ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作)   作:むめい。

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5話

 

教室の前の方で、女の声が弾んでいた。

 

「今日って、式とかガイダンスだけかな?」

「先生って、どんな人なんだろうね。緊張するよね」

 

どっちも、同じ女が喋っとる。

丸い顔で、表情がころころ変わるやつや。

その横で、緑の髪のそばかす男が、耳まで赤くしながら、もごもご頷いとる。

 

(……ああいうの、見とるだけで疲れるわ)

 

会話というより、一方的な投げつけや。

受け止める側は、ただの壁やな。

 

その時、教室の外、廊下の方から、だるそうな声が聞こえた。

 

「……お友達ごっこがしたいなら、他でやれ」

 

扉の向こうを見た瞬間、教室中の視線が一斉にそっちに向いた。

 

廊下に、寝袋に包まれた小汚いおっさんが、転がっとる。

無精ひげ。ぼさぼさの髪。死んだ魚みたいな目。

 

「ここは……」

 

一拍置いて、低い声が続く。

 

「ヒーロー科だぞ」

 

教室の空気が、一気に冷えた。

 

「……なんか、いるぅぅ」

 

クラス中が小さく呟いた。

 

(あれが先生か?)

 

正直、見た目だけなら、ホームレスと区別つかん。

けど、逆に言えば、見た目と中身は一致せんっちゅうことや。

 

(やっぱ、発動型は見た目だけじゃ個性分からんな)

 

おっさんは、寝袋から体を起こしながら言った。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました」

「時間は有限。君たちは、合理性に欠くね」

 

淡々とした口調やのに、妙に刺さる言い方やった。

 

「担任の相澤消太だ」

 

誰も拍手せん。

誰も歓迎せん。

ただ、全員が様子を窺っとる。

 

相澤先生は、どこかから体操服を取り出した。

 

「早速だが、これ着てグラウンドに出ろ」

 

ざわっと、教室が揺れた。

 

***

 

グラウンドに出た瞬間、さっきまでの教室より、さらに騒がしくなった。

 

「え、なにこれ!」

「まさか……」

 

クラスが叫ぶ。

 

「個性把握テストぉ!?」

 

その声に被せるように、さっきの丸顔の女が前に出た。

 

「入学式は? ガイダンスは!?」

 

相澤先生は、だるそうに目を細める。

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出てる時間はないよ」

 

その言葉に、何人かが息を呑んだ。

 

「雄英は、自由な校風が売り文句だ」

「そしてそれは、先生側も然り」

 

そう言いながら、手元の紙を見て...

 

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、五十メートル走、持久走……」

「中学の頃からやってるだろ。個性禁止の体力テスト」

 

(……なるほどな)

 

入学式も、歓迎も、建前だけ。

ここは最初から、“使えるかどうか”を見る場所や。

 

(嫌いやない。むしろ、話が早い)

 

俺は、軽く首を回しながら、周りを見渡した。

 

緊張しとるやつ。

はしゃいどるやつ。

自信満々なやつ。

不安で顔が引きつっとるやつ。

 

その全部が、これから数字で並べられる。

 

(さて……)

 

この“個性把握テスト”で、

誰が上で、誰が下か。

 

相澤が、名簿みたいなもんを手元でめくった。

 

「……禪院」

 

呼ばれて、少しだけ顔を上げる。

 

「中学の時、ソフトボール投げは何メートルだった?」

 

正直、そんなもん覚えとらん。

 

「いちいち覚えてへんよ」

 

相澤先生は、そうか、という顔で頷いた。

 

「……まあ、平均は五十メートルくらいだ」

「禪院、個性使ってやってみろ」

 

ボールを手渡されながら、内心で舌打ちする。

 

(手の内、晒すつもりはないんやけどな)

 

けど、この場の空気を見て、すぐ判断を変えた。

ここで半端にやったら、舐められる。それだけは許せん。

 

(……ここは、本気でやった方が良さそうや)

 

ボールを握る。

指に、軽く力を込める。

 

まず、呪力を体の内側に巡らせる。

筋肉の奥、関節、骨の芯。

重さと張りを、全身に行き渡らせる。

 

次に、術式。

足。

腰。

肩。

腕。

手首。

 

それぞれの動きを“区切って”、理想の動作に合わせる。

投げる、という一瞬の動きを、何十ものコマに刻む。

 

(速さと、重さ。両方乗せたら……)

 

踏み込む。

地面が、少しだけ沈んだ気がした。

 

腰が回る。

肩が開く。

腕が走る。

手首が、弾ける。

 

次の瞬間、ボールは視界から消えた。

 

音が遅れて来た。

「バンッ」と、空気が裂ける音。

 

クラス中が、ぽかんと空を見上げとる。

誰も、ボールの軌道を追えてへん。

 

相澤先生は、手元の端末を操作して、クラスの方に向けた。

 

画面に表示されていたのは――

 

【1268m】

 

一瞬、静かになって、次の瞬間、爆発みたいに声が上がった。

 

