鋼鉄艦船のヒーローアカデミア   作:朱鶴

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安心と開始の音

翌朝、私はいつになく重い足取りで教室の扉の前に立っていました。

 

リストバンドは公安によって同期され、以前よりも冷たく重く感じます。何より、あの凄惨な光景を見せてしまったクラスメイトたちに、どんな顔をして会えばいいのか。

 

(……拒絶される。あるいは、恐れられる。それが「兵器」としての正しい反応です)

 

脳内のシミュレーションは、常に最悪の結末を導き出します。

私は一度深く息を吸い込み、意を決して巨大な扉を開けました。

 

「あ! 八木さん!!」

 

扉が開いた瞬間、真っ先に声を上げたのはお茶子ちゃんでした。

彼女はデクくんや飯田くんと一緒に駆け寄ってくると、私の顔を覗き込みました。

 

「大丈夫!? 怪我は? 保健室からそのまま帰ったって聞いたから、みんなですごく心配してたんよ!」

 

「八木さん、顔色が少し悪いみたいだけど……身体は痛くないかい?」

 

デクくんも、自分だって包帯だらけなのに、本気で私を案じる目を向けてきます。

拒絶も、恐怖も、そこにはありませんでした。

 

「……皆さん。私、その……ヴィランに対して、あんな……」

 

私は言葉を濁し、伏せ目がちに手首のリストバンドを隠そうとしました。しかし、それを遮ったのは、普段は厳しい学級委員長の飯田くんでした。

 

「相澤先生から聞いたよ! 君が咄嗟の判断で、蛙吹くんたちを救ってくれたんだと! 手法については議論の余地があるかもしれないが、君が仲間を想い、動いた事実は変わらない。感謝こそすれ、責める者などここにはいない!」

 

「そうよ、朱奈ちゃん。助けてくれて、ありがとう」

 

後ろから、蛙吹さんが静かに、でもはっきりと告げてくれました。

 

(……不思議。どうして、みんな笑っているんですか?)

 

私の演算機能(こころ)が、激しく混乱します。

人を壊した者は、嫌われるはず。遠ざけられるはず。

なのに、クラスのあちこちから「お疲れ様」「強かったな」と声が飛んできます。

 

ふと視線を感じて横を見ると、席に座った轟くんが小さく頷いていました。その隣では、爆豪くんが「チッ、しぶてぇアマだ」と毒づきながらも、以前のような「得体の知れないものを見る目」ではなく、一人の「競うべき相手」を見るような鋭い視線を向けてきました。

 

「八木さん、今日はお祝いに八百万さんの美味しいお茶、みんなで飲もうよ!」

芦戸さんが私の肩に手を乗せます。

 

その瞬間、私の胸の奥に、かつてないほどの熱が広がりました。

それは、艤装の動力炉が発する熱とは違う、もっと静かで、絶え間なく溢れてくるような温かさ。

 

(あぁ、これが……八木さんが言っていた『こちら側の世界』)

 

名前を呼ばれ、心配され、居場所がある。

昨日まで、私を縛っていたのは「恐怖」と「命令」という名の鎖でした。

でも今、私を包んでいるのは、形のない、けれど決して解けない「絆」という名の光。

 

「……ありがとうございます。皆さん」

 

私は、まだぎこちないけれど、一生懸命に口角を上げようとしました。

まだ「笑顔」の作り方は正解がわからないけれど、視界が少しだけ潤んで、昨日見た夕日よりもずっと温かい色が、教室中に満ちているのを感じました。

 

(マスター。私は、もう戻りません)

 

心の中で、静かに、でも決然とそう呟きました。

そうしてたミイラ姿の相澤先生が入ってきました

 

みんなは相澤先生を心配してましたが

「……雄英体育祭を開催する」

 

と言うと

 

学校ぽいのキターーー!

 

と大勢のクラスメイト達が叫びます

 

「……たいいくさい?」

 

聞き慣れない言葉に、私は首を傾げました。私の辞書にある『祭』とは、出撃前の景気づけや、勝利後の祝宴といった血生臭いものばかり。

 

「先生! ヴィランに襲撃された直後です! そんなイベント、中止にするべきでは!?」

 

飯田くんの尤もな叫び。しかし、相澤先生は淡々と、それがヒーロー社会における「力の証明」であることを説明しました。かつてのオリンピックに代わり、今や日本中が熱狂する一大行事。プロヒーローたちがスカウトのために目を光らせる、一生を左右する舞台。

 

「……体育、祭。……スカウト」

 

私は自分の手首にある黒いリストバンドを見つめました。

公安との司法取引により、私の身分は「特別監視対象」です。そんな私が、大勢の観衆やプロヒーローの前に姿を晒して、一体何を証明すればいいのでしょうか。

 

「八木さん! 体育祭、楽しみやね!」

 

昼休み、お茶子ちゃんが目を輝かせて話しかけてくれました。

 

「……麗日さん。私は……参加しても、いいのでしょうか。私の力は、人を……その、競技に向いているとは思えません」

 

「何を言ってるんだい、八木さん! 君の個性はあんなに凄まじいんだ。きっとプロたちも驚くよ!」

 

デクくんもノートを広げながら興奮気味に言います。

クラス中が「勝って名を上げる」という熱気に包まれる中、私だけが、まるでエンジンの掛からない旧式の船のように、その熱量に置いていかれていました。

 

−−−−−−−−−

 

その日の放課後。

マンションに帰ると、八木さんがキッチンでエプロン姿で立っていました。

 

「おかえり、朱奈。……聞いたよ、体育祭のこと」

 

「おじ様……」

 

私はカバンを置き、俯いたまま切り出しました。

 

「私は……怖いです。あんな大勢の前で艤装を出して怖がられたら、もしまた、USJの時のように……加減を間違えてしまったら。それに、公安の人たちもきっと見ています」

 

八木さんは、細い手で私の頭を優しく撫でました。

 

「朱奈。君が怖がるのは、君の中に『優しさ』が育っている証拠だ。兵器だった頃の君なら、躊躇いもしなかっただろう?」

 

「……」

 

「公安は確かに君を監視している。だが、彼らに見せつけてやるんだ。君はもう、彼らが管理するだけの『07』ではない。自分の意志で、人を守るために力を振るえる『一人の人間』なんだということをね」

 

八木さんの深い青色の瞳には、迷いのない信頼が宿っていました。

 

「……おじ様は、見ていてくれますか?」

 

「ああ。特等席で、誰よりも君を応援しているよ。……平和の象徴としてではなく、君の家族としてね」

 

胸の奥が、ジンと熱くなりました。

不思議です。あんなに恐ろしかったはずの行事が、おじ様の言葉ひとつで、少しだけ「挑んでみたい」ものに変わっていく。

 

(私は、八木朱奈。……おじ様の名に、恥じない戦いをしなければ)

 

−−−−−−−−

 

翌朝、私は少しだけ足取りを軽くして学校へ向かいました。

校門の前で、私を見つけた轟くんが足を止め、静かにこちらを見ました。

 

「……八木。お前の全力、あの舞台で見せてもらうぞ」

 

「……はい。轟くん」

 

私と彼、そしてクラスメイトたちの「戦い」の幕が上がろうとしていました。

それは、私にとっての「更生」の証明であり、過去という暗い海を振り切るための、新しい航海への一歩でした。




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