女王陛下の愛し方 作:頭オーロラ
モルガンの部屋の前に立ち、俺は一度深呼吸をした。
ホームズの言葉が、頭の中で反響している。
「彼女は、嘘を見抜く目を持っている」
「彼女が求めているのは、おそらく『誠実さ』だ」
分かっている。
だから、嘘はつかない。
できることはできる。できないことはできない。
正直に、真っ直ぐに、向き合う。
それが、俺にできる唯一のことだ。
ノックをする。
「入りなさい」
涼やかな声が、扉越しに聞こえた。
俺は、静かにドアを開けた。
部屋に入ると、モルガンは窓際に立っていた。
白銀の髪が、窓から差し込む光を受けて輝いている。彼女は振り返り、俺を見た。
その瞳は、相変わらず読めない。
でも、どこか――期待しているようにも見えた。
俺が、何を言いに来たのか。
どう反応するのか。
それを、見定めようとしている。
「来ましたか」
モルガンは、静かに言った。
「私の法律について、何か言いたいことが?」
「うん。話し合いたくて」
俺は、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「それは聞きました」
モルガンの眉が、わずかに上がった。
「私の法律は絶対です。交渉の余地などないと、さきほども言ったはずですが」
「そう言わずに、聞いてほしいんだ」
俺は、一歩前に出た。
逃げない。
目を逸らさない。
彼女と、ちゃんと向き合う。
「まず、お城について」
俺は、言葉を選びながら話し始めた。
「建てられない。ノウム・カルデアの構造上、物理的には無理なんだ」
「……」
モルガンは、何も言わなかった。
その沈黙が、俺を試しているのだと分かった。
ここで言い訳をするか。
逃げるか。
それとも――
「でも」
俺は、続けた。
「代わりに、専用のシミュレーターを用意する。現実じゃないけど、妖精國と同じくらい広くて、モルガンだけの空間として使えるように」
「……」
「モルガンなら、そこにお城を作成するくらい簡単でしょ?」
モルガンの目が、わずかに動いた。
驚き、だろうか。
それとも、別の何か。
「……それで?」
彼女は、短く促した。
「次に、バーサーカーの解雇について」
これが、一番難しい。
彼女の要求の中で、最も受け入れられないもの。
でも、正直に言うしかない。
「これは、できない」
俺は、はっきりと言った。
「彼らも、大切な仲間だから。ヘラクレスも、ランスロットも、他のみんなも。一緒に戦ってきた仲間を、解雇するなんてできない」
モルガンの目が、細くなった。
「私より、他のサーヴァントを優先すると?」
その声には、冷たさが混じっていた。
試されている。
俺が、ここでどう答えるか。
「優先じゃないよ」
俺は、首を横に振った。
「みんな、同じくらい大切なんだ。モルガンも、他のサーヴァントも。誰かを選んで、誰かを切り捨てるなんてことはしたくない」
「……」
「でも」
俺は、さらに一歩踏み出した。
モルガンとの距離が、少し縮まる。
「モルガンを、一番頼りにしてる」
モルガンの表情が、一瞬だけ揺らいだ。
それは、本当に一瞬のことだった。
すぐに、いつもの冷静な表情に戻る。
でも、俺は見逃さなかった。
彼女が、動揺したことを。
「……一番頼りにしている、ですか」
「うん」
俺は、頷いた。
「モルガンは、2000年も國を守り続けてきた。その経験、その力、その知恵。カルデアにとって、すごく心強い存在だよ」
「……」
「だから、これからの任務では、モルガンに一番に声をかける。重要な作戦には、必ず参加してもらいたい。それじゃ、ダメかな」
モルガンは、黙っていた。
その沈黙が、長く感じられた。
俺は、彼女の答えを待った。
「……三つ目の要求は?」
モルガンが、静かに言った。
「私の法律が、カルデアのいかなる規則よりも優先される、という件です」
「それも、難しい」
俺は、正直に答えた。
「ここにはここのルールがあって、みんながそれに従って生活してる。モルガンの法律だけを特別扱いすると、他のサーヴァントとの関係が悪くなるかもしれない」
「つまり、私の要求はすべて却下、と」
モルガンの声が、冷たくなった。
「全部じゃないよ」
俺は、首を横に振った。
「さっき言った通り、専用のシミュレーターを用意する。そこで自由に過ごしてくれて構わない。任務では一番に声をかける。それ以外にも、俺にできることがあれば、何でも言ってほしい」
「……」
「俺にできることは、全部やる。でも、できないことはできない」
俺は、モルガンの目を真っ直ぐに見つめた。
「嘘はつきたくないから」
沈黙が、部屋を満たした。
モルガンは、俺を見つめていた。
その瞳の奥で、何かが揺れている。
怒り?
