「う……うぅん…………」
エルフィンは頬に風を感じて、瞼を震わせた。
霞がかった頭が、ゆっくりと晴れていく。
目を開いた時目の前には、見慣れた巨大な樹木の幹があった。
「お目覚めになりましたか?」
そして、エルフィンは自分がヨミに背負われている事に遅れて気付いた。
パチパチと瞳を瞬かせて、エルフィンは慌てて背中から飛び退く。
「うぇっ、なんで」
声を荒げようとしたエルフィンの前で、ヨミは口の前で指を一本立てた。
「お静かに……教主様と皆様の別れの儀式の最中です」
「きょーしゅ……わか、れ……?」
首を傾げて言われた言葉を噛み砕き、理解するにつれて、エルフィンの顔色が青く染まっていく。
気を失う直前、銀色の竜族に何か、とても嫌な気分になる事を言われたような、そんな記憶がぶり返して。
そんな嫌な気持ちを振り払うように首を横に振れば……周りが段々と見えてきた。
幾人ものエーリアスの住人達。
妖精に魔女、精霊に幽霊、獣人に竜族、そしてエルフ。
様々な種族が集まっているのに、違和感を覚える程に静かで……それぞれが何かしらを持って何処かに並んで進み続けているようだった。
それは花だったり、野菜だったり、キャンディだったり、パンだったり……思い思いの品々を抱えた住人達は、何処か悲しげな表情を浮かべていた。
「皆様、此方です! これが教主様との最後の時……どうか後悔しませぬよう……」
「二列に並び、順番に進んでいってください。ゆっくり焦らず、教主様とのお別れを……」
見れば住人達をエピカとネルが整理し、何処かへ誘導しているようだった。
その人混みの向こうに、花に囲まれた『あなた』を見つけて、エルフィンは思わず吐息を漏らした。
「あっ……きょーしゅ……」
よくよく見れば、眠る『あなた』の周りにはエルフィンが意識を失う前に部屋にいた者達が立っていた。
まるで『あなた』を守るように。
「皆様とのお別れを終えたら、教主様とは二度と会えません。貴女様も……どうか直接お別れを。そのお心の整理の時間くらいはありますから」
「…………」
エルフィンはヨミの言葉に返事を返さなかった。
ただ、『あなた』に別れを告げていく住人達を呆然と眺めていた。
よくよく見れば、本当の意味でこの催しを理解しているのは、エルフ達だけのように見えた。
特に獣人達……バターなんかは体を擦り付けて首を傾げていたし、『あなた』の『死』はエーリアスの住人にはあまりにも理解しづらい概念なのだろう。
とはいえ、各種族の頭目と言える住人達は理解しているようで、誰もが沈痛な面持ちだった。
そこにはエルフィンの姉と呼べるベリータの姿もあり……一瞬だけエルフィンのほうを見て気遣わしそうな表情を浮かべていた。
他にはシェイディが真面目な面持ちで『あなた』に花を捧げる姿があり、それだけで違和感を覚える光景だった。
それに見習ってかあの幽霊ですら今は大人しく『あなた』に別れを告げている。
続々と訪れる住人達はその思いの大小、理解度は様々なれど誰もが大人しく、静かに、『あなた』との別れの儀式を終えているようだった。
エルフィンはただその光景を眺めていた。
ただ、その身に染みていく、現実を感じて……ひどい寒気を覚えていた。
幾人もの住人達に別れを告げられて、それでも眠ったままの『あなた』の姿に、認めたくない現実を見つけてしまって。
「…………もう、教主は……目を覚まさないのね……」
エレナが、ベリータが、シーラが、ダーヤが、ディアナが、シェイディとリムが……別れを終えた者達が『あなた』の周りで静かに佇んでいる。
皆に囲まれて、花等の住人達からの贈り物に囲まれてピクリとも動かない『あなた』を見て、エルフィンは目を細めて問い掛けた。
その声は、ひどく震えていた。
「……はい。教主様は永遠の眠りにつきました。目覚める事は……ありません」
そうハッキリと告げるヨミに、エルフィンは思わず視線を向ける。
そして……その瞳に光るものを見付けてしまって、それ以上を言葉にする事が出来なくなった。
いたたまれなくなって、エルフィンは周りに視線を巡らせた。
よく見れば、『あなた』へと別れを告げる列も、かなり短くなっていた。
別れの時が、近付いている。
その事実に、エルフィンは体を震わせた。
震えを誤魔化すように自分自身を抱き締めながら、エルフィンは口を開いた。
「……ねえ、ヨミ……」
「はい」
「『死ぬ』って、何なの……?」
エルフィンの視線の先には、『あなた』の姿。
『死んだ』という言葉を理解出来なくて……したくなくて……エルフィンはそう問い掛けていた。
「……教主様がいらっしゃった世界における、絶対の理です。生あるものは必ず死という終わりを迎えるという、エーリアスには存在しない概念です。週末農場が近いですが……そちらと違い死を迎えた存在はそこでおしまいです。消滅……そう言い換えても良い……」
辛そうに、目を伏せながら言葉を紡ぐヨミに、それが嘘ではないと感じてしまって……エルフィンは下唇を噛んだ。
どうしようもないのだと、覆しようがないのだと、そう言われている気がして。
「……さぁ、あなた様も教主様に別れをお告げになってください……これで、本当に最後なのですから」
そう言って見覚えのある箱を差し出されて、エルフィンは肩を震わせた。
『あなた』の前では、丁度マヨが別れを告げているところのようだった。
それで列は終わり……否応なしに、その時が来ようとしていた。
自然と道が開く。
エルフィンから、『あなた』への道が。
震える手で箱を受け取ったエルフィンは、心の整理もついていない中で、何かに急かされるようにその足を踏み出すのだった。