微睡みに身を任せた。
冷たい何かに手を伸ばした。
≪小さな衝撃を手で受け止めた。≫
『あなた』は微睡みの中、自分の体に走る小さな衝撃に手を翳した。
ポスン、そんな音がしたような気がする。
手のひらの中央に小さな何かが触れた感触がして……。
「教主ちゃんっ! 起きた!?」
ひどく聞き覚えのある声に一気に意識が浮上した。
《ブル……ミ……?》
重い瞼を開いた先にいたのは、エーリアスの小柄な住人達より更に小柄な、自分以外に見えない小さな小さな謎の存在、ブルミだった。
そんなブルミが自分の手のひらをポスポス叩いているのが見えて、『あなた』は相変わらずの威力に頬を緩ませた。
《ここは……》
それはそれとして、と『あなた』は周囲を見回した。
そこは真っ白な空間で、存在しているのはブルミだけ……。
いや、本当にブルミなのだろうか?
『あなた』はそれを見えているのに、ブルミだと認識しているのに見えていないように感じた。
と言うより、自分の体の感覚が……ない?
手のひらで受けたような気がしたのに、頬を緩ませたと感じているのに、実感が伴わないような、そんな不思議な感覚だった。
《あれ……私は……どうなって……》
それに、何よりも、『あなた』の最後の記憶は次の日を楽しみに眠りについた瞬間で途切れている。
思うように動かない体に反して、元気なエルフィンを微笑ましく思って、だからこそお祝いして貰える事が嬉しくて、早めに眠りについた筈だった。
けれど今、『あなた』は真っ白な不思議な空間で、自分の体の感覚すら怪しい状態で目覚めている……。
《……いや、ああ、そうか……》
けれど、『あなた』は察していた。
そう間も無く、『あなた』の命が尽きる事を。
眠りにつく前に感じていた無数の体の不調も感じていない今、その実感は一つの予想を裏付けるものだと思えた。
『あなた』は自分の体がある筈の部分を見下ろした。
そこには白い空間があるだけで、自分の体があるような気はするのに、何も見えなかった。
《私は、死んだのか》
「教主ちゃん……」
ブルミの悲しげな声が聞こえた気がした。
いつか起きる、いずれ来る事とわかっていても……それはやはり簡単に受け入れられるものではなかった。
「教主ちゃん、聞いて」
深いショックを感じていた『あなた』へと、ブルミの声が不思議と響いた。
なんだから手のひらが温かい……ような気がする。
手のひらの辺りに触れられているような感触がする。
ブルミの小さな手が、『あなた』の手のひらをなぞっているような気がする。
「教主ちゃんは今、選べる」
《……何を?》
選ぶ?
とハテナマークを浮かべる『あなた』にブルミが苦笑したような気がした。
選ぶも何も、自分は
「ここの温もりに身を任せるか」
途端に『あなた』の全身を包み込む、温かで穏やかな感触。
先程まで身を任せていたそれが、『あなた』の全身を撫でた。
心から安心出来る感覚に、心が揺れる。
「それに手を伸ばすか」
《痛っ!》
つん、と背中に冷たく硬い感触が刺さる。
何も見えないがなんとなく不満げに感じるそれは、つんつんと『あなた』をつつき回している。
顔を歪める『あなた』の前に、ずいと、小さな手が差し出された。
ブルミの、小さな手。
ぼやけた姿で、認識出来ないのにその手はブルミのものだと何故か確信出来た。
ぼやけた姿のブルミの口が、小さく動いた。
「この手を取るか」
『あなた』は瞳を瞬かせる。
焦点はやはり合わない。
目の前で手を差し出しているらしいブルミの姿はハッキリ見えなくて、身を撫でる温かい感触は『あなた』を眠りに誘っているように感じるし、つつき回す硬く冷たい何かは、『あなた』を急かしているように感じた。
そして、目の前のブルミは……ただ静かに真っ直ぐ『あなた』を見つめているように感じた。
《…………》
『あなた』はぼやけているブルミの姿を見つめた。
身を委ねたくなる温かさを感じながら、冷たく硬い何かに急かされながら。
正直、何がなんだかわからない。
自分は死んだ筈で、ここが死後の世界ならば体の感覚のようなものがある事自体がおかしくて、ブルミの言う事はよくわからないし、白い空間は何もないし、温かいし冷たいしで意味がわからなくて。
でも。
それでも。
「みんな、待ってるよ!」
ブルミのその言葉に、『あなた』は思わず手を伸ばした。
死んだ事に納得はしている。
体の不調は隠す事は出来ないくらいにまでなっていたし、そう間も無く命が尽きる予感はあったのだから。
ここが死後の世界であるなら、このまま眠り続けたっていい筈だ。
100年……そう100年頑張ったのだ。
エーリアスでは普通でも、人間だった『あなた』にとっては一生をかけて全力で駆け抜けた、文字通り人生をかけた日々だったのだ。
だからそれを終えた今、眠ったっていい、休んでいい、このまま、微睡みに身を任せて、眠り続けるのだって、誰にも文句言われる筋合いはないのだ。
あんなにいっぱい、苦労したのだから。
頭に過る、いくつもの苦労、七難八苦の日々。
『約束よ!』
でも。
それでも。
《約束、したから、なぁ……》
そう言って苦笑する『あなた』はブルミの手を優しく握り締めた。
瞬間、光が弾けた。
クリアになる視界と感覚、消えていく白い空間の中で、手の先、ハッキリとその姿を見せたブルミは満面の笑みで『あなた』を真っ直ぐ見つめていた。
「あはっ! おはよう! 教主ちゃん!」