「お兄さん、この席空いてるかしら」
俺はそんな声を聞いて、麺を啜る手をとめて顔をあげる。
見れば、俺の向かいの席をトントンと指で叩くコータスの女が一人。別に空いてる席なんて他にもあるだろうに、どうして俺なんかの前に座ろうとする?
「勝手にしろ」
「あら、ありがとう」
女はぎぃと音をたてて椅子を引き、どさりと腰を下ろした。鼻歌まじりにメニュー表を開き始める。
「ねぇ、おすすめのメニューとかないかしら」
「……」
無言で麺を啜る。無意識に耳の毛が逆立っていたことには気づかなかった。
「そう怒らないで?ただ仲良くしようとしただけよ」
「……目だ」
「目?変な目したかしら」
「顔は笑っちゃいるが、奥の貪欲さがにじみ出てる。目の前の相手をどう調理してやろうか考えてる、捕食者の目だ」
「へぇ。そんな風に言われたのは初めて」
ヘラヘラ笑いながら、女は店主を呼んでいくつか注文する。
「……結構食うんだな」
「頼みすぎちゃったかしら。もし多かったら少し手伝ってもらえないかしら?」
「……何が知りたい?」
「話が早くて助かるわ。情報通さん」
自慢じゃないが、俺はここらの郵便屋の中でも事情通の方だ。違法ギリギリの取引をしていることもあり、こういう『危険』には鼻が効く。
「そうね。まずはご飯にしてからでいいかしら。私ここに着いたばかりでお腹が空いてるの」
しばらくして運ばれてきた料理を、事前の宣告どおり二人で平らげる。久々に麺以外のメニューを食べた。変わらず美味しいなここは。
「じゃあ本題に入るわね」
聞いてきた内容は、事前の危険の匂いとは裏腹に、特に変哲もない、近くの安全情報と他のトランスポーターの動きだった。
「お代はいらねえ。飯もらったからな」
「お安いのね」
「別にあんな情報タダ同然の価値しかない」
「ふふっ、警戒は解けたかしら?」
「なっ!?」
「耳毛が逆立ってたんだもの。たかがコータスの女一人にそこまで警戒するなんておかしくて」
「ま、まあな。こんな事業をしてたら、まずは警戒から入るってもんだ」
このときの俺は、目の前の女が意外と普通のトランスポーターなのではないかと考え始めていた。
「それじゃあ、私は行くわ。また会いましょうね」
「お、おう……またな」
その日はそんなやりとりをして別れた。
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「ちくしょう、やられた!」
次の依頼に向かった俺は頭を抱えていた。すでにその以来は別のトランスポーターが請け負ってしまったというのだ。問いただしてみれば、そのトランスポーターはコータスの女性だと言う。
心当たりがありすぎる。
渡した安全情報や他のトランスポーターの動きという情報は、俺を中心に成っている情報だ。つまりは俺が仕事で必要だから集めている情報も含まれる。
それをべらべらと全部喋ってしまっては、そりゃ仕事の内容を推察されてもおかしくない。
「魔女かなんかかよ……」
普段なら、仕事に関わる情報を話してしまうなんてヘマはしない。しかし今回ばかりは、意外にも普通の情報を要求されたことへの安心と、そして飯をともにした信頼感から、こんなことになってしまった。
『危険』には鼻が効く。だから最初はあんなに警戒していた。その警戒は正しかった。
なのにあの女は、そんな警戒心を解き、情報という獲物をかっさらっていった。
「あの女……一体何者なんだ……?」
俺は、仕事もほっぽりだしてあの女の正体を探り始めたのだった。
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「嘘だろ……」
いままでの仕事のツテや仲間を全部頼って、切り札として残しておいた情報も放出してまであの女のことを探った。しかし、出てきたのはわずかな情報のみ。
彼女は他人に語らせるくせに、自分のことを話そうとしないらしい。
探せば探すほど、俺と同じように情報だけ抜かれたというやつが絶えなかった。
調べれば調べるほど、謎が増えていく。
まず名前はアイビーエナと名乗ってることが多いらしい。というのも、同じ特徴で別の名前の人物が何人か出てきたからだ。
住処も、場所によって様々だ。しかし、放置するわけではなく、定期的に帰って手入れをしているらしい。
生まれも不明。ただ、装備から推察するに、文明地帯の警備系会社の出身という噂はある。
年齢?知るわけもない。10月のどこかが誕生日ではあるらしい。
ただ一つだけ、わかったこともある。
それは、彼女の現在地だ。
そこにいけば、また彼女に会える。
気がつけば俺は、荷造りを終えていた。
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「はぁはぁ、ひどい目にあった」
アイビーエナの足跡をたどる旅をしている最中だった。
商会を名乗る連中と出くわした際に情報交換目的で近づいてみた。
しかし連中は、アイビーエナの名前を出したとたんに態度を急変。こっちの言い分も聞かずに戦闘にまで発展した。
幸い俺は腕っぷしがそれなりにはある。開拓エリアで郵便屋をしてたことだってあるし、アーツもそれなりに使える。怪我は追ったものの、相手を打ち負かすことができた。
そんなこんなで足止めを食らった俺は、彼女の最後の情報を辿って街にたどり着いた。
しかし、すでに彼女はその場を去ったあとだった。
ここまできてなにの成果も得ずに帰るわけにもいかなくなった俺は、大金をはたいて情報をかき集めた。
そして彼女の新たな就職先、エンドフィールド工業に行き着いた。
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「つくづく、変な企業だな」
俺は宇宙を漂う船の中でそう独り言を漏らした。あの後エンドフィールドについて調べていると、あちらさんから直接スカウトが届いた。なんでも、たどりついた情報の一つが、スカウトの指標になってるらしい。
調べれば調べるほど、変な企業だった。
衛星軌道に静止宇宙船を持ち、さまざまな工業製品を展開している。しかしそれは表向きの話。奥まで調べてみると、偵察や隠密に適した行動隊を持っていたり、トランスポーターが過剰武装していたり、まるで軍事会社のようだった。
「しかし、やっとこれで、あいつに会える」
「あいつって誰のことかしら?」
心臓が飛び跳ねた。
「なっなにっおまっ」
「ふふふ、落ち着いて。また会ったわね。久しぶりだけど元気にしていたかしら」
「アイビーエナ!お前のことを、俺はずっと」
「あら、名乗った覚えはなかったのだけれど」
「す、すこし調べただけだ」
「少し……ね」
笑っていた目が、すっと細められる。
それだけで、俺は背筋に冷たいものが走った。
「不公平だと思わない?私のことを貴方は知っているというのに、私は貴方のこと全然知らないのは」
「その手に乗るかよ。もう二度とお前の前でタダで情報はやらん」
「対価を支払えば良いのね」
「必要になればな。これから同僚になるんだから」
「同僚?」
初めてその目が、驚きで見開かれた。それすらも計算なのかもしれないが。
「色々あって、俺もエンドフィールド工業で働くことになった」
「意外ね。一つの場所に落ち着く人だとは思わなかったのだけど」
「それはお互い様だろ」
「あら、もしかして各地の拠点のことまで調べられてるのかしら」
ケタケタと笑う。彼女にとってこの情報は、ノーダメージなのだろう。
「もちろんだ、俺は――」
「――だから」
ぴっと彼女の人差し指が俺の口に触れる。俺は言葉を紡げなくなった。
「不公平といっているでしょう?私はあなたの名前すら知らないのよ?」
「……それもそうか。じゃあ改めて、俺は――」
これは、一人の女に人生を狂わされた俺の物語。