ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作) 作:むめい。
午前中の普通の授業が終わった。
板書と小テストと自己紹介の延長みたいな時間。雄英でも、こういう退屈は避けられんらしい。
昼になって食堂へ流れる。俺は弁当を用意する気が最初からない。朝からそんな勤勉さを発揮するくらいなら寝とる方がマシや。
食券を買って、適当にトレーに乗せる。座って一口。
(……まあまあやな)
期待してなかった分、悪くない。味は合格。効率も合格。わざわざ自分で用意する必要はない。
周りはやたら賑やかで、笑い声と椅子の音が混ざって、食堂の空気は落ち着かん。けど、そんなもんは背景や
***
午後の授業。教室に戻って、椅子に腰を下ろしたところで。
ドアの向こうから、聞き覚えのある暑苦しい声が突き刺さった。
「わーたーしーがー!!」
次の瞬間、普通にドアから入ってきた。
クラスがざわつく。
「普通にドアから来た!」
入ってきたのは、あの筋肉の塊。
俺は、反射で眉が動いた。
(またあんたか)
けど、目は勝手に観察しとる。
体格、立ち姿、空気の圧。笑顔の裏の余裕。録画の時よりも“生”の方が濃い。近くで見ると、あれはただの派手な人間やない。鍛え方が違う。纏ってるオーラが、鈍い照明みたいに周囲を押し上げる。
(……結構やるな)
オールマイトは教卓の前で大きく腕を振り上げた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う課目だ!!」
声がでかい。教室が揺れる。
そして畳みかけるように、
「早速だが今日はこれ!戦闘訓練!!」
クラスが一段うるさくなる。
オールマイトは教室の左側へ移動した。わざとらしいくらい芝居がかった動きで、壁の方を指差す。
「そしてそいつに伴ってこちら!」
壁が開く。機械の音がして、箱がずらっと出てきた。
箱にはクラス全員分の番号が刻まれている。
「入学前に送ってもらった個性届けと要望に沿ってあつらえた!」
「コスチューム!!」
一瞬、空気が跳ねた。
俺は腕を組んで眺める。こういう“盛り上げ装置”は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、はしゃぐ気にもならん。
「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!」
***
場面が切り替わる。グラウンドβ。
更衣室を出た瞬間、視界が派手に染まった。全員、色も形も主張が強すぎる。
俺は、思わず口が出た。
「みんな派手やね。そんな目立ちたいん?」
オールマイトが笑う。
「ヒーローは目立ってナンボさ!禪院少年も目立ってるぜ!?」
俺のコスチュームは、和服。
前世でも着ていた形に近い。腕の動きが邪魔されない。足運びも狂わない。肌に馴染む。
結局これが一番しっくりくる。余計な装飾で自分を誤魔化す趣味もない。
その横で、そばかすがもぞもぞしている。
緑谷のコスチュームは、正直、視界に引っかかる。
俺は、普通に言った。
「それにしても緑谷君やったっけ。君のコスチューム、ダサすぎやろ。もっとマシなんなかったん?」
緑谷が固まる。言い返すより先に、隣の丸顔が口を挟んだ。
「なんでそんな事言うん。デク君かっこいいよ?地に足着いたって感じで」
俺はお茶子に視線を向ける。
確かに、この子は似合ってる。体の線も動きやすさもちゃんと考えた感じがする。ピッチピチや。
「君は逆に似合ってるわ。ええ乳しとる」
言った瞬間、空気が一回ひっくり返った。
お茶子の顔が真っ赤になる。
「急なセクハラ発言!?」
俺は特に悪びれない。事実を述べただけや。
オールマイトが手を叩いて、場を戻す。
