エルフィン「きょーしゅー! 起きてー!」   作:如月SQ

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美味しいは共有するもの

「おや」

 

 エシュールのベーカリーを出てすぐ、背後からそんな声が聞こえた。

 振り返って見れば、鎧を着込んだエルフが、なんだか鼻をひくつかせているのが見えた。

 

 《ローネ? おはよう》

 

「ローネです! おはようございます! ……なんだか、良い匂いがしますね。具体的には……油の匂い!」

 

 ビシリ、と此方に指を指すローネは、何処か期待に満ちた顔をしていた。

 

「でも甘そうな匂いではないですよね……つまり、なんらかのおかず系の揚げ物……もしかして、揚げたての……!」

 

 ちなみにローネの好物はトンカツである。

 つまり、トンカツ……ひいてはカツサンドを期待しているようだ。

 トンカツにはパン粉をまぶす為にパン屋で作られる事は有り得なくはないものの、残念ながらエシュールのベーカリーのメニューにはなく、今回の新商品もカツサンドでは、ない。

 

 ローネの期待に輝く瞳を見て、何も気付かない『あなた』はゆっくりと振り向いた。

 その手に持った、棒の先のカラッと揚げられた小麦色の丸長の物体を掲げて。

 赤いソースのついたそれは、ローネの期待に添えるものではなかったが……次の言葉の衝撃はそれら全てを忘れさせるものだった。

 

 《ローネも食べるかい? ()()()()()ドッグ。まだ口つけてないけど、きっと美味しいよ》

 

 その瞬間、ガン、とローネの体は硬直した。

 

「あ、ああああ、アメリ、カ……?」

 

 ローネの脳裏に甦る、あの忌まわしき記憶。

 フラッシュバックする労働の毎日、搾取され続けるだけの日々……。

 

 労働の後、あつあつサクサクのトンカツと、キンキンに冷えたビール……。

 

「あ、あめり、あめっ……ぶくぶくぶくぶく……」

 

 気付けばローネは譫言を呟きながら、目を回して泡を吹き、その場に仰向けに倒れこんでしまった。

 『あなた』はその様子を不思議そうに眺めていたが、時折モナティアムのエルフは似たような状態になる為に、あまり気にしていなかった。

 これも、エーリアスに慣れた、と言えるのかもしれない。

 

《ろ、ローネ……?》

 

 一応声をかけるものの、返事はなかった。

 

「……どーしたのかしら。後でエレナに報告してあげましょうか。でも今は買ったのを美味しく食べるのが先決よ! 一分一秒でも遅れたら、ドンドン味が落ちていっちゃうんだから!」

 

 《……まぁ、いっか。エルフィンの言うことにも一理あるし……さて、何処にいこっか?》

 

 大袈裟ではあるものの、揚げたてが一番美味しいアメリカンドッグを抱えているのだから、早く食べるに越したことはないだろう、と『あなた』は思った。

 そして、エルフィンの言葉に従うように、倒れるローネを忘れて、先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな道中だった。

 髪色の珍しい、赤い髪のエルフ、ヘイリーがフラッと道の脇から姿を表した。

 その顔色は青く、足元は覚束無い様子でフラついている。

 

「ヘイリー!? どうしたの!?」

 

 エルフィンはそんなヘイリーに一も二もなく駆け寄って行った。

 とある出来事からヘイリーはエルフィンにとって親友判定となっており、その表情からは本気の心配を感じた。

 

 一方で『あなた』はヘイリーの今までの事もあり、少しだけ警戒を見せた。

 モナティアムのエルフの中では間違いなく良心派なものの、錯乱のしやすさもあり問題を起こしやすい子だからだ。

 けれど、エルフィンを見返す瞳に強い理性の色を見つけ、『あなた』は警戒心を霧散させて、エルフィン同様に駆け寄るのだった。

 

 そして、その瞬間。

 

グゥウー

 

 ヘイリーのお腹から鳴った音に、疑問を氷解させるのだった。

 

「むむむ、女王に教主……なんとも恥ずかしい所を……」

 

 頬を染め、ヘイリーは恥ずかしそうに俯いた。

 ヘイリーはとある事情で今も通院中であり、自身の持ち金は殆どが病院に消えている。

 その為良く食費が捻出出来ずひもじい思いをしているのだが、それに丁度出会してしまったようだ。

 

 そしてタイミングが良いのか悪いのか、二人は丁度揚げたてのアメリカンドッグを掲げ、美味しいパンを持っている。

 ヘイリーの視線はアメリカンドッグに固定されていて、香ばしい香りにその口元からは涎が垂れ始めていた。

 そんなヘイリーの様子に、エルフィンは一度自分の持つ自分の分のアメリカンドッグを見て……即座にニコッと笑みを作りヘイリーへと差し出したのだ。

 

「これあげる! ヘイリーは親友だもの。特別よ!」

 

「な、なんと……良いのだろうか……嫌、断るのも失礼か……頂戴する……ありがとう」

 

 これには『あなた』も思わず熱くなった目頭を押さえてしまう。

 満面の笑みで自分のアメリカンドッグを躊躇いなく差し出すエルフィンに、躊躇いつつもぎこちない笑みで心からの感謝を述べるヘイリー。

 なんと尊い光景だろうか。

 

 《エルフィン……偉いぞ。それじゃあ私の分は君にあげるよ》

 

 『あなた』は堪らなくなって、自分のアメリカンドッグを既にエルフィンへと差し出していた。

 ヘイリーも自分だけ食べるとなると気まずいだろう、との『あなた』の心遣いである。

 

「え、い、良いの!?」

 

 驚くエルフィンだが、その瞳は期待に輝いていた。

 『あなた』は当然のように頷き、笑みを浮かべた。

 

 《勿論。お友達と、仲良く食べなさい》

 

「……うん! えへ、ありがとう教主! ほらヘイリー、立ったままなんてお行儀悪いわ! こっちで座って食べましょ!」

 

「あ、ああ……! 感謝する……!」

 

 エルフィンはペコリと頭を下げて、ヘイリーの手を引いてすぐ近くのベンチへと駆けていく。

 それを『あなた』は優しい笑みで見守っていた。

 ヘイリーと並んでアメリカンドッグを美味しそうに頬張る、その微笑ましい光景を、ずっと。

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