「彼女を失うどころか、『平和の象徴』の手に渡るとは。……計算違いだったねでも…………面白くなりそうだ」
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私が道を決めて数日後。私は八木さんに連れられ、巨大な門の前に立っていました。
国立雄英高校。
ヒーローを目指す者たちが集う、最高峰の聖域。
私の手首には、公安が用意した重苦しい黒のリストバンドが装着されています。私の個性をいつでも強制停止させ、暴走すれば私の意識を奪う枷。
(まぁ仕方ありませんよね)
と少し俯き手でそれを触っていると
「さあ、行こうか。皆、君を待っている」
八木さんに促され、案内されたのは応接室でした。
そこには、人間ではない「白いネズミ」のような姿をした奇妙な紳士と、数人の大人が座っていました。
「やあ、君が朱奈くんだね。私は校長の根津だ。……怖い顔をしなくていい、ここは君を兵器にする場所じゃない」
根津校長は、ティーカップを置きながら、まるで私の思考を見透かすように笑いました。
「君を編入させるにあたって、公安からは厳しい条件が出されている。だが、私は君自身の『意志』を確認したい。朱奈くん、君はこの力で、何ができると考えているかな?」
私は、膝の上で拳を握りしめました。
「……分かりません。私の艤装は、すべてを焼き払うために設計されました。でも……もし許されるなら、八木さんが言ったように、誰かの『盾』になれるのか、試してみたいんです」
その答えを聞き、根津校長は満足そうに頷きました。
「よろしい。ならば、君の『再定義』を始めよう。……これから、特別編入試験を行う。場所は演習場、市街地Gだ」
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市街地演習場。
ビルが立ち並ぶ無人の都市に、私は一人立っていました。
「試験内容は二段階。まず、エリア内に配置された要救助者(ダミー人形)をすべて安全圏へ救い出すこと。その後、出現する仮想ヴィラン・ロボットを殲滅せよ。……開始だ!」
根津校長の声がスピーカーから響くと同時に、私は「スイッチ」を入れました。
(……艤装、展開)
背後から重厚な金属音が響き、腰のアームを介して右側に
《二段式の大型飛行甲板ユニット》エアポートが連結されます。空母を模したその威容が、アスファルトの熱気を切り裂きました。
そして手に弓形の武器の
「目標確認。救助を開始します」
私は地面を蹴りました。水上程ではありませんが、艤装の出力を用いた滑走は、重戦車のような私の艤装の質量を持ちながらも疾走感に溢れています。まぁ地面に独特の足跡は残りますが
(艦載機、発艦!)
上段の甲板から、全長数センチのステルス機型小型機が、蜂の群れのように次々と射出されます。その数、瞬く間に数百機。
それらは偵察機として街中に散り、センサーで要救助者を特定していきます。
「目標第一、二、三……発見。回収に向かいます」
私は小型機が伝えてくる座標へと滑り込み、ビルに挟まった人形を抱え上げました、ゆっくり力を加減して壊さないように、慎重に。
救助を終えた瞬間、地面が激しく揺れました。
四方から、巨大な仮想ヴィラン・ロボットが姿を現します。
「……ここからは、防衛フェーズ」
私はエアポートを前方に突き出しました。
「多目的4連砲、固定。三連装大型ビームユニット、出力30%……照射」
凄まじい熱線が空気を焼き、ロボットの装甲を貫通、一撃で沈黙させます。
さらには、空中を舞う艦載機群が一斉に急降下爆撃を命令しようとしましたが
(……ダメ。これじゃ、街(演習場)が壊れすぎる)
ふと、八木さんの顔が浮かびました。
無闇に壊すのは、駄目だと。
と私は護衛対象のロボット達の前に
エアポートをアームから切り離しました。
「エアポート、分離。独立防御形態(シールドモード)」
そのシールドを地面に刺し護衛対象に迫りくるロボットのミサイルをすべて受け止めます。その隙に、私は手にした弓を引き絞り、エネルギーの矢を放ちました。広範囲を焼く爆撃ではなく、敵の動力源だけを正確に貫く一撃を迫るロボット全てに。
「……試験、終了です」
静寂が戻った演習場で、私は荒い息を吐きながら、自分の手を見つめました。
建物を壊さず、人を助け、敵だけを止めた。
「……素晴らしい」
モニター越しに見ていた根津校長と、そして少し誇らしげに目を細める八木さんの声が聞こえた気がしました。
(……私、出来たのかな?)