失望?
それとも――
「……あなたは」
モルガンが、ゆっくりと口を開いた。
「本当に、変わった人間ですね」
「そうかな」
「そうです」
彼女は、小さく息をついた。
「私の要求を断っておきながら、『一番頼りにしてる』などと。普通、そんなことは言わないでしょう」
「でも、本当のことだから」
「……」
モルガンは、窓の外に視線を移した。
その横顔を見ながら、俺は待った。
彼女が、何かを考えていることは分かった。
だから、急かさない。
彼女のペースで、答えを出してもらう。
「……一つ、聞かせなさい」
モルガンが、窓の外を見たまま言った。
「何?」
「なぜ、嘘をつかないのですか」
俺は、少し考えてから答えた。
「嘘をついても、いいことないから」
「……」
「嘘をつけば、その場はごまかせるかもしれない。でも、いつかバレる。バレた時、信頼は失われる」
俺は、モルガンの背中を見つめた。
「俺は、モルガンとちゃんとした関係を築きたい。だから、嘘はつかない。できないことは、できないって言う」
「……ちゃんとした関係」
「うん。マスターとサーヴァント、っていう関係だけじゃなくて。もっと……なんていうか」
俺は、言葉を探した。
「信頼し合える関係、かな。お互いに、本音で話せるような」
モルガンは、ゆっくりと振り返った。
その表情は、さっきまでとは少し違っていた。
冷たさが、少しだけ和らいでいる。
「……本音で話せる関係」
彼女は、その言葉を反芻するように呟いた。
「妖精國では、そんな関係は一度もありませんでした」
「……」
「誰もが私を恐れ、従い、そして裏切った。本音を話す者など、一人もいなかった」
モルガンの声には、どこか遠い響きがあった。
2000年の孤独。
その重さを、俺は想像しようとした。
想像しきれないことは、分かっていた。
でも、想像しようとすることだけは、やめたくなかった。
「だから、約束する」
俺は、真っ直ぐにモルガンを見つめた。
「俺は、モルガンに嘘をつかない。できないことは、できないって言う。でも、できることは、全力でやる」
「……」
「それが、俺にできる精一杯の誠意だから」
モルガンは、俺を見つめていた。
長い、長い沈黙。
そして――
「……いいでしょう」
彼女は、静かに言った。
俺は、目を瞬かせた。
「え?」
「今回は、我が夫の顔を立てて譲歩します」
「本当に?」
「ただし、条件があります」
モルガンは、俺に向き直った。
「私だけのシミュレーター。それは、必ず用意するように」
「うん、約束する」
「そして――」
彼女の目が、真っ直ぐに俺を捉えた。
「あなたが『一番頼りにしてる』と言った以上、それを証明してもらいます。今後、重要な任務には必ず私を同行させなさい」
俺は、少し驚いた。
そして、笑った。
「分かった。約束する」
「……本当に、あっさり承諾するのですね」
「だって、俺もそうしたかったから」
モルガンは、一瞬、言葉を失った。
そして、ふいと顔を背けた。
「……勝手にしなさい」
その声は、さっきまでより、ずっと柔らかかった。