最近は、めんどくさいことが増えすぎている。特に、呪術界のくだらない権力闘争が激化の一途を辿っている。おかげで忙しくて仕方ない。こっちはできるだけ教師の仕事に専念したいっていうのに。
「──悟、お前に客だ」
学長室に呼び出されたと思えばこれだ。僕がどれだけ多忙か知ってるでしょ、夜蛾学長。アポなしの来客対応なんて、最強の僕の工数の無駄遣いだよ。
「えー、めんどくさ──は?」
「やっ、久しぶり。元気そうだね、悟」
「──傑、なんでここに」
目の前に立つ男を見て、思考が一瞬停止する。
あの日、袂を分かったはずの親友が、平然とそこに立っていた。
「.....あ、もしかして改心して高専の教師になるとか?なら、これから同僚じゃん。とりあえず今まで何してたか、隅から隅まで吐けよ」
呪詛師認定が取り消されてから、僕たちがどれだけ探したと思ってるんだ。冥さんに金を積んでも『見つけるのは難しい』の一点張りだったから、国外にでも雲隠れしたのかと思ってた。
──戻ってきてくれたのか。よかった。本当によかった。
「驚いたな。本当に何も知らないのか。私は今、禪院家に身を寄せてるよ」
「は? え、待て待て待て。色々ツッコミたいけど──禪院家?マジで言ってんの?」
呪術総監部と泥沼の権力争いを繰り広げている、新興勢力『呪術共生機構』。そのトップが禪院家の現当主だ。五条家とは、それはもうすこぶる仲が悪い。それに、天逆鉾を返せって手紙しつこいし。壊したに決まってるでしょ、あんな物騒な呪具。
当主が変わってから、動き方を一切合切変えた危険思想の過激派。禪院家を大改革しただの、カルト宗教の教祖をやってるだの、不穏な噂には事欠かない。
まあ、少なくとも前者は嘘だろうけどね。あの腐りきった禪院家の体質が、たかだか子供一人で変えれるはずがない。
「ああ、非常によくしてもらっているよ」
「傑、あそこは腐った呪術界の中でもトップレベルに膿んでる家だぞ?五条家に来いよ。部屋ならいくらでもあるしさ」
「それが....私も驚いているんだが、あそこは居心地がいいんだ。術式の有無に関わらず、あの家は互いに敬意を持って接している」
「いや、そんなわけないだろ。男尊女卑に術式至上主義、ハラスメントの権化みたいな連中だぞ。洗脳でもされたか?」
六眼で傑の隅々まで見る。
少なくとも、術式の類じゃない。傑の呪力の流れは極めて自然だ。僕の目に見える情報から違和感は何もない。
「まさか。定期的に当主を含めた全員が食事する日があったり、食事を作った者に礼を言っていたりね。全体的に仲睦まじいよ」
「.....?????????」
「....もしかして、僕が知ってる御三家の禪院家じゃなくて、同じ名字の禪院家が存在してるとか?」
「悟、それは君がいちばん知っていることだろう?そもそも、なぜ知らないんだ。同じ御三家の情報は最低限仕入れるべきだろう?」
「そういうのは、家の人間に任せてるから。他家のことなんて僕には関係ないし──だって僕、最強だからさ」
仮に僕を襲ってくるなら、その時対応すればいい。他家の内情を調べる必要なんて、これっぽっちもないと思っていた。
「はぁ、君が私の捜索に10億も冥冥さんに払うなら、情報収集にその金額を使った方が余っ程有意義だったよ」
「──ん?なんで、僕が10億で冥さんに依頼したこと知ってんの?」
「決まっているだろう? 私が事前に『君から依頼が来ても、その2倍の額を払うから情報を流さないでくれ』と頼んでおいたんだ。君と硝子には、私から会いに行きたかったからね」
傑ぅ。嬉しいこと言ってくれるじゃん。
「でも傑、そんな大金払えるわけないだろ。僕が肩代わりしてあげようか?」
「払えるさ。今は借金をすることになったけど、今所属してる組織から給料がでるからね。天引き支払いの約束済みだ」
「返済に何十年かか──所属してる組織?」
禪院家に身を寄せている傑が所属している組織。そんなの、答えは一つしかない。『呪術共生機構』だ。
なるほど、そういうことか。特級呪術師である夏油傑が禪院家の陣営に下ったなんて話、本来ならすぐに広まるはずだ。
それなのに、僕の耳にだけは一切届かなかった。
「悟。私が口止めしたのは冥冥さんだけだ。他の者には何も言っていない。夜蛾先生も、私が禪院にいることは知っていたはずだよ」
僕の周りだけ、情報が『意図的に』止められていたんだ。
僕が傑の居場所を知れば、僕が総監部側ではなく、機構側に寝返るのを恐れた老害共の差し金か。
相変わらずイラつくマネをしてくれる。
「まあ、今日はお互いの立場を忘れて、再会を祝して硝子と3人で楽しもうじゃないか」
「....お前が言うなよ。ま、元々そのつもりだったけどさ」
禪院家の当主が何を企んでいるかは知らないし、その思想に賛同はできない。でも、傑を正気に戻してくれたことは──礼を言うよ。ありがとう。
「──は?」
何言うてるん。笑えないんやけど、その冗談。え、おもろくないよ、それ。センスないんちゃう?
