騎馬戦が終わり、束の間の休息を経て始まった最終種目。
スタジアムの中央に設置された特設リング。その舞台に、私は一歩を踏み出しました。
対戦相手は、同じ1-Aのクラスメイト、芦戸三奈さん。
「八木さん! 騎馬戦ではかっこよかったけど、ここは本気の勝負だよ! 手加減なしね!」
芦戸さんは、ピンク色の肌を弾ませて快活に笑い、すでに戦闘態勢に入っています。彼女の「酸」による機動性と攻撃力は、艤装を持つ私にとっても油断できない相手です。
「……はい。芦戸さん。私も、全力を尽くします」
私は左手首のリストバンドを見つめました。公安からの監視レベルは、騎馬戦の「最大戦速」の影響で一段階上がっています。高出力のビームや艦載機の飽和攻撃は、この場では封じられたも同然。
(……破壊せずに、勝つ。それが私の戦いです)
「第一試合、スタート!!」
合図と同時に、芦戸さんが地面に酸を撒き散らし、滑るように肉薄してきます。
「逃げる前に! 捕まえるよ!」
「……来ますね」
私は「エアポート」を右腕側に固定し、シールドとして展開。放たれた酸を装甲板で受け流します。ジュッという嫌な音が響きますが、戦艦の装甲は一朝一夕では溶けません。
「艤装、出力5%。スライド推進」
私は足元から空気を噴出し、彼女の動きに合わせるように円を描いて滑走。相手の酸が途切れる一瞬の隙を突こうと計算(シミュレート)を開始します。
「これならどう!」
芦戸さんが複数の酸の塊を放り投げてきます。私はそれを避けるのではなく、分離させた艦載機の一機を操り、空中で風圧を起こして酸の軌道を強引に逸らしました。
「えっ、そんな細かい操作まで!?」
「……艦載機は私の手足と同じです。芦戸さん、あなたの動きは、すべて私のレーダーが捉えています」
私は一気に加速し、懐へ飛び込みます。しかし、攻撃はしません。左手に装備した弓型のデバイス「空天穹」の弦を弾き、衝撃波(ソニックブーム)を至近距離で発生させました。
「うわっ……!?」
衝撃に怯んだ芦戸さんの死角へ回り込み、私はエアポートの端で彼女の足をそっと掬うように払いました。
「……チェックメイトです」
バランスを崩した彼女の背中を、優しく、けれど確実に場外へと押し出しました。
「芦戸三奈、場外(アウト)! 勝者、八木朱奈!!」
割れんばかりの歓声。
私は艤装を解除し、倒れ込んだ芦戸さんに手を差し伸べました。
「……あちゃー、やっぱり強いね。でも、全然痛くなかった。八木さん、気を使ってくれたでしょ?」
「……勝負ですから。でも、あなたを傷つける必要はありませんでした」
私がそう答えると、芦戸さんは嬉しそうに私の手を握り、立ち上がりました。
貴賓席を見上げると、八木さんが……おじ様が、自分のことのように嬉しそうに胸を張っているのが見えました。
(一人目……。次は、もっと厳しい戦いになるはずです)
トーナメントの表を見ると、次戦の相手は
「常闇さん……ですか」
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トーナメント第2回戦。舞台に立つ私の前に、漆黒の外套を纏った常闇踏陰くんが立ち塞がりました。
「八木朱奈。……貴殿の『艦隊』、その堅牢さは騎馬戦で身を以て知った。だが、一対一において我が影(ダークシャドウ)を凌駕できるかな」
「常闇くん。……全力で、行かせていただきます」
私はエアポートを展開し、重心を低く構えました。しかし、公安のリミッターは現在「警戒モード」。高出力の砲撃や爆発を伴う攻撃は、引き金を引こうとしてもシステムに強制ロックされ、不発に終わります。
「試合、開始!!」
「出でよ、ダークシャドウ!!」
合図と同時に、猛然と巨大な鉤爪が伸びてきます。私は咄嗟にエアポートの装甲板を盾にして受け止めますが、その重さに息が止まりそうになりました。
「――っ!? 重い……!」
ダークシャドウは生き物のように軌道を変え、装甲の隙間を縫って私の足を払い、肩を叩き、休む間もなく波状攻撃を仕掛けてきます。私はスライド推進で距離を取ろうとしますが、スタジアムの影から影へと伸びる漆黒の腕に、逃げ場を削られていきました。
(……計算が追いつきません。今の私には、この影を払う『術』がない……!)
