この炊事場、全然食材ないやん。普段使われとる炊事場行ったら邪魔なるかと思って、あんまり使われん炊事場に来たら米と味噌しかないんやけど。なんなん。僕にねこまんま作って食べろいうん?
「とりあえず米炊こか」
文句言うても食材は増えへん。空腹には勝てんし、ここにあるもんで腹満たすしかないわ。
初めてやるけどなんとかなるやろ。まずは米を洗わんとあかん。これ、米は釜に直接入れてといでええんか?それとも、釜に入れるんは別の容器でといだあとなんか?
まあええわ。不味かったら全部パパに上げればええだけやしな。とりあえず釜に直接入れてとごか。
「冷水は冷たいなぁ」
蛇口を捻ると、まるで氷水みたいな水が出てきよった。
釜の中で米を回すたび、シャラシャラいうて冷たい音が響く。白く濁っていく水を見てると、なんか不安になってくるな。これ、どこまで透明にすればええんや?洗いすぎたら米の栄養とか旨味まで流れ出てまうんちゃうか?
よし、とりあえず研ぎ終わった。
あとは、この釜を竈にセットして、薪に火つけて、ふいごで風送って火力調整しながら炊けばええんやけど....
「──めんどくさ」
あかん。ダルくなってきた。
なんで僕が、今更昔の人間みたいなことせなアカンねん。スイッチひとつで炊ける文明の利器はないんか。なんなん、米は炊飯器やなくて釜で炊くっていうこだわりでもあるん?
もうええわ。
自分で作るんやなくて、誰かに作らせた方が早いやろ。もう料理作る気分じゃなくなってきたわ。食材もまともなもんないし、やめやめ。
「──え」
「ん?」
僕が女中か誰か呼んでこようか考えとると、後ろから物音がした。振り向いて確認してみると──なんや、真依ちゃんやん。
禪院家には5ヶ所、炊事場がある。
そのうちの1つ、北側の離れにあるそこは、全くと言っていいほど使われない。他の場所に比べて狭いし、隙間風が入って寒いし、位置が悪いのが原因だ。
だから私は、よくその炊事場を使っている。たまに自分の夜食を作ったり、あとは『軀倶留隊』で馬鹿みたいに頑張って訓練してる真希や、他の隊員への差し入れを作るために。
今日も、差し入れのおにぎりを作るために炊事場に来た、はずだった。
「──え」
いた。ありえない。今までこんなボロい炊事場に、雅様が来ることなんてなかったのに。
心臓が跳ねる。雅様は忙しいからか、あんまり邸宅内で見かけることがない。基本的に自室にいらっしゃるから。
だから、こんな至近距離で顔を見られるなんて──嬉しい。
「なんや、真依ちゃんやん。久しぶりやな?話すのなんて何年ぶりやろうか」
「──4年と2ヶ月ぶりです。雅様が当主になられる前が最後なので」
私の事、覚えてくれてる?話したことなんて数えるほどしかないのに。私なんて灯の末端なのに。
覚えてくれてるんだ。ふーん......へぇ。あとで真希に自慢しよ。絶対自慢しよ。
「.......ん?そ、そうなんや。よう覚えとるね。あ、そや。僕のこと様なんてつけなくてええよ。気楽に呼び捨てたって構わんよ。まあ、他家の人間が居る時は当主様呼んでくれな困るけど」
「わ、分かりました」
呼び捨て。呼び捨て許可。本人承認済み。
本当に嬉しい。なんなんだろう、最近真面目に訓練頑張ってたから、そのご褒美かな。
真希は勝手に呼び捨ててるけど、私は本人から『いい』って言われたからね。この差は大きい。
「ここに来たってことは、軀倶留隊への差し入れ作りに来たん?パパが言うとったわ。真希ちゃんは個別訓練してほしいってやる気あって、真依ちゃんは献身的で皆を支えとるってな」
「そ、そんな、雅様のお耳に入っていたなんて....」
甚壱おじさん、ありがとうございます。今まで真希をいじめる性悪ゴリラって心の中で毒づいてごめんなさい。もう今後そんなこと思いません。いや、たまにしか思わないようにします。
「真依ちゃんは様付け好きやなぁ。ま、呼び方なんて好きにしてくれたらええよ」
「あ、ありがとうございます」
駄目だ、染み付いた敬称が抜けない。いきなり名前を呼び捨てなんて、恐れ多くて舌が回らない....!
