息を荒くして吐き出したエルフィンの叫び。
ポロポロと涙を流して、必死な顔で睨み付けながらの言葉に、マヨは大きく息を吐いた。
「…………うるせーっす」
自分を掴むエルフィンの手を振りほどき、精一杯睨み返す。
「……そんな事、わたしだってわかってるっす……!」
同じように、瞳いっぱいに涙を溜めて。
「教主にはいつもみたいに、防腐剤をあげて、それに気付いて、吐き出して、怒って……最後には笑って撫でてくれたら、それで良かったっす……!」
マヨは拳を強く、強く握り締めている。
ギリギリと、音がするくらいに。
「何も言わない教主をコレクションにしても、何も嬉しくない! 怒って欲しいっす! 笑って欲しいっす! いつもみたいに、いつもみたいに! 困ったように笑って欲しいっす! こんな、何も言わなくて、動かなくて、冷たい教主なんて……嫌っす……嫌っすよぉ……」
ポロポロと涙を流すマヨに、エルフィンは何も言えないでいた。
何故なら、マヨの言葉にひどく共感してしまったから。
教主に優しく撫でて貰いたくて仕方なくて。
動いてくれない事が、悲しくて仕方なくて。
「教主……起きて欲しいっす……もう、防腐剤食べさせないっす……ひぐっ……コレクションにするなんてもう言わないっす……わた、私のコレクションから好きなのなんでもあげるから……目を、目を覚ましっ……ひぐっ……うぇっ……うぇえええええええええええええん!」
マヨは遂に堪えきれず、堰をきったように泣き出してしまった。
動かない『あなた』の体を背負ったまま、感情のままに。
エルフィンはそんなマヨに更に心を揺さぶられるのを感じた。
だって、マヨの思いはエルフィンと同じだから。
どんな事をしても、『あなた』に起きて欲しい、その思いは同じだから。
エルフィンは自然と浮かんだ涙を無理矢理拭って、マヨの手をとった。
マヨの思いは痛い程にわかる。
わかるからこそ、その目を真っ直ぐみつめた。
「……貴女の気持ちはわかった。けど、そんな状態で教主を連れてくのは……教主が可哀想よ」
「ぐすっ……ひっく…………ひっく…………」
しゃくりあげるマヨに、エルフィンは言葉を続ける。
気持ちはわかる。
『あなた』を失いそうな現実があまりにも辛くて、その嫌で嫌で仕方なくて、喚き散らしたくて仕方ない。
でもだからこそ、優しく諭すのだ。
「一先ず、ベッドに戻してあげましょ? そのままじゃ教主も寒いわ。寒いと風邪ひいちゃう。ね、良い子だから」
今まで『あなた』がそうしてきたから。
優しく、手をとって、真っ直ぐ、真摯に。
いつも被っていた帽子すら忘れる程に取り乱した子を慈しんで、エルフィンは頭を優しく撫でた。
「…………う゛ん゛……」
涙声で頷くマヨに、エルフィンは優しい笑顔を浮かべていた。
「おかえりなさい、王女ちゃんに、 教主ちゃんに……泥棒ちゃん?」
「マヨっす……ぐすっ」
『あなた』の部屋に戻りベッドに戻したマヨは、まだべそをかきながらウイと言葉を交わした。
「はい、帽子」
「……ありがとっす」
落ちていた帽子をエルフィンに差し出され、マヨは頬を染めながら改めて被る。
少しだけ落ち着いたのか、ぐしぐしと袖で涙を拭う様子を、エルフィンは微笑んで見つめていた。
そこでエルフィンは一度表情を消した。
ゆっくりと目を瞑り、胸に手を当てて、大きく深呼吸した。
やがて目を開いたエルフィンはウイを見つめる。
二人の視線がバチリと重なった。
「……さ、改めてお願い。教主を、起こして?」
懇願するエルフィンに、ウイは笑った。
四つ葉を掲げて、ゆらりと体を揺らして、満面の笑みを浮かべて。
「……教主ちゃんは、もう起きないよ」
そう言い切った。
「なん……で……」
エルフィンは、まるで足元が崩れていくかのような絶望を覚えた。
やっと見つけた希望が、指の隙間から抜けていくような、そんな絶望。
力なく膝をつくエルフィンに、ウイは言葉を続けた。
「そもそも、ウイの力は教主ちゃんには通じないんだ。だから使っても教主ちゃんは起きないよ。それに、もし通じても使わないよ。それが、教主ちゃんとの約束だから」
「やく……そく……?」
譫言のように呟くエルフィンに、ウイは小さく頷いた。
そして、その言葉を引き継いだのは別の声だった。
「教主様はご存知でした。自分が、エーリアスの理から外れていらっしゃる事を」
「ヨミ……!? い、いつの間に……」
いつの間に現れたのか、『あなた』の枕の横に腰掛けた小柄な影が、『あなた』を慈しむように撫でていた。
そして、部屋に現れたのはヨミだけではなかった。
いつの間にか、幾人もの人影が『あなた』を囲み、何処か達観した様子で佇んでいた。
エルフィンが瞳を揺らし辺りを見回せば、それらの人影は言葉を紡ぎだした。
「時は来た。決して避け得ぬ運命に教主は囚われてしまったのだ。……これは、既に決まっていた、運命……我々には覆す事の出来ぬデスティニー……」
「ああ、なんという悲劇……しかしながら、それもまた物語の一つの形……教主様の紡ぐ英雄譚は、ここで完結を迎えるのですね……」
「折角新しい服仕立ててたのに……でも、それも仕方ないのよ。だっていずれ終わりは来るものだから。あちし達と違って」
「教主様は……安らかな終わりを迎えられたようね。あなた様の終わりはきっといくつもの悲しみを生むけれど……それだけは幸いね」
幽霊のシオン、獣人のエピカ、妖精のクロエ、魔女のアヤ。
その誰もが、『あなた』の終わりを受け入れているような口振りだった。
そして、ふわりと浮いた人影は、エルフィンを見下ろして口を開いた。
「妖精王国の女王陛下は知りませんのね。教主は、死にましたの」
そう口にしたのは、竜族のヴィヴィ。
聞き覚えのない言葉に、エルフィンは思わず繰り返し口にした。
「……死…………?」
「そう、二度と目覚めぬ眠り……それが死ですの。教主は死に、二度と起きる事はありませんわ」
それは、ひどく残酷な真実だった。
それを告げるヴィヴィは、何処か面白そうに、口元に手を当てながら、エルフィンを見下ろし、肩を揺らした。
「そう、決して」
自分を覗き込む深紅の瞳に、自分の願いが叶わないという強い衝撃。
エルフィンは、限界だった。
ぐらり、視界が傾き、回る。
「きょー……しゅ……」
その瞬間、エルフィンの視界は漆黒に包まれていった。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。