ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作) 作:むめい。
クソッ……クソッ……クソッ!!
なんや今の、領域内に居ってなんで必中が当たらんねん!。
なんで真希なんかに負ける筋合いは一ミリもなかったやろがっ!?
(ドブカスが…ッ!)
胸の奥が焼けるみたいに熱い。
喉も、腹も、頭ん中も、全部ぐちゃぐちゃや。
不思議と痛みは…ない。
せやのに、悔しさだけが、まだ生きとる。
……待てや。
「生きとる?」
そうや。今、俺は“考えとる”。
クソやのドブやの、文句垂れとる。
それってつまり──
(生きてるっちゅーことやろが)
死んだはずや。
心臓に刀刺されて、全部終いやと思うた。
せやのに、今、俺はここでキレとる。
悔しがっとる。
思考しとる。
(ほな、終わってへんやんけ)
胸の奥で、何かがグッと形を持つ。
怒りとも、執念とも、意地ともつかん、ドロドロした塊。
そや、終わったんちゃう。
一回、転んだだけ。
負けた?
だから何や。
負けたままで終わるなんて、誰が決めた。
(こっからや。こっから巻き返すんや)
生きとる限り、負けは“途中経過”や。
勝つまでやり直せば、最後は勝ちになる。
単純。
それが、俺のやり方や。
(見とけよ真希……)
どこにおるか知らん。
生きとるかどうかも知らん。
せやけどな、俺はまだ“生きとる"。
まだ終わってへん言うことや。
ほな、始めよか。
「真希ちゃん?」
そう呟いた次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
黒と赤が混ざって、溶けて、引き延ばされて、
音も匂いも感覚も、まとめてどこかに持っていかれる。
(気色悪...なんやねんこれ)
落ちる、という感覚すらない。
ただ、意識だけが引きずられていく。
自分の体がどこにあるのかも分からん。
重さも、温度も、輪郭も、消えていく。
それでも、考えることだけは止まらへん。
(二度と負けへん)
(あっち側に立つんは俺や!)
どこかで、鈴みたいな音がした。
それとも、誰かの声か。
意味は分からん。
せやけど、意識が“掴まれた”感じだけは、はっきりあった。
ぐっ、と引っ張られる。
……息が、入った。
空気が、肺に流れ込む。
勝手に、体が呼吸しとる。
それが妙に生々しくて、気持ち悪い。
(……生き返った?)
まぶたが重い。
開けようとすると、変に力が要る。
前の体より、ずっと小さい。
筋肉の張りも、骨の重さも、まるで違う。
ようやく、うっすらと視界が戻る。
白い天井。
見たことのない模様。
耳に入ってくるのは、女の声と、機械みたいな音。
「……大丈夫ですよ、ほら、元気な声出して」
意味は分かる。
言葉は、ちゃんと頭に入ってくる。
せやけど、その声に向けて返事をしようとした瞬間、
「……あ゛……?」
出たのは、情けない、しゃがれた音やった。
(は? なんや今の声)
喉が細い。
息が浅い。
舌も、口も、思ったように動かへん。
「あれ、泣かないわね?」
泣く?
誰が泣くか。
泣くのは、負けたやつだけや。
そう思った瞬間、勝手に目から水が出た。
(……は?)
止めようとしても止まらへん。
悔しくもない。
悲しくもない。
ただ、体が、勝手に反応しとる。
(クソ……この体、俺の言うこと聞かんやんけ)
女の声が、近くなる。
あったかい何かに包まれる。
胸のあたりに、柔らかい感触。
(抱かれとる……?)
頭の中が、急に冷えた。
(待て。待て待て待て)
視界の端に見えたのは、細い腕。
自分の腕や。
小さすぎる。
力も入らへん。
(……ガキの体やんけ)
理解が追いついた瞬間、
さっきまでの怒りが、別の形に変わった。
(生き返ったんちゃう。“生まれ直した”んか)
転生。
そんな言葉が、頭をよぎる。
アホみたいな話やけど、
今の状況の説明としては、一番しっくりくる。
(……ふざけた話や)
けどな。
体は小さくなっても、
頭ん中の俺は、あの時のままや。
真希に負けた俺。
終わりを拒んだ俺。
もう一回、上に立つって決めた俺。
(なら、条件は一緒や)
場所が変わった。
体が変わった。
世界が変わった。
せやけど、
“勝ちたい”って気持ちだけは、
一ミリも変わっとらん。
女の声が、また耳に入る。
「この子、よく泣くわね」
カスが、泣いとるんちゃう。
体が勝手に水出しとるだけや。
(覚えとけよ)
俺は、また一からやり直す。
何者になるかは、これから決めたらええ。
せやけど、最後に立つ場所だけは、
もう決まっとる。
一番上や。
誰に文句言われようが、
どんな世界やろうが、
最後に“上”に立っとるのは――
俺や!
