体育祭の熱狂が、夕暮れ時のスタジアムを包み込んでいました。
いよいよ最後に行われる表彰式。
しかし、そこに広がる光景は、およそ神聖な式典とは言い難い異様なものでした。
「……う、うぅぅ……ッ!!」
1位の表彰台の上、鎖で全身を拘束され、猿ぐつわまで嵌められた爆豪くんが猛獣のように暴れています。自分を「完全な1位」と認められなかった屈辱が、彼をあのような形に変えてしまったのでしょう。
私はその隣、3位の壇上に、常闇くんと並んで立っていました。
(……すごい迫力です。爆豪くん。私との試合で、あんなに消耗していたはずなのに……)
私は、ボロボロになった体操着を着替え、リカバリーガールに治療してもらったばかりの腕をそっとさすりました。
そこに、金色のマントをなびかせた「彼」が、空から降り立ってきました。
「――私が!! メダルを届けに来た!!」
おじ様……いいえ、オールマイトです。
観衆からは割れんばかりの歓声が上がりますが、私は彼と目が合うのを恐れるように、少しだけ俯いてしまいました。
(おじ様の誇りになりたかったけれど……結局、私は負けてしまいました)
オールマイトは、2位の轟くんに言葉をかけ、メダルを授与した後、ついに私の前で足を止めました。
「……八木朱奈。いや、朱奈」
彼はマイクに拾われないほどの小さな声で、私の名を呼びました。
「……負けてしまいました、おじ様。リミッターまで外していただいたのに、私は……」
「何を言っているんだ」
大きな手が、私の頭にポンと置かれました。
見上げると、そこにはいつもの、太陽のような笑顔。
「君は今日、自分の意志で、自分の力を使って、一人のライバルと正々堂々と戦った。……それは、かつて海を漂っていた君には、決してできなかったことだ。誇りなさい。君は今日、最高の『人間』としてここに立っている」
「……っ」
首にかけられた、銅のメダル。
それは重く、冷たく、でも、私にとってはどんな宝石よりも価値のある「証」でした。
「よく頑張ったね、朱奈。……おめでとう」
オールマイトは私を力強く抱きしめました。
会場からは温かい拍手が降り注ぎます。
かつて「07」という番号でしか呼ばれなかった私が、今、数万人の人々に「八木朱奈」として認められている。
隣で「ガガガガッ!!」と鎖を鳴らす爆豪くんと、静かに目を閉じる轟くん。
彼らと共に、私はこの景色を一生忘れないだろうと思いました。
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表彰式が終わり、更衣室へ向かう廊下。
メダルを大事に握りしめていると、背後から声をかけられました。
「八木」
振り返ると、そこには拘束を解かれたものの、まだ不機嫌そうな爆豪くんが立っていました。
「……爆豪くん」
「……おい。次は……次は、そのリストバンドだか何だか知らねぇが、最初からフルパワーで来い。……また、テメェを叩き潰してやる」
彼はそれだけ言うと、乱暴に足音を立てて去っていきました。
それは、彼なりの「次」の約束。
私はメダルを胸に抱き、深く息を吐きました。
私の体育祭は、ここで幕を閉じました。
でも、私の「ヒーロー」としての航海は、まだ始まったばかりなのです。
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と体育祭の喧騒が嘘のように静まり返った、ある休日。
八木さんのマンションのリビングには、柔らかい午後の光が差し込んでいました。
私はキッチンで淹れた熱い緑茶を二つの湯呑みに注ぎ、ソファに座る八木さんの元へ運びました。テーブルの上には、あの時授与された銅メダルが、少しだけ誇らしげに置かれています。
「……お待たせしました、おじ様」
「ありがとう、朱奈。……ふぅ、やはり家は落ち着くな」
八木さんは痩せた体をソファに沈め、湯気と共に深く息を吐きました。その姿は「平和の象徴」ではなく、ただの疲れ果てた、けれど優しい私の保護者の顔でした。
「朱奈、改めて……体育祭、お疲れ様。体の方はもう大丈夫かい?」
「はい。リカバリーガール様の治療のおかげで、痣もすっかり消えました。……ただ、あのリストバンドの件は、公安から何か言われませんでしたか?」
私が不安げに右手首――今は新しい予備のリストバンドが嵌められています――をさすると、八木さんは少しだけ真剣な表情になりました。
「相澤くんがうまく立ち回ってくれてね。『激しい戦闘による一時的な機材故障』として処理されたよ。公安も、君が爆豪少年という強敵と戦っていたことは把握しているから、不問に付すそうだ」
「……そうですか。相澤先生には、今度ちゃんとお礼を言わなくては」
私は湯呑みを両手で包み込み、温かさを感じながら視線を落としました。
「おじ様……私は、爆豪くんに負けて、少しだけ安心したんです」
「安心……?」
「はい。もし私が勝っていたら、それは私の『意志』ではなく、私を造った人たちが設計した『兵器としての性能』が勝っただけのような気がして……。でも、彼は私の全力を、自分の力で超えていきました。それが、なんだか……とても、嬉しかったんです」
八木さんはお茶を一口飲み、ふっと微笑みました。
「君はもう、立派に『人間』の基準で物事を考えているね。勝敗そのものよりも、その過程にある魂のぶつかり合いを尊んでいる。……それはね、朱奈。君の中に、ヒーローの心が芽生えている証拠だよ」
「ヒーローの、心……」
「ああ。自分の力を誇示するためではなく、相手を認め、切磋琢磨する。……君をあの海から引き揚げた時、正直に言えば、私は君を『普通の女の子』にしてあげたいとだけ願っていた。でも、今の君を見ていると、欲が出てしまうな」
八木さんは私の頭を、大きな、少しカサついた手で優しく撫でました。
「君なら、誰よりも痛みのわかる、優しいトップヒーローになれるかもしれない。……私は、その日まで君の隣で見守り続けたいと思っているよ」
「……はい。おじ様。私、頑張ります。次は……もっと自分の意志で、あの艤装を使いこなしてみせます」
窓の外では、春の風が木々を揺らしていました。
かつて冷たい海の上で、破壊の命令だけを待っていた私はもうどこにもいません。
この温かいお茶の味と、八木さんの手の温もりを知っている「八木朱奈」が、ここにいます。
「さて! しんみりするのはここまでだ。今日の夕飯は何にしようか。朱奈、君のリクエストを聞こう!」
「えっ……。では……爆豪くんが言っていた『辛いもの』に挑戦してみたいです」
「ははは! それはまた、激しい戦いになりそうだね!」
穏やかな笑い声がリビングに響きます。
それは、私にとっての「本当の勝利」のような、幸せな休日の一幕でした。
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