「こっちですぅっ!」
スピッキーに先導されて着いた場所、教主が眠る世界樹のうろ。
そこには今、妖精王国の者達が中心に、幾人もの住民達が集まっていた。
ざわざわと五月蝿い人混みを掻き分け、エルフィン達が辿り着いた場所で見たのは……大きな白い蕾だった。
それを見て、エルフィンは思わず息を飲んだ。
「これって……女王様……!」
ネルの言葉に、エルフィンは視線すら向けず、覚束無い足どりで一歩、その蕾へと踏み出した。
世界樹に突如生えた蕾。
丁度、住民達より一回り小さい、大きな蕾……。
「教主様に今日も育てたカボチャを見て貰おうと思ったらこうなってたんです! スピッキーは何もしてませーん! って、あれっ、近付いて大丈夫なんですか!? 教主様は一体どうしたんでむがっ」
「ちょっと静かにしててください」
喚くスピッキーを鬱陶しく思ったのか、ネルが口を塞ぐ事で止める。
もがもがともがくスピッキーを押さえながら、ネルは蕾へと近付いていくエルフィンに目を細めた。
その背中は頼りなく、その蕾に手を伸ばしてフラフラと歩く姿はひどく空虚だった。
「女王様……」
何かにすがるように進み続けるエルフィンを、ネルは止められなかった。
ただ、それを見守ることしか出来なかった。
遠巻きに蕾を眺める住民達がざわめく。
そんな中で、皆が見守る中、エルフィンはただただ無心でその蕾へと足を進ませ続けた。
やがて伸ばした手が触れそうな位置にまで辿り着いて……そこでエルフィンは足を止めた。
目の前には大きな白い蕾……少し黄色っぽくも見えた。
その蕾が生えているのは、確かに教主を埋葬した辺りで……むしろそこから生えているようにも見える。
「…………」
その蕾に、エルフィンはそっと手を触れた。
何処か懐かしい色合いの蕾に指を這わせる。
ふと上を見上げれば、木漏れ日が燦々と降り注いでいた。
その光はまるで……何かを祝福しているように思えた。
「………………きょーしゅ……」
エルフィンは、思わずその名を呼んだ。
震えた声で、甘えたような声で、すがるように。
目の前で何が起きているのか、この蕾が何なのか。
正しい答えはエルフィンの頭では導きだす事は出来ない。
それでも、自分の直感が、浮かんでしまった淡い希望が、この蕾の中にいるのが自分の想像通りだったならば……。
その未来は、どれだけ素晴らしいものだろうか。
この蕾の中で眠る同胞が、そうあって欲しいという願望を込めて……エルフィンは蕾に触れながら小さく呟いた。
「……起きて…………」
エルフィンの祈りの言葉が、静まり返った場に響いた。
その瞬間、待っていたかのように、蕾はゆっくりと、開き始めたのだった。
花開いたそこにいたのは、白金の少女だった。
白い黄色混じりの花と同じような、白と金色の縁取りがされたようなブカブカの服を着た少女は花の中央でその身を丸くし、すぅすぅと寝息をたてていた。
その少女を見た瞬間、エルフィンは……いや、その場にいる全員が感じた。
胸の内から溢れんばかりの、懐かしさを。
周囲の皆が戸惑っている間に少女の寝息は収まり、その瞳がパチリと開いた。
少女は口を大きく開いて欠伸をしながら、ゆっくりとその身を起こしていく。
ぺたんと花の中央で座り込んだまま、大きな欠伸を終えた少女は目の端に涙を浮かべながら、その四本指の小さな手で、目を擦った。
「……あぇ? おはよう……」
開いた髪と同様の白金の瞳はエルフィンを捉え、穏やかに細められる。
「エルフィン」
その愛に満ちた、聞き馴染んだ、懐かしく温かい、自分の名前を呼ぶ声。
エルフィンは瞳を瞬かせ、目を擦った。
自分の頭をポカポカと叩いた。
もちもちのほっぺを、自分でみょーんと引っ張った。
パチンッ
鋭い痛みが頬を襲う。
「……エルフィン? だいじょうぶ?」
そっと、その頬に少女の手が添えられ、エルフィンに温もりが伝わってきた。
エルフィンはその手に、自分の手を重ねる。
自分と同じくらいの大きさの小さな手……覚えがない筈のその手に触れた瞬間胸から沸き上がる安堵に、エルフィンはもう確信していた。
「…………きょー……しゅ……?」
そう名前を呼べば、目の前の少女は白金の瞳を和らげて、穏やかに笑った。
「うん、そうだよ」
肯定の言葉が漏れたと同時に、エルフィンはもう少女に……いや教主に抱き付いていた。
覆い被さるように教主を抱き締め、その体を震わせた。
「きょーしゅ……」
その姿は以前とはまるで違う。
エルフィンより小柄で、指は四本で、みんなと同じような姿になっていて、腕の中にスッポリ入ってしまっている。
それでも、抱き締めた時の雰囲気が、匂いが、空気が、『教主』そのものだった。
「う、うぅうううううう……!」
エルフィンの瞳から、涙が溢れた。
堰をきったように、ポロポロと流れていく。
それは止まる気配がなく、エルフィン自身と教主を濡らしていった。
「わたし……わたし……!」
万感の思いを上手く言葉に出来ず、詰まるエルフィンに、教主は優しく微笑んだ。
「よくがんばったねエルフィン……えらいぞ」
それはエルフィンにとって、何よりも救いになる一言だった。
どんな甘味よりも甘美な、魔性の言葉だった。
頭を撫でる温かく懐かしい感触に……待ち望んだ、この一年何度も夢見た瞬間に、もう耐える事は出来なかった。
「う、うわぁあああああああああん! うぇええええええええええええええええん! きょーしゅー!」
大きな声をあげてわんわんと泣き叫ぶエルフィンを、教主はただ優しく抱き締め返し続けた。
その背中を優しく撫でて、受け止め続けた。
「よしよし……」
「あぁああああああああああああああああああん!」
涙を流して、鼻水すら垂らして、エルフィンは泣き続けた。
みっともなく、恥も外聞も捨てて、ただ泣き喚いた。
そこにいたのは妖精の女王ではなく、大切な存在を取り戻して喜び涙するただの妖精でしかなかった。
「……おかえり、きょーしゅ……」
ぎゅうと、一際強く抱き締めながら、掠れた声で囁かれた言葉に、教主は心の底から嬉しそうに笑った。
「ただいま」