「でな、真依ちゃん。お願いがあんねん。きいてくれる?」
「っ、もちろんです!」
「僕、お腹すいてんねん。やけど、ご飯炊いたことなくて困ってるんやけど──これから作る軀倶留隊への差し入れ、僕にも分けてくれん?」
「え、あ、でも、大したものじゃなくて。塩おにぎりだけですけど....いいんですか?」
「ええよ。今はおにぎり嫌いやないねん。真依ちゃんの手料理、期待しとるわ」
「そんな、手料理なんて....が、頑張ります」
「うん。楽しみにしとるよ」
「...」
「...」
「...」
「.......あの、見てるんですか?」
「折角やしね。見学させてもらうわ」
「手慣れとるなぁ」
雅様の感嘆の声が、背中越しに聞こえる。絶対に失敗できない。
軀倶留隊への差し入れなら、多少米に芯が残っていようが、焦げ付いていようが私は食べないから別にいい。けれど、雅様が口にするなら話は別だ。
火加減、水加減、蒸らしの時間。全てにおいて完璧でなければならない。私の心臓は、竈の火よりも激しく燃え上がっていた。
「なあ、真依ちゃん。ふいご、貸してーや。僕も少しだけやってみたい」
「は...........い」
思考が停止する。
雅様が私の使っていたふいごを、そのまま受け取って口をつける?それってつまり、間接キ.....ッス、なんじゃ....?
「ふーっ、ふーっ。あかん、これ難しいな。調整がきついわ」
私の動揺など露知らず、雅様は無邪気に火吹きを楽しんでいる。神様、ありがとうございます。このふいごは家宝にします。というか、私が墓まで持っていきます。
しばらくして、炊き上がった米を握る段になった。
私は手塩にかけ──文字通り、手にたっぷりと塩をつけて、熱々の米を握っていく。
「へぇ、随分と塩つけるんやね」
雅様が、私の手元をじっと見つめながら呟いた。
「は、はい。軀倶留隊は激しい運動をしている合間に食べるので、塩分補給も兼ねて...このくらいしょっぱいくらいが、ちょうどいいんです」
「そうなんや。しょっぱいくらいが、ね」
雅様の声色が、ふっと変わった気がした。勘違いでなければ、何かを懐かしむような声に。
「あ、でも、雅様のは塩を控えめに──」
「ううん、せんくてええよ。他のと同じので」
「わかりました」
「出来ました。あの、お部屋までお運びしましょうか?」
「ええよ。自分でもっていくから。ありがとうなぁ、真依ちゃん」
雅様は、おにぎりが4つ乗った皿を抱え、ひらひらと手を振って炊事場を出て行かれた。
残された私は、その背中を見送る。雅様とこんなに話せてご飯まで作れるなんて......本当に夢みたい。
廊下を歩きながら、まだ温かいおにぎりを一つ、口に運ぶ。
「──ん」
口いっぱいに広がる、強烈な塩気。具なんて入っていない。米と塩だけの、シンプルなおにぎり。
これや。
あの倉庫の前で、泥水を啜って生きていた僕を繋ぎ止めたおにぎり。誰が置いたかも分からんかったけど、僕の命綱やった。
「......なるほどなぁ」
お前やったんか。
でも、なんでやろうか。助けられるようなことした覚えないんやけど。あ、あれか。落ちこぼれに同情心がわいたとか....?
まあ、なんでもええけど。本人が言うてこない以上、僕もなんも言わん。やけど、お礼はせなあかんなぁ。
「構築術式と相性がいい呪具でも渡そか?」
いや、でもなぁ。真依ちゃん呪力量が少ないから術式と相性がいい呪具渡したところで意味ないやろ。
「──あ、そや。あの呪具ならええやん。扇のおじさんも死後に娘に償いできて喜ぶやろ」
呪術規定違反やけど、バレることはない。禪院の呪具を全て把握してる人間なんて僕たちだけなんやから。
呪術規定
人間を呪具の材料にすることを禁ずる。