「いいか諸君!これから行うのは屋内での対人戦闘訓練!」
「2対2の屋内戦だ!」
細かい説明が続く気配がしたけど、俺は要点だけ拾う。
コンビ相手と相手チームはランダム。屋内で戦う。勝利条件がある。
要するに、頭も使えってことや。
そして組み合わせが決まった。
俺の相方は緑谷。
相手は、爆豪と飯田天哉。
(……よりによって)
爆豪は火薬みたいな目でこっちを見ている。飯田は真面目そうに背筋を伸ばしている。
緑谷はと言うと、緊張で顔が硬い。
俺は、軽く釘を刺した。
「足引っ張らんといてな。まあ言うても変わらんけど」
緑谷が慌てて頷く。
「う、うん。頑張るよ」
(頑張る、ね)
頑張りで勝てるなら、世の中もっと楽や。
けど、こいつはたまに変な爆発をする。入試で見た、あの一撃。
使い方さえ間違えなければ、かなり強い。問題は、間違える確率が高いことや。
俺は一度だけ深く息を吸う。
和服の袖が、風を少し含んで揺れた。
(ほな、見せてもらおか。雄英の“戦闘訓練”ってやつを)
数階建てのビルに入る。
内部はコンクリと鉄骨むき出しの、いかにも“壊していい”造りやった。
合図と同時に戦闘開始。
俺は、周囲を軽く見回す。
音、反響、床の感触、空気の流れ。
だいたい分かったところでふっと考えが浮かんだ。
(適当にやってもええけど……正直、力隠す必要あるんかって思うてきたわ)
強くなるために来た。
勝つためだけやなく、上に行くために。
使わん力は腐るだけや。
(使わんかったら、成長もクソも無いやろ)
俺は歩きながらぽつっと言った。
「ガキ相手に本気出すんは癪や。軽めに行くで」
後ろで緑谷が、素っ頓狂な声を出す。
「同い年なのに!?」
俺は振り返らん。
「年の話ちゃう。質の話や、バカなん?」
そのまま、体の奥に意識を落とす。
呪力は、使わん。
あれは“重さ”が違いすぎる。
並の人間に当てたら、骨どころか中身まで潰れる。
教師も見とる中で、そんなもん出したら面倒が増えるだけや。
(今日は、術式だけで十分や)
投射呪法。
自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追い(トレース)する術。
全部を一コマずつに区切る。
次に来る“正解の動き”を、無理やり未来から引っ張ってくる。
(まずは、加速や)
床を蹴る。
次の瞬間、体が“跳んだ”感覚になる。
速く動いたんやない。
“速く動く動作”を、強制再生しただけや。
風が、遅れて背中を叩く。
壁が、横に流れる。
緑谷の声が、後ろからワンテンポ遅れて届いた。
「え、な、なに今の!?」
俺は走りながら答える。
「軽め言うたやろ。まだ遊びや」
もう聞こえてへんやろけど。
視界の奥に、爆豪の気配。
荒い足音。
怒りの熱。
あいつは、隠す気がない。分かりやすい。
(ほな、まずはあっちやな)
角を曲がる。
投射のコマを、もう一段細かく刻む。
二十四分割。
一つ一つに、“最短で相手の懐に入る動き”を流し込む。
爆豪が、火花を散らしかけた瞬間。
俺は、もう目の前におった。
「……は?」
爆豪の目が見開かれる。
拳を振り抜く前に、俺はその“振り出す直前の姿勢”だけを見て、理解した。
(その動き、大雑把やな)
体を半歩ずらす。
ただそれだけで、爆豪の爆風は空を切った。
熱だけが、頬をかすめる。
俺は、軽く拳を当てる。
殴る、というより“置く”。
それだけで、爆豪の体は壁に叩きつけられた。
「がっ……!」
壁が少しへこむ。
骨は折れてへん。
呪力を使ってないからな。
(ほら。軽めやろ)
俺は倒れた爆豪を一瞥してから、後ろを振り向いた。
ちょうど緑谷が息を切らしながら追いついてくる。
「そいつ、捕獲しといて」
一瞬だけ目を合わせる。
「……それくらいは、できるやろ?」
緑谷は一拍遅れて、慌てて頷いた。
