保健室の白い天井。
消毒液の匂いと、規則的な電子音。
目を開けた瞬間、私の脳裏に蘇ったのは、肉が焼ける嫌な匂いと、死柄木の絶叫でした。
(私は……あの人を、壊した……)
右手の震えが止まりません。ヒーローになると決めたのに、私は結局、一番慣れ親しんだ「兵器」としての解決策を選んでしまった。その絶望が、体を鉛のように重くしていました。
「……気がついたかい、朱奈」
カーテンが静かに開きました。
そこにいたのは、いつもの、痩せこけて血を吐くようなおじ様――八木俊典さんでした。
「おじ様……。私…………やってしまいました。あの人の足を……ヴィランといえど…………私は……」
私は布団に顔を伏せました。「もうここにはいられない」「またあの暗い海に戻らなきゃいけない」――そう口にしようとした、その時。
「……見てほしいものがあるんだ、朱奈」
おじ様の声に、いつもとは違う「重み」がありました。
顔を上げると、そこには信じられない光景がありました。
八木さんの体から蒸気が立ち上り、骨と皮だけだった体躯が、見る間に膨れ上がっていく。
胸板が厚くなり、影に覆われていた瞳に、強烈な光が宿る。
「え……?」
目の前に立っていたのは、あのUSJで絶望の淵から私を救い出した「平和の象徴」。
オールマイト、その人でした。
「おじ……様……? なんで、貴方が、オールマイト……?」
「驚かせてすまない。これが、私の本当の姿……いや、かつての姿だ。ある戦いで重傷を負い、今は一日のうち数時間しかこの姿を維持できない。だから、普段はあの姿で過ごしているんだ」
彼は再び、元の痩せたおじ様の姿に戻り、力なく椅子に腰を下ろしました。
「君を海で見つけたのも、君を回収したのも、私だ。……朱奈。君が今日、ヴィランに放った攻撃。あれを『過剰』だと責める者は、外にはたくさんいるだろう。だが、私は責めない。君が仲間を守ろうとした結果だということは、私が一番よく知っている」
おじ様がオールマイトだった。私を救い、名前をくれたのは、ずっとそばにいてくれた、この優しい人だった。その事実に震えていると、扉が乱暴に開かれました。
スーツを着た無機質な表情の男女――公安委員会の役員たちが、武装した護衛を連れて入ってきたのです。
「オールマイト、そこまでだ。……八木朱奈。現時刻を以て、君の特例編入措置を解除する。ヴィランに対し致命的な重傷を負わせた事実は、もはや『更生』の域を超えている」
「待ちなさい! 彼女はまだ子供だ、状況が……!」
八木さんが立ち上がりますが、激しく咳き込み、膝をつきました。
「オールマイト、貴方も今はその力がないはずだ。彼女は再び『生体兵器』として、我々の厳重な管理下で再教育を受ける。……朱奈、来なさい。逆らえば、そのリストバンドで即座に意識を奪う」
公安の男が、リモコンのような装置をこちらに向けました。
私は震える手で、ベッドの柵を握りました。
(私は、また道具に戻されるの?)