ドカッ、という鈍い音と共に、ダークシャドウの拳がエアポートの側面を強打しました。私は踏ん張れずに数メートル後退し、場外の白線が足元に迫ります。
「どうした、八木! 貴殿の力、本来はこのようなものではなかろう!」
常闇くんの言葉が突き刺さります。
公安の制約。過去への恐怖。それらが「枷」となって、私の動きを鈍らせている。
ダークシャドウがさらに巨大化し、私を場外へ叩き出そうと、両腕を大きく振り上げました。
(……負けられない。おじ様が見ている前で、何もできずに終わるなんて……!)
私は必死に、今の自分にできることを探しました。
ビームは出せない。砲撃もダメ。なら、ただの「エネルギー」として垂れ流すだけなら――。
「全艦載機……集結!!」
私は自分の周囲に、すべての小型機を密集させました。攻撃するためではなく、ただの「光源」にするために。
「出力……強引に上げます……!」
「なっ、自爆する気か!?」
技と呼べるような洗練されたものではありません。
私はリストバンドの警告音を無視して、艦載機の動力炉を無理やり「オーバーヒート」させました。
次の瞬間、機体の隙間から、制御しきれない眩い光がスタジアムの中央で爆発的に溢れ出しました。
「グアァァッ!? 光が……力が抜ける……!!」
至近距離での凄まじい発光。闇を糧とするダークシャドウは悲鳴を上げ、常闇くんの影の中へと縮みこんでいきます。
「今……ですっ!!」
視界が白く焼けているのは私も同じ。
でも、私は感覚だけで地面を蹴りました。加速を制御する余裕もなく、ただ一直線に、残された推進力のすべてを使い、目隠しをされた状態の常闇くんの胸元に、エアポートの角を「衝突」させました。
「がはっ……!」
常闇くんの体が宙を舞い、そのまま白線の外へと転がっていきました。
「……そこまで! 常闇場外、勝者・八木朱奈!!」
静寂の後、拍手が沸き起こりました。
私はその場に膝をつき、激しく荒い息を吐きました。右手首のリストバンドからは、無理な過負荷による白煙と、強制冷却の液体が漏れ出しています。
「……見事だ。力ずくで太陽を模したか」
常闇くんがふらつきながら立ち上がり、悔しそうに、でも敬意を込めて手を差し伸べてくれました。
「……ごめんなさい。、少し、乱暴でした」
私はその手を取り、何とか立ち上がりました。
観客席のどこかで、八木さんがハラハラしながらも、深く安堵したように座り直すのが見えました。
しかし、次の対戦表を見た瞬間、私の心臓がまた大きく脈打ちました。
準決勝。
そこには私のある意味天敵の爆豪勝己の名が
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準決勝。
スタジアムの空気は、これまでの試合とは明らかに一線を画していました。
対戦相手は、爆豪勝己くん。
彼は、第1種目からずっと、私に「不愉快だ」と言わんばかりの鋭い視線を向け続けていました。
「……おい、クソアマ。いつまで猫被ってやがる」
爆豪くんは、開始位置につくなり、掌でパチパチと爆発を鳴らして私を睨みつけました。
「常闇の時も、芦戸の時もそうだ。テメェ、その『枷』のせいにして、ずっと出力を絞ってやがるだろうが。俺を……舐めてんのか」
「……舐めてなど、いません。私はただ、自分の力を正しく使おうとしているだけです」
「それが舐めてっつってんだよ!!」
彼の咆哮と共に、開始の合図が響き渡りました。
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「スタート!!」
合図と同時に、爆豪くんが爆風による超高速移動で肉薄してきます。デクくんの直線的な動きとは違う、三次元的な、捉えどころのない加速。
「死ねッ!!」
「――っ! 右舷、防御(シールド)!」
私は咄嗟にエアポートを右側に展開。しかし、彼は正面からぶつかる直前、空中で爆破を放ち、私の真後ろへと回り込みました。
「遅ぇんだよ、鈍重が!!」
背後からの直撃。凄まじい衝撃波が私の背中を叩き、姿勢を大きく崩されます。
私はスライド推進で場外際まで滑り、何とか踏みとどまりました。
(……速い。そして、的確に装甲の薄い場所を狙ってきている。私のレーダー(索敵)が、彼の反応速度に追いつかない……!)
