女王陛下の愛し方 作:頭オーロラ
レイシフトの光が収束し、私の足が雪を踏みしめた。
一面の、白。
見渡す限りの雪原が、どこまでも広がっている。
吹きすさぶ風が、白銀の髪を揺らす。視界を遮るほどではないが、細かな雪片が絶えず舞っている。
冷たい空気を、肺いっぱいに吸い込んだ。
この冷たさ。この静寂。この白さ。
妖精國の冬に、似ている。
あの國にも、こんな冬があった。
凍てつく大地。白く染まる森。暖を求めて身を寄せ合う妖精たち。
そして、城の窓から一人でそれを眺めていた――私。
懐かしさと、わずかな痛みが、胸の奥に広がった。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
蠢く群れの、気配を感じる。
「モルガン、敵が来る」
藤丸の声が、私を現実に引き戻した。
視線を向けると、雪原の向こうに無数の影が見えた。
獣だ。
狼に似た姿の魔獣たち。白い毛皮を持ち、雪原に溶け込むように駆けてくる。
数は――
「100体ほどですね」
私は、冷静に数えた。
「雑魚です」
その言葉に、嘘はない。
妖精國で私が相手にしてきた厄災に比べれば、この程度の魔獣など取るに足らない。
私は、杖を構えた。
妖精國の女王として、2000年にわたり振るってきた魔術の杖。
この手で、どれほどの敵を葬ってきたか。数えることすら馬鹿らしい。
「マスターは後方で見ていなさい」
私は、藤丸に告げた。
「すぐに終わらせます」
「えっ、でも――」
藤丸が何か言いかけた。
だが、私は振り返らなかった。
「私の戦いを見せてあげましょう」
私は、魔獣の群れに向かって歩き出した。
「あなたが私を『一番頼りにしている』というのが、正しい判断だったと証明します」
その歩みは、女王のそれだった。
戦場に赴く兵士ではない。
玉座から戦を眺め、勝利を確信する王の歩み。
恐れなどない。
この程度の敵に、恐れを抱く道理がない。
魔獣たちが、咆哮を上げながら突進してくる。
牙を剥き、爪を振り上げ、獲物を引き裂こうと迫ってくる。
だが、私は足を止めなかった。
「氷雪よ」
詠唱とともに、魔力が解放される。
私の周囲から、凍てつく風が吹き荒れた。
白い旋風が魔獣たちを呑み込み、その動きを止める。
一瞬の後――
30体の魔獣が、氷像と化していた。
動きを止めたまま、凍りついた彫像のように。その表面には、霜が張り付いている。
「脆い」
私は、静かに呟いた。
残りの魔獣たちが、怯んだように足を止めた。
仲間が一瞬で凍りついたのを見て、本能的な恐怖を感じたのだろう。
だが、その恐怖は長くは続かなかった。
獣の本能が、恐怖を上回る。
魔獣たちは、再び咆哮を上げて襲いかかってきた。
愚かな。
私は、次々と魔術を放った。
氷の槍が、魔獣を貫く。
炎の渦が、魔獣を焼き尽くす。
雷の矢が、魔獣を撃ち抜く。
圧倒的だった。
一方的な殲滅。
魔獣たちは、私に触れることすらできない。
私の魔術が描く死の円舞曲の中で、ただ倒れていくだけ。
これが、私の力だ。
2000年、妖精國を守り続けた女王の力。
厄災と戦い、反逆者を鎮め、國を支え続けてきた力。
見ているがいい、我が夫よ。
お前が私を選んだことが、正しかったと証明してやる。
最後の一体が、雷に撃たれて倒れた。
静寂が、戦場を包む。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
周囲には、魔獣の残骸が散らばっている。
氷漬けになったもの、焼け焦げたもの、雷に撃たれて動かなくなったもの。
100体の魔獣が、ものの数十秒で全滅した。
「……終わりました」
私は、振り返った。
藤丸とマシュが、少し離れた場所に立っていた。
二人とも、驚いた表情を浮かべている。
特に藤丸は、目を見開いて私を見つめていた。
「すごい……」
その呟きが、冷たい風に乗って聞こえた。
「モルガン、すごいよ。あっという間だったね」
私は、わずかに口元を緩めた。
「当然です。この程度の敵、私にとっては雑魚に過ぎません」
「いや、でも、本当にすごかった」
藤丸は、心からの賞賛を込めて言った。
「モルガンを頼りにして、本当に正解だったよ」
その言葉を聞いて、私は――
胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じた。
認められた。
私の力を、認めてもらえた。
妖精國では、私の力は恐れられるだけだった。
誰も、私を褒めなかった。
誰も、私に感謝しなかった。
ただ恐れ、従い、そして裏切った。
なのに、この男は――
「……当然のことをしたまでです」
私は、平静を装って答えた。
「これが、私の実力です。あなたが私を選んだ以上、この程度は当たり前でしょう」
「うん。でも、ありがとう」
藤丸は、笑顔で言った。
その笑顔が、眩しかった。
「俺たちを守ってくれて」
私は、何も言えなかった。
守った?
私が、彼らを守った?
そうだ。確かに、私は彼らを守った。
敵を倒し、彼らに傷一つつけさせなかった。
それは、サーヴァントとして当然のこと。
なのに――
なぜ、こんなにも胸が騒ぐのだろう。
「……礼には及びません」
私は、視線を逸らした。
「サーヴァントとして、当然のことをしただけです」
だが、その声は――自分でも分かるほど、柔らかくなっていた。