「きょーしゅー! きょーしゅー! こっちこっち! 早く早くー!」
《走ると危ないよ、エルフィン》
『あなた』の前で元気いっぱいに駆けていくエルフィンは、満面の笑みだった。
久々の教主業務の休みの日、早朝からエルフィンによって惰眠を貪る事を止められた『あなた』は、予定を繰り上げて少し早めに出発する事にした。
本来ならば朝どころかお昼のつもりだったのだが……ご機嫌なエルフィンを止められなかった。
いつもの装いではなく、そこらの妖精達とそう変わらない、やもすればもっと幼くを感じる素朴な服装で此方を振り向いて笑うエルフィンは、まるでそこらの町娘のようだった。
「こっちだよ、きょーしゅ!」
声をかけると立ち止まり、此方に振り返って手を振るエルフィンに、『あなた』は小走りで近寄っていく。
元気いっぱいなのは良いが、このままでは『あなた』の体力がもたない。
《ほら、あんまり離れないで》
そう言って『あなた』はエルフィンの手を掴んだ。
小さく柔らかな手を手のひらで包み、しっかり繋ぐ事にしたのだ。
エルフィンはきょとんとした顔で、視線を『あなた』の顔と繋がれた手の間で行き来させた。
そして、パチパチと大きな瞳を瞬かせた後、ニンマリとした笑みを浮かべた。
「ふふん! 教主がそこまで言うなら仕方ないわね! 手ぇ、繋いでてあげる!」
《ふふっあはははっ》
胸を張って言う姿に、『あなた』は思わず噴き出してしまった。
あまりの可愛らしさに我慢出来なかった。
突然笑いだした『あなた』をエルフィンは不思議そうに首を傾げている。
このまま笑っていても仕方ない、と『あなた』は内心をどうにか鎮めて、コホンと小さく咳払い。
きゅ、と優しくエルフィンの手を握り微笑みかけた。
《ごめんごめん、なんでもないよ。それじゃあ行こうか》
「うん!」
先程の事をまったく気にしていない様子で元気よく頷いたエルフィンは、そのまま『あなた』の手を引っ張って進んでいく。
さっきよりはマシだけど、そこまで変わらないな、と『あなた』は苦笑し、どうにかこうにかついていくのだった。
向かう先はエシュールのベーカリー。
今日はエルフィンの日頃頑張りの御褒美に、好きなものを買ってあげる日だ。
「いらっしゃいま……げ」
パン屋の店主であるエシュールがエルフィンの顔を見るなり嫌そうに顔を歪めた。
さもありなん、エルフィンには前科がいくつもあるのだから。
パンやケーキを盗み食いしてはお金も払わないエルフィンは、如何に美味しく食べてくれるといえエシュールにとって良い客ではないだろう。
と言いつつもエシュールも中々に曲者でもあるので、油断すれば土を食わせられるかもしれない。
なので牽制も含めて、しっかりと釘を刺そうと口を開いた。
《おはよう。今日は私がちゃんと払うから大丈夫だよ》
「ふぅ……教主様がいらっしゃるなら良かった」
「わー!」
瞳を輝かせたエルフィンがトングを手に取るのを横目で見ながら、『あなた』はエシュールを安心させるように笑った。
香ばしい焼き立てのパンの匂いの香るお洒落なベーカリーで、『あなた』とエルフィンはズラリと並んだパンを眺めていった。
どれも美味しそうに焼き上げられたパンの数々は、思わず目移りしてしまう。
カチカチカチカチ
トングを持って音を立てるエルフィンを横目に、『あなた』もトレイを手に朝食のパンを選ぶのだった。
「うーん、まずはショートケーキよね! それとショコラケーキに……ドーナツ、いやサンドイッチ……うーん……きょーしゅー! 三個までだったわよねー!?」
《どうしてもって言うなら四個までいいよ》
「本当!? やったぁ! えへへへへぇ、四個も選べるなんて、どれにしようかしら! エシュール! 何かオススメあるー?」
「えー……そうですね。じゃあこの間教主様の提案で試作してみた、教主様の世界にあったらしいこの新商品とかどうですか? 甘くはないので女王様好みではないかもしれませんが……」
「教主が……? うーん、じゃあ、それ、二個! あと二個どうしよっかなぁ……ショートケーキは外せないわよね……」
『あなた』はそのエルフィンの言葉に違和感を抱いた。
《あれ、二個も買うのかい?》
そう問い掛けると、エルフィンは『あなた』を見上げてからりと笑った。
「うん! 教主と一緒に食べたいから!」
それに『あなた』は思わず口許を手で覆った。
なんだか、変な声が出そうだったからだ。
どれにしようかと真剣に悩むエルフィンを目で追い、その成長に感動しつつも、『あなた』はその可愛い生き物の頭に手を乗せた。
《それじゃあ私はお礼にエルフィンにショートケーキを買ってあげよう。だから他に二個、好きなのを選ぶといいよ》
そう伝えてあければ、途端に花が咲いた。
「ええ!? いいの!? やったぁ! じゃあねショコラケーキと、えっとぉ……」
カチカチ
トングを鳴らして忙しなくパンを物色するエルフィンを、『あなた』は微笑ましく眺めるのだった。