「なんだこれ!? スゲー!」

「面白そう!!」

「個性、思いっきり使えるんだ!」

「さすがヒーロー科!!」

 

……やかましい。

 

相澤先生は、少しだけ眉をひそめた。

 

「面白そう……か」

 

ざわつきが、少しだけ収まる。

 

「ヒーローになるための三年間を、そんな腹づもりで過ごすつもりか?」

 

声は低い。

さっきより、少しだけ重い。

 

「よし」

「トータル成績、最下位の者は“見込みなし”と判断する」

 

全員が息を止めた。

 

「――除籍処分としよう」

 

一拍置いて、教室と同じくらい、いや、それ以上に空気が凍った。

 

「はあぁぁ!?」

 

悲鳴みたいな声が、あちこちから上がる。

 

「いきなりそんな!」

「入学初日なのに!?」

 

相澤は、まったく動じない。

 

「ここは、ヒーローを育てる場所だ」

「遊びに来た奴の席は、最初から用意してない」

 

その言葉を聞きながら、俺は軽く肩を回した。

 

(……なるほどな)

 

競争。

序列。

切り捨て。

 

ようやく、話が“分かる場所”になってきた。

 

周りが焦って、ざわついて、顔色変えてる中で、俺は一つだけ言った。

 

「俺は、パスさせてもらうわ」

 

相澤先生が、ちらっとこっちを見る。

 

「……どういう意味だ?」

「興味ないだけです。それに俺の強さ、相澤先生もよう知ってるんちゃいます?」

 

その一言が落ちた瞬間、空気がまた一段、重くなった。

 

相澤は、少しだけ目を細めて俺を見る。

 

「……時折いるんだよ」

 

声は低く、眠そうなのに、芯だけはやたらはっきりしている。

 

「お前みたいに、“自分が一番強い”って本気で思ってる馬鹿がな」

 

クラスのあちこちから、小さく息を飲む音がした。

視線が、一斉に俺に集まる。

 

俺は、ちょっとだけ口角を上げた。

 

「馬鹿で結構やわ」

「賢く負けるくらいなら、アホみたいに勝つ方が性に合うねん」

 

わざと、軽い調子で言ってやる。

 

「先生の言う“強い”が、どの程度かは知らんけどな。少なくとも、ここにおる中じゃ、俺より上は見当たらへん」

 

相澤の眉が、ほんのわずか動いた。

 

「……なるほど。それは俺も含めて言ってんのか?」

 

相澤先生が一歩、前に出る。

 

「よし。こういうのも、俺の役目だ」

「模擬戦としよう、なんならクラス全員対俺だけでもいい」

 

クラスが、どよっと揺れた。

 

「え、戦うの!?」

「いきなり先生と!?」

 

相澤は、後ろも振り向かずに言う。

 

「お前らも見とけ。プロのヒーローってのが、どういうもんか」

 

その言葉で、完全に“やる流れ”になった。

 

俺は一瞬、前に出ようとして――そこで、止まった。

 

そして、少しだけ苦笑いみたいな顔をして言った。

 

「……相澤先生、意外と冗談通じへんのやね」

 

相澤が、ぴたりと動きを止める。

 

俺は、肩をすくめた。

 

「別に、今ここで殴り合いたいわけちゃうねん」

 

内心では、別のことを考えていた。

 

(ここでやってもええけど……正直、面倒やわ)

 

勝てるかどうか、やない。

戦わんでええ戦いは避ける、単純にダルいからや。

 

(手の内をこれ以上、無駄に晒す意味もないし)

(負けた腹いせに成績下げられてもダルいし、目つけられんのも面倒や)

 

俺は、軽く手を振った。

 

「今日は、テストしに来たんやろ」

「先生とケンカしに来たわけちゃうねん」

 

相澤は、しばらく俺を見ていた。

さっきまでの“試す目”と違って、今は“測る目”や。

 

やがて、小さく息を吐いた。

 

「……逃げた、とは言わない」

 

そう言って、視線をクラス全体に戻す。

 

「だが、覚えておけ」

「ヒーロー同士は連携も大事だ、手の内晒さないのも結構だが...それじゃいつか足元すくわれるぞ」

 

俺は、心の中で鼻を鳴らした。

 

(なんや、バレとったか)

 

勝つために隠す。

上に立つために隠す。

ドブカス共に俺の動きなんて読めへん。

 

けど、それを今ここで言うほど、ガキでもなかった。

 

「……はいはい。覚えときますわ」

 

そう言いながら、元の位置に戻る。

 

クラスの視線が、まだちらちらと刺さるけど、どうでもええ。

 

(そのうち分かるやろ)

 

俺が“どの位置”に立つ人間なのか。

 

「じゃあ禪院も戻ったことで、始めるぞ」

 

相澤の一言で、個性把握テストが本格的に動き出した。

 

以降の流れは、正直言って退屈やった。

 

立ち幅跳び、五十メートル走、反復横跳び、握力、持久走。

やることは中学の頃と大差ない。

ただ一つ違うのは――“個性を使っていい”って点だけや。

 