***
泣く体にも、慣れてきた。
それが一番ムカついた事実やった。
腹減ったら泣く。
眠たかったら泣く。
暑くても寒くても泣く。
俺の意思なんか関係なしに、体が勝手に感情を吐き出す。
そのたびに思う。
(この体、クソ不便やな)
せやけど、頭の中だけはずっと冴えとった。
時間が経つにつれて、少しずつ分かってきた。
ここは、俺のおった世界とちゃう。
呪術師もおらん。
呪霊もおらん。
呪力を使う文化自体が、存在しとらん。
その代わりに、この世界には“個性”っちゅうもんがあるらしい。
成長するにつれて、周りの大人の会話も聞こえるようになった。
「この子、個性出るかしら」
「うちは家系的に移動系が多いから...この子もきっと」
「個性が弱いと将来立派なヒーローになれないからな」
……個性?
家系?
ヒーロー?
アホらし。
そんなもん、呪術に比べたらお遊びみたいなもんや。
(せやけど、この世界ではそれが“術式”なんやな)
強さの定義が違う。
ルールが違う。
戦い方も違う。
でもな。
一つだけ、はっきりしとることがある。
俺は――
“こっち側”(ドブカス)の人間やない。
それに気づいたのは、五歳のときやった。
夜。
家族が寝静まったあと、布団の中で目を閉じてた時や。
ふと、胸の奥が熱なった。
あの感覚。
前の世界で、呪力を練るときの感覚と、そっくりや。
(……まさか)
半信半疑で、意識を集中した。
怒りとか、悔しさとか、あの時の感情を思い出して、
胸の奥を“押す”みたいに、意識を向ける。
ぞわっと、背中を何かが走った。
(来た)
前世と同じ感覚。
重くて、濁ってて、けど確かに“力”やと分かる感覚。
呪力や。
この世界には存在しないはずの力が、
俺の中には、はっきりと残っとった。
(……やっぱ俺は特別なんや!)
笑いそうになった。
いや、笑ったんかもしれん。
暗闇の中で、声も出さんと、歯だけで。
この世界の人間は、個性で戦う。
けど、俺は呪力を持っとる。
つまり。
(俺だけ、世界のルールから外れとる)
せやけど、浮かれるほどアホやない。
すぐ分かった。
この世界で、呪力は“異物”や。
誰も理解せん。
誰も扱えん。
下手に見せたら、化け物扱い。速攻捕まってバラされる。
(隠すしかないな)
せやから、個性が発現するまでは、普通のガキのフリをした。
走るのも、少し抑える。
力も、使わん。
賢すぎることも、隠す。
クソみたいな演技やったけど、
生き残るためには、しゃあない。
で、術式とは別。俺の“個性”が発現した。
周りは「移動系の個性」やと言った。
便利やし、強い部類らしい。
(まあ、表向きはそれでええ)
けどな。
俺は知っとる。
あの個性だけでは、前世の俺には届かん。
応用は効く。
技術も磨ける。
けど、決定打が足りへん。
そこで、呪力と術式の出番や。
夜。
誰も見てへん時間。
俺はこっそり、呪力を練る練習を始めた。
最初は、ただ集めるだけ。
胸の奥から、体の表面に流す。
皮膚の内側に、膜を張るような感覚。
(……なんか懐かしいわ、この感じ)
呪力をまとった瞬間、
体の輪郭が、少しだけ“重く”なる。
拳を握る。
前の体より小さいのに、
中身はちゃんと“俺の力”や。
(この世界の個性と、俺の呪力と術式……組み合わせたら)
考えるだけで、胸が躍った。
応用の効く個性に高速移動。
その途中に、呪力を乗せた一撃。
ただ速いだけの攻撃やない。
重さと、殺意を両立させた攻撃や。
(前より、えげつないもん作れるやんけ)
この世界の人間は、
呪力の存在を知らん。
見えへん。
感じられへん。
つまり。
(俺が何で殴っとるか、分からへんってことや)
理由も分からず、
理屈も理解できず、
ただ“負ける”。
それって、一番惨めな負け方やろ。
学校に通いながら、
表では“個性使いのガキ”。
裏では、“呪力を持った異物”。
二つの顔を使い分けるのは、
正直、楽しかった。
演技は嫌いやけど、
騙すのは嫌いちゃう。
だって、勝つための手段やからな。
ある日、クラスのガキが言うた。
「お前の個性、かっこいいよな!」
俺は、軽く笑って返した。
「当たり前やろ、そこら辺の出来損ないとは訳がちゃうねん」
ガキ相手に威張るのも悪くない。
(見とけ。こっから俺はあっち側にまた立つんや)
この世界は、ヴィランは居るけど至って平和や。
ルールも、秩序も、整っとる。
せやけどな。
どんな世界でも、最後に物を言うのは――
力や。
個性でもええ。
呪力でもええ。
才能でも努力でもええ。
勝ったやつが、正しい。
それだけは、どの世界に行っても、変わらんらしい。
俺は、ゆっくりと準備を進める。
個性を磨きながら、
呪力を隠して育てながら。
この世界で、
“異物”のまま、
一番上に立つために。
(……どこまで行けるか、楽しみやな)