ドブカス(本物)のヒーローアカデミア (前作) 作:むめい。
学校の門の前に人だかりができとった。
登校する生徒より明らかに大人の数が多い。カメラ、でかいマイク。空気がうるさい。
(……なんやこれ)
そのまま無視して通ろうとした瞬間、横からマイクが突き出された。
「オールマイトの授業、受けてみてどうでした!?」
声がでかい。距離が近い。息も暑苦しい。
(マスコミか。ダル)
足は止めへん。視線もやらん。
(無視一択やろ、こんなん)
背中に何か言われとった気もするが、聞く気もなかった。
***
教室に入るといつも通りの空気やった。
昨日の戦闘訓練の話で、あちこちがざわついとる。
席に座ったところで、相澤先生が前に立った。
「昨日の戦闘訓練、お疲れ」
黒板に何も書かず、淡々と続ける。
「Vと成績、全部見させてもらった」
一瞬だけ、教室の空気が締まる。
「そのことで……禪院」
呼ばれて、顔だけ上げる。
「ちょっと来い」
俺は椅子を引いて、何も言わずに立った。
教室の外へ出ると、廊下は静かやった。
相澤先生が壁にもたれて、こっちを見る。
「お前の個性は“複写”」
「自分が過去にとった行動を、もう一度再現する。だったよな?」
「まあ、そんな感じですわ」
「じゃあ聞く」
目が細くなる。
「あの超スピードはなんだ」
俺は一拍だけ置いた。
「個性の応用ですよ。なんもやましい事はあらへん」
相澤先生は、しばらく黙って俺を見る。
探る目や。
「…」
「俺は担任だ。生徒の育て方も、俺が考えてる」
「強くなりたいんじゃないのか?」
心の中で、鼻で笑った。
(馬鹿正直に言うても、なんやそれで終わるだけやろ)
どうせ全部話す気もない。
それっぽい答えを出して、納得させとくのが一番楽や。
俺は少しだけ視線を逸らしてから、言った。
「……俺の個性、複写は発動したら最後まで別の行動できひん」
相澤の眉が、わずかに動く。
「でも、キャンセルはできるねん」
続ける。
「一回動き出したあとでキャンセルすると、その“行動の終わり”までが一瞬で処理される」
「だから、外から見たら超スピードみたいに見えたんとちゃいます?」
廊下に、短い沈黙が落ちた。
相澤先生は、じっと俺を見ている。
信じたかどうかは、顔からは読めへん。
「……なるほどな」
それだけ言って、視線を外した。
「理屈は通る」
でも納得しきってない目や。
ああめんど...こういうやつがいっちゃん嫌いやねん。
「急に呼び出してすまなかった。戻るぞ」
それだけ言ってさっさと教室へ向かう。
俺は一歩遅れて、その背中についていった。
教室に戻ると空気が微妙に静かやった。
全員何も言わんけど顔に書いとる。
(何の話してたんやろ?)
(もしかして怒られてたり?)
(やっぱ特別扱い?)
そんな視線が机や肩に刺さる。
相澤先生は気にもせず、教卓に立った。
「さて、ホームルームの本題だ」
一拍置く。
「急で悪いが今日は君らに……学級委員長を決めてもらう」
一瞬、間があって。
「「「学校っぽいの来たー!!」」」
教室が一気に騒がしくなる。
「ウチやりたいっす!」
「リーダーやるやる!」
好き勝手に声が飛ぶ中前の方で椅子が音を立てた。
「静粛にしたまえ!」
飯田が立ち上がって眼鏡を光らせる。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ!」
「やりたい者が、やれる物では無いだろう!?」
やたら気合いが入っとる。
「これは投票で決めるべき議案!」
そう言いながら、飯田自身も手を真っ直ぐ上げていた。
(言うてることと、やってることズレとるやん)
結局投票で決まることになった。
紙が配られて、そこに名前を書いて回収。
もちろん俺は自分に入れた。
少しして、相澤先生が黒板に正の字を書いていく。
禪院 五票
八百万 二票
あとは、だいたい一本ずつ。
結果。
委員長 禪院直哉
副委員長 八百万百
教室がざわつく。
「禪院、強えしな」
「まあ納得」
「八百万は推薦組だしね」
視線がまた俺に集まる。