「だから、もうないって。天逆鉾。悟から聞いたから間違いない」
「アホなん?アホやろ?アホやな。何考えて生きとるんか知りたいわ」
天逆鉾ほど『保険』に適してる武器が他にあるか?
術式や呪力に対して絶対的なアドバンテージを発揮できる、言わば呪術師殺しの切り札やぞ。それを壊すって──アホの極みや。
未知の術式とか、概念系で呪われたりしたらどないすんねん。今までの常識が通じないような、理不尽な術式を持つ呪詛師に会ったらどないするんや。
そもそもやな、あれは元々うちの呪具やろ。勝手に壊すなや、器物損壊で訴えるぞ。
『当たれば術式解除』っていうぶっ壊れ性能。僕が喉から手が出るほど欲しがっとったのに──壊すなや。アホ。
「もうええ。下がってええよ。そもそも、呼んでないのに僕の部屋にくんなや。さっさと去ねや」
あかん。死ぬほどテンション下がるんやけど。
「人が善意から教えてあげたのに。やれやれ、これだから子どもは」
「殴られたいんやったら、そういってくれん?」
やっといなくなった。
『入ってもいいか?』
部屋の外からパパの声がする。めんどくさ、こっちは天逆鉾が壊されて傷心状態なんよ。後で出直せや、無視しとこ。
「──入ったぞ」
「入るなや。居留守してるのわかるやろ。気を遣えや」
何のために外から声かけとるん。
「前にも話した件の続きだが」
「話続けんなや。出てけや、休んどるんやから」
執務室やない。僕の私室まで押しかけてくんな。
「第一、断ったやろ。護衛なんかいらんって」
「だが、お前は呪霊たちを家の中で基本的に好きにさせている。全員連れて外出することも少ない。それなら、せめて護衛くらいつけるべきだ」
「家で好きに遊ばせてても、どれだけ離れていようと召喚できる。それが呪霊操術やろ」
反対に、僕から遠い場所に召喚するんは無理や。召喚してからどっか遠いところまで行くのは問題ない。
「だが、それでもお前が」
「くどいねん。僕が問題ない言うとるやろ」
「──言い方を変える。既存の組織構成に、どうしても当て嵌めることができない奴らがいる。そいつらを纏める、お前の護衛を兼ねた『独立部隊』を作らせろ」
「そんなこといいながら、護衛として僕のそばに置いとくつもりやろ。行動制限されるの嫌いやねん」
いつまでいるつもりや。誰も居座っていいなんて許可してないんやけど。しれっと話しとるんちゃうぞ。
「わかった。名目だけでいい。それなら、護衛用の部隊として新部隊の編成をしてもいいか?」
「それでも嫌やけど、まあええよ。勝手にせぇ」
この件は何度も断ってるのにしつこいし、言いたいこともわからなくないしなぁ。
特級呪術師、夏油傑。外様から入ってきた上に、実力は特級。実力だけなら炳のトップになれるが、いきなりよそ者をトップに据えても誰も納得せん。かといって、平の隊員にするには器がデカすぎや。
真希ちゃん。完全な天与呪縛。身体能力は間違いなく家籍で最強やけど、呪霊を視認することも、呪具なしで倒すこともできん。炳に入れるには特殊すぎて浮いてまう。
真依ちゃん。なんや、意味わからんくらい強くなっとる。体術はゴミやけど、術式のアプローチが天才的や。最近はレーザーを射出できるようになったとか。真依ちゃんは意味わからん。
「ああ。好きにさせてもらう」
(部隊名は煌にしよう)
薄暗い講堂。何重にも垂れ下がった御簾の向こう側で、姿を見せぬ老人たちの、枯れ木が擦れるような声が響く。
『──我々呪術総監部は、本日付をもって通達する。禪院家当主・禪院雅、及び禪院家一門、ならびに『呪術共生機構』に所属する全ての術師を『呪詛師』と認定し、即時処刑対象とする!異議のある者は声を上げよ!』
静寂。
否、それは肯定の静寂ではない。
恐怖と、利害と、そして引き返せぬ道を選んだ狂気の沈黙だ。
『『......異議なし!』』
『『賛同する!』』
『『あれはもはや、呪術界の秩序を乱す反逆者だ!』』
御簾の向こうで、老人たちが醜く口角を吊り上げる。
雅に与えられた屈辱と組織存続に対する危機感。それを晴らす方法はただ一つ。生意気な禪院家当主、及び敵対勢力を消すことだ。
『──これに伴い、執行責任者として特級呪術師・五条悟を任命する!追加戦力が必要な場合、その費用、人員、及び事後処理に関する一切の負担は、五条家が負うものとする!』
『『異議なし!』』
『『賛同する!』』
この決定には、二つの悪意が込められていた。
一つは、現代最強の矛を禪院家にぶつけること。
もう一つは、その戦いで発生するであろう莫大な損害を全て五条家に押し付け、五条家の力を削ぐこと。
御三家同士を共倒れさせ、自分たちは安全な御簾の向こうで、再び権力の甘い汁を吸う。
それこそが、老害たちが導き出した『最良の延命策』だった。