女王陛下の愛し方 作:頭オーロラ
戦いが終わったはずだった。
100体の魔獣は、モルガンの魔術によって殲滅された。雪原には静寂が戻り、藤丸は安堵の息をついた。
だが――
「先輩、あれを」
マシュの声に、藤丸は視線を向けた。
雪原の向こう。
白い地平線の彼方から、黒い波が押し寄せてくるのが見えた。
魔獣だ。
先ほどとは比較にならない数の魔獣が、こちらに向かって突進してくる。
「嘘だろ……」
藤丸は、思わず呟いた。
200体。いや、300体。
いや――数えきれない。
雪原が、魔獣の群れで埋め尽くされていく。
前方だけではない。
左右からも、後方からも、魔獣たちが迫ってくる。
「囲まれてしまったようです」
マシュが、盾を構えながら言った。
「ですが、この数は異常です。先輩」
「うん」
藤丸は、周囲を見回した。
これほどの数の魔獣が、自然発生するとは思えない。
「もしかしたら、この魔獣たちの親玉がどこかにいるのかも」
「間違いないでしょう」
モルガンが、冷静な声で言った。
彼女は、押し寄せる魔獣の群れを見据えながら、腕を組んでいた。
「この特異点の規模から考えて、近くに潜んでいるはずです。そして恐らく、その存在が特異点の元凶なのでしょう」
まだ特異点に到着したばかりだというのに、モルガンはすべてを見抜いたかのように分析していた。
その冷静さに、藤丸は感心した。
さすがは2000年を生きた女王。戦場の状況把握能力は、並大抵ではない。
「モルガン、この数を相手にできる?」
「愚問ですね」
モルガンは、杖を構えた。
「数が増えたところで、雑魚は雑魚です。少し時間がかかるだけ」
その言葉通り、モルガンは魔術を放ち始めた。
氷の嵐が魔獣を凍らせ、炎の柱が魔獣を焼き払う。
先ほどと同じ、圧倒的な殲滅。
だが、倒しても倒しても、魔獣の数は減らない。
一体を倒せば、二体が現れる。
十体を倒せば、二十体が押し寄せる。
「きりがないですね」
モルガンは、わずかに眉をひそめた。
「本体を倒さない限り、この状況は変わらないでしょう」
「本体……親玉は、どこに」
藤丸が周囲を見回した、その時だった。
強大な魔力が、その場を満たした。
空気が、一瞬で変質する。
重く、冷たく、禍々しい気配。
先ほどまでの魔獣とは、明らかに格が違う存在の気配。
「先輩、後ろです!」
マシュの叫び声が響いた。
藤丸が振り返る。
雪の中から――何かが飛び出してきた。
黒い影。
人の形をしているが、顔も体も、すべてが黒い靄に包まれている。
その手には、剣が握られていた。
シャドウ・サーヴァント。
サーヴァントの残滓、あるいは影から生み出された疑似的な存在。
本物のサーヴァントには及ばないが、それでも魔獣とは比較にならない強さを持つ。
そして――
そのシャドウ・サーヴァントは、真っ直ぐに藤丸へ向かって突進していた。
「っ!」
マシュが、盾を構えてカバーに入る。
だが、間に合わなかった。
シャドウ・サーヴァントの剣が、藤丸の腕を掠める。
鋭い痛みが走った。
「ぐっ……!」
赤い血が、白い雪を染める。
鮮やかな赤。
白い世界に、その色だけが浮かび上がる。
「先輩!」
マシュが、敵と正対する。
シャドウ・サーヴァントに立ち向かうために。
藤丸を守るために。
だが、その前に――
「――っ!」
モルガンが、振り返った。
血。
赤い、血。
その色を見た瞬間、モルガンの中で何かが弾けた。
視界が、一瞬だけ歪む。
脳裏に、別の光景がフラッシュバックする。
――狂気に侵されたウッドワス。
――反旗を翻したスプリガン。と、連れられた人質。
――そして、血を流している、一人の少女。
『お母様……』
バーヴァン・シー。
私の娘。
私が、守れなかった――
「――違う」
モルガンは、首を振った。
違う。
あれは、バーヴァン・シーではない。
目の前にいるのは、藤丸立香。
私の――マスター。
私の――
だが、その認識が、さらに胸を締め付けた。
彼が傷ついている。
血を流している。
私が守ると言ったのに。
私がいれば護衛など不要だと言ったのに。
なのに――
「モルガンさん!」
マシュの声が聞こえた。
「敵を、お願いします! 私が先輩を守ります!」
その言葉で、モルガンは我に返った。
そうだ。
今は、感傷に浸っている場合ではない。
目の前には、敵がいる。
藤丸を傷つけた――敵が。
モルガンの瞳が、冷たく輝いた。
「……ええ」
その声は、氷よりも冷たかった。
「任せなさい」