「どうした! USJでヴィランの足を消し飛ばしたあの勢いはどうしたぁ!? そんな『お遊び』の盾で、俺に勝てると思ってんのか!!」
爆豪くんの猛攻が続きます。
彼は私がリストバンドを気にしているのを見抜き、わざと高頻度の小爆発を浴びせて、私の判断を狂わせようとしていました。
(公安のリミッターが……また赤く光っている。でも、ここで高出力を出せば、私はまた『兵器』に戻ってしまう。またおじ様を悲しませてしまう……!)
迷い。それが動きに一瞬の淀みを生みました。
その隙を、戦闘の天才が逃すはずがありません。
「……捕まえたぞ」
爆豪くんが私のエアポートを掴み、そのままゼロ距離で特大の爆破を叩き込みました。
「――ッ!!!」
爆炎に包まれ、私の視界が真っ白になります。
装甲板が悲鳴を上げ、フィードバックとして私の右腕に激痛が走りました。
吹き飛ばされ、地面を転がる私。
「……終わりか。期待外れだなクソアマ」
爆豪くんが、忌々しげに、でもどこか寂しげに吐き捨てました。
その時でした。
私の脳裏に、ある声が響きました。
『朱奈。……君は、何のためにその力を使うんだい?』
それは、おじ様の……八木さんの声。
壊さないため? 兵器にならないため?
いいえ、違う。
(私は……目の前のこの人に、勝ちたい。初めて、自分の意志で、ライバルとして……!)
私はふらつきながらも、立ち上がりました。
右手首のリストバンドが、過負荷(オーバーロード)でパッシングを起こし、激しい警告音を鳴らしています。
「……まだ、終わっていません、爆豪くん」
私は、初めて自分の意志で、リミッターを「無視」することを選びました。
「艤装、強制連結。……スラスター、全開」
私の背後から、これまでの『スライド』とは比較にならないほどの轟音が鳴り響きました。スタジアムの砂埃が、気圧の変化で渦を巻きます。
「……あ? そうだ。それでいい。来いよ、八木朱奈!!」
爆豪くんが凶悪な笑みを浮かべ、最大出力の爆炎を両手に溜めました。
私は、ふらつく足で地面を強く踏みしめました。
その瞬間、私の意識はスタジアムの喧騒を離れ、深い「海」の底へと沈んでいきました。
(……あぁ、この感覚。知っています)
脳裏にフラッシュバックするのは、暗い波間に浮かぶ実験施設の光景。
『07、出力確認。目標、前方10キロの廃船群――薙ぎ払え』
冷徹な「マスター」の声。
私の意志など関係なく、ただ破壊の命令(プログラム)に従って、巨大なエネルギーを放流していたあの頃。
あの時も、腕には今と同じような「枷」が嵌められていたはずなのに、出力は際限なく跳ね上がって――。
(嫌だ。……また、あの場所に戻るのだけ………)
暗い記憶の底で、私は必死に「自分」を繋ぎ止めようとしました。
その時、右手首で激しく点滅していたリストバンドが、カチリ、と奇妙な乾いた音を立てました。
「え……?」
耳障りだった警告音(アラート)が、唐突に止みます。
網膜に表示されていた赤いエラー表示が、スッと消えていく。
壊れたのか、それとも公安が遠隔で「排除」のスイッチを押したのか。
しかし、伝わってくる感覚は、そのどちらでもありませんでした。
全身を縛り付けていた透明な糸が、一斉に断ち切られたような……。
今まで自分の意志の半分以上を「制御」に割いていたリソースが、すべて「自分」の元へ返ってきたような解放感。
(電源が……落ちている? でも、なぜ……!?)
驚愕に目を見開く私の視界の隅で、観客席の端に立つ相澤先生と目が合いました。彼は、赤い目で私のリストバンドを睨みつけた直後、フッと視線を逸らし、目薬を差しました。
(相澤先生……。あなたが、消してくれたのですか!?)