俺は、術式も呪力も封じた。

使ったのは“個性”だけ。

これまでに保存してきた、一番無駄がなくて、一番速くて、一番安定した“動き”だけを再生する。

 

跳ぶときは、最適な踏み切り角度。

走るときは、最小のロスで前に進むフォーム。

曲がるときは、減速を最小限に抑える重心移動。

 

全部、“成功した瞬間”だけを繰り返す。

 

結果、数字はそこそこ。

飛び抜けてもない。

沈みもしない。

上位でもなく、下位でもない。

 

(……まあ、こんなもんでええ)

 

目立ちすぎると面倒。

埋もれると、それはそれで腹が立つ。

“まずまず”って位置が、今の俺にはちょうどよかった。

 

途中、少しだけ空気が変わった場面があった。

 

ソフトボール投げの番で、あのそばかすの男――緑谷出久の順番になった時や。

 

最初は、例によってどんくさそうに構えていた。

腕も細いし、構えも不安定。

このそばかす君、入試の時みたいな超パワー使ったら動けんなるみたいやし、まさに木偶の坊やな。

 

(どうするんやろ)

 

このまま行ったら確実に最下位、ここで使って後を捨てるか、使わず運に任せるんか。

 

緑谷はボールを握って、肩をすくめるみたいに息を吸った。目が一瞬だけ鋭くなって、体の内側で何かを“点火”しようとするのが分かった。あの感じ、入試の時と同じや。無理やり火力をねじ込む直前の、変な決意の顔。

 

(やる気か、そばかす)

 

――と思った瞬間。

 

ボールは、普通に飛んだ。

 

拍子抜けするくらい普通。中学生でも出せるような距離で、勢いも音も地味やった。クラスの連中も「あれ?」って顔をして、ざわつきが中途半端に引っ込んだ。

 

緑谷だけが、投げた手を見下ろして固まっていた。唇が動く。

 

「……今……確かに、使おうって……」

 

その小声に、相澤が淡々と答える。

 

「個性を消した」

 

一瞬、頭が止まった。

いや、止まったのはクラス全体や。さっきまで騒いでた連中が、全員まとめて黙った。

 

(個性を……消した?)

 

言葉の意味は分かる。分かるけど、納得はできへん。そんなもん、ルールとして成立してもうたら、何でもありになる。

 

(なんやねんそれ。チートやろ)

 

視線だけで相澤を見る。首の周りに巻いた布みたいなんが、少しだけ揺れとる。あれが武器か。個性か。どっちにせよ、気に入らんタイプの“便利さ”や。

 

俺は、表情を変えずに心の中だけで計算した。

 

(これ、術式にも効くんか?)

 

もし“個性だけ”を消すならまだマシや。

けど、相澤の能力が「相手の“超常”を止める」方向なら、呪力や術式にまで手が伸びる可能性がある。

 

(適応されるんやったら……ちょっと厄介やな)

 

別に今ここで全部晒すつもりはない。けど、目の前に「封じる」って概念を持ったやつがいるなら話は変わる。勝つための選択肢が減るってことやからな。

 

緑谷は、明らかに動揺していた。けど、それでも諦めへん。あいつ、どんくさいくせに、変な粘りだけはある。歯を食いしばって、もう一回ボールを握り直す。腕を上げて、息を整えて、今度は“全身”じゃなく“指先”だけに何かを集めようとしているのが見えた。

 

(ああ……そういうタイプか)

 

無茶の仕方を変えることで、なんとか形にする。

不器用な正攻法。好きにはなれんけど、嫌い切れもしない。たぶん、そういう種類の人間や。

 

次の投球。

今度は、ほんの一瞬だけ空気が鳴った。爆発みたいな派手さはないけど、さっきより明らかに伸びる。緑谷は投げ終わった瞬間、指を押さえて顔をゆがめた。痛みをこらえてるのが丸分かりで、見てるこっちが腹立つ。

 

(結局数回使ったら木偶になるんは変わらんやんけ)

 

数字は、ギリギリ“最下位回避”ってところ。クラスがまたざわつき始める。すげーだの、怖いだの、よく分からん歓声が混じる。

 

結局、それから先は淡々と続いた。俺は俺で“複写”だけを使って、目立たず、沈まず、必要な点だけ確保していく。相澤の視線が時々こっちに刺さるのは分かるけど、刺さったところで何も落ちへん。俺は、落ちる側に回る気がない。

 

(ま、今日はこんなもんでええわ)

 

ただ一つだけ、頭に残った。

 

個性を消す。

便利で、卑怯で、面倒な能力。

 

(先生ってのは、ほんま碌な力持っとらんな)

 

口には出さん。出したら余計に面倒が増える。

けど、心の中ではちゃんとメモった。

 

あの目。

あの布。

あの「消した」の一言。

 

もしおれがまけるようなことがあれば...。

その可能性だけは、最初から潰し方を考えとかなあかん。

 

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