。ぶちのめして吐かせる」

 

『了解です……準備を整えてすぐに向かいます』

 

 

難羽は通話を切り、そのまま目を閉じた。

確かにオールフォーワンはあの時自分で殺した。

 

しかし、今も居所の掴めない殻木、そして転弧。

 

 

決着は本当についたのか。

 

 

難羽はオールフォーワンを力を持ったガキだと考えていた。

しかし、それは客観的事実ではなく、自身の怒りや驕りが混ざっていなかったか。

 

 

自身の考える最悪な可能性が、現実へと這い寄っているように思えてならなかった。

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都市の喧騒から完全に切り離された、人気のない港の片隅。

ひどく埃っぽく鉄錆と潮の匂いが混ざり合う暗い廃倉庫だ。

 

剥き出しになった冷たいコンクリートの壁に背中を預け、死柄木は静かに床の染みを見つめていた。

コンプレスを除いた全員がその場にいるが、その全員が疲れ気味の表情だ。

 

 

オールフォーワンという呪縛から逃れた彼らは、敵対する組織を潰しながら自由に生きていた。

 

 

これまでは社会に対するアピール、オールフォーワンの望み通りに動いていた彼らは己が己であるために、ヴィランを選んだ最初の目的を基に動いていた。

勿論、資金源である後ろ盾が無くなったことによって稼がなくてはならないというものもあったが。

 

裏の世界でも信頼出来る闇ブローカー、義爛からの依頼による貯金が死柄木にはあったが、それも装備新調で飛んだ。

今の裏側は巨悪の死によって混沌の中である。

生き残るための投資が必要だと判断した死柄木に、その選択の後悔は無かった。

 

 

そんな倉庫内の静寂が、外から近づいてくる足音によって破られた。

この場に唯一いなかったメンバーであるコンプレスが、外からある人物を案内して戻ってきたのだ。

 

 

「……不潔な場所だ。ここがお前らのアジトか?」

 

 

倉庫に足を踏み入れたその男は周囲の埃っぽい空気を極度に嫌悪するように、神経質で冷ややかな声でそう言い放った。

 

男の顔の下半分は鳥の嘴を模したような赤いペストマスクで覆われている。

首元を飾る豪奢なファーと仕立ての良いスーツ。

その奥から覗く下まつ毛の長い鋭利な瞳には、ヴィラン連合の面々を路傍のゴミ屑のように見下す暗い光が宿っていた。

 

 

指定敵団体死穢八斎會の若頭、オーバーホール。

 

 

彼は巨悪が消え去り混沌とする裏社会の中で、真っ先に拠点を移して息を潜めていたヴィラン連合の居場所を独自の情報網で特定し、自ら接触を図ってきたのである。

 

 

「あら。極道って、生で見るのは初めてだわ」

 

 

マグネが珍しい見世物でも観察するようなミーハーな口調で呟いた。

 

 

「ねえねえ、極道と私たちって、一体何が違うんですか?」

 

 

刃物を指先で弄りながら、トガヒミコが純粋な疑問を口にする。

世間の一般人から見れば、どちらも法を犯す日陰の悪党であることに変わりはない。

 

その疑問に対し、案内役を務めたコンプレスが自身のコートの裾を軽く払い、恭しく一礼をしてから滑らかな口調で歴史の解説を始めた。

 

 

超常黎明期。

まだ法という概念が機能せず、社会の秩序が根底から崩壊していた時代では、単純な暴力を数多く有する者が生態系の上位に立っていた。

 

極道とはその混沌とした時代において、確固たる地盤と組織力を築き上げていた者たちだ

 

しかし、ヒーローという存在が台頭して社会に光が当たるにつれて、彼らは次々と摘発され、解体の波に呑まれていった。

公安の厳しい監視の目から辛うじて逃げ切った者たちも、実質的なヴィラン予備軍として常に息を潜めながらの日陰の生活を余儀なくされているのが現状だ

 

 

コンプレスは手元のステッキを優雅に回し、オーバーホールを示して解説を締めくくる。

 

 

「極道の仁義を通して表のヒーローの道に進んだ者たちがいるのならば……目の前にいる彼らはその波に乗れず裏社会に残った者。いわば、時代遅れの天然記念物さ」

 