「う、うん! やってみる!」
返事を聞く前に、俺はもう走り出していた。
目的は一つ。
仮の“核爆弾”が置かれているフロア。
階段を駆け上がる。
投射のコマを維持したまま、無駄のない角度で曲がる。
息も乱れない。体も重くならない。
フロアに出た瞬間、正面に一人立っていた。
飯田天哉。
背筋を伸ばして通路の中央に陣取っている。
俺は足を止めずに口だけ動かした。
「君も移動系の個性らしいけど」
視線を流す。
「完全に俺の劣化やな。足だけ速うても、仕方ないわ」
飯田の眉が跳ね上がる。
「口が悪いぞ!? 君!」
その声を聞きながら、俺は少しだけ笑った。
「ほな、終わらせよか」
同時に視線を天井と壁に走らせる。
監視カメラの位置。
角度。
一番カメラ映りがいい場所。
(……あそこか)
投射のコマを、一気に“攻撃用”に切り替える。
踏み込む。
床が、また少しだけ沈んだ気がした。
飯田が動き出すより、ほんの一瞬だけ早く。
俺はもう、懐に入っていた。
拳を振る。
一発。
四発。
八発。
──二十四発。
速さと正確さを兼ね備えた動き。
殴りながら、カメラ目線でゆっくり髪をかき上げる。
飯田は、反撃する暇もなく、壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
俺は、そのまま彼の前を通り過ぎる。
飯田は、もう立ち上がれなかった。
壁にもたれたまま、ずるずると座り込む。
俺は歩く速さを落として、部屋の中央へ向かう。
そこに置かれていたのが、仮の“核爆弾”。
触れる。
ただ、それだけ。
次の瞬間、スピーカーからオールマイトの声が響いた。
「ヒーローチーム、WIN!!」
館内に、終了の合図が流れる。
俺は爆弾から手を離して、軽く首を回した。
(……まあ、こんなもんやな)
***
モニタールームに戻った瞬間、空気が弾けた。
「禪院お前スゴすぎだろ!!」
「一瞬で二人とも無力化しちまったし!」
「てか最後のカメラ目線なに!?」
声が四方八方から飛んでくる。
うるさい。とにかくうるさい。
俺は耳を軽く掻きながら、だるそうに言った。
「あーあー、やかましいわ……」
一息ついて肩をすくめる。
「カメラ目線? ファンサやファンサ」
一瞬、ぽかんとした空気が流れて次の瞬間、また笑いと騒ぎが広がった。
オールマイトが腕を組んで大きく頷く。
「今戦のベストは、禪院少年だな!」
声が部屋に響く。
「理由は明白!核と建物に一切被害を与えず、ヴィラン二名を即無力化!」
「さらに、市民へのサービスも忘れない!」
「素晴らしい戦いだった!!」
それを聞いたクラスの連中が、ざわざわし始める。
「あれ、そういう意味だったんだ……!」
「流石だぜ禪院!」
「もうヒーローの心得があんのかよ!」
俺は内心で首を傾げた。
(いやそんなつもり、ミリも無かったんやけどな……)
カメラ目線は、ただの気まぐれ。
サービス精神でも何でもない。
単に「映るなら、ちゃんと映っとくか」くらいのノリや。
けど。
(まあ、評価上がるなら何でもええわ)
誤解でも、演出でも、結果が良けりゃ文句はない。
どう思われようが、俺の位置が上がるならそれで十分や。
その後も、戦闘訓練は続いた。
氷の個性のやつが、建物ごと凍らせて勝ったり。
物体を生み出す個性のやつもおったな...顔も乳もええ女やったわ。
他には頭使わず突っ込んで、普通に負けるやつもおった。
正直。
(あとのやつ、しょぼすぎて覚えてへん)
派手なだけで雑。
力はあるけど、使い方が雑。
考える前に動いて、結果だけ見て喜んでる。
見てて思ったのは、一つだけ。
(……ヒーローごっこ、ほんまにご苦労さんやな)
この中で、
誰が“残る側”で、
誰が“消える側”か。
答えは、もうだいたい見えてきとった。