正直驚きはない。
「まぁ当然の結果やね」
黒板の前で軽く腕を組んだ。
「俺がリーダーになるんは当たり前や」
横の方を見ると、八百万が少し戸惑った顔で立っている。
真面目そうで、育ちも良さそうな空気や。
俺は、軽く声をかけた。
「よろしく、桃ちゃん?」
八百万が一瞬だけ目を丸くしてから、姿勢を正す。
「……はい。よろしくお願いします、禪院さん」
(堅いな。まあええわ)
***
昼。
学食。
今日は和食を選んだ。
白飯、味噌汁、焼き魚。無難やけど安定する組み合わせ。
箸を取って、一口。
(……まあ、悪くない)
派手さはないけど、失敗もない味。
委員長がどうとか、副委員長がどうとか、そんな話は頭の端に追いやって俺はただ飯を食った。
その時、警報が食堂の天井を叩き割るみたいに鳴り響いた。
『ウーーー……ウーーー……』
『セキュリティレベル3が突破されました』
『生徒の皆さんは、すみやかに屋外へ避難してください』
一瞬、時間が止まったみたいになって――
次の瞬間食堂がひっくり返った。
椅子が倒れる音。
トレーが落ちる音。
叫び声と足音が、床を叩きまくる。
「なに!?」
「ヴィラン!?」
「早く行けって!!」
人が一斉に立ち上がって出口に向かって雪崩れ込む。
俺はと言うと、まだ箸を持ったままやった。
(……うるさ)
非常放送なんて、どうせ訓練か誤作動やろ。
そう思いながら、魚の身をもう一口。
その瞬間。
ドンッ、と背中に衝撃。
誰かの肩が、思い切りぶつかってきた。
トレーが跳ねて白飯と味噌汁が床にぶちまけられる。
「……あ?」
視線を落とす。
床に散らばった飯。
割れた茶碗。
汁が靴の先にまで飛んでいる。
頭の奥で、何かがぷつっと切れた。
俺は立ち上がって叫んだ。
「ドブカスがっ!!」
「誰やねん今ぶつかったヤツ!!名乗り出ろや!!」
けど、声は全部、パニックに飲み込まれた。
悲鳴。
怒鳴り声。
放送の残響。
誰も俺の方なんか見てへん。
全員、自分が助かることしか考えてない。
(……クソが)
立ち上がったせいで、俺も流れに捕まった。
人の波に押されて、出口の方へ強制的に運ばれる。
肩が当たる。
肘が刺さる。
背中を押される。
「ちょ、押すな!」
「前止まってるって!」
周りもからずっとそんな声が聞こえる。
人の塊がただ前へ前へと動いていく。
気がついたらぎゅうぎゅう詰めやった。
身動きが取れへん。
腕も上げられへん。
呼吸すら、少し苦しい。
(……最悪やな)
こういう状況が一番嫌いや。
理屈も、判断も、通らん。
ただの数の暴力や。
誰かが後ろから押す。
前のやつがよろける。
連鎖みたいに体が揺れる。
(このままやと、将棋倒しやぞ)
頭の中で、嫌な予感が走る。
周囲を見る余裕もない。
けど、明らかに“逃げる”って言葉だけが、全員の脳を支配しとる。
(……ああもう)
俺は小さく舌打ちした。
(飯は落とされるわ、潰されかけるわ)
(ほんまついてへん日やな)
俺は術式を使い出口と逆の方向へ抜けていく。
壁沿い、柱の影、倒れた椅子の横。
一歩ごとに“正解の位置”だけを踏む。
数秒で人混みの外に出た。
静かや。
さっきまでの地獄みたいな音が嘘みたいに遠い。
俺は壁にもたれて腕を組んだ。
「……少ししたら収まるやろ」
吐き捨てるように言う。
「それより、さっき押してきたヤツ」
「顔覚えとけば良かったわ」
ぶつかってきたあの感触だけはまだ肩に残っとる。
次会ったら礼くらいは“きっちり”返したる。
そう思っていた時。
出口付近、上の方からやたら通る声が響いた。
「皆さん!!」
見上げると、出口の上の方で、誰かが浮いとる。
……飯田や。
しかも、足は地面についてへん。
多分麗日が浮かしとんやろ。
飯田が、胸を張って叫んだ。
「だいじょーぶ!!!」
「ただのマスコミです!!」
ざわつきが、少しだけ弱まる。
「何も、パニックになることはありません!!」
「ここは雄英!!」
腕を大きく振り上げる。