八木さんは、震える手で私の手を握りしめました。
「……行かせない。彼女は、私の……私の家族だ。兵器になど、二度とさせはしない……!」
「黙れ。……連れて行け」
護衛たちが私に手を伸ばしたその時。
背後の窓ガラスがパキパキと音を立て、病室の床が一瞬で凍りつきました。
「……公安だか何だか知らねぇが、勝手に話進めてんじゃねぇよ」
冷気と共に現れたのは、轟くんでした。
彼は公安の役員たちの足元を氷で拘束し、私とおじ様を庇うように間に立ちました。その瞳は、冷徹な怒りに満ちています。
「轟くん……?」
「八木、動かなくていい。……あんたら、こいつを連れて行ってどうするつもりだ?」
「……私立雄英高校の生徒が、公安の公務を妨害するか、轟焦凍。エンデヴァーの息子といえど、容赦はせんぞ」
「親父の名前を出すな。反吐が出る」
轟くんは左手からも熱気を立ち昇らせました。
「こいつは、多分俺と同じだ。……勝手に作られて、勝手に期待されて、勝手に絶望されてる。こいつが今日やったことは、間違いなく人を救うためのもんだった。それを否定するなら、俺が相手になってやる」
「……轟くん……」
私は、彼の顔を見つめました。
おじ様とは違う、同じ「若すぎる運命」を背負わされた少年のその顔を。
おじ様の正体を知り、公安に追われる身となった私。
でも、一人ではありませんでした。
おじ様の手の温かさと、目の前の少年の冷たい氷が、今の私を「兵器」ではなく「朱奈」として、この場所に繋ぎ止めてくれていました。
「……そこまでにしておきたまえ」
凍りついた病室の空気を切り裂くように、聞き慣れた、しかし底知れない威厳を持った声が響きました。
病室の扉の影から姿を現したのは、根津校長でした。その後ろには、包帯だらけの痛々しい姿ながらも、鋭い眼光を失っていない相澤先生も控えています。
「根津校長……邪魔立てするつもりか」
公安の男が忌々しげに言い放ちます。根津校長は、轟くんの氷が張った床を気にする様子もなく、優雅に歩み寄りました。
「邪魔だなんてとんでもない。ただ、司法の適正な手続きについて『再考』をお願いしたいだけですよ。彼女がヴィランに負わせた重傷……確かに事実は重い。しかし、それは彼女を教育していた『組織』が植え付けた戦闘本能に起因するもの。更生プログラムの途上にある生徒を、一度のミスで即座に兵器に戻す……それは教育の放棄であり、同時に雄英高校への不信感の表明と受け取ってもよろしいかな?」
「詭弁を……! 彼女の火力は国防レベルだ。野に放つリスクを考えろ!」
「だからこそ、我々が管理している。……八木俊典くん」
校長に名前を呼ばれ、おじ様がゆっくりと顔を上げました。
「君も、彼女の『保護者』として覚悟を決めなさい」
「……あぁ。分かっている」
八木さんは私の手を握る力を強め、公安の役員たちを真っ直ぐに見据えました。
「彼女の身柄は、引き続き雄英が預かる。もし、次に彼女が『兵器』として振る舞うことがあれば……その時は、私が、この八木俊典が、彼女と共にタルタロスへ入る。それで……納得していただけるか」
「……貴方ほどの男が、そこまで言うのか」
轟君がいるのかおじ様をオールマイトとは呼ばない、公安の男は、苦虫を噛み潰したような顔で八木さんと、そして私の手首にあるリストバンドを交互に見ました。
「……いいだろう。ただし、『司法取引』だ。八木朱奈。君にはこれから、通常のカリキュラムに加え、公安が指定する特別監視プログラムへの参加を義務付ける。そして、君のデバイスは、公安側でもいつでも作動させられるよう同期させてもらう。……拒否権はない」
それは、より重い「鎖」に繋がれることを意味していました。
でも。
「……分かりました。受け入れます」
私は、自分を庇って立ってくれている轟くんの背中と、おじ様の温かい手を見つめました。
「私は……もうアレには戻りたくないから」
公安たちが舌打ちして去っていくと、部屋には静寂が戻りました。
轟くんが個性を抑えると、深くため息をつきます。
「……悪かったな。勝手に割り込んで」
「ううん。ありがとう、轟くん。……助かった」
私は彼に、初めて心からの言葉を向けました。
そうして彼と相澤先生達が去ると
八木さんは安心したように激しく咳き込み、再び痩せこけた姿でベッドに突っ伏しました。
「……朱奈。正体を隠していて……すまなかった」
「いいえ。……おじ様が、あの、海の私を救ってくれた人だった。それだけで……私は、十分です」
私は、おじ様の背中をそっとさすりました。
平和の象徴、オールマイト。
私の憧れで、私の恐怖で、そして――私の「たった一人の家族」。
そう
私の
家族………
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