ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作) 作:むめい。
試験が終わってから、数日が経った。
家に戻ってからも、特に何も変わらん。
朝起きて、飯食って、軽く体動かして、あとはぼんやり結果を待つだけや。
不安か言われたら、正直ほとんどない。落ちる可能性もゼロやないけど、あれで落とされたら、それは雄英の方が見る目ないだけやと思っとる。
昼過ぎ、玄関の方で音がした。
ポストに何か入ったらしい。家のもんが取ったのか机の上に置いてあった。
封筒は一枚だけ。
思ったより分厚い。
(合否通知って、もっと薄いもんちゃうんか)
封を切ると、中には紙やなくて、丸い機械が入っとった。
直径は六センチくらい。金属っぽい質感で、表面はつるつるしている。
(……なんやこれ)
試しに机の上に乗せた瞬間、円盤の中心が淡く光った。
空中に、映像みたいなもんが浮かび上がる。
そこに映ったのは、やたら筋肉ムキムキの男やった。
笑顔がでかくて、顔もでかくて、存在感がうるさい。
「私が〜、投影されたーーー!!」
(……誰やねんこいつ)
正直、第一印象はそれだけや。
知らんおっさんが、いきなり空中から出てきて名乗るとか、意味が分からん。
俺は少し首を傾げながら、画面を見た。
「さてと、君の雄英高校ヒーロー科、入学試験の結果を──」
そこで、ようやく分かった。
こいつ、合否を伝える役か。
(会って確かめんと分からんけど……多分。バケモンや)
雰囲気。
それだけで察せられるほどの異常な強さ。
自分を“見せる側”の人間や。
選ばれる側やなくて、選ぶ側に立っとる匂いがする。
オールマイトは、試験内容を軽く振り返りながら、俺の名前を呼んだ。
点数、撃破数、動きの安定性、無駄のなさ。
淡々と評価を並べていく。
「君は、非常に効率的な戦い方をしていた」
(せやろな)
「無駄な動きが少なく、状況判断も早い。戦闘センスは高いと言える」
(それも、分かっとる)
最後に、合否が告げられた。
「──君は、合格だ」
画面の中の男が、でかい歯を見せて笑う。
俺は、特に驚きもせず、ただ一言だけ返した。
「まあ、せやろな」
けど、オールマイトはそこで終わらんかった。
「さて、次に話したいのは“レスキューポイント”についてだ」
レスキューポイント。
人を助けた行動に与えられる点数やと言う。
俺の成績が表示された。
戦闘ポイントは十分。
でも、レスキューポイントの欄は――
0。
「君は、人を助ける行動を一切取らなかった」
オールマイトの声は、さっきより少しだけ低くなった。
「合理的な判断も、時には重要だ。無理に突っ込んで全滅するより、引く判断が正しい場面もある」
(ほらな。分かっとるやん)
「だが──ヒーローの本質は、そこじゃない」
画面の向こうで、オールマイトは真っ直ぐこちらを見ていた。
「人を助けること。人を救うこと。それが、ヒーローだ」
正直、あんまりピンと来なかった。
助けるかどうかは、状況次第やろ。
自分が損する選択を、わざわざ取る意味が分からん。
まあ、ヒーローがそういう役割なんはわかるけど。
オールマイトは続けた。
「君は、確かに強い。だが、今のままでは“戦える人間”であって、“ヒーロー”ではない」
少しだけ、ムッとした。
「オールマイトやっけ?。助けん判断が、常に間違いやとは思わへんで」
画面に向かって、はっきり言った。
「遅いもんが悪い。判断ミスしたもんが悪い。そこを全部拾うのが正解や言うなら、それは“甘やかし”やろ」
オールマイトは、何も言わない。
恐らく録画。意味のない問答やったわ。
オールマイトは少し間を置いてから、静かに言った。
「実はね、君を不合格にする案も出た。しかしだ、それでも私は君を助ける側に立つ人間を育てたい」
そして、最後にこう言った。
「君が“ヒーロー”になれるよう、来るだろ? 雄英!」
画面が消え、円盤はただの機械に戻った。
俺はそれを机に置いて、少し考えた。
(ヒーローの本質、ね)
正直、まだ納得はしてへん。
せやけど、合格したのは事実や。
文句言われる筋合いもない。
「まあ……行くけどな」
強くなれる場所や。
上に行ける場所や。
