女王陛下の愛し方   作:頭オーロラ

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【序章】召喚――あるいは、当て付けの始まり
第1話


 

 

 

 

 

 深夜のノウム・カルデアは静かだ。

 

 廊下を歩く足音も、談笑する声も聞こえない。聞こえるのは空調の微かな駆動音と、自分がページをめくる音だけ。

 

 藤丸立香は、デスクライトの薄明かりの中で資料を読んでいた。

 

 『妖精國ブリテン女王 モルガン』

 

 表紙に書かれた名前を、指でなぞる。

 

 明日、この名前の主を召喚する。妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ――あの異聞帯で出会った、妖精國の女王。

 

 資料には、彼女についての情報が整然と記されていた。

 

 クラスはバーサーカー。だが、狂化の影響は知性に及んでいない。極めて高い魔術能力を持ち、単独で軍勢を壊滅させうる火力を有する。

 

 戦力としては、申し分ない。むしろ、破格と言っていい。

 

 カルデアにとって、これほど心強い味方はそういない。

 

 だが、藤丸が気になったのは、そこではなかった。

 

 『妖精國ブリテンを2000年にわたり統治』

 

 その一文に、藤丸の目は吸い寄せられた。

 

 2000年。

 

 藤丸は資料から目を離し、天井を見上げた。

 

 2000年という数字を、頭の中で転がしてみる。自分が生きてきた時間の百倍以上。いや、そんな計算に意味はない。桁が違いすぎて、比較すること自体が無意味だ。

 

 気が遠くなるほどの歳月。

 

 その間、彼女はずっと女王として君臨し続けた。

 

 たった一人で。

 

 夕食後、マシュに呼び止められた時のことを思い出す。

 

 

 

「先輩。明日の召喚の前に、少しお話があります」

 

 

 

 マシュの声は、いつもより静かだった。どこか言いにくそうに、けれど伝えなければならないという意志を込めて、彼女は語り始めた。

 

 

 

「妖精國で、彼女は……誰にも理解されませんでした」

 

 

 

 藤丸は黙って聞いていた。

 

 

 

「國を守るために、彼女は戦い続けました。厄災から妖精たちを守り、滅びを遠ざけるために。でも……」

 

 

 

 マシュの手が、わずかに握りしめられた。

 

 

 

「妖精たちは、彼女を恐れました。憎みました。『悪逆の女王』と呼んで、決して理解しようとはしなかった」

 

 

 

 2000年の間、ずっと。

 

 

 

「最期は……」

 

 

 

 マシュは言葉を詰まらせた。その先を語ることを、彼女自身が辛く思っているのだと藤丸には分かった。

 

 

 

「……いいよ、マシュ。ありがとう、話してくれて」

 

「先輩……」

 

「詳しいことは、本人から聞くよ。聞けるなら、だけど」

 

 

 

 マシュは少し驚いたような顔をして、それからふっと表情を和らげた。

 

 

 

「先輩なら、きっと……」

 

「きっと?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 

 

 マシュは何かを言いかけて、やめた。だが、藤丸には彼女の言いたいことが分かった気がした。

 

 それは、期待だ。

 

 自分なら、モルガンと向き合えるだろうという期待。

 

 その期待に応えられるかどうかは分からない。でも、応えたいとは思う。

 

 資料に視線を戻す。

 

 ページをめくると、マシュの手書きのメモが挟まっていた。

 

 『先輩へ。彼女は、ずっと一人でした。だから、もし召喚できたら――どうか、話を聞いてあげてください』

 

 丁寧な字で、そう書かれていた。

 

 藤丸は小さく息をついた。

 

 マシュらしい。彼女はいつも、誰かのことを想っている。自分のことより、誰かのことを。

 

 だからこそ、藤丸はマシュを信頼している。彼女が「話を聞いてあげてください」と言うなら、モルガンにはきっと聞くべき話があるのだ。

 

 資料を閉じ、椅子の背もたれに体を預けた。

 

 明日、彼女を召喚する。

 

 妖精國の女王。2000年の孤独を背負った統治者。そして――誰にも理解されなかった、一人の女性。

 

 正直に言えば、不安がないわけではない。

 

 資料に書かれていた「悪逆の女王」という言葉が、頭の片隅に引っかかっている。妖精たちが彼女をそう呼んだ理由。その理由が、完全に誤解だったとは限らない。

 

 彼女が何をしてきたのか、藤丸は詳しく知らない。

 

 知らないことを、知ったつもりで語るのは傲慢だ。

 

 でも――

 

 

 

「……肩書きで人を決めつけるな、か」

 

 

 

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 それは、これまでの旅で学んだことだ。

 

 英雄と呼ばれる者が、必ずしも善人ではない。悪逆と呼ばれる者が、必ずしも悪人ではない。どんな偉大な王にも弱さがあり、どんな冷酷な暴君にも譲れないものがある。

 

 大切なのは、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の心で感じること。

 

 召喚に応じてくれたなら――それは、何かを求めているということだ。

 

 何を求めているのかは、まだ分からない。でも、知りたいと思う。聞きたいと思う。

 

 そして、できることなら――応えたい。

 

 

 

「……ちゃんと、向き合わないとな」

 

 

 

 誰に言うでもなく、藤丸は呟いた。

 

 デスクライトを消すと、部屋は闇に包まれた。

 

 ベッドに潜り込み、仰向けになって天井を見上げる。見えるのは暗闘だけだ。だが、藤丸の頭の中には、まだ見ぬ女王の姿がぼんやりと浮かんでいた。

 

 少しだけだが、妖精國で対峙した悪辣な女王。

 

 その時は敵同士で、彼女の事なんて何も分からなかった。

 

 白銀の髪。冷たくも美しい容貌。女王としての威厳を纏った佇まい。

 

 その姿の奥に、藤丸は別の何かを見ようとしていた。

 

 2000年の孤独。誰にも理解されなかった歳月。それを背負って、なお立ち続けた意志。

 

 きっと、強い人なんだろう。

 

 そうでなければ、2000年も戦い続けられるはずがない。

 

 でも、強いだけの人なんて、いるんだろうか。

 

 誰にだって、弱さはある。辛いことはある。誰かに分かってほしいと思う夜がある。

 

 彼女にも、あったんじゃないだろうか。

 

 2000年の間に、一度くらいは。

 

 いや、一度どころじゃないかもしれない。

 

 何度も何度も、誰かに理解してほしいと願って、そのたびに裏切られて。それでも立ち上がって、また一人で歩き続けて。

 

 そんな日々が、2000年。

 

 想像するだけで、胸が痛くなる。

 

 想像しきれないからこそ、想像しようとすることだけはやめたくなかった。

 

 

 

「……明日、会えるんだよな」

 

 

 

 暗闇の中で、藤丸は小さく呟いた。

 

 会ったら、何を話そう。

 

 自己紹介。よろしく、という挨拶。カルデアでの生活について説明。それから……

 

 それから、何だ?

 

 いや、考えすぎても仕方ない。会ってみなければ分からないことの方が多い。

 

 ただ、一つだけ決めておこう。

 

 どんな人であっても、真っ直ぐに向き合う。

 

 それが、召喚に応じてくれた彼女への、せめてもの誠意だ。

 

 目を閉じる。

 

 思考が、だんだんと曖昧になっていく。眠りに落ちる直前、藤丸は無意識に呟いていた。

 

 

 

「……どうか、うまくいきますように」

 

 

 

 それは祈りのようでもあり、ただの独り言のようでもあった。

 

 深夜のノウム・カルデア。

 

 人類最後のマスターは、静かに眠りについた。

 

 明日、彼の運命を変える出会いが待っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

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