「……何を呆けてやがる、クソアマ!!」
爆豪くんが爆風を纏い、咆哮と共に突っ込んできます。
今度は、迷う理由がありません。
「……爆豪くん。これが、私の全力です」
私は艤装を再展開しました。
リミッターの外れた『航空母艦』。
甲板から溢れ出すエネルギーは、もはや青い光ではなく、私の髪の色と同じ、鮮やかな「朱色」に染まっていました。
「艤装、全リミッター解除。……最大戦速(フルスピーダー)!!」
スタジアムの砂が、私の足元から爆発するように巻き上がりました。
これまでの「スライド」とは次元が違う。音を置き去りにするほどの加速。
「ハッ、最高だ!! 来いよ、八木朱奈!!」
爆豪くんもまた、両手を後方へ向け、自身を人間弾頭へと変えました。
スタジアムの中央で、爆炎の渦と朱色の雷光が激突しようとしていました。
「最高だ……! そう来なくちゃよぉ!!」
爆豪くんが獰猛に牙を剥き、両手を大きく広げました。
まだこの時の彼には、後(のち)の『ハウザーインパクト』のような洗練された大技はありません。しかし、その分、純粋な「爆破」の熱量と、彼自身の類まれなる戦闘センスが極限まで研ぎ澄まされていました。
「死ねえええ!!」
彼が放ったのは、自身の肉体さえも削りかねない、最大出力の双爆。
(――来る!)
私は「朱」の光を纏い、スタジアムの地面を削りながら肉薄しました。
リミッターの外れた艤装の推進力は、私の体感速度を極限まで引き上げます。
「……突撃(ラム)!!」
私はエアポートの重装甲を前面に突き出し、爆豪くんの爆炎の渦へと真っ向から飛び込みました。
――ドォォォォォン!!
スタジアム全体を揺るがす、この日一番の轟鳴。
中心地から爆風が円状に広がり、観客席のヒーローたちが思わず腕で顔を覆います。
(熱い……! でも、止まれない……!)
爆煙の中で、私のエアポートと爆豪くんの爆破が真っ向からぶつかり合います。
しかし、ここで差が出たのは、経験の差でした。
私は真っ直ぐに突き進むことしかできなかった。対する爆豪くんは、衝突の瞬間に爆破の反動を使い、自らの体をわずかに「捻り」ました。
「甘ぇんだよ……!!」
彼は私の突進を正面から受け止めるのではなく、爆破の勢いで私の装甲を「受け流し」、その死角へと回り込んだのです。
「――っ!?」
「終わりだぁ!!」
無防備になった私の背中に、彼が溜め込んだ残りのエネルギーがすべて叩き込まれました。
凄まじい衝撃。
私の体は砲弾のように弾き飛ばされ、スタジアムのコンクリートの壁に深くめり込みました。
「…………カハッ」
肺の空気がすべて絞り出され、視界がチカチカと明滅します。
艤装がバチバチと火花を散らしながら、強制パージ(解除)されていく音。
(……負け、ました。おじ様……)
霧散していく煙の向こうに、肩で息をしながら、勝ち誇ったようにこちらを見据える爆豪くんの姿が見えました。彼の腕もまた、過負荷でガタガタと震えています。
「……勝者、爆豪勝己!! 八木朱奈、戦闘不能!!」
審判の声が遠くに聞こえました。
悔しさがこみ上げてくるのと同時に、不思議な解放感が私を包みました。
リミッターを外し、全力でぶつかり、そして敗北した。
兵器として「壊した」のではない。一人の生徒として「負けた」のだという事実が、私をひどく安心させていました。
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試合後。
医務室でリカバリーガールの治療を受けた私は、ボロボロになった体操服を着直し、スタジアムの廊下を歩いていました。
すると、壁に寄りかかって立っていた相澤先生と出くわしました。
「……先生」
「リストバンドの電源が落ちていたな。公安には『機材トラブルだ』と報告しておいてやる」
相澤先生は、こちらを見ようともせずに目薬を差していました。
「……ありがとうございました。おかげで、今の自分の限界を知ることができました」
「……勘違いするな。俺はただ、あんな『枷』をハメたままの生徒を戦わせるのが、合理的ではないと思っただけだ。……次は、自分の意志でその出力を制御してみせろ」
先生はそれだけ言うと、だるそうに去っていきました。
(……次は、自分の意志で)
私はまだ震える右手を見つめました。
敗北は苦い。でも、その苦さは、私が「人間」としてこの場所に立っている証拠のようで。
私は空を見上げ、小さく微笑みました。
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