女王陛下の愛し方   作:頭オーロラ

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第12話

 

 

 

 

 

 戦いが終わったはずだった。

 

 100体の魔獣は、モルガンの魔術によって殲滅された。雪原には静寂が戻り、藤丸は安堵の息をついた。

 

 だが――

 

 

 

「先輩、あれを」

 

 

 

 マシュの声に、藤丸は視線を向けた。

 

 雪原の向こう。

 

 白い地平線の彼方から、黒い波が押し寄せてくるのが見えた。

 

 魔獣だ。

 

 先ほどとは比較にならない数の魔獣が、こちらに向かって突進してくる。

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 

 

 藤丸は、思わず呟いた。

 

 200体。いや、300体。

 

 いや――数えきれない。

 

 雪原が、魔獣の群れで埋め尽くされていく。

 

 前方だけではない。

 

 左右からも、後方からも、魔獣たちが迫ってくる。

 

 

 

「囲まれてしまったようです」

 

 

 

 マシュが、盾を構えながら言った。

 

 

 

「ですが、この数は異常です。先輩」

 

「うん」

 

 

 

 藤丸は、周囲を見回した。

 

 これほどの数の魔獣が、自然発生するとは思えない。

 

 

 

「もしかしたら、この魔獣たちの親玉がどこかにいるのかも」

 

「間違いないでしょう」

 

 

 

 モルガンが、冷静な声で言った。

 

 彼女は、押し寄せる魔獣の群れを見据えながら、腕を組んでいた。

 

 

 

「この特異点の規模から考えて、近くに潜んでいるはずです。そして恐らく、その存在が特異点の元凶なのでしょう」

 

 

 

 まだ特異点に到着したばかりだというのに、モルガンはすべてを見抜いたかのように分析していた。

 

 その冷静さに、藤丸は感心した。

 

 さすがは2000年を生きた女王。戦場の状況把握能力は、並大抵ではない。

 

 

 

「モルガン、この数を相手にできる?」

 

「愚問ですね」

 

 

 

 モルガンは、杖を構えた。

 

 

 

「数が増えたところで、雑魚は雑魚です。少し時間がかかるだけ」

 

 

 

 その言葉通り、モルガンは魔術を放ち始めた。

 

 氷の嵐が魔獣を凍らせ、炎の柱が魔獣を焼き払う。

 

 先ほどと同じ、圧倒的な殲滅。

 

 だが、倒しても倒しても、魔獣の数は減らない。

 

 一体を倒せば、二体が現れる。

 

 十体を倒せば、二十体が押し寄せる。

 

 

 

「きりがないですね」

 

 

 

 モルガンは、わずかに眉をひそめた。

 

 

 

「本体を倒さない限り、この状況は変わらないでしょう」

 

「本体……親玉は、どこに」

 

 

 

 藤丸が周囲を見回した、その時だった。

 

 強大な魔力が、その場を満たした。

 

 空気が、一瞬で変質する。

 

 重く、冷たく、禍々しい気配。

 

 先ほどまでの魔獣とは、明らかに格が違う存在の気配。

 

 

 

「先輩、後ろです!」

 

 

 

 マシュの叫び声が響いた。

 

 藤丸が振り返る。

 

 雪の中から――何かが飛び出してきた。

 

 黒い影。

 

 人の形をしているが、顔も体も、すべてが黒い靄に包まれている。

 

 その手には、剣が握られていた。

 

 シャドウ・サーヴァント。

 

 サーヴァントの残滓、あるいは影から生み出された疑似的な存在。

 

 本物のサーヴァントには及ばないが、それでも魔獣とは比較にならない強さを持つ。

 

 そして――

 

 そのシャドウ・サーヴァントは、真っ直ぐに藤丸へ向かって突進していた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 マシュが、盾を構えてカバーに入る。

 

 だが、間に合わなかった。

 

 シャドウ・サーヴァントの剣が、藤丸の腕を掠める。

 

 鋭い痛みが走った。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

 赤い血が、白い雪を染める。

 

 鮮やかな赤。

 

 白い世界に、その色だけが浮かび上がる。

 

 

 

「先輩!」

 

 

 

 マシュが、敵と正対する。

 

 シャドウ・サーヴァントに立ち向かうために。

 

 藤丸を守るために。

 

 だが、その前に――

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 モルガンが、振り返った。

 

 血。

 

 赤い、血。

 

 その色を見た瞬間、モルガンの中で何かが弾けた。

 

 視界が、一瞬だけ歪む。

 

 脳裏に、別の光景がフラッシュバックする。

 

 ――狂気に侵されたウッドワス。

 

 ――反旗を翻したスプリガン。と、連れられた人質。

 

 ――そして、血を流している、一人の少女。

 

 

 

 『お母様……』

 

 

 

 バーヴァン・シー。

 

 私の娘。

 

 私が、守れなかった――

 

 

 

 「――違う」

 

 

 

 モルガンは、首を振った。

 

 違う。

 

 あれは、バーヴァン・シーではない。

 

 目の前にいるのは、藤丸立香。

 

 私の――マスター。

 

 私の――

 

 だが、その認識が、さらに胸を締め付けた。

 

 彼が傷ついている。

 

 血を流している。

 

 私が守ると言ったのに。

 

 私がいれば護衛など不要だと言ったのに。

 

 なのに――

 

 

 

「モルガンさん!」

 

 

 

 マシュの声が聞こえた。

 

 

 

「敵を、お願いします! 私が先輩を守ります!」

 

 

 

 その言葉で、モルガンは我に返った。

 

 そうだ。

 

 今は、感傷に浸っている場合ではない。

 

 目の前には、敵がいる。

 

 藤丸を傷つけた――敵が。

 

 モルガンの瞳が、冷たく輝いた。

 

 

 

「……ええ」

 

 

 

 その声は、氷よりも冷たかった。

 

 

 

「任せなさい」

 

 

 

 

 

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