理由は、それだけで十分やった。
***
それから少しして、高校生活の初日が来た。
雄英の校舎は、試験の時に見たよりも、やたら“日常”っぽく見えた。
人が通って、笑って、喋って、普通に学校しとる。
あんな試験やっといて、中は案外、普通の高校や。
教室を探して歩いていると、扉の前で立ち止まっている男がいた。
緑っぽい髪。
そばかすだらけの顔。
見覚えがある。
(……ああ、あのどんくさいやつか。まあ試験の時は驚いたけど)
そいつは、扉に手をかけたまま、なぜか固まっている。
深呼吸したり、拳を握ったり、また緩めたり。
入るだけやろ。何をそんなに悩むんや。
俺は後ろから近づいて、少しだけ声をかけた。
「邪魔なんやけど」
男はびくっとして、慌てて振り返った。
「えっ、あっ、す、すみません……!」
その顔を見て、思わず口が出た。
「そんな自信ないんやったら、もう帰った方がいいんちゃう?」
試験会場で見た時と同じ、どこか頼りない顔。
俺はそのまま、男を押しのけるようにして、勢いよく扉を開けた。
中では、すでにほぼ全員集まっていて、その中の二人が、やたらでかい声で言い合っていた。
一人は、背筋をぴんと伸ばした、真面目そうなメガネの男。
もう一人は、目つきが悪くて、机に足をかけてふんぞり返っている男や。
メガネの男が、怒ったように叫んでいる。
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や、机の製作者の方々に申し訳ないと思わないのか!」
すると、目つきの悪い男が、鼻で笑いながら言い返した。
「思わねーよ、テメー。どこ中だよ!」
そのやり取りを見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「……品性がないわ」
そう呟きながら、俺は二人の方へ、ゆっくり近づいていった。
ゆっくり近づいていった俺に、二人とも気づく。
メガネの方は、こっちを見て一瞬だけ言葉に詰まった。
目つきの悪い方は、最初から不機嫌そうな顔で睨んできよる。
俺は、二人の間に視線を流しながら、淡々と口を開いた。
「君ら、ヒーローになりに来たんちゃうん?」
二人とも、黙った。
「助けに来たヒーローがな、目の前で言い争いしとったら、助けられる側はどう思うやろな?」
言葉を投げた瞬間、教室の空気が少しだけ止まった。
メガネの男は、はっとした顔で口を閉じ、姿勢を正した。
「……確かに、その通りだ。僕も感情的になりすぎていた」
そう言って、机に足をかけていた男の方を見た。
目つきの悪い方は、舌打ちして俺を睨みつける。
「なんだテメエ!? 俺はそんなこと、どうだっていいんだよ!」
声はでかい。態度もでかい。
けど、中身は単純そうや。
俺は肩をすくめて、軽く笑った。
「俺も、どっちか言うたらどうでもいい派やわ」
そう言ってから、少しだけ間を置く。
「ま、せやけどな。ここにおる間くらいは、“いい子”にしといた方が得やろ」
誰かに好かれたいわけやない。
ただ、無駄に目をつけられるのは面倒やからや。
目つきの悪い男は、まだ不満そうにしていたが、机から足は下ろした。
メガネの男は、何度か深くうなずいている。
(話、通る方と通らん方、はっきりしとるな)
それ以上、二人と関わる気はなかった。
俺はそのまま視線を切って、教室の中を見回した。
空いている席は、後ろの方に一つ。
窓側で、外の様子も見やすい。
(多分ここやろ)
俺はそこまで歩いていって、椅子を引き、座った。
カバンを足元に置いて、軽く背もたれにもたれる。
教室の中は、まだ少しざわついている。
自己紹介が始まる前の、妙に落ち着かん空気。
さっき扉の前で固まっていた、そばかすの男も入ってきて、キョロキョロしながら席を探していた。
(……あいつ、ここでも落ち着きないな)
まあ、どうでもええ。
同じクラスになっただけで、仲間になったわけやない。
ここは、競争する場所や。
並ぶ場所やなくて、抜く場所。
俺は窓の外を見ながら、心の中で一つだけ決めた。
この教室にいる間は、
“ヒーロー”の顔も、
“生徒”の顔も、
必要な分だけ使う。
せやけど最後に立つ場所は、最初から決まっとる。
──上や。