「最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」
その声が、意外と効いた。
人の流れが、少しずつ止まる。
押し合っていた連中が、顔を見合わせる。
誰かが「……マスコミ?」と呟いた。
次第に、怒鳴り声が減っていく。
泣き声も、足音も、ゆっくり静まっていった。
俺は、その様子を壁際から眺めていた。
(……あいつ、案外使えるな)
飯田は相変わらず暑苦しい。
声もでかい。動きも大げさ。
けど、今みたいな“混乱”には、
ああいう分かりやすさが一番効く。
俺は、鼻で小さく笑った。
***
場面は変わり、教室。相澤先生が教壇でさっきのパニックについて説明してた。
「…さっきのはマスコミだ。以上」
それだけで終わらせる辺り、ほんま合理的や。
そして、黒板の前で一枚プリントをめくる。
「委員を決める。学級運営に必要だ」
教室の空気が、また“学校っぽい”方向に戻っていく。
ざわっとした声が上がりかけたところで、八百万がすっと立った。
「委員長。進行をお願いしますわ」
声が綺麗で、背筋がまっすぐや。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに落ち着いとる。
俺は椅子にもたれたまま、鼻で笑った。
「何言うてんの。君の仕事やろ」
八百万は一瞬だけ目を瞬かせて、すぐに表情を整える。
「いえ。進行は委員長の役目です」
「私は板書を担当しますわ」
「どっちも君でええやん、雑用は女の仕事やろ」
そう言うとクラスから野次が飛んできた。
「おまっ...禪院、昔の老人かよ!?」
「今の時代男尊女卑は忌避されるべきよ、禪院ちゃん」
「もしかしてコスチューム和服ってそういう?」
なんか色々言うてるけど、別におかしいこと言うてないで?。
八百万は、少し困った顔で息を吸った。
「禪院さん……流石にそれは、難しいですわ……」
教室の空気がじわっと固まる。
「進行が苦手でいらっしゃるなら」
「禪院さんが板書をなされますか?」
その言い方が、やけに丁寧で癇に障る。
俺は、舌打ち一歩手前で笑った。
「桃ちゃん、話にならへんわ」
「俺は委員長の“権限”だけ持ってたらええねん」
教室が、ざわっとする。
「雑用は全部君がやってくれへんと」
八百万は、さすがに一瞬言葉に詰まった。
「……委員長の、権限……?」
「特に、そういうものは無いと思いますが……」
俺は思わず聞き返した。
「嘘やろ?」
「委員長の命令は絶対聞かなアカンとか、無いん?」
その瞬間、クラス中から一斉に声が飛んだ。
「どこの国の話だよ!!」
「聞いたことねーぞそんな制度!!」
「封建制かよ!!」
「雄英は独裁国家ちゃうぞ!!」
一気に収拾がつかんくなる。
飯田が、机を叩いて立ち上がった。
「静粛にしたまえ!!」
空気が少しだけ締まる。
「学級委員長とは、権力者ではない!!」
「奉仕者だ!!」
「クラスのために動く存在であって、命令する立場ではない!!」
俺は、そのまま適当に聞いていた。
(……めんど)
「なら、俺向いてへんな」
ぽつっと言っただけやのに、やけに響いた。
「人のために動く気もないし」
「雑用もする気無いわ」
「責任だけあって、得がない役職とか、一番いらん」
クラスの視線が、じわじわ俺に集まる。
八百万は、静かに頷いた。
「……それでしたら」
「禪院さんは、委員長を辞退なさいますか?」
「せやな」
「喜んで降りるわ」
その言葉で、教室がざわついた。
相澤先生が、黒板を軽く叩く。
「じゃあ、再選出だ」
「次の候補」
飯田が、真っ直ぐ手を挙げた。
「ならば自分がやらせていただきます!!」
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、今度は反対の声が少ない。
「まあ飯田ならいいだろ」
「真面目だしな」
「さっきの放送の時もも助かったし」
そのまま簡単な確認だけで決まった。
委員長 飯田天哉
副委員長 八百万百
黒板に書かれた名前を見て、俺は欠伸を噛み殺した。
(時間の無駄やったな)