《ケーキ、と言ったけれど本格的なのは流石に無理だから……簡単なホットケーキを作ろう》
「うん……ぐす……」
『あなた』はエプロンをして、宴会場のキッチンに立っていた。
隣には同じようにピンクのエプロンをして、三角巾をつけたエルフィンがグズグズと鼻を鳴らし、『あなた』の服の裾を摘まんで俯いていた。
傍らには中身がぐちゃぐちゃになってしまったであろう、金色のリボンが乱雑に巻かれた箱が置かれている。
片付けておく、と『あなた』は一度言ったのだが、エルフィンが自分でやると言ってここまで持ってきていたのだ。
視界に入る度に悲しそうに顔を歪めていて可哀想なのだが……本人がそう言うのであれば『あなた』は否定する術を持たなかった。
《まずは……手はさっき洗ったから……エルフィンには卵を割ってかき混ぜて貰おうかな》
「たまご……」
『あなた』はいくつかある卵の中から小ぶりなものをいくつか選び、エルフィンの前に集めて置く。
卵をかき混ぜる用の小ぶりなボウルと泡立て器も用意して万全だ。
《卵はこうやって……角に真ん中の辺りを軽くぶつけて罅をいれて……こう。失敗しても殻を後から取り除けばいいから、まずはやってみて》
『あなた』はお手本として卵を一つ割って見せたが、それで上手く行くとは思っていない。
けれど、やらなければそもそも成功もしないものだ。
まずはやってみて貰う……話はそれから。
「わかった……」
エルフィンは意気消沈したままではあるが、言われるがままなに卵を手に取った。
そして、自分にとってはそこそこの大きさとなっている卵を慎重に角に当てていく。
コン、コンと音が響き……パキリ、と少しだけ大きく音が響いた。
途端にエルフィンの持っている卵の罅から僅かに白身が漏れたが、まだまだ許容範囲だ。
《そうそう、それで罅の入ったほうを下にして、挟み込むようにして……そう、罅の左右に親指をめり込ませるような、左右に割るような……そうそう、そんな感じで……》
パキャッ
「あっ……」
そんなエルフィンの声が漏れると共に、卵の殻は真っ二つ。
中身はそのまま器へと見事に落下していった。
卵の殻が本当に多少入ったように見えたが、誤差だろう。
《お、上手い上手い。そうしたら……もう一個、お願いできるかな?》
「うん」
気持ち引き締まった顔で頷いたエルフィンは、新しく卵に手を伸ばした。
その間に『あなた』は小麦粉とベーキングパウダー、砂糖を手早く計量していく。
混ぜ合わせればホットケーキミックスとして使えるだろう粉を、エルフィンの奮闘の裏で用意しておくつもりのようだ。
やがて真面目な顔をしたエルフィンは無事に2個目の卵も割る事に成功し、ホッと小さく息を吐いた。
《そうしたら次は……卵を軽く混ぜたあと、ミルクを加えて混ぜる。エルフィン、出来る?》
「やる!」
むん、とやる気を見せるエルフィンに『あなた』は思わず苦笑を浮かべた。
まだ卵だけだが、意外と相性は悪くないのかもしれねい。
白身の上に浮かぶ小さな殻を隙を見て取り除きながら、『あなた』はそう思った。
《それじゃあ、お願いするよ》
真面目腐った顔で、けれど慎重な手付きで卵をかき混ぜていくエルフィン。
シャカシャカと音をたてて白身と黄身が混じりあっていく。
その様子を眺めつつ、『あなた』は別の準備に取り掛かる。
作るのはホットケーキとはいえ、これがないとケーキとしては寂しいだろう、と。
逆に言えば、これがあれば一気にケーキに近付くと『あなた』は確信していた。
後はいくつかのフルーツでも用意すれば良い。
正直『あなた』の記念日なのに『あなた』の負担はそこそこ大きいが、それでエルフィンの優しさと真心から産まれた悲劇が和らぐのであれば安いものだ、と『あなた』は言葉にすることなく一人で頷く。
隣で溶き終わった卵にミルクを加えて混ぜ始めたエルフィンは、少しずつ調子を取り戻していっているように見えた。
それから暫し、『あなた』とエルフィンがボウルを混ぜる音だけがキッチンに響き続けた。
やがてエルフィンが、何処か満足毛な表情で、かき混ぜていた液体を『あなた』に見せた。
「ねぇ教主、どう? これで大丈夫?」
《…………うん、良い感じだね。後は……それとこの粉を混ぜれば良い。ちょっと大変だから……一緒にやろうか》
「うん!」
『あなた』から見ると少し混ざりかたが足りないものの、及第点となったのを見てそう告げて次の工程に移る。
ボウルに入っている『あなた』が用意した粉に、エルフィンが頑張ってかき混ぜた液体がゆっくりと投入されていった。
《しっかり握っててね》
「うん!」
エルフィンの手に『あなた』の手を重ね、泡立て器を動かしていく。
エルフィンの動きを阻害しないように、けれどあまり負担にもならないように、ゆっくりと、丁寧に。
最初のうちはダマになる粉に、しっかり混ざらない液体、上手くいかない状態にエルフィンの瞳は不安で揺れていた。
けれどだんだんと纏まって滑らかになり、甘くいい匂いを醸し出し始めた生地を見て、その瞳は輝きを取り戻していく。
ふんふんと鼻を鳴らすエルフィンに、自然と『あなた』も笑みを浮かべていた。
そこには、穏やかで、静かで、平和な時が流れていた。