「……否定はしない」

 

 

コンプレスの皮肉に対し、オーバーホールは怒りの感情を見せることもなく、ペストマスクの奥で淡々とその事実を肯定した。

 

 

「それで? そんな絶滅危惧種のヤクザの若頭サマが、なぜわざわざ私たちヴィラン連合に接触してきたわけ?」

 

 

マグネが警戒心を滲ませた声で核心を突く。

オーバーホールは清潔な革手袋に包まれた手を軽く払い、倉庫の中心へと一歩踏み出した。

 

 

「今、裏社会におけるヴィランたちの動きはかつてないほどに活発化している……それはオールマイトの引退の影響もあるが、理由はそれだけじゃない」

 

 

オーバーホールの視線が壁に寄りかかる死柄木を一瞥する。

 

 

「オールマイトが華々しい引退を迎えたことで表社会は一時的な安堵に包まれている。だから無闇に暴れ回る単発のヴィランは逆に減っている……問題は、俺たちが生きる裏だ」

 

オーバーホールは言葉に確かな野心の熱を帯びさせた。

 

 

「警察に捕まったわけでもなく、あの仮面アクターによって完全に命を絶たれたというお墨付きを得た、裏社会の絶対的支配者の情報……それはすなわち、彼が長年牛耳っていた巨大な縄張りと利権が、突如として持ち主のいない空き地になったということだ」

 

 

巨悪の死は、平和をもたらすどころか、暗黒街に未曾有の権力闘争を引き起こしていた。

 

現在の裏社会では、その残された巨大なパイの奪い合いが行われているのだ。

ヒーローと戦うことよりも、ヴィラン同士が血で血を洗う抗争を繰り広げることが非常に多くなっている。

 

 

「俺もその一人であり……そしてその中でも、さらに上を見る者の一人だ」

 

 

オーバーホールは隠しきれない傲慢さを孕んだ声で宣言した。

裏社会の支配者。

誰も座っていない次の黒の玉座に座るのは他でもない自分であるという絶対的な自負。

 

 

「……俺はお前たちヴィラン連合の傘下に入りに来たわけじゃない」

 

 

オーバーホールは連合の面々を見回し、明確な見下しの意図を持って言い放った。

 

 

「俺が欲しいのは勢力を拡大し、裏社会で悪名を知らしめているヴィラン連合の看板だけだ」

 

 

彼は自身の壮大な計画を達成するため、莫大な資金と人手を必要としていた。

しかし、コンプレスが説明した通り、ヤクザという組織は公安に厳しく監視されている上、通常のヴィランに比べて投資への見返りが少ないという見方をされている。

結果として裏社会の出資者たちに舐められ、資金が全く集まらないという窮地に立たされていた。

 

 

「……お前ら全員、俺の下に付け」

 

 

だからこそ資金力と影響力を手に入れるための隠れ蓑として、名のあるヴィラン組織を丸ごと力で取り込もうとしていたのだ。

すでに彼の下にいくつもの組織が集まっている。

それがどのような手段だったかは想像に難くない。

 

 

「…………」

 

 

倉庫の空気が一瞬にして凍りつく。

マグネは無言のまま、自身の傍らに置いていた巨大な磁石の鈍器に手を伸ばした。

彼女の指先が武器を覆っていた厚い布のカバーを掴み、重力を従わせるようにゆっくりとそれを引き剥がす。

 

 

自分たちの居場所と自由を求めて集まった彼らが再び他者の支配下に下るなど、到底受け入れられるはずがない。

 

 

「……私たちは、誰の下にも着くつもりはない」

 

 

マグネはオーバーホールを真っ直ぐに睨みつけながら立ち上がった。

これ以上交渉の余地はないとばかりに、深く、ひどく冷たいため息をつきながら、その巨大な磁石を自身の背中へと担ぎ上げた。

その瞳には、自由を脅かす者に対する明確な殺意が宿っていた。

 

 

「……私たちの場所は、私たちで決めるわ!!」

 

 

彼女は自身の背丈ほどもある巨大な磁石の鈍器を両手で力強く構え、オーバーホールに向けて自身の個性を発動させた。

 

 





ここからオリジナル展開が増えます。

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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