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「合格だよ」
少し休憩して戻ってきた私に根津校長はそのように伝える
(……………唐突)
「良かったじゃないか朱奈!」
(八木さん…………)
と私の肩をポンポンする八木さんの顔を見て
私の視界が歪む
と同時に目が濡れる
「あれ?私なんで……すみません不調が」
と困惑する私に八木さんは
「違うよ朱奈……それは涙……嬉しい泣きだよ」
「嬉しい泣き?……不調では無く?」
私は、頬を伝う熱い液体の正体が分からず、何度も手の甲で拭いました。けれど、拭っても、拭っても、次から次へと溢れてくるのです。
機能不全。
エラー。
オーバーフロー。
かつての私ならそう診断して、システムを再起動させていたでしょう。けれど、八木さんの大きな手が私の頭を包み込むと、不思議と「再起動」なんてしたくない、このまま壊れてしまいたいような温かさに包まれました。
「そうだよ、朱奈。君が自分の足で立って、自分の意志で人を助けた。その『心』が動いた証なんだ。不調なんかじゃない、君が……人間らしくなったんだよ」
「人間、らしく……」
その言葉が、堰を切りました。
私は八木さんのシャツを掴み、顔を押し当てて、子供のように声を上げて泣きました。
1500人以上の命を奪った罪悪感。
道具として扱われてきた空虚さ。
「07」という番号でしか呼ばれなかった孤独。
そして、今初めて認められたという救い。
すべてが混ざり合い、喉の奥から嗚咽となって漏れ出します。
八木さんは何も言わず、ただ私の背中を優しく、ゆっくりと叩き続けてくれました。夕暮れの応接室で、私は自分の中にあった「鉄の塊」が、少しずつ溶けていくのを感じていました。
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その後、朱奈が落ち着き、リカバリーガールの診察を受けるために席を外した後のこと。
応接室には、根津校長、八木(オールマイト)、そして担任となる相澤消太、さらには数人の主要教員だけが残っていた。
「……見ての通りだ」
八木が、湿ったシャツの跡を気にすることもなく、静かに切り出した。
「彼女は兵器じゃない。ただの、あまりにも傷ついた少女だ」
「感情の表出は確認した。だが、オールマイト。現実は甘くないぞ」
相澤が、モニターに映る朱奈のスペックデータを指差した。
「彼女の個性『航空母艦』。出力30%であの破壊力だ。もしマスターと呼ばれる男がバックドアを仕掛けていて、彼女を再び『07』に上書きしたらどうする? 雄英が、いや日本が終わるぞ」
「だからこそ、私たちがいるんだろう、イレイザー」
根津校長が、冷めた紅茶を一口啜った。
「公安は彼女を『いつでも殺せる猟犬』として扱えと言ってきた。リストバンドがその証拠だ。だが、教育機関としての雄英は、彼女を『一人の生徒』として扱う。……もちろん、リスクは承知の上だ。相澤くん、君の『抹消』が必要になる場面もあるかもしれない」
相澤は溜息をつき、首の捕縛布を整えた。
「……リストバンドの管理権限は俺が持つ。彼女が『兵器』に戻る兆候を見せれば、容赦なく個性を消す。それが彼女をタルタロスに送らないための、唯一の防波堤だ」
「あぁ、頼む。……彼女は言ったんだ。自分の個性が『盾』になれるのか知りたいと」
八木は窓の外を見つめた。
「私は彼女を信じたい。あの涙は、偽物で作れるものじゃない」
「……オールマイトがそこまで言うなら、せいぜい『普通』の女子高生にしてやるさ。地獄のような特別補習付きで」
相澤のぶっきらぼうな言葉に、根津校長は「それは心強いね」と楽しげに笑ってた。
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私は別室で。
私は鏡を見ていました。
泣き腫らして赤くなった目。朱色の差し色が入った髪。
そして、左手首に光る、個性を止めるリストバンド。
(朱奈……)
新しい名前を、心の中で繰り返しました。
八木さんのシャツに残してしまった涙の跡を思い出し、少しだけ、本当に少しだけ、胸の奥がくすぐったいような、不思議な感覚が残っていました。
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