「おはようきょーしゅー!」
元気よく部屋に入ってきたエルフィンの声に、『あなた』の意識は浮上させられた。
エーリアスでこの立場となってどれだけの年月が流れたか、昔程言うことを聞かなくなってきた体を布団の中でもぞもぞと動かして、『あなた』はふと思考を巡らせた。
あの頃に比べてハリのなくなった肌を擦って、小さく息を吐いた。
《ああ、おはようエルフィン》
ベッドから起き上がるのが億劫で、布団の中からエルフィンに微笑みかけた。
それをエルフィンは少し不服そうに頬を膨らませた。
「もー、お寝坊さんね。ほら、起きてー起きてー」
エルフィンは呆れたように呟きながら、部屋のカーテンを一気に開いた。
目映い光が部屋を照らし、眩しさに思わず『あなた』は目を細めた。
今日も良い天気だ……このまま眠っていたい……。
そういう思いがあるものの、このまま起きないでいると教主としての仕事が回らない。
仕方ない、そう思いながら『あなた』はゆっくりとベッドから立ち上がるのだった。
そして、わざわざ起こしに来てくれたエルフィンの頭に手を乗せた。
《起こしに来てくれてありがとう、エルフィン》
「このくらいどうってことないわよ! えへへへへ……」
嬉しそうにはにかむエルフィンに、『あなた』の顔にも笑みか浮かぶ。
金糸の髪をゆっくり、優しく、丁寧に、毛の流れに沿って撫でる。
さわり心地の良いエルフィンの髪を楽しみながら、『あなた』は自身の手の甲に視線を彷徨わせた。
かつてよりも明らかに潤いの失った、シワがではじめた肌に、どうしようもなく時の流れを感じる。
そして……変わらぬエルフィンの容姿に、変わらないエーリアスの皆に、自分だけが変わっている現実に、どうしようもない恐怖を感じている自分がいた。
ここ、エーリアスには死という概念がない。
『あなた』と同じ人間だったらしい前教主はいつの間にかいなくなっていたと言われている。
そんな中で明らかに老いている自分はその例外なのではないか、そういう思いが『あなた』の頭から離れなくなっていた。
変わらないエーリアスの住人達を見ていると、強く、強くそう思ってしまう。
「こんなに褒めてくれるなら、これから毎日、私が起こしにきてあげても良いわよ!」
そんな『あなた』の複雑な思いを察する事もなく、エルフィンは眩しい笑顔で『あなた』を見上げた。
純粋な『あなた』への好意が感じられる、良い笑顔だった。
『あなた』は内心で少しだけ自分の考えを訂正していた。
《そうだね、じゃあお願いしようかな。最近早起きするのが辛くてね……》
エーリアスの住人は変わらない、けれどそれは容姿だけの話だ。
どんなに微々たるものでも、ほんの僅かずつでも、経験を積む事で良くも悪くも変わっていくものだ。
『あなた』がエーリアスに来たばかりの頃のエルフィンでは、こんな提案なんてする訳がない。
長年関わり、何度も話をし、幾度となく叱咤して……そうして今のエルフィンがある。
エルフィンの成長と呼べるだけの変化に、『あなた』は筆舌に尽くしがたい感動を覚えていた。
誇らしげなエルフィンの頭を、そのもちもちのほっぺを、気が済むまで優しく撫で続けた。
「えへへー、任せて! まったく教主ったら贅沢者よね! 妖精の女王であるこの私に毎朝起こして貰えるなんて、このエーリアスにおいて唯一無二なんだから! 光栄に思いながら毎朝その幸運を噛み締めるといいわ!」
おほほほほ、と高笑いを溢す姿すら、今の『あなた』には愛らしく映る。
とはいえこのまま調子に乗り過ぎても困るので……『あなた』は撫でる手を止めて……胸を張るエルフィンの脇へと伸ばした。
微笑みを浮かべたまま、小さく息を吐いて。
「…………んぇ?」
それに気付き呆けた声を漏らしたエルフィンの脇を、『あなた』は思い切り擽り始めるのだった。
《こちょこちょこちょこちょこちょこちょー》
「ひゃっ! いひっ! くふふふっ……! あはっ、あははははははははははははは! やめっ……! んひっ! あははははへはははははははははっ!」
なお翌日、エルフィンは張り切り過ぎて夜更かししてしまい寝坊し、逆に『あなた』に起こされる事になった。
その時のしょげてしょぼしょぼの顔は、昨日の調子に乗って自信満々の姿からは想像も出来ない、なんとも情けないものだった。
《……エルフィン》
『あなた』の声にも思わず呆れが強くこもってしまう程に。
「ふえーん……ごめんなさぁーい……」
《別に謝るような事じゃないんだけどね……うーん……まぁ、なんて言ったら良いか……》
昨日の今日でのこの事態に、『あなた』はなんとも言えなかった。
別に怒ってる訳でも不満がある訳でもないので、本当にただ言葉が出なかった。
だが、当人のエルフィンはそうは捉えなかったらしく、涙目のまま『あなた』を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「明日から、明日からちゃんとするから! もーこれは絶対なんだから! 妖精の女王としてのプライドにかけて、絶対!」
そう堂々と胸を張って宣言するエルフィンに、『あなた』はつい苦笑を漏らす。
そう言ってもきっと時々はダメになるだろうな、という諦めと……それでもそう意気込む事の尊さに感動して。
《はは、期待してるよ。今度こそ頼むよエルフィン》
そう言って頭を撫でる『あなた』を、エルフィンは真っ直ぐ見上げてその瞳を輝かせた。
「絶対だから! 明日から絶対! 毎朝必ず、私が教主を起こしてあげる! この先ずっとずっとずーっと! 約束なんだから!」
『あなた』は一瞬だけ撫でる手を止め目を丸くした後、頬を緩めた。
エルフィンの真っ直ぐな言葉に、『あなた』はただ、曖昧に笑いを返す事しか出来なかった。